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紙芝居:「長生きしたや物語~曇鸞大師の話」(後編)

 人は大病をしたり、人生の大きな問題にぶつかる時、『カルト』に救いを求めたりする。それは古今東西、変わりがない。曇鸞大師も、きっとそうだったに違いない。だから『不老長寿の法』を探しに出たのだ・・と思う。・・・かつて僕もそうあった。 では、(続き)をどうぞ 
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「おおっ、よくぞ来られた!私が仙人の〔陶弘景〕です。あなたが来られる事は、夢のお告げでわかっておりました。さぁ、あなたに私の《秘法》をすべてお教えしましょう。」と、山奥の洞穴に住む〔陶弘景〕仙人(道士)は、喜んで〔不思議な術〕をすべて〔曇鸞〕様に教えてくれました。
 そして、「くわしくは、この《巻物》にすべて書いてある。忘れた時に、是非これを開きなさい。これをあなたに差し上げましょう」と、〔曇鸞〕様に差し出されました。
〔曇鸞〕様は、喜んでその『不老長寿』、その他諸々の《秘法》の巻物を頂かれました。
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 願いが叶って得意の絶頂の〔曇鸞〕さま。
 故郷に帰る途中、『洛陽』という町で、一人のインドの〔菩提流支(ぼだいるし)〕という偉いお坊さんに出会いました。
 〔曇鸞〕様は、このインドのお坊さんに、自分の《秘法》を少し自慢したくなって、「あんた、いくら《仏教》が凄い教えだと言っても、この《不老長寿の法》には叶わないでしょう!」と言いました。 するとこのお坊さんは・・、
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「お前さん、なんとつまらない、情けない事をお聞きになるのですか」と、答えました。
 そして続けて、「あなたは、この世に『死なないで済む方法』など、本当にあると思うのですか?そんなの手塚治虫氏の『火の鳥』の漫画の世界だけのお話ですよ・・とは言わず、あなた、この世に生まれたモノは、すべて死ななければなりません。
 まぁ、たとえ、相当長生きが出来たとしても、それでも生まれた以上は滅するのです。それが自然の法則というものでしょう。あなた一人がもの凄く長生きしたとしても、それで幸せなのですか?話相手は、浦島太郎ぐらいしか否ませんよ・・とは言わず、それより、仏様の教えこそ、決して死ぬ事のない《極楽》に生れる法が書かれてあるのですよ。」と言いました。
 それを聞いて「ハッ」とした〔曇鸞〕様は、「それは、何のお経に書かれてあるのですか?」と聞くと、
「この『観無量寿経』というお経を読めばわかりますよ。」と言われ、そのお経を下さいました。
 そのお経を早速、読んだ〔曇鸞〕は、「なんと、どんな罪深い者でも、すべて《念仏》をするだけで救われ、《仏様》の国に往けるのか!なんと有難い事が書かれてあるのだ・・。自分の事だけを考えていた自分が情けない!」と、
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 仙人から頂いた、《不老長寿、その他の秘法》全十巻(特製バインダー無し)の巻物をすべて燃やしてしまいました。(あああああっー、もったいなくない!)
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 その後、〔曇鸞〕様は《お念仏》一筋に生きぬかれ、故郷に『玄中寺』というお寺を建て、たくさんの本を書かれ、(一説によると67才で、・・ちょっと長生きとは言いにくいかな?)亡くなられました。 おしまい

紙芝居:「長生きしたや物語~曇鸞大師の話」(前編)

 平成20年の日本人の平均寿命は(男:79才)、(女:86才)だそうだ。(厚生労働省の発表より)
  ところで皆さんは、この『平均寿命』よりもっと長生きしたいと思いますか?
 それでは「長生きしたい」とお答えになった方にお聞きしますが、・・では、それは何のために?
 今からお話する方は、学問を究める為に「長生きしたい!」と考えられた、ちょっと変わった(いや、ご立派な)お坊さんです。
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 今から1500年程前、中国はいくつもの国に分かれていました。
 このお話の主人公〔曇鸞(どんらん)大師〕は、《北魏》の〔雁門(がんもん)〕という所で、お生まれになりました。
 〔曇鸞〕様、15才の時、近くの《五台山》という山の上にあるお寺へ、お参りに行かれました。
 「ああっ、ここは良い所だなぁ~。こんな静かな所で仏様にお仕えしたい。」と、〔曇鸞〕様はそうお考えになり、《出家》なさいました。
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 ところが、〔曇鸞〕様は熱心に勉強し過ぎて、重い病気になって寝込んでしまいました。
 床の中で高い熱にうなされながら、〔曇鸞〕様はつぶやかれました。
「ああっ、私はこのまま死んでしまうのだろうか?・・まだ死にたくない。・・できればもっと、長生きがしたい。長生きしてもっともっと学問がしたい!本が読みたい!・・。」と。
 やがて、この病いも奇跡的に癒え、〔曇鸞〕様はご回復されました。
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 そして、起きれるようになった頃、〔曇鸞〕様は、ある決意をしました。
「うんと勉強する為には、長生きをしなければいけない。・・いや、願わくば、『死なないですむ方法』を見つけ出したい!」と思うようになったのです。
 そんなある日、南の《梁》という国に〔陶弘景(とう:こうけい)〕という仙人が居て、『不思議な術』を教えているとの噂を聞きました。
 『長生きできる術』を探していた〔曇鸞〕様は、早速、この仙人を尋ねる事にしました。
 それは山を越え、川を渡り、長い苦しい旅でもありました。
 つづく

気の合う人、合わない人・・

 ・・とある〔老人ホーム〕で、先日あった話。
 僕は『紙芝居法話』をする為、昼過ぎ、その施設のホールに入った。
 そこにはすでに、7・8人のお年寄りの方が待って居られた。
 そして、一人の白髪の車椅子の女性が、衣姿の僕を見つけるとすぐに真横に来られ一言。「あのな~、私、あの人に殺されますねん。あの人、私を嫌って命狙てますねん」と言う。
 僕は思わず「はぁ~?」と言って、内心『この人、認知症の方やろか?』と思った。・・そして「あぁ、そうですのん」とだけ言って無視した。
 ・・が、この女性、確かに(テーブルの向こうの)一人の女性だけを見て、おっしゃっている。
 そして、向こうの女性もこちらを睨んでおられる。
 罰が悪くなったのかどうかは解らないが、先の車椅子の女性は、僕が『紙芝居』をする前に、ご自分の部屋に帰ってしまわれた。
 そして『紙芝居』が終ったら、今度は、こちらを睨んでいた女性が僕の前に来て一言。「あの人、何を言うてはりましたか?」と聞いて来られる。
 僕は「さぁ~?」と誤魔化したら、この方、「私が殺すと言うてたのとちゃいますか?」と言われる。
 僕は「ちょっと場所を変えてお話しましょか」と言って、少し場所を移してお話することにした。
 女性は続いて、「私はこの施設では新参者や。あの人は一番古い。そやから、何かと私を苛めるんや。・・この前もちょっと違う席に着いただけで、『そこはあんたの席と違うで!』と噛み付いてきたんです。私、腹立ったから言い返しましてん。そしたら、それからずっと『殺される』ばっかり言うて、睨みますねんあの人・・、嫌で堪らんわ。」
 僕は「そうですのんか。嫌な思いをされてますのやなぁ。・・でもね、あの人、ちょっとわけが解らんようになって、心にもない事を言ってるんやと思いませんか?」と言うと、「解ってますねん。解ってますねんで・・。でも、しんどいんや」と、目をキョロキョロ、ウルウルさせながらおっしゃった。
 「この人、相手が認知症やから仕方がないと解ってはるんや」と、僕も判ったのだが、どうすることもできない。
 すると、一人の男性がさっと横にやって来て一言、「この人、わしの死んだ嫁さんに似てますねん。綺麗やったわー。」と、救いの声を上げてくださった。この一言で、「まぁ、冗談ばっかり。いややわぁ」と、この女性の機嫌は少し収まった。
 僕は、この小さな(15人程の)世界でも、『気の合う人、合わない人』がいる。・・そして、ちゃんと『心のサポートをしてくれる役割の人』もいると、改めて『人間社会』の仕組みを学んだような気がした。
 ・・帰り、ちょっと気になったので、僕は上の職員さんに、先の女性の事をお話し、この二人を別々のフロアーに離すことはできないかと、お話してみたが「今の苑内状況ではそれは難しい」と言われた。
 「仕方がないのか・・」と、わざと大きな声で呟いて僕は帰ることにした。
 

親鸞聖人750回大遠忌お待ち受け 近畿大会

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 昨日、小雨降る中、〔大阪城ホール〕にて《親鸞聖人750回大遠忌お待ち受け 近畿大会》という大イベントが行われた。 
 (写真)はそのイベント風景です。見難いかもしれませんが、前面に巨大な阿弥陀如来様のお掛け軸が掛かっています。まるで巨大な仏壇が現れた様・・・。(これがホンマの〔大阪城ホール〕への『お寺の出前』!・・失礼)
 この巨大なセットと動員数(約9000名)は、もはや「待ち受け」とは思われない!
 ・・まぁそれで、昨日、近畿各地(大阪・京都・奈良・兵庫・滋賀・和歌山)から、ご門徒の皆さんが観光バス等でお集まりになり、皆でこの〔プレゼンテーション的・大イベント法要〕を、盛大にお勤めする事ができた。
 そのイベント内容は、記念法要、御法話の聴聞、そして、由紀さおり・安田祥子さん(名づけて安田シスターズというらしい。自分たちで言っておられた)のメモリアルコンサートもあったりした。(例のお二人でハモる「トルコ行進曲」もあった。・・《生》はやはり引き込まれます)
 さて、普通の人なら、年忌法要はだいたい〔50回忌〕でお勤めは終ってしまうのだが、そこはやはり一宗派の〔ご開祖〕様という事で、750回忌前の《待ち受け法要》でもこの規模だ。本番はどないなんねんやろ・・。人もお金も動くのやろうなぁ。凄い話である。・・が、肝心のその〔教え〕も、思いっきり動いて浸透してもらわないと・・。
 さてさて、私の友人の僧侶も含めて、このイベントの準備はとてつもなくしんどかったろうと思う。・・どうか、お疲れ出ませんように。合掌

親鸞聖人の夢

 昨日、親鸞聖人の夢を見た。
 もちろん夢なので、何故登場されたのかは解らない。
 ・・おそらく今、親鸞聖人の『出家とその弟子』という「紙芝居」を作っているので、夢という形で〔幻影〕が現れたのであろう。
 夢の中の親鸞聖人は、笠を被り、小さな身体で、杖を持ち、シルエット(影絵)で、(なぜ、シルエットなのか訳が解らん。)僕の前に出て来られた。
 僕は、これは絶好の機会だと思って、夢の中で色々と質問した。
 お聖人は一つ一つ丁寧に答えて下さった。(夢でもうれしい・・)
 たとえば、僕はお聖人に「この(西洋のキリスト教的視点からも見た『出家とその弟子』という)紙芝居を作っても良いでしょうか?・・間違ったお聖人の教えを伝える事にならないでしょうか?」と問うた。
 お聖人は、「神仏の教えを伝える事に、これは間違いだとか、間違いではないという事は、自分で決めることではない。その判断は仏様にお任せせよ。自分が感じたまま思ったままを作りなさい」と答えてくださった。
 又、「僕がよく老人ホームでやっている「子供を亡くしたゴータミー」という紙芝居ですが、これはお聖人の教えではないですが、良いでしょうか?」と、いう質問に対しては、
 「その(ゴータミーの)話は、私の説いた教えではない。・・が、同じお釈迦様の教えである。私の教えもお釈迦様の教えである。だから結果的に一緒である。自信を持って布教せよ。」と言われた。
 又、「老人ホームとか病院とかでの布教は、自分のお寺の繁栄にならないですが良いでしょうか?」とかも質問すると、
「そのような場所での布教こそが、本当の布教である。自信を持て。力一杯回れ。お寺の繁栄にならなくても、それこそが私が望むものだ」と言われた。
 ・・今、このブログを書いていて、どうやら、どれもこれも、このお聖人の声は、自分の心の声の反映のような気がする。
 たかが夢、されど夢。・・でも良い。なぜか今、僕の心は安心観で一杯なのだ。

三度目の〔ゆおびか〕

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 昨日、午前中の「月忌参り」を済ませ、お昼から車を飛ばして、大阪市東成区にある『グループホームゆおびか』に、三度目の「お寺の出前」に行って来た。
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 一回目は去年の〔春〕、二回目が〔秋〕で、そして昨日が三度目、はじめての〔冬〕の出前となった。
 話の内容は、例によって例の如く、職員さんから「極楽へうまく往く為の方法(その3)を伝授して欲しい」と、リクエストされ、そこのトコは前回と同じで、お経さん『阿弥陀経』を頼りに、ちょこちょっことだけお話し、後は「紙芝居」を見て楽しんで頂いた。
 僕は、いつも同じようなお話しか出来ない! ・・が、103才の女性を筆頭に、皆さん真剣に「うんうん」と頷き、初めて聞いたようなお顔をされるので、こちらも初めてお話しするような顔をしながらしゃべった。(笑い) 
・・・あの~、この場を借りて一言。『極楽往きの話(その4)』はもう無いですから・・。 今度は皆さんが「どのようにすれば極楽に往けると思うか!?」というお考えを、私に聞かせて下さいね。

今年も出ます!『花まつり』

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 今年も、4月3日(土)に大阪本町『本願寺津村別院〔北御堂〕』で行われる《花まつり》=〔お釈迦様のお誕生日をお祝いする日〕に、「お寺の出前」が『お寺へ出前』する事となりました。
 入場は無料でーす。 ちなみに僕は〔11時半〕からの出番で~す。
 大人も子供も楽しめるような「紙芝居」をしたいと思います!
 お時間ございましたら来てくださいね~。
 《仮面ライダーW(ダブル)》も来るよー。
 僕はライダーの前座だよ~。(笑い)
 又、ライダーとの握手会もあるよー。(僕も握手してもらおうっと!)

「チビッ子なをもて握手をとぐ、いはんや坊主をや」=〔意味:チビッ子なら必ず(ライダーは)握手をしてくれる! それなら(マニアックそうな)僧侶には当然、(無視しては危険だと思って)握手をしてくれるだろう・・〕

淡路島へゆく!

ファイル 457-1.jpg (淡路島から見た明石海峡大橋)
「・・さぁさぁ、ものの始まりが一ならば、国の始まりは大和の国、島の始まりは『淡路島』・・。」ではじまる『男はつらいよ』の寅さんの〔口上〕。 
 僕は映画で、この口上を聞く度に、「日本のルーツの島は『淡路島』なんや・・。この島に住みたい!」と、この島に淡い憧れを覚えていた。
 現に僧侶に成る前は、『人間らしく生きるとは、大地と共に働く事だ!』と、(今から考えれば子供のような夢を抱いて・・、)憧れの淡路島で〔お百姓〕に成ろうと志し、何度も知り合いを頼って、〔たまねぎ畑〕のある物件を探して回った。(今から25年程前の話であるが・・。又〔世捨て人〕にも憧れた。・・ほんま嫁さんには心労を掛けまくった)
 そんな僕は夢破れて、いや、『仏さまの思し召し』で僧侶となった。
 ・・が、その時の思いが今もあって、今でもよく『淡路島』に遊びに行く。 ・・それで昨日も行って来た。
 今はもう、(体力的にも無理で)お百姓さんになろうとは思わないが、この海と山と畑と温泉の出る町が、すぐ近くに全部そろっている島が、今でも大好きなのだ。
 作家の〔灰谷健次郎〕さんも、一時この島に住んでおられて、会いにも行った。
 又、江戸末期の豪商〔高田屋嘉兵衛〕氏の子孫の方ともお会いした。
 あぁ、願わくば、晩年はこの島で、空を見て海を見て生きてみたいなぁ・・。
 甘い〔淡路たまねぎ〕をかじりながら、今日もそんな事を思った。
 

紙芝居:「唯円房の歎き~『歎異抄』かく語りき~」 その9&あとがき

 (唯円)「あぁ、もうこのような時分・・。夜が明けて参りました。
 まだまだ、お話したき事は多々ありますが、今日のところはこの辺で終ると致しましょうか。
 ・・そうそう、最後に一つ思い出しました。
 〔お聖人〕はよくこうおっしゃっておられました。

(親鸞聖人) 「〔阿弥陀仏〕が、迷える我々を救わんが為に《願い》をかけて下さったのは、ひとえに、この罪深い〔親鸞〕一人を救わんがためであった。なんと有り難い、もったいない事か・・」と。
 私(唯円)は、このように〔お聖人〕が、常にご自分の事としてお話なされたその真意は、実は、私どもの罪悪がどれ程深いものかを教える為ではなかったか、又〔阿弥陀仏〕の〔ご恩〕がどれほど尊いものであるという事かを、気づかせる為ではなかったかと、・・そう味わっているのでございます。
 ・・そう、〔お聖人〕は『他人の善悪』を問わず、常にご自身の心の内を見つめながら、我々を教え導いて下さいました。
 ・・実にすごい御方でございました。

 ・・さて、今まで私がお話して参りました事は、いずれ『歎異抄(たんにしょう)』=〔お聖人と(異)なった事を云う弟子たちを、私は(歎)いている書(抄)〕と題して、発刊する予定でございます。
 〔親鸞聖人〕のお心を、もっと深く味わってみたいと思われました方は、是非一読されます事をオススメ致します。
 ・・が、しかし、前にも述べましたように、〔お聖人〕のお言葉は、誤解を招きやすき所もございますので、・・ゆえにそのご真意をじっくり味わって、拝読されます事をせつにお願い申し上げます。
 それでは皆様、このへんで失礼いたします。合掌
 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・。」 
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おしまい

〔あとがき〕にかえて
・・ようやくこの『紙芝居』を書き終えました。
 実にしんどかった!(笑い)
 この作品は、実は『五年程』前に作ったもので、(今から思うと)なんと(この日本を代表するといわれる『宗教書』を)恐れ知らずに(独断と偏見の暴走的解釈で)作ったかと、今読み直しても超恥ずかしい次第であります。
 ゆえに、このブログでも、今回は(おかしな解釈部分を)殆んど書き直しました。(それでもこの程度なので・・・、すんません。)

 さて最後に、「私(カンネン亭主)は、このように『親鸞聖人』を理解してます!」というコメントを《おまけ》につけて、本当に終りたいと思います。
 皆さんは、「〔神様・仏様〕は、私が信じる(拝む)、存在として在る!」と、お考えではないでしょうか?
 私が(勝手に)思いますに、〔親鸞聖人〕はそれを『逆の方から(阿弥陀仏の方から)』見られた御方だと思ってるのです。
 「まず、仏さま〔阿弥陀仏〕在りき!!(これは絶対第一、前提条件!)」
・・そして、「〔阿弥陀仏〕から、見られた〔私〕」として、すべてをゴチャゴチャと考える!」
・・すると「本当の欲深き自分の姿が見えてくる。・・それでも私は〔阿弥陀さま〕に守られている!・・そんな自分に気づく!・・めっちゃ嬉しい!・・だから感謝の心として〔阿弥陀さま〕のお名前を呼ぶ!・・『南無阿弥陀仏』と・・。」という《思考回路》の御方ではなかったかと思うのです。
 そこが、(現代の大多数でもある)『自己中心的、ご利益信仰』とは違う魅力を発信している宗教人として、注目されているのだと僕は思うのです。
 そのようなお考えをすでに《鎌倉時代》に確立された御方〔親鸞聖人〕!・・その当時の日本人離れした思考を持たれた《翔んだ人!》とでも云いましょうか。 そんなところが私は大好きなのです。・・さて、皆さんはいかがでしょうか?
 以上、〔あとがき〕にかえて。  合掌 

紙芝居:「唯円房の歎き~『歎異抄』かく語りき~」 その8

 又ある時、お聖人様は、私(唯円)がびっくり!するような事をおっしゃいました。
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(親鸞聖人)「唯円、お前は私の言う事を信じるか?」
(唯円)「はい、もちろんでございます。」
(親鸞聖人)「そうか。では、私が今から言う事に決して背かぬか!?」
(唯円)「はい。」
(親鸞聖人)「では、今から町に行って、人を〔一千人〕殺して来ておくれ。 そうすれば、お前は必ず〔極楽浄土〕へ『往生』できる! さぁ、殺って来い!」・・と、おっしゃられたのです。
 「ヒェーッ!」と、私はもうびっくりして、
(唯円)「・・いっいかに〔お聖人〕の仰せとはいえ、私のような人間は〔一千人〕はおろか、〔一人〕だって殺すことはできません!」と、言いました。
(親鸞聖人)「ワッハッハッハッ、唯円、びっくりしたか!?・・すまん、すまん。・・だがな、では、どうして先に『ワシに背かぬ』と言ったのか?」
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(親鸞聖人)「これで解ったであろう・・。
 すべての事が《自分の思い通りになる》と思うなら、『往生』の為と云って、人を何千人でも殺す事ができよう。
 しかし、たった一人を殺すだけの《宿業(シュクゴウ)》も、備わっていないからこそ、お前には無理なのだ!
(注:《宿業》とは、「過去世に造った善悪の業のこと。これは過去世になした行為が原因となって、今生の在り方が規定されるという考え方にもとづいている。『浄土真宗聖典(注釈版)』より)
 自分の心が《善》だから、殺さぬのではない。
 又、『殺すまい!』と思っていても、百人、千人と殺してしまう事もあるのじゃよ。
 我々の心が良ければ《善》、悪ければ《悪》、と思って、〔阿弥陀仏〕の『願い』の不思議さに、助けられている事に気づかずにいる。・・それが良くないというのじゃ。」と、おっしゃられました。
 つづく (次回、最終回じゃ・・)

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