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紙芝居:「妙好人 赤尾の道宗」(その1)

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 純粋な信仰心においては、飛びぬけた境地にある人。
・・それを『妙好人(みょうこうにん)』といいます。
 今からお話する[越中赤尾(=今の富山県南砺市)]の『道宗(どうしゅう)』という念仏者もその一人です。
 道宗さんは、妙好人の元祖ともいわれ、蓮如上人(=浄土真宗中興の祖)に帰依した伝説的な人物です。
 たとえば、道宗さんは『蓮如上人のおっしゃることを不可能と思ってはダメ。・・琵琶湖を一人で埋めよとおっしゃれば、「はい、わかりました」と言って引き受けよう』と言われた方です。(蓮如さま命っ!やったんやな~)
 又、眠る時、阿弥陀様の48誓願を、常に忘れぬように、いつも48本の割り木を敷き詰め、その上で休んだとも云われています。(ここまでくると、ついて行けない!いやっ、僕はついて行きます・・紙芝居を描く為に、惚れこまなっ!)
 一途な一途なまじめな信仰者、越中赤尾村の道宗っ!それでは、紙芝居のはじまり、はじまりー。
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 道宗さんは、幼い頃、弥七(やしち)と呼ばれていました。
 弥七の父[先祖]は、平家の落ち武者でした。
 源氏との戦に敗れた為に、この山里に隠れ住んだのです。
 弥七の一途な性格は、この武士の血から来ているのかもしれません。
 が、弥七が小さい時、母が死に、父も病気で亡くなってしまいました。
 そして、一人ぼっちになった弥七は、同じ村に住むおじさんの家に引き取られたのでした。
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 「おじさん、どうしてオラのおっ父とおっ母は早く死んじゃったの?・・オラ寂しいよぉ。・・もう一度会いたいよぉ。」と弥七はおじさんにいいました。
 それを聞いて、おじさんは慰めようと話し始めました。
 つづく
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(道宗生誕地:富山県五箇山[ごかやま])
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(道宗誕生地に建つ南砺市[行徳寺]様)

「パパっ、パパっ・・」

 毎月通う、[病院]でのはなし。
 その日も、満員の待合室で、僕は[診察]を座って待っていた。
 その時、どこかの(会ったこともない)おチビちゃん姉弟(推定二・三歳未満)が、僕の前にやって来て、僕のちょっと出たお腹を突然さすり、「パパっ、パパっ」と言い寄って来た。
 爺ちゃん婆ちゃんギャラリーは、一斉に僕の方を見た。・・視線を感じた。・・檀家さんも居た。
 その子らのパパと、僕が似ていたのかもしれん。
 僕は子供が嫌いでは無いが、おかしな噂が立ってはいけないので「おっちゃんはパパと違うでぇ。お腹は似てるかもしれんけど。早よ、ママのところへお帰り」と言えども、悪じゃり達は無視して、僕の膝に「パパっ」と言って乗って来る。右ひざに姉、左ひざに弟と・・。
 周りの視線が気になる僕はスマホを出して、ちょっと無視しながら、膝を伸ばして「滑り台ー。」と膝から追い払った。
 が、子供たちは調子に乗って、今度は待合室に置いてある人形のおもちゃを持って来て、僕のお腹で「ぼよーんぼよーん」と遊び始めた。
 さすがに、ママがやって来て「すみません」と言いながら、弟だけを退避させる。(姉の方がたいへんなんやで!)
 そして、周りに聞こえるような小さいような声で「パパは家でお昼寝中やねー。」と言った。(自分を守ってどうすんねん。)
 その内、姉はイスを僕の前にズズーと持って来て「はい、お腹をだしてくださいね」と、診察ごっこが始まろうとしたその時、「宮本さん、早く血圧を測ってくださいねー」と看護師さんが助け舟にならんような業務用トークをしてきた。(それより、子供にかまったれやぁ![笑])
 が、「はーい」と血圧計の所に僕は避難するが、血圧はいつもより高くなってしまった。
 そして、診察の先生が『宮本さん、いつもより血圧高いですねー、どうされましたか?』と一言。
 僕は笑うしか、答えられなかった。
『パパっ、お疲れでしょうけど、昼寝せんと、子供にかまって遊んであげまちょうね!』
 
 

お盆が終わりました・・

 おそらく一年で一番忙しい期間、お盆ウィークが終わりました。
 早朝のお墓参りから始まって、全檀家さん宅参りに終わる恒例の行事、お盆参り。
 今年も暑かった。・・年々、体力の低下が身に沁みます。
 が、今年は、娘夫婦が手伝ってくれたので、すんごく助かりました。
 よっしゃあ、これで今年も、無事に乗り切ったぞ!
 紙芝居描こ。

紙芝居:「常識」(その4:最終回)

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 血の痕を追っていくと、大きな洞窟がありました。
 その前で、大きなタヌキの化け物が、矢を受けて死んでおりました。
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 大変まじめで、修行熱心な和尚さんは、化け物に簡単に騙されてしまいました。
 ・・がしかし、『常識』を身に付けていた学問の無い猟師は、決して騙されませんでした。
 
 『常識』とは、普通の一般の人が、普通に持っている知識や思慮分別のことです。
 常識を持った猟師が、一途な修行僧の命を救った、(ある意味)皮肉なお話でした。 おしまい

紙芝居:「常識」(その3)

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猟師の放った矢は、仏様の胸に命中しました。
 その時です。
 バリバリバリバリッと、地が裂けたような音がして、一瞬にして、仏も霧も消えて無くなりました。
 「なっなっ、何ということをしてくれたんじゃ!この罰当たりな奴め!」と、和尚さんはカンカンです。
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 すると猟師は、「まあ、落ち着いてください。あれはおそらく仏様ではありませんよ。」と答えました。
 和尚さんは「なぜじゃ⁉」と問うと、
 猟師は「常識で考えてみてください。
 和尚様は毎日、厳しい修行をされている。
・・それで、仏様がお姿を現されるのは解ります。
がしかし、お経もまだ読めない小僧さんや、信心も超薄いこの私までもが、なぜ、クッキリハッキリ仏様が見えるのでしょうか⁉
・・あれは間違いなく魔物です。臭いで解りました。
 きっと、機会があれば、和尚さん達を食い殺そうと、そのチャンスをうかがっていたんですよ。」と言いました。
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 そして、次の日、弓矢を放った所をよく調べてみると、点々と、獣の血の跡がついていました。
 そして、その後を追っていくと・・、 つづく

紙芝居:「常識」(その2)

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 その夜、和尚さんと小僧さんと猟師は、お寺の山門の下に座り、じっと手を合わせておりました。
 すると、
 目の前の林が、ざわざわと風もないのに動いたかと思うと、小さな光が二つ、キラリと輝きました。
 そして、白い霧が立ち込めたと思うと、その中に突然・・、
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 白い大きなゾウに乗った、普賢菩薩が現われたのでした。
 「あっ、仏様だ!‥あぁ有り難や・・。」と、和尚さんと小僧さんは、一心に手を合わせました。
 その時です。
 後ろで控えていた猟師が、突然立ち上がり、一歩前に出たかと思うと、
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 大きく弓を引いて、仏めがけて、矢を放ったのでした。
 つづく

紙芝居:「常識」(その1)

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 小泉八雲原作 『常識』より
 昔々、
 京都の愛宕山(あたごやま)のお寺に、大変まじめで、修行熱心なお坊さんが住んでいました。
 ある日、このお坊さんのお寺に、一人の知り合いの猟師が、野菜やお米を持って訪ねて来ました。
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 和尚さんは、猟師に向って言いました。
「おうおぅ、いつもながら、すまんこっちゃのう。
・・おお、お前さんに話したい事があるのじゃ。
 この前、お前さんが来てから、この寺で不思議なことが起るんじゃよ。
 知っての通り、わしはこの寺で、熱心に修行に励んで居る。・・その功徳か?どうかは解らぬが、最近、毎晩、ゾウに乗った普賢菩薩(ふげんぼさつ)様が、お姿を御見せになるんじゃ。
 わしの弟子の小僧も、毎晩見ておる。
 お前も今日は泊まって、一度拝ませてもらってはいかがかな?」と。
 猟師は、「それは有り難い!是非拝ませて下され。」と言いました。
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 がしかし、『果たして、信仰心の薄いこのわしにも、仏様のお姿が見えるのじゃろうか?』と思い、
 お寺の小僧さんに、尋ねてみることにしました。
 すると小僧さんは、「はいっ!このお経も読めぬ、修行も出来ておらぬこの私にも、有難いお姿が毎晩見えます!」と答えました。
 それを聞いて、猟師は『ほぉ~ぉ』と言いながら、少し疑いの気持ちが沸きました。
 その晩・・。つづく
 

真夏のクリスマスベル

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 本日、観念寺にて、仏婦会主催の『編み物教室』を開いた。
 今回は、御門徒先生のご指導による、可愛い『クリスマスベル(写真)』の編み物制作であった。
 ・・なぜ、この暑い時期にクリスマス・ベル制作かというと、ただ、冬季の皆さんの日程が取れなかったから・・それだけの理由だ。
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 それでも皆さん、汗をかきながら、季節はずれの編み物を一生懸命に作っておられました。
 この編み物クリスマスベルは、食器洗いのエコたわしに、なるそうです。
 ご苦労様です。
 今年は早めに、ツクリスマス・・た。

富田林:教蓮寺さまの[盂蘭盆法要]

 おととい、富田林:教蓮寺さまの[盂蘭盆法要]にお招き頂き、『紙芝居法話』をさせて頂いた。
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 こちらの境内には、由緒ある『お地蔵様』があり(写真)、お地蔵様にちなんだ紙芝居の作品を演じた。
 又、『お盆の由来』の話も、御住職様がご希望されたので、それも混ぜ込みお話した。
 で、阿弥陀仏信仰色の少ない、紙芝居法話になってしまったのではと、少々反省している。
 が、超暑い中、皆さん熱心に、最後まで聴聞して下さり、僕自身も『頑張らねば!』と熱が入った。
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 又、弦楽四重奏のミニコンサートも行われたのだが、これも暑さを忘れる、素晴らしいものであった。合掌

大石順教尼を追う

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(京都・山科[勧修寺])
 先週、現在制作中の[大石順教尼]の紙芝居取材の為、京都山科[勧修寺]内の『可笑庵』と、順教尼の墓のある高野山に行って来た。
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(勧修寺内/可笑庵)
 こちらは、順教尼さんが晩年を過ごされた庵で、順教尼さんのお孫さん『大石晶教』様にお会いし、取材をさせて頂いた。
貴重なお話を、たくさん有難うございました。・・紙芝居の中で生かさせて頂きます。
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(高野山)
 次の日に、順教尼の墓のある和歌山県[高野山]に行き、お墓参りをさせて頂いた。
 結構、ややこしい場所にあったような・・。
 でも、きっちりお参りさせて頂き、順教尼さんの御心とお話させて頂きました。
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(奥の院参道)
 これで、生の大石順教尼さんの息吹きを確かに感じたぞ。
 これで、紙芝居は近々完成する!・・予定⁉
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(大石順教尼の墓)
 

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