住職のつぼやき[管理用]

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紙芝居製作のよくある中断

 僕は「紙芝居」を、よくお寺の一階ホールで描いている。
 その姿は、ガラス越しに、よく外から見えるようだ。
 今日も、お昼休みに「紙芝居」の色塗りをしていたら、二人のお婆ちゃんが、偶然?それを見つけて、お寺の中に入って来られた。
 僕は「どうぞ、お入り下さい」と、何も言ってないのに(笑い)、「ほら、○○ちゃん、院主さんが絵を描いてはるわ。見せてもらおか?」と、二人揃って入って来られた。
 そして、「こら、ありがたいわ。・・ありがたそうな絵やわ」と、僕は何も絵の説明をしていないのに(又、笑い)、勝手に「あーだ、こーだ」と、独自に講釈を入れながら、会話を始められた。
 その内、「これは、どういう意味の絵ですか?」と、等々話の中身に踏み込んで来られたので、僕は筆を置き、(めんどくさそうな顔はせず・・(ここもついでに笑うとこ)、)一枚一枚の絵の説明に入った。
 しかし、やがて「あっ、そろそろ公民館で「老人会」が始まる時間や。・・ぼちぼち歩いていこか?」と、二人合わせて僕の顔をじっと見つめられるので、僕は(邪魔臭そうな顔はせず・・、(まだ笑ってもらうとこです))「じゃ、僕が車で公民館まで送ってあげますわ」と言うと、
「そぉ~~お、悪いね~、院主さん」と遠慮もせず、靴を(さっさと)履かれ外に出られた。(まぁ、ここも笑って下さい)
 そして公民館まで、お婆ちゃんをお送りして、僕は又お寺で、いそいそと紙芝居の色塗りを再開し始めたのであった。
 このように、紙芝居製作はよく中断されるのです。・・が、これも又、お寺の仕事やと思って(いつも作り笑顔で・・(最後に笑うとこ))僕は今日も絵を描いております。
 
 

紙芝居:「共命鳥(ぐみょうちょう)のはなし」 (後編)

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「くっくっくるしい~。・・僕も目が霞んで来た。あぁっ・・そうか。僕達は頭が二つでも、身体は一つ。
 毒が身体に回ってきたということか。・・罰が当ったんだな。やがて僕も死ぬという事か・・。」と、つぶやきました。
 その時です。
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 その様子を《極楽浄土》から、じっと見て居られた仏さまが降りて来られました。
 そして仏さまは、
「共命鳥よ。お前はまもなく死ぬ。最後に何か言っておきたき事はあるか?」と問われました。
 共命鳥は、
「・・はい、仏さま。私は愚かものでした。
 私は隣の頭よりも、優れている思っておりました。
 しかし今、隣の頭が居てくれたからこそ、自分が生きてこれた事に気がつきました。
 ・・しかし、もう遅うございます・・。」
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 「いや、共命鳥よ。遅くはないぞ。 よくぞ、そこに気がついた。
 そしてもう一つ大事なことは、他を害するものは、自分も害することになると云う事じゃ。解ったかな。」と、仏さまは言われました。
 「・・はい、よく解りました。仏さま。」
 「よしっ、それが解ったなら、お前を《極楽》へと連れて行ってやろう。
 そして極楽浄土で、仲良く暮らすことの大切さを皆に説きなさい。」と言うやいなや、仏さまはその共命鳥を両手でそっと掴み、「シュワッチ!」と極楽へと飛び立ちました。
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 それで今でも、この二つの頭のある〔共命鳥〕は、極楽の国で、『支えあう』事の大切さを説きながら、優雅に飛び回っているということです。 おしまい。
ファイル 863-5.jpg(仏像はんこ愛子さんのTシャツ)
 (おまけ)
 『仏像はんこ愛子』さんが、この〔共命鳥〕を描いたTシャツを作られました。「これは、是非欲しい!」と思われた方は、『仏像はんこ愛子』さんのホームページへ、GO!
http://www.ac.auone-net.jp/~butsuhan/Tshirts.html(・・売り切れてないかなぁ・・〔笑い〕)

紙芝居:「共命鳥(ぐみょうちょう)のはなし」 (中編)

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 そして或る日、一方の頭はわざと〔毒の実〕を見つけて言いました。
「おい君っ、あそこに美味しそうな果物の実があるぞ!僕も食べたいけど、いつも僕が先に食べるので、今日は君が先にお食べよ」と・・。
 するともう片方の頭が、
「そうかい、悪いねえ。じゃあ、先に戴くよ」と言って・・、
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 パクッと、毒の実を食べました。
「あぁっ、美味しい!」
 ・・しかし、しばらくすると、
「あぁっ~~、苦しいー!喉がヒリヒリするー」と言って、泡を吹き始めました。
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 それを見た片方の頭が、
「君っ、どうしたんだい!?」と聞くと、
「・・いけない。どうやら僕は〔毒の実〕を食べたようだ。だんだんと目が霞んできたよ。・・・でも、良かったよ」と言ったので、
「えっ、なぜ?」と、聞き直しました。
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 毒の実を食べた方の頭は言いました。
「いつも君とは喧嘩ばかりして来た。 僕が『東へゆく』と言うと、君は『西にゆく』と言う。 僕が『そろそろ休もう』と言うと、君は『いや、もうちょっと飛ぼう』と言う。・・が、よく考えてみれば、いつも君の判断の方が正しかった。君には毎度助けられたよ。・・僕が居なくなれば、これから君はずっと正しい道を選べるよ。だから、これで良かったのさ・・。じゃあ君、いろいろとありがとう。さようなら・・」と言って、その頭はもう動かなくなりました。
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 それを聞いて、もう片方の頭はそれはもうびっくりして、
「あぁっ、なんて事を僕はしてしまったんだー!!」と叫びました。
 しかし・・、  つづく

紙芝居:「共命鳥(ぐみょうちょう)のはなし」 (前編)

 極楽浄土という国には、いろんな色鮮やかな鳥がいるらしい。
 その中で、一羽の変わった姿をした鳥が一際目立つ。
 その鳥の名は、〔共命鳥(ぐみょうちょう)〕という。
 この鳥、身体は一つであるが、頭は二つある。
 一見、東宝の特撮映画に出てきそうなこの鳥、うちの本堂の〔須弥壇(しゅみだん)〕にも居る。(写真参考)
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僕は毎日、本堂でお勤めしながら、この変わった鳥に目を引かれていた。・・そう、『どうして、このような姿の鳥が〔極楽〕にいるのだ?!』と、他のどんな色艶やかな鳥よりも、この鳥に興味を持ち、そしてとうとう、その鳥の紙芝居を作ってしまった。
 それは、『絆(きずな)』という言葉の意味が問われている今だからこそ、作ろうと思ったのかもしれない・・。その意味は、本編を読んで頂ければ解ります。
 又、これは余談ですが、「共命鳥」のモデルは、クエッ、クエッ、クエ~のCMのキョロちゃんと、セサミストリートのビックバードを合体させて描いてみました。(笑い)
 ・・それでは『共命鳥のはなし』、はじまりです。
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 ここは、極楽の国。
 ここに、一羽の変わった姿をした鳥が居りました。
 その鳥の名は『共命鳥』と云いました。
 この鳥の身体は一つなのですが、頭は二つありました。
 今は穏やかに、この極楽で優雅に飛んでおりますが、かつてはそうでは無かったのです。
 そう、これはまだ〔共命鳥〕が、極楽に生まれ変わる前のお話です。 
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 昔むかし、この二つの頭を持った鳥は、ヒマラヤの雪山近くに棲んでいました。
 頭が二つあるということは、エサを探すには便利ですが、一度意見が違うと大変でした。
 今日も今日とて、右の頭が、
「あっ、あそこに美味しそうな果物がある!行ってすぐに食べようじゃないか。」というと、左の頭が、
「それよりも、僕は喉が渇いたよ。池に行ってお水を飲もうよ。」と言い、お互い譲らず・・、 
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 やがて喧嘩が始まりました。
「君はどうして、いつも僕の言うことに反対するんだ!」
「何を言ってる!? 君こそ、僕の言うことを素直に聞いたためしが無いじゃないか!」
「何だと!」
「やる気か!」
 と、くちばしで突っつきあいが始まり、お互い、いつも傷だらけになっておりました。
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 そして、ついに一方の頭が、
「あいつなんか居なくなれば良いんだ!」と、もう片方の頭に〔毒の実〕を食べさせようと思いついたのでした。 つづく

葬儀会館発、老人センター行

 お寺の出前をやっていると、どうしても法務(お寺の仕事)と重なる突然の事態が起こってくる。
 昨日もそんな日であった。
 堺市にある「堺市立南老人センター」での出前法話を以前から頼まれていたのだが、その前日にうちの檀家さんがお亡くなりなり、出前と葬式の日が重なったのだ。
 その時間帯だけが、微妙にずれた為に、どちらも行けるだろうと僕はふんだ。
 つまり〔お葬式〕が、富田林の「葬儀会館」で午後12時から1時まであり、1時半から2時半までが「堺市の老人センター」で〔出前法話〕の時間と決まっていた為、(30分で車を飛ばせば)何とか間に合うと思ったのだ。
 だが、お葬式終了後、斎場(焼き場)まで同行せねばならない仕事がある。すると、どうしても終りが1時半になり、出前法話が間に合わない。
 そこでお葬式終了後、娘とバトンタッチして、斎場までの同行は頼んだ。
 檀家さんにも葬儀社の方にも、そこはお頼みして了承してもらった。(娘は、霊柩車に同乗して斎場まで行くという仕事を、気持ちよくやってくれた。感謝である。)
 それで僕は、お葬式終了後、カーナビを頼りに急いで車を走らせ、目的地の「南老人センター」にギリギリ到着することが出来た。
ファイル 860-1.jpg(堺市立南老人センター)
 会場は、すでに多くの皆さんが待っておられ、僧侶姿で息をきらせて突入して来た僕を、拍手で歓迎して下さった。
 僕は「皆さん、すんません。今日、お葬式ありましてん・・」と言い訳しながら、紙芝居の準備をしてお話に入った。
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 終ったら、会場の御一方から「院主さん、忙しいのにすんませんでしたなぁ。でも、今日の話を聞かせてもらって、後10年は長生きできるような気がしましたわ」とおっしゃってくださった。
 僕は「今日、お葬式した93才の方と同じぐらい、長生きしてくださいや」と片づけながらお話した。
 でも、僕はその話に感動してる余裕がなかった。・・会の終了後、すぐにこんどは〔初七日法要〕をする為に、又、富田林の葬儀会館まで引き返さねばならなかったからだ。
 僕の気持ちは、この時すでに「葬儀会館」に向かっていたのだった。

今年も出ます!『北御堂 花まつり』in2012

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 『花まつり』というのは、仏教の開祖「お釈迦さまの誕生日」をお祝いするお祭りです。
 そして、今年も大阪は本町に在ります「北御堂(本願寺津村別院)」の『2012 北御堂:花まつり』に、〔お寺の出前 紙芝居屋亭〕が出演します。
 日時は、四月七日(土曜日)の午前10時30分からです。
 ちなみに僕の出番は11時20分頃です。出し物は『おしゃか様物語』と、他一本です。
 入場無料ですので、どうぞ皆様、お気軽にお出で下さい。合掌
 

「中外日報」に、紙芝居『滝畑に磨崖仏あり』記事が掲載!

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 「中外日報」という新聞に、先日の河内長野市:滝畑地区での紙芝居『滝畑に磨崖仏あり』披露の時の様子が掲載されました。
 ほんま、ありがたいことです。
 『滝畑』に光あれ!
 磨崖仏よ、永遠なれ!
 そして、参拝者に幸あれ!
 内容は、写真記事をクイックして、拡大して読んで頂ければ幸いです。
 

二つの新たな依頼

 「どうしようかなぁ・・?。受けるか、受けまいか。・・受けたら一層忙しなるやろなぁ。・・でもちょっと、やってみたいなぁ。」と悩み、結果的に二つともお引き受けしたのが、この春から始まる二つのご依頼であった。
 一つは、浄土真宗本願寺派大阪教区が毎月発行している『月刊 御堂さん』という冊子の中の「住職茶話」という、いろんなご住職さんのエッセイに付ける『イラスト』の依頼。
 これは難しい。(すでに、この春の四月号に載せるエッセイの原稿は読ませて頂き、その話に添ったイラストを書き、送らせてもらったのだが、さてさて反響はどんなもんか?・・ちょっと心配である。)
 二つ目は、昨日、お寺に地元の元小学校の先生が来られ、「この春から、校内で(放課後の時間に)『本の読み聞かせ教室』を開きたいと思うのだが、その〔読み聞かせ〕チームに入って、紙芝居を子供たちにしてもらえないだろうか?」というものだった。
 これは、この地元の校長先生のお考えらしいのだが・・、もちろん、僕は突然、仕事で行けなくなることもあるので、その点は考慮させてもらうが、「月一回でも良いので、是非今こそ、その「紙芝居」を子供たちにして欲しい。改めて校長からもお願いに参りますから。」と、篤く語られ迫られた。
 ・・これも自信はない。しかし『こんだけ言って頂けるのなら、どうなるかわからんが、まぁ、やってみるか』と腹を据えた。
 お寺の出前紙芝居は、病気の人やお年寄りの方の為に、仏法の解り易さを考慮し作ったものだった。 しかし、今、思いも寄らぬ方向に『出前』は、向かい始めている。
 まぁ良い。
 この春から新たに増える、この二つの『出前依頼』に、いかに僕自身、向き合ってゆく事が出来るか・・? 自分自身の勉強、いや《行》だと思って、取り合えず挑戦してみます。

こんなに良いお天気の日でも、人って死ぬんやなぁ・・

 先日、久々に一日中お休みの日があって、しかも良いお天気で、ちょっとだけ暖かくて、朝「どっか行こかなぁ・・」と思ってたら檀家さんから電話があった。「今まだ病院に居るのですが、主人が亡くなりましたので、もうしばらくして、家につれて帰りましたら枕経(臨終勤行)をお願いします。」との連絡であった。
 「わかりました。お寺で待機してますので、お帰りになられましたらお電話下さい。」と言って、受話器を置いた。
 「・・あぁっ、休みが無くなってしまった」とつぶやきながら、お通夜とお葬式の準備に入った。
 お寺の仕事というのはこんなもので、決まった定休日は無く、たまにあってもつぶれる事が多い。
 つまり年中無休だ。
 だから当然、旅行などには行けない。(どうしても、連泊で遠出しなければならない時は、友人に頼んでおいたりするが、外出先でも連絡を受けたら、たいていは急遽帰って来る。・・これがお寺の仕事なのだ。・・でもこれで、ご飯を食べさせて頂いているので当然でもある)

 準備をしていたら、電話が入ったので外に出た。
 なんと良いお天気なのだ! 小さい子供ちゃんがお母さんに抱かれて、歌を唄いながらのどかに散歩している。
 おばあちゃん達は家の前で、何やら笑いながら世間話をしている。
 僕は、その方たちに何も言わず、ニコッと笑顔で挨拶して自転車で出発した。
 運転しながら、呟いた。
「あぁっ、こんなに良い天気の日でも、人って死ぬんやなぁ・・」と。
 当たり前といえば当たり前なんかもしれんが、運転しながらそんなことを思ってしまった。 

富田林:山東学童指導員会議への出前&神山いきいきサロンへの出前

 昨日の午前中、娘に檀家さんへのお参りを頼み、僕は『(富田林市)山東学童指導員会議』へお寺の出前講話に入って来た。
 会場は、富田林市役所内だったので、(場所が広くて)どこに行ったら良いか少し迷った。
 到着したら、すでに学童保育指導員の(お若いおばちゃん、いやお姉さま)先生方が、ちらほら座っておられた。
 こちらの(今回ご連絡を頂いた)担当の学童保育の先生から、「(日々過労気味な)指導員さん方へ、心の安らぎになるような話を紙芝居を使ってをお願いします」と頼まれたのだが、はたして、それが実現出来たかどうかは解らないが、僕はいつものように、紙芝居を使って精一杯お話させて頂いた・・つもりである。(カメラを忘れたので、この時の様子を写した写真は無いのです。残念!)

 それとこの後が忙しくて、話が終ってから僕は直ぐ、お寺に帰って用意を整えてから、(檀家さん宅へ)ご法事に向かわねばならなかった。(結果的になんとか間に合った。良かった!少し、読経は過呼吸気味になったが・・〔苦笑〕)
 法事が終って、この日は〔(河南町)神山地区いきいきサロン(老人会)〕へのお寺の出前が、午後から控えていたので、焦りながら檀家さん宅でお茶を頂いていたら、僕の携帯に、先ほどの『学童指導員』の方から電話があり、「紙芝居を幾枚か、役所に忘れておられたので、夜にでもお寺に届けます」との連絡が入った。
 その紙芝居を、僕は午後からの〔老人会〕でする予定であったので「すんません、今からすぐにそちらに取りに伺います」と言って、再び、富田林市へ向かう。
 そして、紙芝居を無事に受け取った後、その足で〔河南町:神山地区〕へ向かい、滑り込みセーフであった。
 この日は、車を運転しながら『僕は今、どこに向かっているのだろうか?』と何度も思った、今日の出前であった。
 

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