住職のつぼやき[管理用]

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金剛山の「霧氷(むひょう)」

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今日、お寺の総代さんと共に、金剛山に登って来た。
 金剛山は、うちのお寺から割りと近い為に、二~三時間で登って降りて来れる。
 朝から出て、昼前にはお寺に帰ってこれたのだが、山頂には雪がまだ積もっていて歩きにくかった。(3月にも関わらず・・)
 ・・が、途中のブナの木には、『霧氷(むひょう)』という〔自然現象の木々への着氷現象〕が見られ、とても綺麗であった。
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 僕は、総代さんに「まるで、地獄の針の山のようですね。針の山のモデルは霧氷ではなかったんでしょうかねぇ?」と言ったら、「住職さんは、何でも『あの世』の話にしまんなぁ」と言って笑われた。
 僕の頭の中は、常に『極楽と地獄世界』が、霧氷の如く張り付いているようだ。

紙芝居:「走れメロス」 その2

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 王はメロスに向かって言いました。
「お前はわしを殺しに来たんだろう・・。誰に頼まれて来たのじゃ。命は助けてやるから言うてみよ。」と、顔面蒼白で眉間にしわを寄せて問いました。
 「私は病気の王から、町を救いにココに来たのだ!」と、メロスは悪びれずに答えました。
 「何?・・お前がか?」と王は笑い、そして、「しかたのない奴じゃ。・・お前などに、このわしの〔孤独の心〕がわかってたまるか?!」と言うと、メロスは、
「言うな!」といきり立って叫びました。そして、
「人の心を疑うのは、もっとも恥ずべき悪徳だ!王は町の人々の忠誠までも疑っておられる」と続けました。
「だまれ、だまれ、だまれ!・・下賤の者め!人間とはもともと私欲の塊りではないか。口でどんな清らかな事を言っても、わしは騙されんぞ!」
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 王は続けて言いました。
 「お前だって今、わしが『磔の刑じゃ!』と命じたら、泣いて詫びよう。」
 それを聞いてメロスは、
「私は死を恐れはしない!ちゃんといつ死んでも良いという覚悟はできているつもりだ。命ごいなど断じてしない。ただ・・、」と、メロスは足元に視点を落としました。
「ただ?・・ただ何じゃ?」
 「王よ、もし私に情けを掛けたいと思うなら、〔三日間〕だけ日限を頂きたい。・・私には一人の妹がいる。三日の内に、私は村に帰り、妹に結婚式を挙げさせ、そしたら又必ずここへ帰って来る。」
「嘘をつけ!!」と、それを聞いて王はしわがれた声で低く笑いました。
 メロスは「そんなに私が信じられぬなら、・・そうだ、私にはこの町に無二の親友〔セリヌンティウス〕がいる。彼を人質としてココに置こう。〔三日目〕の日暮れまでに、私が帰って来なかったら、この親友を殺してくれ!」と言いました。
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 それを聞いた王は、残虐な気持ちでそっと微笑み、
『生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないに決まっている。・・そうじゃ、この嘘つきに騙された振りをして、放してやるのも面白い。・・そして、身代わりの男を〔三日目〕に殺してやる。『ああっ、これだから人は信じられぬ!』と、町の奴等の前で、わしは悲しそうな顔をして叫んでやる。世の中の〔正直者〕というやつばらに、うんと見せ付けてやる。』と、心の中でそう思いました。そして、
「よし、わかった。お前の言う通りにしてやろう。〔三日目〕の日没までには帰って来いよ。・・遅れたら、お前の〔身代わり〕は必ず殺すぞ!・・・まぁ、ちょっとだけ遅れて帰ってくるが良い。そうすれば、お前の命だけは助けてやる。・・どうじゃ?」と言いました。
 メロスは「何を言うか!」と叫びました。
 「はっはっはっはっ、自分の命が大事だったら、ちょっとだけ遅れて帰って来い。・・お前の心はわかっておるぞ。」と、王はそう言って奥の間に引っ込んでゆきました。 つづく

紙芝居:「走れメロス」 その1

 (プロローグからの続き~)
 もう一つ、言い忘れた事が・・。
 それは、この紙芝居を作ろうと思った動機である。
 理由は簡単。この「物語」が好きだからだ。
 人間の「信頼(関係)」をテーマにしたこの小説。
 「信頼」とは、もろいものである。・・が、美しいものでもある。 
 そんなことを皆さんと共に、今一度考えてみようと思って作ったのである。
 ・・それでは、はじまり、はじまり~
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 昔、ある村に〔メロス〕という、羊飼いの若者がおりました。
 〔メロス〕には、一人の妹がおりました。
 その妹は、近々結婚することが決まっていて、兄のメロスは、その妹の為に町へ、花嫁衣裳やご馳走を買いにいくことにしたのでした。 
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 町に着いてメロスはびっくりしました。
 やけに、町全体がひっそりしているのです。
「おかしいなぁ~、二年前に来た時は、夜でも賑やかな街だったのになぁ。まるで違う町になってしまったようだ。」
 しばらく歩いた後、メロスは一人の老人を見つけ尋ねました。
 「なぜ、町全体がこんなに寂しくなってしまったのですか?」
 老人はあたりを憚るように、小さな声で答えました。
「この町の〔王様〕がいけないのじゃ。ここの〔王様〕は『心の病』に掛かってしまったのじゃ。」
 「えっ、『心の病』ですって!?」とメロスが驚くと老人は続けて、
「ふむ、〔王様〕は人間というモノがすべて、信じられなくなってしまったのじゃ。・・それで悲しいことに、ご自分の家族までも処刑してしまったのじゃ」
「なんですって!」
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 「その後、王の病は益々悪くなり、町の人間に対しても疑い始め、『家族の中から一人ずつ、お城へ人質を出すように』と、お布れを出したんじゃ。・・そしてそれを拒めば、死刑なのじゃよ。・・今日も六人が殺された。・・それで町に活気が無いのじゃ。」
 それを聞いてメロスは激怒しました。
「あきれた王だ。許してはおけぬ!」
 メロスは人一倍、正義感が強かったのです。
 メロスは、王様に意見しようと、堂々とお城に入って行きました。 
 が、すぐに疑われ、家来に捕まってしまいました。(単純な計画性の無い男、メロス!)
 そして、王様の前にひき立てられる事になったのです。 つづく

紙芝居:「走れメロス」 プロローグ

 小学生の頃に読んだこの〔太宰治〕氏の短編小説は、ずっと『ギリシャ神話』か何かを題材にして創作されたものだと思っていた。
 確かにこの小説の最後に「古伝説(ギリシャ神話)とシルレルの詩(ドイツ人:シラーの詩)から」と、あるので、外国のお話をヒントに書かれたものには違いないが・・、
 でも、これって〔太宰治〕の実体験も入ってたって知ってましたか?
 熱海の旅館の宿泊費に困った〔太宰〕が、友達(壇一雄)を、宿泊費の人質にして、「必ず、僕はお金を持って帰って来る!信じて待っててくれ!」と言って、そのまま帰ってこなかった〔太宰〕。
 「おい、おい、おいっ」と言いたくなるエエ加減な「人間失格」男〔太宰〕。
 このお話は、そんな〔太宰〕の「反省」の為に書かれたものだったのかもしれません。・・いや違う。太宰治はそんな内省的な人間ではない。きっと「これはエエ小説のネタになるわ~」と思ったのでは・・?(人間失格仲間の僕としては、とっても共感するわ~。) でも、可哀相なのは〔壇一雄〕ちゃん。壇一雄は、どんな気持ちでこの「走れメロス」を読んだんやろなぁ~。きっと「怒るで、しかし!笑うで、しかし!」と、横山やすし風に読んで叫んだんやろなぁ~。
 又、「メロスは激怒した」で始まるこの小説。
 本当は、「壇一雄は激怒した!」ってな事件があったのではなかろうか?・・(笑い) 
 プロローグが長なったでしかし~。
 それでは次回からの「紙芝居」をお楽しみに~。お話そのものは、とっても感動的な物語ですよ~ つづく

映画「ヒアアフター(来世)」を観て

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 昨日、クリント・イーストウッド監督の映画最新作「ヒアアフター」を見て来た。
「ヒアアフター」というのは、「あの世」・「来世」、または仏教的にいうと「彼岸」と訳しても良いと思う。
 つまり、この映画は「死後の世界」の映画なのである。(僕が、最も興味を持つお話である)
 さてこの映画、「死後の世界」の映画なのに、「あの世」は、はっきり、断定して出てこない。・・つまり、「この世」の人間ドラマなのである。
 内容はこうだ。(まだ、見ていない方の為に簡単に・・、)
 双子の兄を事故で亡くし、「もう一度、兄に会いたい」と願い、様々なスピリチャル宗教家を訪ねる、孤独なイギリスの少年。
 津波にあい臨死体験をした事によって、「人間の生死の意味」を模索し出すフランスの人気女性ジャーナリスト。
 自分に霊と話せる力があるため、変人扱いを受け、身も心も疲れ果て今は世間から隠れるように暮すアメリカの孤独な青年。
 この三人が主人公で、各国でのそれぞれの暮らしを描きながら、やがて三人は何かに惹かれあうかのように出会い、心の孤独を癒しあってゆく。
 簡単ではあるが、これがストーリーである。
 もう一度いうが、「ヒアアフター(あの世)」という題の映画なのに、全編、『今』を必死で〔生きる〕人間を描いた作品なのである。(クリント・イーストウッド監督らしい・・)
 そして結論は、『死』の意味を真剣に考える者こそが、『生』の意味を覚ることができる。・・という所に持って行っていると(僕は)思う。(説教臭くなく、一つのイデオロギー(宗教観)の押し付けにもなってなくて、そこも好かった。)
 50歳になったおっさんの僕が、不覚にも泣いてしまった、そんな映画であった。(映画館がガラガラで良かった)
 

連ちゃんの日

 二月は〔28日間〕しかないので、(個人的)休みが無く「出前:出講」の日を取りにくい。
 だから今日はまとめて、(休みを取り、)午前と午後〔連ちゃん〕で、出前させて頂いた。(一日二講演である)
ファイル 649-1.jpg(特養甍:苑内)
 午前は、大阪市内まで車を走らせ、『特養 甍』に行く。
 こちらでは、前々からやらせてもらおうと思っていた「地獄のはなし」の紙芝居と、「あの世って信じまっか?」という法話をして来た。
 今日は、途中、よく「つっ込み発言」が入って、(楽しく)中断した。
 「私はあると思いまっせ!あの世!・・見て来たもん。主人が・・」などと、自分の無き夫の話を自分の事のように話される女性があって、ほんま面白かった。(前に出て来てもらって、30分ほどしゃべって貰いたかったわ。ほな楽させてもらえんのに・・。ほとんど、僕の法話は脱線の連続やなぁ・・(笑い))
ファイル 649-2.jpg(ゆうせいディサービス内)
 そして、午後からは、一度お寺に帰ってから(汗かいたので、着替えたのだ)再び、車で、富田林市の『尾崎クリニック内:ゆうせいデイサービス』へ、「紙芝居法話」に行って来た。
 こちらでは、昨日の「日経新聞」のコラムを読んでから、「子供を亡くしたゴータミー」というコラムに出て来た「紙芝居」をさせて頂いた。(タイムリーやと思ったので。)
 後で、職員の女の子に、「認知症でいつもウロウロと動き回りはるおばあさんが、今日は涙を流しながら、じっと聞かれていて良かったです。悲しいけど、良い話ですねぇ」と言ってくださり、僕もうれしかった。
 でも、さすがに一日「二連ちゃん」は、ほんま疲れたわ・・。

日経新聞、社説「春秋」に載りました

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 長いこと生きてたら、エエことはあるものだ。
 いや、長いこと同じことをやってたら、・・というべきか。(今年で『紙芝居法話』はまる15年を迎える)
 今日、日本経済新聞の社説:「春秋」(全国版)に、僕の活動が取り上げられた。
 超・嬉しいというべきか?
 いやいや、自分が一番自分のやってる「エエ加減さ」、「曖昧さ」、「雑さ」は知っている。・・まだまだ、こんなトコに載せて戴けるような自分ではない。・・浮かれてはいけない。
 世の中には、もっともっと凄い『地道』な活動をされている方は、ごちゃまんと居られるはずだ。・・僕はたまたま、ラッキーなだけである。
 しかし、このラッキーさを貰った限り、僕はこれからも多くの人に『出前』しなければならない『責任』も貰ったようなものだ。
 これから、僕の「出前活動」がどのようになっていくのか?皆目見当も付かないが、今はただ「注文」を受けた『出前』だけを、粛々とこなしてゆこう。・・・それではちょっと長いが、『春秋』コラム全文をどうぞ。(転載させていただきます)
 
 『手作りの紙芝居で親しみやすく仏教の教えを説いている僧侶がいる。大阪府河南町にある観念寺の住職、宮本直樹さんだ。老人ホームから病院、コンサートの会場まで、請われるままに出向く。年70回ほども。
 その宮本さんが「この話をあちこちでしたかったので、紙芝居を作り始めた」という仏教説話がある。「子供を亡くしたゴータミー」だ。我が子の突然の死を受け入れることができず、心が壊れてしまった女性。釈迦はいう。「葬式を出したことのない家からケシの実をもらってきたなら、子供を治してあげよう」
 大家族が当たり前だった当時、葬式を出したことのない家はなかったらしい。女性は探し回り、やがて、そんな家はないと気がつく。生老病死は避けられない運命だと悟り、多くの人が苦しい運命に耐えて生きていることにも思い至る。切なく胸にしみる物語であり、死者をよみがえらせる奇跡はない、という厳しい教えも伝わってくる。
 釈迦は女性に嘘をついたのだろうか。それを説明する仏教用語が「方便」である。「悟りに近づく方法」といった意味だ。抑止力を方便と語った前首相はきのう、「方便とは真理に導く手段」と釈明した。だが釈迦の言葉が女性の心を救ったのに、前首相は問題の意図をもつれさせるばかり。同じ方便とはいえ・・・・・。』以上
 前首相の発言が出てきたのには驚いたが、素晴らしい社説をありがとうございました。合掌

風邪を引いてしまいました・・・

 昨日は、特養老人ホーム『白寿苑』の「法話会」をお休みさせていただいた。
 ・・と、いうのは、どうも、二~三日前から咳が止まらなくて、身体がだるくて堪らんようになったので、近くのお医者さんへ行ったら、「風邪です。安静に」と言われた為だ。
 月一回の「法話会」を楽しみにして下さっている皆さんには申し訳なかったが、(風邪をうつしてもいかんので)休ませてもらった。
 寝ていたら、檀家のT君から電話があり、僕に用事あったそうなのだが、「寝てんねん。今度にして」とお断りしたら、新鮮な野菜やら、『ビタミン取って』と苺やら、プッチンプリンやら、梅飴など、段ボール一杯に入れて、持ってきてくれた。(笠地蔵さんみたい・・)
 とても嬉しかったです。元気でました。ありがとさんです。・・早く直さなあかんねぇ。

一番気に入ってる「紙芝居」

 一昨年、出前に行った先の病院の医師に尋ねられた。
 「宮本さんの作った紙芝居で、一番気に入ってる作品は何ですか?・・やはり、お釈迦さまの物語ですか?それとも昔ばなしですか?」と。
 はっきり言ってどちらでもない。
 僕自身が(今のところ)一番気に入ってる作品は「夫婦善哉」である。(出前メニュー86番)
 僕はこの大阪の下町を舞台にした〔織田作之助〕氏の作品が、大好きなのだ。
 お人好しだが頼りない夫と、そんな夫をしっかり支え引っ張る妻が、健気に明るく生き抜く、そんな(仏のホの字も出てこない)この物語が、好きでたまらない。
 きっと僕は、この主人公のような(ずぼらで狡い)生き方に憧れているのだと思う。(いや、僕の本性は案外コレなのかもしれん。)
 でもこの作品、「お寺の出前」に持ってゆく事はまずない。(仏のトの字も出てこないからである。・・つまり、仏教的教訓がないからだ)
 ・・でも、できれば一度で良いから、「仏のケの字も、〔教え〕もいらんから、一辺、住職はんのいっちゃん好きな作品をやっておくんなはれや! わてら喜んで見せてもらいまっせ」と、誰か言ってはくれないだろうか?
 そんな奇特な方がおられるなら、僕はルンルン気分で、(仏、ホットケと、)どこへでも『出前』させて頂くのだが・・。(仕事さぼってでも・・こらあかんか?!)善き哉(かな)、善き哉。

火葬場の老職員

 世の中には、色々な性格の『火葬場』職員がいるものだ・・。
 おととい、遠方の「お葬式」執行に行って来たのだが、そちらの○○市営斎場の〔老職員(推定年齢:70歳ぐらい)〕には驚いた。
 まったくやる気が無いのか、俺の仕事はこんなもんやと思っているのか・・、つまり不親切なのだ。
 ボ~ッとつっ立ったまま何も言わず、自分の仕事だけさっさとやって、立ち去ってしまう。
 つまり、こうだ。
 焼かれた御遺体のお骨を、皆で箸で拾い集める作業を「収骨」というのだが、・・だいたい、亡き人のその変わり果てたお姿を見た瞬間、親族は動揺してしまう。
 その動揺してストップしている頭脳に、スイッチを入れ、動かしてくれるのが、『火葬場職員』なのである。
 この○○市営老職員、自分だけ箸を持って来て、何も言わず『のぼ仏』のお骨を捜して『骨壷』に入れ、「後は、足元から順に骨を入れてや。」と言ったまま、立ち去ってしまうのである。
 皆はそう言われて、あわてて集まり、ぎこちなく順にお骨を入れていった。(一緒に立ち会った僕がしょうがないので、細かく指示させてもらったが、職員に嫌な顔をされた)
 そしてこの職員、最後に指で皆に集まるように指示するので、何か言ってくれるのかと思っていたら、「箸を返してや」だけ言って出ていった。・・・終りである。なんじゃ、こりゃ!
 でも、ここで怒ったら場がしらけると思って、ぐっと我慢して、式場に戻り、「還骨勤行・初七日勤行」の後、皆に僕はしゃべった。
 「あの職員さんの、(収骨の)説明不足の処をちょっとだけ、今補足させていただきます。・・」とお話した。
 その時の親族の皆さんの顔、「フンフン」と微笑みながら聞いてくれていたので、やっぱりみんな同じこと感じていたんやと思った。
 最後に、「よっぽど僕は、あの老職員さんの後ろで『一刻堂』さんみたいに、腹話術をして、収骨の仕方をお伝えしようかと思ったのですが、そんな大人げないことしたらあかんと思って我慢しました。・・ほんま、ドリフの『いかりや長助』さんじゃないけど、『だめだ、こりゃ!』と心の中で叫んでいたんですよ」と言ったら、式場は爆笑で拍手までして頂いた。
 でも葬式場で、坊主が親族に拍手してもらうとは、僕も『だめだ、こりゃ!』

 最後に、テレビCMで『劇団四季の「オペラ座の怪人」は凄いらしい!』というのがあるが、僕はこれから、あそこの火葬場に行く人に言ってやろう!
 『○○市営斎場の老職員は凄いらしい!』と・・。

 

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