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東洋一の[藤棚]を見て来ました

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 浄土真宗の[紋]と言えば、下り藤(ふじ)。
 又、僕の尊敬する僧侶[円空]さんの好きな花と言えば、やはり藤の花。
そして、その藤の花言葉は、優しさ。
 一度、じっくりと[藤の花]を見たいと、前から思っていた。
 それで昨日、『東洋一の藤棚(ふじだな)』と宣伝される、愛知県津島市の『天王川公園』の「藤まつり」に行って来た。
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 ゴールデンウイークもあって、時間は掛かったが、その見ごたえは十分あった。
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 長さ、275メートルの『藤棚』のトンネル。
 又、12種類もある藤の花のいろんな色形、そして甘い匂い。
 疎水水面に映る、藤の花の美しさ。
 それを、名古屋名物[味噌カツ]をほおばりながら見て歩くアンバランスな僕?(笑)
 でも、岐阜出身の円空さんが気品のある優しい藤を好かれた理由が、少し解ったような気がしました。
 きっと、藤の花を見ながら、円空仏を彫ったこともあったのでしょうね・・。ねぇ、円空さん。

(西本願寺)伝灯奉告法要参拝&京都水族館を巡る

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 昨日、観念寺から、西本願寺へ『第25代専如門主・伝灯奉告法要』の団体バス参拝に行って来た。
 観念寺から総勢21名。
 法要は午後からなので、午前中は本山近くの『京都水族館』へ。
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 大型連休の初日でもあり、水族館は大賑わい。
 オオサンショウウオやペンギン、そしてイルカなど、童心に帰って見学させて頂きました。
 楽しかったー。
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 そして、お昼は本山前の旅館で昼食。
お腹一杯で、目は半分うつらうつら・・ええっ気持っちや~。そして、本山へ。
 本堂は満堂。席は真ん中の前の方。エエ席やー。よーく、法要全体が見えて有り難かったです。
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 天気は朝は快晴。のち、曇り。のち、(参拝中)突風でかみなりの大雨の大嵐・・だったそうです。(添乗員さんにお聞きしてびっくりしました。本堂内は解らなかったのです。)
 法要が終わって外に出てみたら、快晴で、うそみたいでした。
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 そして、お土産を買いに行く途中、本山でバイトしている娘たち新婚夫婦と合流。
 二人仲が良いので安心もしました。(本音です)
 大法要に、水族館巡りに、娘たちにも会えて楽しい一日でした。合掌

共命鳥、富士に羽ばたく!

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(作品名『赤富士と共命鳥』、by下河邉(しもこうべ)糸江さん:最優秀賞)
今日、『大阪府ねんりん美術展』に行って来た。
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(大阪国際交流センター)
 主催は、大阪府。後援は、一般財団法人大阪府老人クラブ連合会である。
 こちらの美術展に、(今年の二月に)紙芝居法話で呼んで頂いた『蓮浄寺』様の御門徒さまの[下河邉糸江]さん(95歳)の絵画が出展されていると聞いたので、見に行かせて頂いたのである。
 そう、絵は極楽鳥の『共命鳥』!・・富士の周りを飛んでいる。
 しかも、なっなっなんと、最優秀賞だ!おめでとうございます!
 この作品は、僕の『共命鳥』の紙芝居を観られて、インスピレーションを感じ描かれたのだそうだ。
 しかも、なっなっなっなんと、95歳の作品なのだ。・・凄いバイタリティだ!
 会場で、下河邉さんご本人にお会いしたので、いろいろと聞いてみた。
 下河邉さんは「紙芝居に感動し、これをテーマに是非、絵を描いてみたいと思いました。そして生きているパワーを注ぎました」と言われた。(僕の拙い紙芝居が、生きるエネルギーになったと、お聞きして嬉しかったわぁ。)

 で、ちなみに、この作品は、大阪府代表作品になって、今年は全国大会『あきた大会美術展』に飛び立つらしい。
 翔べ!共命鳥っ!
 

シュッとしてる・・?

 息子たち夫婦が遊びに来た。
 息子の嫁は、ちゃきちゃきの大阪娘。
 とにかく、明るくて面白い。
 言葉が面白い。
 忘れていた大阪弁の面白さを思い出させてくれる。
 「わっ、この人、シュッとしてる!」と昔の写真を見て息子と話している。
 思わず僕は、「なぁ、[シュッと]」ってどういう意味?」と聞く。
 息子の嫁は「シュッとは、なんというか・・、身体にぜい肉が付いてないというか、細いスタイル、カッコいいというか、・・とにかく、シュッとしてるんです。」
 僕は「ということは、今の僕はシュッとしてないんやね。」と言うと、
 嫁は「・・まぁ、シュッではなくて・・」と、笑っている。(そこは否定するとこやろ。正直なやっちゃ・・[笑])
 僕は「シュッではなくて、ジュッやろか?グジュッか?・・どれやろなぁ?」と笑って答える。
 嫁は笑いながら、「私も母も、今、シュッと写真うつるよう目指して、ダイエット頑張ってます」と言う。(お母さんもシュッを目指してるんかい?)
 僕は「これからみんなで、今年の目標は[シュッと見える]でいこな?」と、新しい家族の誓いを立てたのだった。
 でも、シュッて、やっぱりようわからん言葉やなぁ(笑)

雨の『寺カフェ』

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 昨日の『寺カフェ』デイは、あいにくの雨だった。
 「今日はお客さんが少なくなりそう・・」と、仏教婦人会メイドさんは心配そう。
 でも、大丈夫!
 心配しながらも、各メイドさん達は、携帯電話で「今日はは雨やから、お客少ないかも・・。あんたっ来てや!」と友達に招集の電話攻撃。
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 それで、いつもと同じ、満員御礼になりました。(無理やりやなぁ・・(苦笑))
 又、今日は隣町の婦人会の人が「自分達も『村カフェ』やりたいから見学させて!」と来られ、賑やかな寺カフェとなりました。合掌

橿原市:浄土真宗『西応寺』様にて[花まつり]

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先週、奈良県:橿原市仏教会金橋支部主催の[花まつりの集い]があった。
 会所は、橿原市の浄土真宗〚西応寺〛様で、そちらに『紙芝居法話』で呼んで頂き行かせて頂いて来た。
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 子供と大人を合わせて、5~60名ほどご来院下さっていただろうか?
 とにかく、子供たちは元気が良かった。
 お寺に子供たちの走り回る姿は、良く似合うと思った。
 紙芝居は、少し難しかったかもしれないが『お釈迦様物語』と『三尺三寸のお箸』を演じた。
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 それが終われば、第二部のクラフト[念珠づくり]。
 みんな、熱心に器用に作っておられましたよ。合掌

お約束の紙芝居

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 十年ほど前から、「必ず、この紙芝居を作って持って行きます」と、ある(落語好きの)お寺の御住職とお約束していた紙芝居がある。
 落語の祖『安楽庵 策伝(あんらくあん さくでん)』の紙芝居である。
 戦国から江戸初期に掛けて活躍した(浄土宗の)おもろいお坊さんの物語である。
 策伝さんの自称(芸名みたいなもの、本名でない)は[平林平太夫(ひらばやし・ひらだゆう)]という。
 有名な落語『平林』は、自分の名前の読み方の勘違いを使って作った小ネタである。(つまり自虐ネタの走りだ)
 戦国時代に実在した、正におもろいおっさん住職だ。
 ・・まだ、紙芝居は出来ていない。
 策伝さんの書かれた落語のネタ本『醒睡笑(せいすいしょう)』の原本は、すでに手に入れている。
 また、策伝さんの故郷、岐阜にも行き、又京都にも行き、取材は済んでいる。
 が、まだ、紙芝居は出来ていない。
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 第一部は『策伝、伝』とその生涯を描き、第二部で『醒睡笑』から、小ネタ『星を取る話』と『平林』を描こうと思っている。
 が、まだ出来てないのです。
 すいません、〇〇ご住職!・・おそらく、今年も間に合いません。恐らく持って行けないと思います。
 が、魂を込めて、今、作らせて頂いてますので、もうちょっと・・、願わくば、来年まで(来年という出番があるならば)待ってください。合掌 ~たいらばやしか、ひらりんか、いちはちじゅうのもっくもく、ひとつとやっつでとうきっき。 楽しい紙芝居になりますよー。
 
 
 

富田林:「明尊寺」様の永代経法要

 この頃、ボ~ッとし過ぎている。
  僕が・・である。
 初めて、富田林の[明尊寺]さまに呼んで頂き、紙芝居法話をさせて頂くことになったので、記念写真を是非撮ろうと思っていたのだが、(カメラの電池も代えて用意していたのに)家に忘れてしまった。
 出発するギリギリまで、新しい紙芝居を描いていたので、こんな間抜けなことをしてしまった。
 そんなことに、向こうのお寺に着いてから気が付いた。
「あっそうだ、携帯電話のカメラを使えばいいのだ!」と出して見たのだが、今度はカメラが不具合で作動しない。
 これは写真を撮ってはダメなのだ、と自分に言い聞かせ、美しい桜が似合う本堂を、目に懸命に焼き付け、無念の気持ちを抱いたまま帰って来た。写真が無い・・。
 ・・あぁ、でもちゃんと紙芝居法話はさせて頂いたので、まぁええか。そちらの方は後悔がないのだが、・・ホントこの頃、僕はボーとしてます。しっかりせなっあかんわ!

12年間続く『紙芝居法話』in堺市:極楽寺

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 堺市深井にある『極楽寺』さまは、現在、浄土真宗本願寺派のお寺であるが、創建されたのは、飛鳥・奈良時代の[行基(ぎょうき)]菩薩であると伝わっている。
 そう、この町の地名になっている[深井(ふかい)]とは、その昔、行基さまが深い井戸を掘り、水不足を解消させたので、この名になったのだそうだ。
 そして、行基さまの生誕地近くに、この極楽寺を建ててお説教の場とされ、町は発展していった。(極楽寺ご住職談)
 こちらのお寺・御住職と、僕とのご法縁は深く、紙芝居法話を(永代経法要を縁として、)もう12年間、続けさせて頂いている。
 檀家さまとも、「今年の仏教紙芝居は何ですか?」と気楽にお話できる間柄だ。
 「あぁ、今年の紙芝居はこちらの極楽寺を創られた行基さまの話です。」と僕は、昨日、答えた。
 「それは楽しみ!私らはここに住んでいて、行基という名を、忘れた事は無いけど、さて、どんな人か?というのは解らんですからねぇ⁈」と言われた。
 案外、地元の方も知らぬというのが、本音なのであろう。
 行基さまの紙芝居をした後、皆さんのご自分の檀那寺を見る目が、少し変わられたような気がしたのは、私だけだったろうか⁈・・な?。 合掌
 
 

和歌山県九度山『大石順教尼記念館』

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(実際に、順教尼さんと親しかったという記念館の館長さん。いろいろな順教尼さんの秘話を教えて頂きました。感謝です)

おととい、和歌山県の九度山にある『大石順教尼(おおいし・じゅんきょうに)』記念館へ行って来た。
 日本のヘレンケラーと言われた「大石順教尼」さんの紙芝居制作の取材の為である。
 明治生まれの大石順教尼さんは、大阪は道頓堀育ち。本名は大石よねと言い、舞妓を目指すが、17歳の時、養父の狂乱により、両腕を斬り落とされる。
 いわゆる『堀江六人斬り』の犠牲者である。
 一命は助かるが、両腕の無い彼女は絶望する。
 が、カナリヤがくちばしで雛を育てている姿を見て、口に筆をくわえて『写経』や『写仏』を描き、才能を開花させる。 やがて、結婚、出産、離婚を経て、高野山で出家得度。『順教尼』となる。
 そして、身体障がい者相談所を設け、心の拠り所と自立教育・厚生に力を注いだ。
 1968年4月21日に80歳でお亡くなりになる。
 ・・という凄い御方だ。
 このお方の紙芝居化制作の話を、館長さんにすると、「是非、作って下さい!制作の為の資料はお貸ししますので、完成したら持って来て披露して下さいね。」と言われた。
 今の時代からこそ、求められている偉人『大石順教尼』。
 是非、紙芝居を作らせて頂きます。合掌