住職のつぼやき

記事一覧

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コロナ・セブン(日本編)

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(188作『蓮如上人からのお手紙〜伝染病について』)
応仁の乱の頃の日本のお話。今も昔も変わりません。『疫癘のご文章』を紙芝居にしたものです。お上人も心を痛めておられました。
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(197作『鬼となった元三大師』)
今も玄関先で見かける鬼のような疫病退散の元三(がんざん)大師のお札。これってお坊さんがモデルだったんですね。
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(200作『決め手はワクチン!めっちゃ医師・笠原良策』
記念すべき200作目の作品。まさか、コロナ禍に、ちなんだ作品になろうとは思いませんでした。
いよいよ、コロナ禍にワクチン接種の予約が始まった事を記念して作りました。
 コロナ禍が早く終わりますように!
 コロナ禍の早い収束を願います。
終わり

コロナ・セブン(外国編)

 コロナ禍が起こった為、制作予定に入っていなかった紙芝居を、二回に分けて(外国編・日本編の)七本、改めて発表する。
 題して「コロナ・セブン」。
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(183作『1665年ロンドン伝染病の記録』)
これは、デフォーの「ペスト」を元に作った作品。まだ、コロナ禍が始まったばかりの頃の作品であった。
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(185作『チフスのメアリー』)
これも「無症状感染者」という言葉を初めて聞いて、作ろうと思った作品。
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(186作『ハスラー博士の叫び「マスクを付けて命を守れ!」)
今も続くマスク装着生活。これを作った時、こんなにまで続くと思わなかった。
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(187作「悲劇のゼンメルワイス医師「それでも手を洗え!』)
今では当たり前となった手指消毒液。この人のおかげなんですよねー。
つづく

自叙伝紙芝居・三部作、製作中

自叙伝紙芝居がようやく完成間近になった。
 これは前から企画していたように三部作にした。
 第一部が「私が僧侶になった理由(わけ)」。
 これは、酒屋の後取り息子である僕がなぜ?坊さんになったのかを著した小作品である。
 第二部がその続編で「私が住職になった理由(わけ)」。
 これは題名そのままに、今のお寺の住職になるまでを描いている作品だ。
 最後の三部作目は「紙芝居事始め」。
 これは、寺の僧侶がなぜ、紙芝居を描くようになったのかを、昔話調に簡単に描いた作品である。
 プライバシーバリバリの作品たちであるが、もうすぐアップするので、興味のある方は覗いてみてください。合掌

瞑想教室

 去年の秋から、月に一回、『瞑想教室』に通っている。
 お釈迦様も、瞑想(座禅)によって、悟りを開かれた。
 もちろん⁉、僕が『悟り』なんて、とても開けるものではないことは重々承知だ。
 だが、僕も来年は還暦。人生も後半戦に入った。
 少しでも、お釈迦様の真似事をしたい・・と思ったのだ。手遅れかも・・(苦笑)
 若い人たちに交じって、瞑想の真似事をするのは恥ずかしいが、少しでも先達たちの、爪の垢を煎じて飲めるまで成長したい・・と思っている。
  

『石上露子を語る会』からの挿絵依頼

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先々月、「石上露子を語る会」の会長・副会長さまがお寺に来られ、新たに(歌人、石上露子の)出版する童話本の挿絵を頼まれた。
 これは、富田林市文化振興基本事業として、歌人・石上露子没後60年を記念する事業として『記念誌』を発刊することとなったからなのだ。
 その記念誌の挿絵の部分を僕は受けたのだ。
 大まかには、以前作った『紙芝居』を基に使いたいと思うのだが、「それでは、まだ『絵』が足りない」ということで、描き直しも含めて書いている。
 締め切りは来月末までなので、まだ時間はあるが、いつどんな用事が入るかわからないので、できるだけ時間を見つけて描いている。・・・間に合いますように。・・会から絵のOkがでますように!

お盆の不思議なお話

今年の夏の、お盆の不思議な話。
今年も娘夫婦が、お寺へ[お盆参り]の手伝いに来てくれた。
そんな中の真夜中の出来事。
僕は、早寝をして布団の中で寝ていた。
すると、本堂から読経(重誓偈というお経)の声がする。
僕は「娘婿が明日の為に練習しているんやな。感心なやっちゃなぁ」と、僕も布団の中で発音が間違っていないかと、ハモって確かめて聞いていた。
読経は休みながらも、結構長いことお勤めしていたので、明日、しんどくなったらあかんので、横で寝ている嫁に「婿さん、読経の練習し過ぎと違うか。明日があるから止めてくるわ。」というと、何言うてんの?という顔をしている。
「読経の声が聞こえへんのか?」と言うと、「聞こえへんよ」と答えた。
「ほら、今も聞こえてるやろ」と言うと、「聞こえません」と又言われた。
僕は布団から出て、本堂に行くと真っ暗なままだった。
へんやなぁと、又布団に入ったらやっぱり聞こえる。
これは、娘の部屋で練習してるんやな、と僕はそのまま寝むることにした。
次の日、娘夫婦と朝食を一緒に食べながら、読経のことを聞いてみると、婿は読経の練習などしていないという。
追い打ちをかけるように、娘にも「それ、お父さんの幻聴!」と一言、つっぱねて言われた。
あれは幻聴やったんかなぁ?
確かに聞こえたんよ。お経ハモってんもん。
幽霊ではないと思うで、ありがたいお経あげてんねんもん。っていうか、誰?

僕は紙芝居の主人公たちからエネルギーをもらってます

僕は、自分が描いている「紙芝居」の主人公たちから、生きるエネルギーを貰っています。
人間は、十字路に差しかったら、こっちを選べば良いのだ!とか。
この生き方をすれぼ、必ず後悔するだろうな、とか。
どんな頑張っても、最後は死ぬのだから、こう決断した方が良いな、とか。
紙芝居を描きながら、主人公たちに教えられるのです。
これは、どんな哲学書を読むより、説得力があります。
紙芝居を作ることは、僕にとって、凄い教授に教えを受けているのと同じ事なのです。

これから発表する紙芝居シリーズ

 僧侶シリーズの紙芝居が、三本続けて完成しました。
 おいおい発表してゆきます。
 今日はその予告です。
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(『戦争は罪悪である』)
 まずは、真宗の反戦僧侶[竹中彰元(たけなか・しょうげん)]師。
 この方は、NHKスペシャルでも特集された有名な僧侶。
 このお話は、一種の悲劇です。
 来週、こちらのお寺に(最後の仕上げの為に)取材に行って来ます。
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(『戦争は集団殺人だ』)
 次は、タレントの故・植木等さんの御父様[植木徹誠]師。
 この方も真宗の僧侶だ。
 この方の生き方は、ハチャメチャで一言では言い表せれない。・・とにかく、僧侶としても人間的にも凄い人。尊敬に値します。 
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(『慈雲尊者(じうんそんじゃ)』)
 最後は、地元河南町の高貴寺の住職であった[慈雲尊者]。
 釈迦の再来と言われた真言宗の偉人である。・・いや、真言宗のような⁈禅宗のような⁈神道のような⁈・・ようわからんような。まぁ、とにかくすごい偉人ですわ。
 この方が、あまり有名でないのは何とも悲しいので、それで紙芝居化した。
 以上が、すでに完成した紙芝居シリーズです。
 追々このプログで発表します。お楽しみに!

反戦僧侶の紙芝居

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昨年の暮れから、平和というものを考え、それを行動に移した僧侶の紙芝居制作に入っている。
 『戦争は罪悪である』と、戦時下に世に訴えた、浄土真宗大谷派の僧『竹中彰元』師。(この方のご先祖様は、有名な戦国時代の秀吉公の軍師・竹中半兵衛公だ。)
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 それと、『戦争は集団殺人である』と訴えた、同じく浄土真宗大谷派の僧『植木徹誠』師である。(この方は芸能人の植木等さんの御父上と言った方が分かりやすい)
 この二人の僧侶の生き様を紙芝居にしようと思って、今調べて、すでに下絵の段階にいるのだが、中々筆が進まない。
 描きながら、『自分はどうなのだろうか?・・この方たちのような勇気はあるのか?』と絶えず、問われているような気がするからだ。
 すでに、何冊か資料は読み、関連の映画も観に行った。
 いや、実際、取材に行って、もうちょっと深く考えてから、制作に入るとしよう・・。

いつも、[紙芝居]の事を考えています

 いつも、僕は『紙芝居』制作について考えています。
 頭の中は、次回作の事(ストーリーやページ割りの配分、主人公の表情やセリフの事、色についての構成など)でいつもいっぱいなのです。
 もっと時間があれば、しっかりとした紙芝居が作れるのにと思っていますが、その時間を創り出すのが難しい。
 僕は、現役のお寺の住職なのです。
 やる仕事が毎日あります。
 檀家さん宅への月参りやら、年忌法要、お葬式、お寺の法要、お寺の事務、掃除、そしてお寺の来られる方の人生相談、さらに布教講演活動など・・。
 ああ、住職を引退したいと思うこともあります。
 そうすれば、紙芝居制作一本に時間が取れる!と、わがままに思ってしまうのですが・・、それはそれで生活するのがたいへんになってしまうので、やはり今みたいな生活配分がベストなのでしょうねぇ。
 後、何年生きて、後、何本作れるか解りませんが、とにかく僕の人生観・世界観・宗教観を絵に込めて、次回作・次回作に全力を費やしたいと思っています。
 ・・でも、もちろん住職の仕事もきちんとしますよ。(笑)

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