住職のつぼやき

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紙芝居:『白隠(はくいん)さま』(その1)

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 昔、静岡県は[駿河(するが)の国]と呼ばれていました。
 こんな歌があります。
「駿河には、過ぎたるものが二つある。富士のお山に、原の白隠(はくいん)」。
 白隠さまは、臨済宗の『中興の祖』と呼ばれる立派なお坊さまです。
 江戸時代の半ば、駿河の原(はら)宿(今の沼津市)に生まれました。
 それでは、白隠さまのお話をさせて頂きましょう。
はじまり、はじまり〜。
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 白隠さまは、宿場町の大きな運送業の息子として生まれました。
 幼き頃の名は[岩次郎]と言い、よく母親と共に近くのお寺にお説教を聴きに行っておりました。
 そんなある日のお寺での事。
 いつものように、住職がお説教を始めました。
「良いか、悪い事をすれば、あの世で閻魔大王に裁かれて地獄に落ちるんじゃぞ!・・たとえそれが子供であってもな・・、わかったかな。」と話されました。
 それを聞いて、岩次郎は心の底から「地獄には行きたくない!」と思いました。
 で、悩んだ末・・。
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 15歳で両親を説得して、出家することにしました。
「よし、私はお坊さんになって、これから一生懸命修行して、必ず極楽へ行かせてもらうぞ!」と誓うのでした。
 お坊さんになった岩次郎は[慧鶴(えかく)]と名を改めました。
(が、この紙芝居では悟りを開いたのちの名である[白隠]で通します。)
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 それから白隠さまの修行の日々は続きます。
 朝のお勤め、座禅、掃除、そして托鉢。
 それは地獄に行かずに済む、悟りを求めた骨身を削るような修行でした。
 そして、良い師匠を求め、全国各地の国を旅して巡り歩きました。
 つづく

コロナ・セブン(日本編)

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(188作『蓮如上人からのお手紙〜伝染病について』)
応仁の乱の頃の日本のお話。今も昔も変わりません。『疫癘のご文章』を紙芝居にしたものです。お上人も心を痛めておられました。
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(197作『鬼となった元三大師』)
今も玄関先で見かける鬼のような疫病退散の元三(がんざん)大師のお札。これってお坊さんがモデルだったんですね。
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(200作『決め手はワクチン!めっちゃ医師・笠原良策』
記念すべき200作目の作品。まさか、コロナ禍に、ちなんだ作品になろうとは思いませんでした。
いよいよ、コロナ禍にワクチン接種の予約が始まった事を記念して作りました。
 コロナ禍が早く終わりますように!
 コロナ禍の早い収束を願います。
終わり

コロナ・セブン(外国編)

 コロナ禍が起こった為、制作予定に入っていなかった紙芝居を、二回に分けて(外国編・日本編の)七本、改めて発表する。
 題して「コロナ・セブン」。
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(183作『1665年ロンドン伝染病の記録』)
これは、デフォーの「ペスト」を元に作った作品。まだ、コロナ禍が始まったばかりの頃の作品であった。
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(185作『チフスのメアリー』)
これも「無症状感染者」という言葉を初めて聞いて、作ろうと思った作品。
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(186作『ハスラー博士の叫び「マスクを付けて命を守れ!」)
今も続くマスク装着生活。これを作った時、こんなにまで続くと思わなかった。
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(187作「悲劇のゼンメルワイス医師「それでも手を洗え!』)
今では当たり前となった手指消毒液。この人のおかげなんですよねー。
つづく

内勤めの永代経法要

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昨日、観念寺永代経法要を内勤め(参拝者無し)で、行いました。
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今年こそは、御門徒さんと一緒にお勤めできる!と思っていたのですが、今の大阪のコロナ禍状況ではとても出来ません。
 寂しい限りでしたが、安全性を取りお勤めしました。来年こそは・・!合掌

コロナ禍の中で・・

大阪府はコロナ禍の中、緊急事態宣言がまだ続いている。
こんな中、僕は毎日、細々と檀家さんへの月参りを続けている。
 読経後の最近の話題は、皆さんのワクチン接種予約がどうにか取れたというお話が多い。
 これは唯一明るい話題である。
 早く、みんなにワクチン接種が広がりますように・・。
 そんな思いで今、ワクチン接種の紙芝居を急ピッチで作っている。
 早く、コロナ禍が終わりますように。みんなの笑顔が戻りますように!

悩んだ200作目の紙芝居は聖医『笠原良策』

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 紙芝居の記念すべき[200作目]の題材は何にするべきか?本当に悩んだ。
 考えた末、このコロナ禍の時代にマッチした主人公に決めた。
 その人の名は[笠原良策(かさはらりょうさく)]。
 地味な名前で、蘭方医:緒方洪庵のようなメジャーではないので、知らない方も多いと思うのだが、この福井県の漢方医から蘭方医になったお医者さんは本当に凄い!
 たった一人で、当時の不治の病『天然痘』という感染症に[種痘(しゅとう)]というワクチンを命を掛けて普及させ、多くの人々を救った方なのである。又その一生は非常にドラマチックで、正に[聖医]とはこの人の事をいうのではないかと思ってしまう。・・このような人が実際江戸時代にいたのだ!と・・。僕はこのような人が好きなのです。
 記念すべき200作目は、本当は有名なお坊さん(例えば鑑真さんとか)を主人公にしようと思っていたが、こんなに『感染症』がすべての人の人生に影響を及ぼす事に鑑み、この一地方のお医者さんを選んだ。
 本当だったら、福井県に何度も取材に行って調べたいのだが、大阪は今『緊急事態宣言』が発令中なのでそれもままならない。
 こうなれは、ネットを使ってじっくりこの人物を調べていくことにする。
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(2020年1月に行った福井県の山中温泉、・・ここで主人公漢方医:笠原良策は運命的な西洋医との出会いをする。)

198作から200作までの紙芝居ラインナップ

 198作から200作までの紙芝居のラインナップが出来ました。
 昨年から作り始めていた大好きなお坊さま「白隠(はくいん)さま」の一生の紙芝居と、その続編のエピソード集。
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(198作目『白隠さま』)
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(199作目『続・白隠さま(エピソード集)』
 そして記念すべき200作目は、江戸後期に天然痘という伝染病に、牛痘というワクチンを、命を賭けて普及させた医師の物語「めっちゃ医者 笠原良策(かさはら・りょうさく)」。・・ちなみに(めっちゃ)というのは、あばた(小さなくぼみ=おでき)の事です。
 一つ一つ、発表してゆきますからお楽しみに!
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(200作『決め手はワクチン!めっちゃ医者 笠原良策』)

紙芝居:『鬼となった元三(がんざん)大師』(その3 最終回)

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永観2年(984)、元三大師72才の時、疫病が大流行します。
そして、比叡山の元三大師の元にも、疫病の疫病神が現れます。
 疫病神は元三大師の枕元に現れて、襲いかかろうとしました。
 するとそれに気がついた大師は、「ここから身体の中に入れ!」と小指を差し出して、疫病神をご自分の体内に入れたのでした。
 そして・・.
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ご自分はデビルマン、いや鬼に変身して自分の体内で疫病神と戦いやっつけ、見事に追い出したのです。(元三ビームは熱光線!元三キックは悪くだく!仏のチカラ~、身に付けたー、比叡のヒーロー、元三マーン!)
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そして目が覚めた元三大師は、弟子たちに大きな鏡を持って来させて、その前で座りました。
そして、こう言われます。
「良いか、今から鏡に写す姿は、わしが疫病神と戦い追い払った時の鬼の姿じゃ! お前たちはこの鬼の姿を、半紙に写してそれをたくさん印刷し、世間で、疫病を恐れる人の家の玄関に、貼るように命じなさい。きっと疫病の疫病神はそれを見て、わしじゃと思って退散するに違いないから!」と言われました。
 そして、その一年後、正月(元旦)の三日に亡くなられました。
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これが今も残る有名な[元三大師のお札]です。
 今コロナ禍な中、様々な疫病退散のお札が注目されていますが、その中の一つ、この元三大師のお札は、庶民を疫病から守ろうとした一人のお坊さんの願いが込められた物なのです。
 このお札、玄関に貼ってあるのを見られた方も多いはず。
 このようなエピソードがある立派なお坊さんの一生のお話でした。おしまい
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(四天王寺 元三大師堂)

紙芝居:『鬼となった元三(がんざん)大師』(その2)

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康保三年(966)、元三大師は若くして(55才で)[第18代天台座主]に就任。お山のトップに立ちます。
 そして荒廃したお寺を立て直し、改革してゆくのです。
 がしかし、就任三か月後・・・、 
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 比叡山から山火事が発生。
 根本中堂・横川中堂など、主なお寺の大伽藍がすべて焼けてしまいます。
 が、元三大師はたぐいまれな手腕を発揮して、お寺の造営・再興に成功させます。
 これによって、元三大師は比叡山の[中興の祖(復興の偉大な統治者)]と呼ばれるようになります。
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 がその後、またまた問題発生!
 お寺の中での風紀は乱れ始め、山法師たちは暴れ、僧侶たちの対立騒動が激しくなっていきます。
 そこで悩んだ末、トップとして、すべてにおいて決断せねばならぬ元三大師は・・、
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 中国の古い学術書を研究して、そこから、仏様に祈り物事の良し悪しを占いで決める『おみくじ』法を編み出しました。
 これは一番から百番まで、観音様のみ教えを、小さな紙に小分けして書きます。
 そして仏さまにお祈りした後、くじを引き、出たくじの番号によって、そこに書かれてある仏さまの教えを吟味して、物事の良し悪しを占うというものでした。
 これは今の『おみくじ』の元祖です。(※これは伝説であって、フィクションであるとも云われてもいます。・・が、今でも比叡山ではこのおみくじ占い法というものがあり、お坊さんが一般の方を占ってくださいます。(要予約)これは安易なものではなく、カウンセリングのようであり、真剣な心構えが必要でもあります。以上余談)
 どうしても自分で決める事が難しい、と思われることをこれによって仏様のお告げと受け取り、決めたのですね。
 つづく
 

紙芝居:『鬼となった元三(がんざん)大師』(その1)

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昔むかし、今からおよそ1100年前のお話。
 これは京都は『比叡山延暦寺』のひとりの(元祖おみくじ発明者ともいわれている)偉いお坊様のお話です。
 このお坊様はお正月(元旦)の三日に亡くなられたというので、『元三(がんざん)大師』とも呼ばれています。(本当は[慈恵大師・良源]さまと言います)
 そして、又この方は当時流行した[疫病(えきびょう)]から人々を守る為に、身体を(デビルマン、いや違います・・)鬼の姿に変身させたという伝説もあるのです。
 それでは平安時代の僧、元三大師の(伝説からなる)お話をさせて頂きましょう。デビッーール!(昔、僕はデビルマン大好きでした)
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 元三大師こと、良源(りょうげん)さまは『平安時代(延喜12年[912]』に近江の国浅井郡(今の滋賀県長浜)に生まれたと伝わっています。
 信心のあつい母親の勧めもあり、12才で得度しお坊さんになられました。
 そして[良源]という名前をもらわれます。
 が、この紙芝居では『元三大師』という名前でお話を進めます。
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 元三さまは修行場所を『比叡山延暦寺』に移し、さらに厳しい修行に打ち込んでいかれます。
 もとより頭も良く、お話も上手であったという元三大師。
 厳しい修行にも耐えて、どんどんお寺の中で出世していきます。
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(四天王寺・元三大師堂)
 つづく

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