住職のつぼやき

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日経新聞、社説「春秋」に載りました

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 長いこと生きてたら、エエことはあるものだ。
 いや、長いこと同じことをやってたら、・・というべきか。(今年で『紙芝居法話』はまる15年を迎える)
 今日、日本経済新聞の社説:「春秋」(全国版)に、僕の活動が取り上げられた。
 超・嬉しいというべきか?
 いやいや、自分が一番自分のやってる「エエ加減さ」、「曖昧さ」、「雑さ」は知っている。・・まだまだ、こんなトコに載せて戴けるような自分ではない。・・浮かれてはいけない。
 世の中には、もっともっと凄い『地道』な活動をされている方は、ごちゃまんと居られるはずだ。・・僕はたまたま、ラッキーなだけである。
 しかし、このラッキーさを貰った限り、僕はこれからも多くの人に『出前』しなければならない『責任』も貰ったようなものだ。
 これから、僕の「出前活動」がどのようになっていくのか?皆目見当も付かないが、今はただ「注文」を受けた『出前』だけを、粛々とこなしてゆこう。・・・それではちょっと長いが、『春秋』コラム全文をどうぞ。(転載させていただきます)
 
 『手作りの紙芝居で親しみやすく仏教の教えを説いている僧侶がいる。大阪府河南町にある観念寺の住職、宮本直樹さんだ。老人ホームから病院、コンサートの会場まで、請われるままに出向く。年70回ほども。
 その宮本さんが「この話をあちこちでしたかったので、紙芝居を作り始めた」という仏教説話がある。「子供を亡くしたゴータミー」だ。我が子の突然の死を受け入れることができず、心が壊れてしまった女性。釈迦はいう。「葬式を出したことのない家からケシの実をもらってきたなら、子供を治してあげよう」
 大家族が当たり前だった当時、葬式を出したことのない家はなかったらしい。女性は探し回り、やがて、そんな家はないと気がつく。生老病死は避けられない運命だと悟り、多くの人が苦しい運命に耐えて生きていることにも思い至る。切なく胸にしみる物語であり、死者をよみがえらせる奇跡はない、という厳しい教えも伝わってくる。
 釈迦は女性に嘘をついたのだろうか。それを説明する仏教用語が「方便」である。「悟りに近づく方法」といった意味だ。抑止力を方便と語った前首相はきのう、「方便とは真理に導く手段」と釈明した。だが釈迦の言葉が女性の心を救ったのに、前首相は問題の意図をもつれさせるばかり。同じ方便とはいえ・・・・・。』以上
 前首相の発言が出てきたのには驚いたが、素晴らしい社説をありがとうございました。合掌

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