善いと思ってお話しても、良くないことがあるのですね・・。
昨日の『特養白寿苑』での法話会のことです。
新作紙芝居「カルピスを発明した僧侶」のお話を披露した後、あるご婦人に言われました。
「私にとってカルピスは毒なんです。」と。
「えっ?!」と僕。
「私、とってもカルピスが好きで、牛乳と混ぜて飲むのが好きだったんだけど、今、糖尿病なの。・・だから、飲みたくても飲めないの。残念ですが・・。だから毒なのです」と言われました。
自分では、健康についてのお話をしたつもりだったのが、返ってこの人にはつらい思いをさせてしまったようです。
『自分は正しいことを言っている、つもり』の姿勢。
これは、考えものですね。反省。
(カルピスって、五倍ぐらいに薄めても糖尿の人にはあかんのやろか? いや、六倍、八倍、十倍に薄めては?・・でもそれじゃ、おいしくなさそう。)
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善いと思ってお話しても、良くないことがあるのです
東大阪:「地域ふれあい事業」への出前
(子育て支援センター)
昨日、東大阪市の「子育て支援センター」、「瓢箪山まちつくり協議会」、「河内西国霊場会」共催による〔地域ふれあい事業〕が、「子育て支援センターあさひっこ」さんで行われ、紙芝居法話を頼まれたので行って来た。
今回は久々に悩んだ。
というのは、対象者の年齢層が始まる直前まで解らないという事だったので・・。
で、主催者の方から、今年は「地震・津波被害」があったので、絶対『稲むらの火』の紙芝居はやって欲しいと頼まれていた。
が、この紙芝居も、考えてみれば大人向きに作ったものなので、セリフが難しい。
そして会が開けば、思ったとおり、幼児・お母さんから若者、そしてお年寄り方まで、混ざりあって座っておられる。
これは、セリフを読みながら紙芝居をめくっていては、子供は退屈し、かつ理解できないと思い、オールアドリブでセリフを語り、難しい箇所はすべてカットして、紙芝居を演じることにした。
そして、この日は『三尺三寸の箸』と『稲むらの火』の二本の紙芝居をした。
まぁ、なんとか(汗をかきつつ)僕の時間は終えた。(好評であったような感じはした・・が?)
(桂文福さんの落語)
その後、元、東大阪の瓢箪山住人であったという、『桂文福』さんによる落語が披露された。
ご本人の話によると、文福さんも〔和歌山県〕出身で、「稲むらの火」の話は子供の頃によく聞かされたらしい。懐かしかったとのことだ。
さて、文福さんは、さすがプロの落語士。話の間の取り方も上手で、話の合間にアドリブで、僕の紙芝居の事なども話に入れて進めてゆかれるので『凄い!』と思った。(勉強させて頂きました。)
そして、落語終了後、『河内西国霊場会』のお坊さんたちは、瓢箪山駅に向けて、(東日本大震災復興を願って)托鉢に出発された。
ほんま、各地域の世代を超えた〔ふれあい事業〕は活発になってきていると感じた一日であった。
『団体参拝客』、観光バスツアーがやって来た!
(大型バス到着!)
今日、浄土真宗大谷派(お東)の〔熊取・岸和田・貝塚・泉大津地区〕の推進員さんたちが、大型バスでツアーを組み、やって来られた。
つまり団体参拝であり、うちへは「紙芝居法話」を聞かれるのが目的だった。
大型バスで来られた為、(うちの前の道が狭いので)寺の門前まで入って来れなくて(苦笑)、近くの医院前にバスを留めて頂き、そこからは徒歩で来て頂いた。・・つまり、病から仏への道程であった。(何ちゅう、縁起でもないことを言うのや・・(でも、ここは笑ってもらうトコです。))
(本堂で勤行)
ドッドッドッと、お寺にやって来られたツアー団は、まずは二階本堂で勤行。(お東さんの「正信偈」の節は、うち(西)とはちょっと違うのだ!始めて聞かせて頂きました)
(紙芝居披露)
その後、一階ホールで「紙芝居披露」。(この日は、事前に(添乗員さんから)聞かせていていたお客さんのリクエストによって、「くもの糸」を中心にお話しさせて頂いた)
(また会う日まで!?)
そして、約一時間の『観念寺:紙芝居観光』は終り、ツアーのお客さんたちは、次の目的地である〔奈良:橿原市〕へとニコニコしながら向かわれたのであった。 おしまい
あ~っ疲れた。『お寺の出前』もしんどいけど、『お寺のお客』も結構・・くるわ。
それでは最後、『大型バス(バスごっこ)』の替え歌を・・。
「大型バスが、やって来る~
法話はみんな紙芝居
お困りね (ハイ)
戸惑いね (ハイ)
おもろいね (ハイ)
お笑いね (ハイ)
最後は皆で、礼拝(ハーイ)」 おそまつ!
来客が続いた一週間
先週、一週間は来客が続いた。
月曜には、(以前に書いたと思うが、)『お寺の出前』への弟子入り希望の『尼僧』さんが来院。
いろんな出前裏話を披露。・・驚かれたり、唖然とされたりした。・・で、今月、ご一緒に老人ホームに行って参加して頂くことになった。 さて、どうなるやろ?
火曜日、『サウンド紙芝居』を実践披露されている〔和我間々倶楽部〕の主催者さん達が来院。
次月、奈良の黒滝村でコラボでやる「紙芝居」の打ち合わせ。
水曜日、檀家さん(女性)、仏事相談の為、来院。(ここには書けない。)
金曜日、太子町役場の職員さん達が、先月の「灯路まつり」での出前法話のお礼に来られる。
まつりの編集写真などを頂く。
土曜日、檀家さん(男性)、身の上相談の為、来院。(ここには書けない。)
日曜日、河内長野市 観光ガイドボランティアの方々、来院。
河内長野の偉人について、紙芝居化できるかを話し合う。
・・以上。
人と会ってしゃべるのは疲れる。
が、お寺に来てくださるのは、有り難いことでもある。
さて今週も、お客さまの来院や「出前」が、多数控えている。
体力、気力を充電させておかねば・・。
紙芝居:「出家とその弟子(第三部 父と子)」 その5(最終回)

(善鸞)「お父上、善鸞でございます! お会いしとうございました。・・どうか、お許し下さい。私は、私は・・」
(親鸞)「善鸞、許されておるのだ。 誰も裁くものなどおらん。」
(善鸞)「私は悪い人間でした。多くの罪を作りました。私のせいでたくさんの人が迷いました。」
(親鸞)「お前の罪はすでに、〔阿弥陀如来〕様が先に償うて下さっている。・・許されておるのじゃ。
のぅ善鸞、わしはもうこの世を去る。
・・最後に聞きたい。お前は〔阿弥陀如来〕様の《お救い》を信じるか?」
(善鸞)「ゲッ!?」
(親鸞)「善鸞、わしを安心させてくれ。ただ『信じる』とだけ言うてくれ。」
(善鸞)「お父上、・・私には申せません。」
(親鸞)「ゲッゲッ!」
(唯円&その他の僧)「ゲッゲッゲのゲッ!」
(善鸞)「・・本当のところ、私は〔阿弥陀如来〕様のお力が信じきれないのです。
本当に〔阿弥陀仏〕は、我々を救い取って下さっているのでしょうか? 私たちの罪をすべて償っていて下さっているのでしょうか?・・正直、私には解らない。だから、信じるとは言えないのです。」
(親鸞)「・・そうか、お前は〔阿弥陀如来〕様の救いが信じられんか。
・・・・いや、それで良いのじゃ。それで良い。
阿弥陀如来という仏様は、信じきれない者も、救い取って下さる仏様じゃった。
・・ただ、阿弥陀様のお名前『ナムアミダ仏』とお呼びし、救い取って下さっていることに感謝申す。それが一番大切なことじゃった。
・・お前は〔阿弥陀〕様を信じきれなくても良い。
それでも〔阿弥陀〕様は、お前を見捨てはしないだろう。
信じきれぬままで、阿弥陀様はお前を救って下さっている。
安心せぇ。」
(善鸞)「父上、意味、解りません?・・私はすでに救われているのでございますか? こんなに苦しみ悩んでいるのに・・。」
(親鸞)「・・解らんでもよい。すでに救われておるのじゃ。いつか解る。必ず解る、善鸞。・・南無阿弥陀仏。・・さらばじゃ。南無阿弥陀仏。」
(善鸞)「お父上!」
(唯円&その他)「お師匠さまっ!」
(医者)「ご往生でございます。」
(善鸞)「・・あぁっ、父上。 ナムアミダブツ・・。」
おしまい
~終わりにあたっての一人事~
何という、意味難解な終り方でしょう。
善鸞は、「迷っている」と言っているのに、
親鸞は、「すでに救われている」という。
善鸞は、「信じられん」と言っているのに、
親鸞は、「信じられんでも、向こう(仏)はすでに救い取ってるから、そんなことかまわん。安心せぇ」と言う。
信仰の極致のようなこの問答。
書いてて、自分でもよう解らん・・気持ちでした。
実際のところ、親鸞聖人の臨終の場に、善鸞さんが登場される史実はありません。・・が、こちらの話の方が救われるような気がします。
自分の心を深く見つめ、自己反省の鬼のような極致に至った人間、親鸞。
自分自身の心を深く見つめれば見つめるほど、自分は《悪》であるという結論に至った人間、親鸞。
しかし、親鸞聖人は「わしは、悪人じゃ~!好きなように生きたるわい!」と考えず、(悪なればこそ)謙虚に謙虚に、謙虚の鬼のようになり、(『自分に厳しく、他人に優しい』という言葉のお手本みたいな)仏のような境地になられました。
こんな悪の塊りのような自分が生きている。・・それは『生きている』のでなく、〔仏さま〕によって『生かされているのだ』。だから生きていけてるのだ、いや、救われているからこそ生きてられるのだ・・と考えられたのでしょう。
そして、弟子たちに慕われ90年の波乱の生涯を送られました。
魅力的です。
願わくば、私も自己内省(内観)を深めて生きたいと思うのですが、そんな勇気はありません。おそらく、紙芝居を作ることによって自分自身の心をちょびっと見つめることしかできないでしょう。 でも、それで良いのです。 すでに救われているのですから。 そう、親鸞聖人もこのお話の中でおっしゃっておられたではありませんか。 ナムアミダブツ、南無阿弥陀仏。合掌
尚、この(深い)壮大な宗教文学の紙芝居化は、私の力不足でもあり、これが限界です。願わくば、原作を一度読んで頂ければ幸いです。もっと活き活きとした「唯円房」、「善鸞」、「左衛門」、「かえで」が登場し、ほんまマニアにとってはおもろい一冊です。是非、一読を ほんまにおしまい。
紙芝居:「出家とその弟子(第三部 父と子)」 その4
病床の間で・・。
(唯円)「お師匠さま、お薬をお召しになられませんか?」
(親鸞)「薬はもうよい。・・覚悟は出来ておる。仏さまがお召しになるのだよ。 この世の御用が尽きたのだ。」
(唯円)「・・・。」
(親鸞)「わしは随分長く生きた。・・・90年。 これは人に許されるまれな高齢じゃ。 金さん、銀さんには負けたがのう。」
(唯円)「・・・。」
(親鸞)「・・しかし、この期におよんでも、まだもう少し生きたいと思う。そんな心が残っておる。 浅ましいのう・・。」
(唯円)「お師匠さま、主な『ご門弟』は皆、集まっておられます。」
(親鸞)「おおっ、そうか。」
(唯円)「しかしながら、勘当されました〔善鸞〕さまは、この場に居られません。
・・・ご往生にあたって、どうか一言。『善鸞さまを許す』と申して頂けませんか?
これは、我々皆の願いなのです。」
(親鸞)「わしは、すでに〔善鸞〕を許しておるよ。・・心の中では早うになぁ。」
(唯円)「では、こちらに〔善鸞〕さまをお招きしてもよろしゅうございますか?」
(親鸞)「何っ? 善鸞がここに来ておるのか?」
(唯円)「はい、先ほど、早飛脚でこちらにもうすぐ到着するとの連絡がありました。」
(親鸞)「・・そうか、善鸞に会えるのか。」
(唯円)「到着されましたら、お師匠さまのお口から直接、『許す』と申していただけませんでしょうか?」
(親鸞)「・・わかった。 ・・しかし、善鸞の《信心》が、今はいかがなものか? 尋ねてみねば、ならんのう・・。
あやつは《阿弥陀仏》さまをどう思っているじゃろうか?・・是非、聞いてみたい・・。」
その時、あわてて〔勝信尼〕が部屋の外から声を掛けました。
(勝信尼)「お前さま、唯円さま、善鸞さまが到着されましたー!」
(唯円)「そうかっ、すぐにお部屋に入ってもらうようにお伝えせよ。 お師匠さま、善鸞さまが到着されました!」
つづく。 次回、いよいよ最終回。
紙芝居:「出家とその弟子(第三部 父と子)」 その3
・・どうして、親鸞聖人は、実の子〔善鸞〕房を義絶したのか、その訳を〔唯円房〕は妻に語り始めました。 
(唯円)「昔、親鸞聖人は、関東の地で長い間、布教された。
そしてその後、京都に戻られ、執筆活動に入られた。
しかし、お聖人の居られなくなった関東の地では、〔念仏の教え〕に対して、異論が沸きあがったんじゃ。
その異論者たちの団体(新興勢力)は日に日に大きくなっていった。
それに対してお聖人は、その者たちの異論を正そうと、ご自分の名代として、ご子息の〔善鸞〕さんを、使者に派遣された。
・・がしかし、善鸞さんには、そのような大役は無理であった。
いつしか、善鸞さんも、その異論者たちに巻き込まれ、その仲間になってしまったんじゃ。
そして、関東の地はさらに大パニックに陥り、・・それを収集させようと(お聖人は涙を呑んで、)善鸞さんを義絶し、混乱を収めたのじゃ。
・・これが、義絶(勘当)の理由じゃ。」
(勝信尼)「・・その後、善鸞さまはどうなされましたか?」
(唯円)「・・うん、もう、焼けのやんぱち、日焼けのなすび、色が黒くて食いつきたいが、わたしゃ入れ歯よ、歯がたたないわ、という、寅さんの口上のような気分に陥り、眉唾な新興宗教の教祖のようになり、毎日、酒びたりで荒れた生活をされたらしい。
・・そう、それ以来、善鸞さんは京には戻って来られなかった。
まぁ、お聖人に合わす顔もなかったであろうが、善鸞さんも頑なに詫びを入れなかった。
時どき、隠れるように京に帰ってきては、父の噂を聞き、そしてすぐ又、関東へ帰ってしまわれるらしい・・。
わしが風の噂で聞くところによると、『父上に直接会って謝りたい』と、最近では言っておられたそうじゃが、等々、それも叶わなかった。
・・が、本当はお聖人も、善鸞さんに会いたいはずじゃ。実の親子なのじゃもの。
しかし、世間の目もあって、それも叶わなかったのだと思う。」
(勝信尼)「・・なんと、悲しいお話ですこと。」
(唯円)「だから、わしはお聖人に内緒で、善鸞さんを探し、『お聖人がご危篤です。すぐに来られよ』と、手紙を書いた。
・・帰って来てくれれば、良いが。」 つづく
紙芝居:「出家とその弟子(第三部 父と子)」 その2

・・余談になるが、個人的に戯曲『出家とその弟子』と、映画『スターウォーズ』は似ていると思っている。
まず、どちらも壮大な「大河ドラマ」であると言う事。
そして、物語のテーマが似ている。
「師匠と弟子」=(オビワンとアナキン、又はヨーダとルーク)=(親鸞と唯円)、
「善と悪」=(ジェダイとシス)=(親鸞と左衛門との問答)、
「そして禁断の恋」=(アナキンとパドメ)=(唯円とかえで)、
そして「父と子」=(アナキン〔ダースベイダー〕とルーク〕)=(親鸞と善鸞)・・。
ひょっとして、ジョージルーカス監督は『出家とその弟子』を読んでいたの?・・んな訳ないか。
余談ついでに、もう一つ。
「唯円とかえで」は、どのように過程で結婚まで至ったか?
それは、原作(戯曲)にも書かれていない。・・おそらくそれは、この戯曲のテーマからいうと、「そんな事、たいした事ではないので(読者に)そのへんは勝手に想像してね」と、作者(倉田百三氏)が言っているように思える。
それも、(ひとつ例を出すならば)「スターウォーズ エピソード2」と「エピソード3」の間を紡ぐ、大事な「クローン大戦」のエピソード部分が映画には無くて、結局、アニメでちょびっと作り、ファンに「そこんとこは、想像してね」と、ルーカス監督がしたのも似ているような気がする。
あかん!・・なんか、このままでは今回「出家とその弟子」の本筋からどんどん離れていくような気がする。
この辺で物語に戻すことにします・・。 余談でした。
(かえで)「お前さま、それで、ご子息〔善鸞〕さまにご連絡なされましたか?」
(唯円)「・・・。 うん、お師匠さまには内緒で、関東にいる〔善鸞〕殿に手紙を出しておいた。
追っ付け、善鸞殿も駆けつけて来られよう。」
(かえで)「・・お前さま、一つお聞きしてもよろしょうございますか? どうして善鸞様は、大事な跡継ぎのご長男でしたのに勘当されてしまわれたのですか?」
(唯円)「うん、それはな・・。」 つづく
(又、つづくかいっ!? ひとつも話が進んでないやいけ!・・余談ばっかり書いてるから、こうなってしもうた。〔涙〕)
紙芝居:「出家とその弟子(第三部 父と子)」 その1

昔むかしの鎌倉時代。
・・前回の『唯円房の恋』のお話から、15年が経ちました。
お念仏の教えを世に広められた〔親鸞聖人〕も御年《90歳》を迎えられ、ついに病(ヤマイ)に倒れられてしまわれました。
そしていよいよ、その御往生の時が迫ってきておりました。
・・これは〔親鸞聖人〕とその息子〔善鸞(ゼンラン)〕さんとの、最後の別れのお話です。
(子供)「エーン、エーン、唯円父さまー。お母様があちらで泣いておられます~。」
(唯円)「そんな大きな声を出してはいけないよ。
ご病気の〔親鸞お聖人〕が、びっくりされるだろう。
〔かえで〕、・・いやお母様のことは心配しなくても良いぞ。
お父様が、すぐに慰めに行くでな。
お前たちは、お部屋で静かに遊んでなさい。」
(子供)「はーい。」
(唯円)「かえでー、かえでー、かえでは居るか?」
(かえで=勝信尼)「はーい、お前さま、私はここにおります。」
・・そう、前回のお話から15年。
〔唯円〕と遊女〔かえで〕は、晴れて結婚し、夫婦となっておりました。(・・そうか、こんなオチが待ってたのか。〔皆の声を代弁〕)
(唯円)「〔かえで〕、いや、今は〔得度〕をして〔勝信尼〕であったな。
子ども達が、『お前が泣いている』と言って心配しておったぞ。
いくら悲しくても、子供の前でそんなに涙を見せてはならん。
・・ところで、お師匠様のご容態は、そんなに悪いのか?」
(勝信尼)「はい、お医者様が『今夜がヤマだ』とおっしゃっておられました。」
(唯円)「そうか、いよいよご臨終あそばすか。
・・考えてみれば、お前と私が晴れて夫婦となり、今このように子供も授かり、幸せに暮らせるというのも、何かとお師匠さまがお世話を焼いてくださったお蔭じゃ。
まだ、その『恩返し』も出来ん内にお別れとは、私も涙が溢れてきた・・。」
(勝信尼)「お前さま、主な門弟の皆様には、ご連絡なされましたか?」
(唯円)「うん、皆にはわしから手紙で知らせておいた。」
(勝信尼)「では、ご子息の〔善鸞〕さまへは?」
(唯円)「・・・」
(何じゃ、この「・・・」は?、続きは次回。)つづく
認知症の方への法話
いつもいつも難しいと思い、又、もう止めたいと思うのが、認知症の方への(仏教)法話である。
老人ホームでの「法話会」のはなしだ。
昨日も、とある老人ホームで「法話」をするために、ホーム奥のエレベーターで、四階に上がった。
ドアが開いたら、そこにお一人の(認知症の)女性がしゃがみ込んでおられる。
「こんにちは・・」と僕。
「あんた、誰や?」とその御老人の女性。
「あの、今日、こちらで法話をさせてもらいます。・・仏さまの話です。・・聞いて下さい」と僕。
「そんなん、私は聞いてない!・・あんた、どこのお寺やねん。・・私等は忙しいねん」と女性。
「まぁ、そう言わずに聞いて下さい。・・すぐ終わりますから。」
と僕。
「何分ぐらいや?」と女性。
「10分ほどですから。・・しんどかったら、途中で帰られてもエエですよ。」と僕。
・・と、こんな調子で無理やり(五人ぐらいの方に)座ってもらって「法話会」を開く。
「今日は、『くもの糸』というお話をします。・・解りやすいように『紙芝居』を使ってお話します。」と僕。
「はやくしてや。こっちは忙しいねんから。」と先ほどの女性。
「はい、解りました。・・昔むかしのお話。或る日の朝、お釈迦さまは・・。」と、間髪おかずに話し始める。
話してゆくうちに、横をプイッと向かれていた先ほどの女性が、「紙芝居」を食い入るように見始める。
そして、紙芝居が終って、ちょっと人間のエゴについてお話して終りにする。・・ちょうど10分ぐらいだ。
この女性、さっきとは打って変わって、「良かったわー、お話。又、来て下さいね。」と言って、(上機嫌で)こんどは僕を、ここから帰そうとしない。そして、ご自分の身の上話を始める。何度も、何度も、同じ話を・・。しかし、ちょっとづつ、内容が変化してゆき、身の上話のつじつまが合い出す。・・が、今日はここまで。 僕は帰る時間だ。
彼女は、エレベーターのトコまで送りに来てくれる。(しかも手を振って見送ってくれる。)
・・がしかし、次回、お会いする時は、又彼女の罵声を聞いて、一から説明して、勢いで話を始めねばならない・・だろう。
『ほんま、自分はいったい何をしてるんや?・・こんな事やって、意味があるのか?』と自暴自棄になりながら、一階の受け付けで、次回に来る日を、又決めて帰る。・・しかも、作り笑顔で。
そんな自分が、時々嫌になるが、でもやっぱり好きなんやろなぁ・・。 入所者の方にお会いするのが。 僕の業かも。


