住職のつぼやき[管理用]

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紙芝居:「捨聖 一遍上人」(その3)

映画「一遍上人」より
 ・・余談ながら、観念寺の記念スタンプを作って下さった[仏像はんこ愛子]さんから、以前「一遍上人の映画が完成したそうです。それが、主役の一遍を演じているのが、なんとお笑いコンビ『キャイ~ン』の[ウド鈴木]さんなんです。」と、お聞きした。
 僕は「まさかっ?!」とは思わなかった。
 なぜなら、顔も似てるし、雰囲気も似てると思ったからである。(演技力は解らんかったが・・)
 しかし、もし願うならば、僕は主役にはミュージシャンの故[河島英伍]さんにぜひ、演じてもらいたかった。・・僕にはどうしても、河島さんと一遍さんが二重写しになって仕方がなかったのです。
 まぁそれで、この映画を観たのだが、ウドさんは、一生懸命に一遍さんに成りきって演じておられた。
 しかし、願わくば、ウドさんにも、踊り念仏の場面では、(恍惚の表情で)一緒に踊ってもらいたかったなぁ・・。
 あぁ、紙芝居に早くいかないと・・。
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 一遍様は、お坊さんを止めて『還俗』されます。
 そして、武士に戻り、妻も一度に二人も娶られます。
 それは、後継ぎの子を早く作るためだったのかもしれません。
 しかし、二人の妻の折り合いがやがて悪くなり、真ん中に挟まれた夫・一遍さまは悩まれ、連日右往左往する日々が続きました。
 そしてついに、刃傷沙汰の事件まで起こり、又お家騒動も勃発し、耐え切れなくなった一遍さまは、再び『出家』を決意されたのでした。(後継ぎは、どうしたのかなぁ・・?)
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 (超一)「・・旦那様、出家なさるなら、どうか私と娘の(超二)もお連れ下さい。・・あなたの~(あなたの)、決してお邪魔はしないから~、お供に~(お供に)、ついていきたいの~。お別れするなら、死にたいわぁ、女~だから~~。」と、ピンカラ兄弟の歌のように、妻の一人である[超一]は、一遍さまに旅のお供を願い出ました。
(一遍)「・・仕方があるまい、共に参ろう。」と、一遍さまは承知され、こうして、親子三人と、お伴一人をつれた霊場を巡る旅が始まったのです。
 親子共々の修行の旅。
 それは、傍目にも奇妙に映ったことでしょう。 
映画「一遍上人」より
 つづく

紙芝居:「捨聖 一遍上人」(その2)

火災新聞記事
 驚いた!・・昨日の新聞記事を見て。
 現在、記載しているこの『紙芝居』の舞台となっている愛媛県伊予松山の[一遍上人生誕地]のお寺『宝厳寺』が、昨日火災により消失してしまった。
 『重要文化財』の[一遍上人立像]も、行方不明ということだ。
 僕がこの紙芝居の取材に行かせて頂いた時、まさかこのような事態が起こるなど夢にも思っていなかった・・。残念の一言だ。
 しかし、この紙芝居を進めねば・・。 
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 ・・後添いへの遠慮もあったのでしょう。
 父は、息子の一遍さまを出家させてしまいます。
 この時、一遍さまは10歳。
 そののち、九州のお寺で、25歳まで、修行を続けられることになります。
 しかし、又、一遍さまの運命が変わる時がきます。
 それは、突然の父の死去によるものでした。
 「父死す。すぐ戻れ」の知らせに、修行中の一遍さまは動揺しますが、家系の存続は絶対的なことでした。
 つづく

紙芝居:「捨聖(すてひじり) 一遍(いっぺん)上人」(その1)

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 「捨聖(すてひじり)」・・。
 時宗の祖、一遍(いっぺん)上人は、俗にこう呼ばれています。
 家や地位、財産や土地など、世俗の一切を捨て、『(人は)捨ててこそ、救われる』と説きながら、一遍上人は全国を旅して廻られました。
 その足跡は、九州から中国、四国、近畿、北陸、関東、東北と、各地に及んでいます。
 これは、すべてを捨てて、旅に生き、旅に死んだ、そんなお坊さんのお話です。
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 一遍上人は、鎌倉時代に四国は[愛媛県:伊予松山]に生まれました。
 一遍さまは、幼名を[松寿丸]と言い、瀬戸内海を制圧していた、水軍の豪族の子として生まれたのでした。
 しかし、父の代で戦に敗れ、家は衰退してしまいました。 そして、やがて母も亡くなり、父親は後添いを貰うことになったのです。  
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(愛媛県松山の一遍上人[生誕地]。現在は時宗の『宝厳寺』になっている。)
 つづく

お盆まいりが始まってます。

 残暑見舞い申し上げます。
 さて、今年も、来るべきものがやって来ました。
 そう、お盆です。
 おそらく、私にとって、一年で一番忙しい「時」でしょう。
 年々、加齢による体力の衰えを感じる今日この頃ですが、これが終わらないと、僕にとっての「休暇」も来ない。
 頑張って今年も無事に乗り切りたいと思います。合掌
 
 

加賀田公民館「紙芝居講座」の予定

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 加賀田公民館の館長様からのご依頼で、この秋、先の公民館で「紙芝居講座」を開くことになった。
 題して、紙芝居講座『願わくば、花のしたにて春死なん~西行法師の一生~』。
 わが町〔河南町〕で、西行法師はお亡くなりになった。
 うちのお寺から、車で15分ぐらいの場所に、その墓所とお寺〔弘川寺〕がある。
 僕は、その場所が近いため、よくお参りに行く。
 それは、西行という人が好きでもあるが、お寺の静寂な雰囲気が好きな為でもある。(今流に言えば、癒されに行くのだ)
 そして、その『西行法師』の紙芝居を作った。
 はっきりいえば、僕は〔西行法師〕研究家でもないので、詳しい事はよく解らない。
 ただ、その生き様が好きだから、紙芝居化しただけだ。
 が、その紙芝居を、「市民講座でせよ」という依頼がきた。
 素人に毛が生えたようなような僕には、専門的な話はできない。
 しかし、それを(おそらく)承知で、僕に来た依頼だ。
 出来る範囲で、精一杯「西行法師」の魅力を伝えさせていただこう・・と思う。
 よろしければ、河内長野市民の皆様、おいで下さい。合掌

一遍上人の御廟所

 現在制作中の紙芝居『捨聖 一遍上人』が、ようやく完成のめどがついた。(99パーセント出来上がった)
 それで今日、一遍上人のご廟所(お墓)がある、神戸市兵庫区の「時宗 真光寺」さまにお参りに行かせて頂いて来た。
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 大きな境内の中にある『ご廟所』。
ファイル 1155-2.jpg(一遍上人ご廟所)
 そう、「捨て聖(ひじり)」と呼ばれた『一遍智真上人』は、愛媛県松山に生まれ、二度の出家を経て、旅に生き(歴史に名を残す)名僧となられた。
 そして、過度の栄養失調(?)により、この地で倒れて亡くなられた。
 僕は今日、上人のお墓の前で報告した。「お上人の紙芝居が完成しました。どうか、この紙芝居を見た人が、お上人の生き方に感銘してくれますように。」と。
ファイル 1155-3.jpg(真光寺本堂)
ファイル 1155-4.jpg(一遍上人ご木像)
 その上人の行年は、五十一歳であったという。
 上人の生涯は、極めてインドのお釈迦さまに似ておられる。
 豪族の家に生まれ、結婚もし子供も儲けるが、無常を感じて出家。
 そして、旅に生き旅に死んだ。
 その最後は潔く、死期を悟った時、すべての持ち物を焼き尽くし、正にすべての執着を捨て果てて死んでいった。
 こんなように、僕も生きたい。
 さて僕は、上人のように、死期を悟った時、すべての『紙芝居』を燃やし尽し、死んでいけるだろうか?
 最近、そんなことばかり考える。
 後の人に、作った物を残すことが良いことだとは、僕は思っていない。
 なるべく、『捨て果てて』潔く死にたい。・・一遍上人のように。(まだ死にませんが。〔笑い〕)
 そんなことを思いながら、この紙芝居を作った。
ファイル 1155-5.jpg(境内にある熊野権現社)
 最後に、境内に建つ上人に、悟りのヒントを与えたといわれる『熊野権現社』に合掌して、帰って来た。
 近々、この紙芝居は、ブログにアップしたいと思います。

今年の「玄清寺」寺子屋教室

ファイル 1154-1.jpg(浄土宗 玄清寺)
 今回で七回目となる、東大阪市の浄土宗「玄清寺」の『寺子屋教室』に、昨日『紙芝居法話』に行って来た。
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 相変わらず、子供たちは元気一杯だ。
 なぜに、今、大人は元気が無いのに、子供はあんなに元気なのだろうか?
 ストレスが無いのか?(いやいや、そんなことは無いだろうが・・)
 しかし、それにしても・・、本堂を走り回る!飛び回る!喋り捲る!・・元気の一言!(笑い)
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 さて、昨日の演目は『三尺三寸のお箸』と『注文の多い料理店』。
 前者は、「思いやりの大切さ」をテーマとし、後者は、「命の大切さ」をテーマとした作品だ。
 元気一杯で、本堂を走り回っていた子供たちも、紙芝居が始まったら、静かになり、そして真剣に見つめていてくれて、なんかとても『純』な魂たちと接触したような気がして、こちらが清めてもらった気がした、そんな今年の『寺子屋教室』だった。

中外日報:「地域でキラリ 頑張る宗教者」欄に掲載されました

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 昨日、(超宗派の)宗教新聞『中外日報』社から、掲載記事の新聞が送られて来た。
 そのコーナー名は、「地域でキラリ 頑張る宗教者」というネーミングである。
 それでは、その記事内容をアップしたいと思う。(以下、本文そのまま)

 《地域でキラリ頑張る宗教者 得意の絵を生かし自作紙芝居で布教の「出前」》

 『自作の紙芝居を使ったユニークな布教活動に取り組む大阪府河南町・浄土真宗本願寺派観念寺の宮本直樹住職。
 日々の法務の合間を縫って各地へ上演に出向き、真宗の教えや命の大切さを説く。
 紙芝居を始めたきっかけは平成八年、ビハーラ活動で法話をしてほしいと頼まれたこと。
 ホームの入所者が絵本を読むと笑顔を見せるようになった体験から、紙芝居の上演を思いついた。
 既製品に良いものが無く、子供の頃から得意だった絵の才を生かし、自作することにした。
 ジャンルは〔仏教もの〕の他、〔文学もの〕・〔西洋もの〕・〔現代もの〕・〔昔話もの〕など幅広く、これまでに130話を製作。
 「これは良い話だ」と思うと、「創作意欲がむくむく湧き上がり」、常に2・3作品を並行して作っている。
 以前は、福祉施設や病院などへよく「出前」していたが、最近はお寺での上演が増えてきた。
 口コミやネットのホームページを見た人からの依頼も多く、大阪だけではなく、滋賀や三重など関西一円に足を運んでいる。
 上演先のお寺からは、「分かりやすく」とよく言われる。「門徒さんに団塊の世代が増えています。お寺には関心を持っているのですが、上から《お説教》されるのが好きではないようです。」
 その点、紙芝居は、動物が主人公の擬似世界の話であったりして、例えば、真宗の地獄の世界もオブラートに包んで描ける。
 「阿弥陀経の意味や、親鸞聖人はどう偉いのかを知りたいから紙芝居をやってほしいなどとリクエストを頂きます。レトロですが、パソコン世代には、生の人間が手作りした絵を使ってしゃべるのが良いみたいですね。」
 大阪・豊中の本願寺派寺院(ブログ筆者補足:『法雲寺』様のこと)で先日披露したのは、「犬たちをおくる日」。
 人間に捨てられ殺処分されるイヌ・ネコを描いた今西乃子さんの同名ノンフィクションを紙芝居にした。(またまたブログ筆者補足:今西先生と出版社には製作許可を得ております)
 人が動物の命を奪う話でお寺での上演はためらっていたが、大きな反響があった。
 「仏様のお話などを、もっと作るべきだと思うのですが」と苦笑いする宮本住職は、自らの法悦と感動を伝えるために今日も絵筆を走らせる。』(文筆:飯川道弘記者) 
 以上全文。
 
 飯川さま、いつも応援記事ありがとうございます!・・宮本は、法悦です!(苦笑い、じゃなくて笑い。)
 
 
 

112回目の「特養 甍」講話クラブ

 昨日は、大阪市生野区にある「特養老人ホーム甍」の112回目の講話クラブの日。
 毎月、いろんな施設に「紙芝居法話」に行ってるもので、どの施設にどんな紙芝居をしたかは、毎回ノートに記録はしているのだが、法話の内容までは記録してない。
 だから、あまり内容の記憶がない。
 ・・正直言うと、その場その場で法話の中身は変わっているので、記憶にないのだと思う。
 老人ホームでの法話会は、予定どおりにはいかないのだ。 
 何が起こるか解らないからだ。
 途中で、入居者同士の方の喧嘩が起こったり、突飛な質問が出たり、歌を唄われる方が出たり、目の前を何往復もしてトイレにいかれる方が出たり、その場その場で、臨機応変に対応せねばならないのだ。
 だから、ここ「特養 甍」さんの場合は、紙芝居法話を20分ほどして、後は感想と質問の時間を15分ほど持っている。
 時には、この質問の時間が盛り上がって、30分以上になる事がある。(昨日もそうだった。)
 でも、これが楽しいのだ。
 何が起こるか解らん法話会の醍醐味は、お寺での法話会では味わえないのだ。
 毎回緊張するが、楽しみでもある施設での法話会。ここでは講話クラブと呼んでいるが、おそらく、こちらも200回まで続くのだろうなぁ。

スマートフォンとの戦い

 昨日、初めて『スマートフォン』なるものを買った。
 感想を言おう。
 「操作が難しくて解らん!」。・・悪戦苦闘だ。
 僕はメカに弱い。アナログ派人間である。
 こんな時代に『紙芝居』をやっているのだから、言わんでも解るよね・・。
 それにしても、スマホなるものの扱い方は難しい。
 メールを一つ打つにも、受信したものを開くにも、いったい何分掛かってるんやろ。
 それに、この携帯、言葉で言うと反応して、作動しよる。
 これは便利なようで、うっとうしい。
 ハッキリしゃべらな反応しよらん。
 たとえば、僕が「メールをする」と言ったら、器械が「メールを作動します」と言って、動き出す。(これってもう、未来やん。)
 でも、滑舌の悪い僕にとっては、こいつは敵や!
 いちいち、ものごとをハッキリ言わないと伝わらんねんから。
 それに、この喋り方は癖になる!
 昨日も、妻が「ご飯できたよ。早く食べてや」と言ったら、思わず僕は「ご飯を食べます。急いで食べます」と言って、箸を持ったやんけ。
 それに、テレビをつけるにも、「テレビをつけて。チャンネル代えて。」とか、「お風呂に入る。シャワーをつけて。」とか、まるで機械人間みたいになってしもたやんけ。
 僕ってもすぐ伝染する人間なんや。なんか情けない。
 さぁ、それじゃ、もうちょっと、今日もスマホと闘うか。
 ブログを消して。血圧上げて、手に汗かいて、機械に泣いて・・。

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