住職のつぼやき

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j:com放送『虹色ねっとわーく』に出ました

東大阪市のニュース番組、j:com『虹色ねっとわーく』に出ました。
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 『東大阪ゆかりの人々を語る』というタイトルでした。
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宗教新聞「中外日報」に載りました

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宗教新聞『中外日報』のニュースコーナーに、先日の「旧河澄家」にての公演模様を載せて頂きました。

ホームページ『富田林百景』に載せて頂きました

先日の紙芝居公演会の模様を、ホームページ『富田林百景』に載せて頂きました。ありがとうございました。
 パソコンからは、『富田林百景 ご住職の紙芝居〜旧河澄家住宅』で検索してみてください。
 このホームページほ、内容が深く面白いですよ。

紙芝居「新・中将姫(ちゅうじょひめ)」の取材!

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今作っている「二人の甚兵衛、中甚兵衛と加賀屋甚兵衛」という紙芝居が一段落したので、新しい紙芝居の企画に入っている。
 その為、先日『奈良国立博物館』へ「中将姫と当麻曼荼羅展」を観に行って来た。
 すでに、所縁のある当麻寺や中将姫のお墓参りは何度も済ませている。
・・で、あとは絵を描く段階だけなのだが、ここにきてストーリーを少しアレンジして、「新」という字を入れ「新・中将姫」として、外国の「白雪姫」の物語とリンクしたお話しにしたいと(とぼけた事を)考えている。・・似てるのですよ、この二つのお話。
 もうすぐ(この何年も前から頼まれていた)この紙芝居を描き始めます!

令和4年旧河澄家「郷土の人々紙芝居公演会」

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 本日、東大阪市の指定文化財『旧河澄家』にて、郷土の人々紙芝居公演会が開かれた。
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今年は、地元中の地元の英雄たる人々「ワカタケルとワカクサカ」、「神武天皇」の紙芝居や、又、「楠木正行」公の紙芝居などを演じた。
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今回もたくさんのお客様が来てくださり、楽しい公演会であった。
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 又、宗教新聞「中外日報」、又J:COMのテレビ放送局もニュース番組として取材に来て下さり、緊張感もあったが、締まった雰囲気も作り出してもらえた公演会になったと思う。
 旧河澄家のスタッフの皆様、今年もお世話になりありがとうございました。

東大阪市:旧河澄家『郷土の人々紙芝居画展』がはじまりました!

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本日より一か月間、東大阪市:旧河澄家にて『郷土の人々紙芝居画展』がはじまります。
 舞台設置は全て、河澄家スタッフさんにお任せでした。・・ありがとうございました。
展示されている紙芝居は、昨年に引き続き(全207作品中の)紙芝居の中から、東大阪市が舞台となって出てくる・・・、
皇后ワカクサカの故郷の「ワカタケルとワカクサカ」、
日下町が大合戦の舞台となっいる「神武東征記」、
東大阪市が合戦の最後の舞台となる「楠木正行もここにあり!」の三本です。
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お時間ございましたら、皆さまおいでくださいね。
私もたまに会場に出没しようと思っています。
又、28日には公演会も開きますよ。
お待ちしております!合掌

紙芝居:『金剛重光と宮大工「金剛組」』(その4最終回)

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 又、これは大変素晴らしい事ですが、四天王寺の年中行事であり、金剛組の仕事始め儀式「四天王寺手斧(ちょんな)始め式」が、大阪無形民俗文化財となりました。
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そて、この絵は現代の「金剛組大阪本店」玄関前に正装した宮大工達です。
 その昔、聖徳太子より「この国の平和の象徴である四天王寺に五重塔を建てて、末永く守ってもらいたい!」と言われて1400年。
形は現代の様式に変わりましたが、世界で一番古いと言われている会社組織「金剛組」は、今も日本国中の寺社仏閣建築に携わり、経営活動されているのです。おしまい

紙芝居:『金剛重光と宮大工「金剛組」』(その3)

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金剛組の初代棟梁「金剛重光」が亡くなって、何百年もたちました。
この間、金剛組は聖徳太子の言葉を守り、何十代も四天王寺・五重塔を守り続けました。
 しかし、その間お寺の守護が順風満帆であったという訳ではありません。
 戦国時代の石山合戦や大阪冬の陣での塔の焼失。
 又、江戸時代の落雷での焼失。昭和に入っての太平洋戦争での大阪大空襲での焼失もありました。
このような戦乱や自然災害を幾つも乗り越えて、不死鳥のように復活して、再建築をして甦ったのです。
そう、金剛組は頑張ったのです。
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又「金剛組」会社内でも様々な苦難が襲い掛かります。
昭和に入っての経営難から37代目棟梁の自死。
その危機を乗り越えたのが、残された妻の史上初となる38代女棟梁の就任でした。
・・が、又もや襲い掛かったのが、室戸台風の五重塔破壊という自然災害でした。この時、再建を希望する四天王寺管長に、女棟梁は「私達は命をかけて再建築させてもらいます!」と言って、見事に再建したという事です。
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そののち、金剛組の史上最大の危機となった経営不振による倒産危機が来ます。
がしかし、これも同じ難波の建築会社の社長が、「金剛組を潰したら大阪の恥や!」という一言で、金剛組は出資を受けて再出発出来ました。
正に大阪の義理人情が「金剛組」を救ったのです。
そして、現在も四天王寺境内に「全国宮大工発祥の地」として、『番匠堂』が建ち、大工の神仏とも言われている『曲尺(かねじゃく)を持った聖徳太子』が祀られています。つづく

紙芝居:『金剛重光と宮大工「金剛組」』(その2)

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金剛たち3人は、この倭の国(日本)の難波の地(今の大阪)に、五重の塔を建てようと話し合い設計を開始しました。
「どうやら、この倭の国は地震が多いらしい。巨大な地震が起きても倒れないようなお釈迦様のお骨の埋まった宝の塔を作ろうではないか!我らの知恵と技術を結集して!平和を願う太子の為に!」
こうして、五重塔は組み立てられていきました。
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 それからおよそ15年が経ちました。
 593年、この五重塔の建つ場所は、聖徳太子が[四天王寺]と名付け完成しました。
 太子は言われました。
「ようやって下さった。金剛殿を中心とされた3人の宮大工の方々。おおそうだ。これから、そなた達を「チーム金剛・・いや『金剛組』と呼ぼう!
これからもこの倭の国に残って、多くのお寺を作ってくだされ。」と。
 これが、会社組織「金剛組」の始まりでした。
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金剛たち宮大工が作った四天王寺は、当時なにわの海(現大阪湾)に面した場所にありました。
 ですので、朝鮮半島、東アジア諸国の船団との交易の窓口、つまり玄関口にこのお寺は築かれたのです。
 海外から来られた外交官や商人達は、都へ向かう途中このお寺の五重塔を見て、さぞや日本という国の文化の高さに驚かれたでしょう。つづく

紙芝居:『金剛重光と宮大工「金剛組」』(その1)

(はじめに~)・・私が住んでいる『観念寺』という寺は、立て直す前は宮大工『金剛組(こんごうぐみ)』にお世話になって建ったらしい・・。
 これは、うちのお寺にたまに来られる金剛組の営業マンの御方から聞いた話である。(昔の資料がうちの寺には残っていないが、金剛組には残っているということだ。)
 まぁそれで、その営業の御方といろいろとお話をする中で、僕はその『金剛組』そのものに興味を持った。
‥それは[日本最古の会社]とか[聖徳太子のラブコールで、百済の国から建築士が招かれて、日本で初めて五重塔を作った]とか、いろいろ興味深いお話を一杯聞かせて頂いたのだ。
 それで、この『金剛組』という宮大工の歴史物語を作ることにした。
 ただし、現にこの会社は今も活躍されているので、プライバシーは考慮して(金剛組社員さんに一度見てもらい、フィクションを交え)作らせて頂いた。
 それでは、はじまります。みて下さい。
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昔々の大昔、今から1400年も前に、世界で初めての会社がここ日本で生まれました。
 それは宮大工の組織『金剛組』という会社です。
 その世界最古の企業「金剛組」は、現在もお寺や神社の建築会社として活動されています。
 それでは『金剛重光(しげみつ)』という宮大工から始まり、現在も続く「金剛組」の歴史を紙芝居で見てみましょう。はじまり、はじまりー。
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 若き日の聖徳太子は悩んでいました。
「ああ、わが国にお釈迦様のお骨を祀る高い塔を建てたい・・。
 その塔があれば、人びとはお釈迦様の偉大さを見て思い、争いを止め平和を願うだろう。
・・しかし、わが国にはそのような高い塔を建てられるような建築士がいない。‥そうだ!海の向こうの国からそのような建築士を招こう!」(笑っちゃうけど、歴史的にはこの時、聖徳太子はわずか4歳という事でした。・・ちなみにサザエさんの子・タラちゃんは3才だそうです。「ばぶー」とは言わんか。あれはいくらちゃんか(笑))
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 こうして聖徳太子の命を受け、578年、海の彼方[百済(くだら)]の国(現に朝鮮半島)から、[金剛(こんごう]、[早水(はやみ)]、[永路(ながみち)]の三人の建築士が招かれました。
太子は言われました。(以後、タラちゃんの声で)
「そなたたち、遠路はるばるよう来てくれたですー。そなたたちには、わが国らしい美しいお釈迦さまのお骨を祀る[宝の塔]を作ってもらいたいんですー。頼みますですー。困ったことがあったら、かつお兄ちゃん?違う違う、我が叔父[蘇我馬子]兄ちゃんの智慧を借りて決めてくださいですー。」と。
「はいー、わかりました。ばぶー」といくらちゃんが乗り移り、3人の宮大工は答えました。(次回からまじめにいきます)
つづく

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