住職のつぼやき

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楠木正儀(まさのり)の故郷を訪ねて~金剛山と正儀公の墓

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(千早赤阪村:千早城跡)
 紙芝居『楠木正儀、和平派ここにあり!』を作るに当たって、雪の中、千早赤阪村:金剛山途中にある『正儀の墓』に行って来た。
 目的地は、千早城と正儀公のお墓だ。
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(金剛山登山の途中の千早城跡地図)
 (下界は雪は無いのだが金剛山は雪でした)その雪を登山靴で踏みしめてストックを持ち(山から滑り落ちないように)行って来ました。
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(楠木正儀公の墓といわれている場所)
 この登山の途中にあるお墓が『正儀公の墓』といわれているが、父の『正成公の首塚』という説もある。
 ともかく、「一生懸命、正儀さんの紙芝居を描かせていただきます!」とお参りをして来た。
 完成まで後、もう少しだ。

ヘッドハンティング正儀(まさのり)

今年の正月休みに息子夫婦が遊びに来た。
その時にサラリーマンをしている息子が、僕に話してくれた話。以下、息子の話。
「サラリーマンの世界は転職っていうか、他社からのヘッドハンティングが多いんやで。僕の友達も会社に不満を持っていて、技術を持ってるそいつはヘッドハンティングされて辞めていった。・・が、転職先の大会社の中も、同僚の足の引っ張り合いばかりで仕事が捗らず、不満は溜まり結局同じやったそうや。
・・で、そんな噂を聞いた僕(息子)は、そいつを又説得して、元の会社に戻ってもうたんや。」
「それから、その友達は元の会社で上手くやってんのか?」と僕は聞くと、「技術を持ってるから給料も元のままや・・。本人は割り切って働いてる。上司も何もいわん。・・けど、出世は出来んやろなぁ。」と息子は言った。
 その話を聞いた時、僕は「それって、南北朝時代の楠木正儀(まさのり)と一緒やん。」と思って、楠木正儀の紙芝居を作ろうと思ったのだ。
 長くなったが、この転職の話は、楠木正儀そのものである。
 細かくは省くが、南朝側の正儀は若きリーダーながら味方に不満を持っていた。その時、北朝からヘッドハンティングの話が来た。正儀はその話に乗り味方を裏切った。
 が、北朝も同じで足の引っ張り合いだったので、又、見切りをつけて、南朝に戻る事にした。さて正儀の、運命やいかに!?
 この昔話は、現代社会の話だ。今、楠木正儀の紙芝居を描いていて、本当にそう思う。

紙芝居『楠木正行・正儀公』の取材

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(富田林市『観音寺』)
 紙芝居『楠木正成(まさしげ)親子(三部作)』を完成させる為に、近畿圏の取材にあちこち行っている。
 まず、正行(まさつら)・正儀(まさのり)公の御母堂さまと言ったら[久子(ひさこ)]さまで、夫正成公が戦死されてから出家され、棲されたお寺が富田林市の『観音寺』内に綺麗に復元されている。そして、お墓もあるのでお参りさせて頂いた。
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(久子夫人のお墓)
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 そして、その近くにある三男正儀(まさのり)公が立て籠もって戦った[嶽山城跡]。今は簡保の宿のテニスコート場の奥にひっそりあって探しました。
 又、諸説はあるが金剛山の途中の正儀公のお墓も何度も行って来た。
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(四條畷市『四條畷神社』)
 又、長男正行(まさつら)公の戦死された場所でこちらで祀られている四条畷神社付近。首塚も近くにある。
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(境内に楠木母堂と子の銅像がある)
 こちらも諸説があって、四条畷市では無くて、東大阪市の『四條の縄手』という所で激戦の上、戦死されたのだとも云われてもいる。
 こちらの近くには[往生院六万寺]という御寺があり、そちらに正行公の胴墓がある。(首塚も又近くの別の場所にある。)
 山の上の景色の良い立派なお寺であった。大阪市内の絶景がこちらから見える。(撮影は禁止という事なのでお寺の写真は載せられない。)
 まだ取材が足りてはいないが、ここらへんで見切り発車して紙芝居を完成させてアップしようと思う。

コロナ・セブン(日本編)

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(188作『蓮如上人からのお手紙〜伝染病について』)
応仁の乱の頃の日本のお話。今も昔も変わりません。『疫癘のご文章』を紙芝居にしたものです。お上人も心を痛めておられました。
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(197作『鬼となった元三大師』)
今も玄関先で見かける鬼のような疫病退散の元三(がんざん)大師のお札。これってお坊さんがモデルだったんですね。
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(200作『決め手はワクチン!めっちゃ医師・笠原良策』
記念すべき200作目の作品。まさか、コロナ禍に、ちなんだ作品になろうとは思いませんでした。
いよいよ、コロナ禍にワクチン接種の予約が始まった事を記念して作りました。
 コロナ禍が早く終わりますように!
 コロナ禍の早い収束を願います。
終わり

コロナ・セブン(外国編)

 コロナ禍が起こった為、制作予定に入っていなかった紙芝居を、二回に分けて(外国編・日本編の)七本、改めて発表する。
 題して「コロナ・セブン」。
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(183作『1665年ロンドン伝染病の記録』)
これは、デフォーの「ペスト」を元に作った作品。まだ、コロナ禍が始まったばかりの頃の作品であった。
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(185作『チフスのメアリー』)
これも「無症状感染者」という言葉を初めて聞いて、作ろうと思った作品。
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(186作『ハスラー博士の叫び「マスクを付けて命を守れ!」)
今も続くマスク装着生活。これを作った時、こんなにまで続くと思わなかった。
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(187作「悲劇のゼンメルワイス医師「それでも手を洗え!』)
今では当たり前となった手指消毒液。この人のおかげなんですよねー。
つづく

自叙伝紙芝居・三部作、製作中

自叙伝紙芝居がようやく完成間近になった。
 これは前から企画していたように三部作にした。
 第一部が「私が僧侶になった理由(わけ)」。
 これは、酒屋の後取り息子である僕がなぜ?坊さんになったのかを著した小作品である。
 第二部がその続編で「私が住職になった理由(わけ)」。
 これは題名そのままに、今のお寺の住職になるまでを描いている作品だ。
 最後の三部作目は「紙芝居事始め」。
 これは、寺の僧侶がなぜ、紙芝居を描くようになったのかを、昔話調に簡単に描いた作品である。
 プライバシーバリバリの作品たちであるが、もうすぐアップするので、興味のある方は覗いてみてください。合掌

瞑想教室

 去年の秋から、月に一回、『瞑想教室』に通っている。
 お釈迦様も、瞑想(座禅)によって、悟りを開かれた。
 もちろん⁉、僕が『悟り』なんて、とても開けるものではないことは重々承知だ。
 だが、僕も来年は還暦。人生も後半戦に入った。
 少しでも、お釈迦様の真似事をしたい・・と思ったのだ。手遅れかも・・(苦笑)
 若い人たちに交じって、瞑想の真似事をするのは恥ずかしいが、少しでも先達たちの、爪の垢を煎じて飲めるまで成長したい・・と思っている。
  

『石上露子を語る会』からの挿絵依頼

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先々月、「石上露子を語る会」の会長・副会長さまがお寺に来られ、新たに(歌人、石上露子の)出版する童話本の挿絵を頼まれた。
 これは、富田林市文化振興基本事業として、歌人・石上露子没後60年を記念する事業として『記念誌』を発刊することとなったからなのだ。
 その記念誌の挿絵の部分を僕は受けたのだ。
 大まかには、以前作った『紙芝居』を基に使いたいと思うのだが、「それでは、まだ『絵』が足りない」ということで、描き直しも含めて書いている。
 締め切りは来月末までなので、まだ時間はあるが、いつどんな用事が入るかわからないので、できるだけ時間を見つけて描いている。・・・間に合いますように。・・会から絵のOkがでますように!

お盆の不思議なお話

今年の夏の、お盆の不思議な話。
今年も娘夫婦が、お寺へ[お盆参り]の手伝いに来てくれた。
そんな中の真夜中の出来事。
僕は、早寝をして布団の中で寝ていた。
すると、本堂から読経(重誓偈というお経)の声がする。
僕は「娘婿が明日の為に練習しているんやな。感心なやっちゃなぁ」と、僕も布団の中で発音が間違っていないかと、ハモって確かめて聞いていた。
読経は休みながらも、結構長いことお勤めしていたので、明日、しんどくなったらあかんので、横で寝ている嫁に「婿さん、読経の練習し過ぎと違うか。明日があるから止めてくるわ。」というと、何言うてんの?という顔をしている。
「読経の声が聞こえへんのか?」と言うと、「聞こえへんよ」と答えた。
「ほら、今も聞こえてるやろ」と言うと、「聞こえません」と又言われた。
僕は布団から出て、本堂に行くと真っ暗なままだった。
へんやなぁと、又布団に入ったらやっぱり聞こえる。
これは、娘の部屋で練習してるんやな、と僕はそのまま寝むることにした。
次の日、娘夫婦と朝食を一緒に食べながら、読経のことを聞いてみると、婿は読経の練習などしていないという。
追い打ちをかけるように、娘にも「それ、お父さんの幻聴!」と一言、つっぱねて言われた。
あれは幻聴やったんかなぁ?
確かに聞こえたんよ。お経ハモってんもん。
幽霊ではないと思うで、ありがたいお経あげてんねんもん。っていうか、誰?

僕は紙芝居の主人公たちからエネルギーをもらってます

僕は、自分が描いている「紙芝居」の主人公たちから、生きるエネルギーを貰っています。
人間は、十字路に差しかったら、こっちを選べば良いのだ!とか。
この生き方をすれぼ、必ず後悔するだろうな、とか。
どんな頑張っても、最後は死ぬのだから、こう決断した方が良いな、とか。
紙芝居を描きながら、主人公たちに教えられるのです。
これは、どんな哲学書を読むより、説得力があります。
紙芝居を作ることは、僕にとって、凄い教授に教えを受けているのと同じ事なのです。

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