プロローグからの続き~
法然上人こと〔勢至丸〕さま、九つの春・・。
隣の荘園の領主が、突然、父〔時国〕様の屋敷に、夜討ちを仕掛けて来たのです。
原因は、田んぼに引く「水争い」ではなかったかと云われていますが、はっきりとした事はわかりません。
ただ、この夜討ちの結果、母と勢至丸さまは無事だったのですが、父〔時国〕様は、重傷を負ってしまいました。
そして〔時国〕様は、遂に自分の死期を覚り、枕元に息子〔勢至丸〕さまを呼び寄せ、遺言を伝えました。
「勢至丸よ、よいか、わしが死んでも、決してわしの仇を討とうと思うな。・・そして、怨んでもならんぞ。」
「何ゆえですか?父上!」
「よいか、そちが怨みを晴らしたとて、相手の遺児が今度はお前の命を狙おう。・・そして、醜い争いの連鎖がいつまでも続くであろう。・・お前には怨みを抱いて生きるより、怨みの無い安らぎの心で生きぬいてもらいたいんじゃ。・・それが、わしの遺言じゃ。わかったか、勢至丸・・。」
「・・はい。」と、勢至丸さまは涙を堪えて答えました。
こうして、父〔時国〕様はお亡くなりになりました。(『忠臣蔵』より、エエ話やなぁ~)つづく
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紙芝居:「法然上人物語・念仏への道」 その1
紙芝居:「法然上人物語・念仏への道」 プロローグ
今日、1月25日は、浄土宗開祖「法然(ほうねん)」上人のご命日にあたる。(新暦・旧暦の違いはあれど・・)
本編とは何ら関係は無いが、僕は京都の『仏教大学』を卒業した。
ちなみに『仏大』は、浄土宗の宗門校である。(総本山は〔知恩院〕だ。・・余談ながら、成人式も知恩院でやった)
もう一つちなみに、現在の僕の宗派は《浄土真宗》である。(法然上人のお弟子〔親鸞さま〕が開祖の宗派である。)
だから、浄土真宗(西)の僧侶の資格を取るときは、別の学校に行き直さねばならなくて、ちょっとだけ手間取った。
以上、余談。・・なんで、こんな事を書いたかというと、今でも僕は、親鸞聖人の師、今から紙芝居を通して述べさせてもらう〔法然上人〕には(宗門校卒もあって)特別な思い入れがあるのだ。・・又、法然さまのお人柄も大好きなのだ。
もちろん、親鸞聖人も知的でまっすぐで、好きではあるが、法然上人には、何ともいえん、優しさと大らかさがあって大好きなのだ。
まぁそんな、ど偉い方を『紙芝居』にしてしまうのは、最初から無理があり罰当たりな事なのだが、今年は『法然上人800回大遠忌』という、記念の年という事もあり、勘弁して見て頂きたいと思う。・・それでは、はじまり、はじまり~
平安時代末期(1133年)、吉備の国(現:岡山県じゃけん)、美作(みまさか)という所で、〔法然上人〕はお生まれになりました。
法然上人の幼名は「勢至丸(せいしまる)」といい、父は「漆間時国(うるま ときくに)」という、荘園を預かる豪族(地方役人:武士)でした。
もともと、時国夫婦は信心が篤く、近くの神社やお寺によくお参りされ、そして〔法然〕さまを授かったと伝わっています。
法然様こと〔勢至丸〕さまは、ご両親の愛情を一杯受け、すくすく育ってゆかれました。
しかし、そんな和やかなご家庭に突然、嵐のような大事件が起こったのでした。 つづく
寝坊したい日
僧侶だって、朝寝坊したい日はある。
しかし、年中無休のお寺家業。
毎日、早朝にはお勤め(勤行)がござんす。
それで、僕は朝寝坊したい日には、前の日に〔早寝〕することにしている。
すると、嫌でも次の日、朝早く目が覚めて、結果的に〔朝寝坊〕した気になる。
気分というのは、不思議なもんだ。
前の日の午後9時か、10時には布団にはいる。
以前は、早くに眠れなかったが、最近では年のせいか、すぐ眠れるようになった。
特に見たいテレビ番組も無し。
おとといの老人ホームへの出前と、昨日の〔お葬式〕執行の疲れが残っている。仕事も明日にして、今日も早く寝ることにしよう。
これを〔早寝坊〕という・・。ちゃん、ちゃん。
サンダーバード一号の役割
国際救助隊こと『サンダーバード』は、秘密組織の超ボランティア団体である。(今の『タイガーマスク運動』より遥かに凄まじい!)
・・昔、テレビで流行った、人形劇ドラマのはなしだ。
僕は、この世界で起きる大きな災害に対して、超メカニックを使って迅速に、そして確実に〔人命〕を救助するドラマが大好きだった。
特に大きなコンテナに、その災害に適応するメカを素早く運び、人命を救う〔サンダーバード二号〕が好きで、プラモもたくさん持っていた。
・・さて、そのテレビ番組の中でいつも気になっていたのが、〔サンダーバード一号〕の役割であった。
たとえば、ある超高層ビルで大火災がおき、『国際救助隊』に、ビルに取り残された人の救助を求める要請が入る。
すると、まず必ず、超音速ロケットである〔サンダーバード一号〕が、現場へと出発するのである。(どんな事故でも、同じ)
そして、現場で《現地指令本部》を開設して、秘密基地に『現場がどうなっているか?』を的確に連絡するのだ。
その後で、その災害に対する適応メカを〔サンダーバード二号〕が運び、救助に当たる。
子供心に、僕はいつも「なんで、取り合えず、サンダーバード一号が、現場に行かねばあかんのやろ?・・早く行っても、特にする仕事ないやんか。・・大事なのは、まず救助メカを運ぶ二号やろ。別にサンダーバード一号などいらんやろう」と思っていた。
でも最近、この歳になって、サンダーバード一号の役割は、とても大切だったのだと思うのだ。
まず、何か《緊急を要する出来事》が起こったら、電話対応ではなく、まず急いで現場に駆けつけること。そして自分の目で状況を見ること!・・これが一番大事であり、その後、では何をすればよいかをまとめ、本部(周りに)に連絡する。
『まず、現場に行ってみる』という=サンダーバード一号の役目はとても大事であり、それをサボると、いろいろな判断ミスを誘発してしまうのだ。
長々と、マニアックに書いたが、僕の役目もひょっとすると、サンダーバード一号かもしれない。
人が亡くなる。・・お寺に電話が入る。・・受話器の向こうはパニックだ。僕が電話で「あーして下さい、こーして下さい」と言ってもダメだ。
とにかくまず、亡くなられたお家に行く事。(葬儀社よりも早いほうが良い)これを『枕経』ともいうが、お経を挙げる役割だけではなく、その遺族さんに『まず、何をすれば良いのか』を的確に伝え、安心させてあげる事。・・これが大事なような気がする。
そして、お葬式の細かい打ち合わせなどをしてゆく。すると、家族さんは落ち着かれる。
『まず、(事が起こった)現場へゆくこと!』・・これは、僕だけではなく、どんな仕事にも適応することだと思うのが、皆さんはいかに・・。
さぁ、電話だ。サンダーバード、レッツゴー!
悩みの聴き方
仕事柄、人の悩みを聴くことが多い。
そんな時、気をつけている事が一つだけある。
それは、〔二つの耳で聴く〕という事だ。
『当ったり前やんけ~!』という言葉が飛んできそうだが、これには意味がある。
これは昔、わが恩師から聴いた事なのだが・・、
『一方の耳で、その人の感情を聴く』=(その人になったつもりで話を聴くという意味)
そしてもう一方の耳で、『仏の耳、天の耳で話を聴く』=(その人の《味方》にならず、客観的に、その人の話に耳を傾けるという意味)・・らしい。
この片一方の〔聴く〕だけでは、その人の悩みを受け取ることはできない、という事なのだそうだ。
悩む人の『感情』に共感できないと、その方は、こころを開いてくれない。・・『話を聞いてくれてる』と思っていただけない。
・・と言って、その『感情』に巻き込まれ過ぎると、〔悩みの本質〕がはっきり見えない。だから、常に冷めた目で見るもう一人の自分も必要だというのだ。
これは、言葉では簡単に書いたが、実際はとても難しい!
僕なんぞ、絶えずその人の『感情』に巻き込まれて、どこまで渦の中に入っていってしまう。
でも、この『二つの耳』を常に心の片隅に意識しておくと、ちょっとだけ自分が冷静になれる・・ような気がする。
『意識しておく』という事は、なんと大事なことだろう。
といいながら、今日も僕は『感情』の渦の中に・・。
続・テレビの反響・・白寿苑で
昨日は、今年最初の「特養白寿苑」での法話会の日であった。
こちらの苑で、先日の『ごごネタ・・』テレビのロケをしたわけではないのに、皆さん放送を見て下さっていた。
・・見てたどころか、ホールを暗くして『上映会』を開いてくださったらしい。(わずか五分の番組の・・。すぐ終ったので、何度も繰り返し上映されたらしい。・・無理がある)
でも、皆さんすごく興奮されたようで、「あっ、住職さんや」と言って、携帯電話のカメラで僕を写しながら見て下ったらしい。(驚き《その一》。みなさん、〔携帯電話〕持ってはるんや! そして驚き《その二》は、その(携帯カメラの)使い方、みんな知ってはるんや!・・失礼。ケアハウスの人が多かったからか?)
昨日の〔法話会〕も、一階ホールに、みなさん集まって来られた時、僕の顔を見るなり、「テレビ、見ましたよ!」と、ほとんどの方が声を掛けてくださった。 僕、興奮したわ。
面白かったのは、一人のおばあちゃんが、僕に「苑内で上映会した時、皆、カメラで住職さんをパチパチ撮ってはったんですよ。だから私も負けんと撮りました。でも、たった一枚しか撮れんかって、残念やったわー。でもその写真を今日、リハビリの先生に見せたら、『よく撮れてるねぇ』と言って喜んで下さったんですよ。うれしかったわー。」と言って下さった。
僕は「そうですか。(僕の)写真、一枚しか撮れなくて、残念でしたねぇ。」・・と言いながら、でも、『《生》の僕は目の前におりまんねんで~。今やったら、写真、撮り放題でっせ~。今の私はいらんかえ~。ご要望に応じてどんな表情でもポーズでもやりまっせ~!』と心の中で言ってたんでっせ~、・・おばあちゃん。まぁええか。
そんなこんなで、昨日の法話会は大変盛り上がりました。めでたし、めでたし。 以上
テレビの反響・・・内々の。
今日は、先日の『ごごネタ!キラキラTV』の(内々の)反響を書きます。
番組終了後、すぐ電話が掛かってきました。
・・母親でした。
開口一番、「私、寝る前、あんたに〔絵本〕なんか読んでやったっけ?」(番組の中で、僕がそんな事を言う場面があったのです。)
僕は、「何を言うてんねんなぁ。・・覚えてへんのかいな?・・読んでもらった僕が言うてんねんから確かやで!」と反論。
母親は、まだ納得してない様子ながら、「でも良かったね。うまく(番組)まとめてはった。」と言ってガチャンと電話を切った。(なんじゃ、今のん。)
それから何本か、檀家さんから「テレビ見たよ。」と電話があり、受話器に向かって「ありがとうございます。」と、頭の下げ通しだった。
その中で面白かったは、「うちの孫も一緒にテレビを見てまして、『あっ、このおっちゃん知ってる!』と、興奮してもうて、音声がよく聞き取れませんでした。何言うてはったんですか?はっはっはっ」という感想だった。(興奮してくれてありがとう。)
また、「住職さんって、テレビも、実際も、まったくおんなじでんなぁ。・・ちっとも違ってへん。・・そのまんまでしたで。」と言われた。(誉め言葉で、言ってくれてはるんやろうけど、素直に喜んでよいのかどうか?・・どうせなら、海老さまチックに〔眼張り〕しといたら良かったか。)
そんな中で、マニアックな感想が、施設の知り合いのおばちゃんからあった。
「・・私、繰り返して五回みましたよ。五回でっせ!」と、繰り返し繰り返し、どんな進行内容だったか、そして僕がどこでどんなセリフを言ったか、はたまた、「住職さん、散髪してはりましたなあ。綺麗な髪形でしたで」と、興奮気味におっしゃってくださった。
僕も収録前に、散髪したかどうかは、忘れてしまっていたが、「はい、はい。テレビに出れるなんて、一生に一回あるか無いかですから。」と答えておいた。(本人もそんなに見てないのに・・、五回も見て下さって有難うございます。この調子やったら、番組のセリフみんな暗記しはんなぁ。)
まぁ、今のところ、こんな感じです。・・又、面白い感想が聞けたら、書かせてもらいます。
『ごごネタ!キラキラテレビ』無事に放送されました・・ホッ
本日、無事にTBS系列『ごごネタ!キラキラテレビ』が、放送されました。
内心、『ホッ』としています。
なぜか?・・それは、昨年の12月に収録が終り、お正月を跨いで放送日が決まっていた為、知り合いの方の〔年賀状〕すべてに、『来年、1月14日に放送決定!見てね』と、一筆入れてしまったからです。
菅内閣の「入れ替わり」が、今日だと発表されていたので、僕の出る番組が急遽中止になってしまったら、(『録画します』と連絡をくれてた)みなに『番組変更』のお知らせを、全部しなければならんと、小心者の僕は慌てふためいていたのです。
・・・だから、無事放送されて『ホッ』なのです。よかった、よかった。
驚いたのは、収録に軽く「6時間」は掛かっていたのに、編集して、放送はこんなものかとちょっと気がぬけたことです。(覚悟はしてましたが・・)
又、妻が出ていた場面も、全部カットされていたので、嫁さんにも何か悪い気がしました。
でもまぁ、こんなものなんでしょうね・・。テレビ放送って。
又、いろんな方からお電話をいただきました。ありがとうございます。
中には老人施設内で、「レクレーションの時間として、しばらく毎日、今日の収録ビデオを見ることにします」という、僕にとっては嬉しいような照れくさいような、施設内の方には迷惑のような、ご連絡も頂き、感謝しております。
今年は、僕は『ついて』ます。(幸運という意味)
テレビにも出れたし、先日の福引で『特賞』も引けたし、(そういえば、昨年の忘年会も『一等賞』を引けたなぁ・・。)ラッキーです。
『あなたの一生の幸運も、これまでよ~』と、仏さまから言われぬように、今年も精進したいと思います。
よっしゃー、今日のところはこのへんにしといたる~(ひとつも謙虚になってない。〔笑い〕) 合掌
尚、『放送』を見逃された方は、下のホームページをご覧下さい。 ここから全部見れます。そう、『ごごネタ』の正式なホームページです。
http://hicbc.com/tv/gogoneta/fri/index.htm?mid=729196306001&cat=cat02&btype=bt12
紙芝居:「心やさしき聖者 念仏聖(ひじり)空也上人」 (後編)
エピソードで綴るこの〔空也上人〕の紙芝居も、いよいよ今回で終りです。
・・最後にもう一つ、空也さまの(ちょっと艶っぽい??)不思議なお話を。
空也さまが、托鉢に回っておられた時、『神泉苑(しんせんえん)』という所の前に、一人の病み衰えた《老婆》が座って居るのを見つけられました。
そこで空也さまは、その日から、朝・夕に、この老婆を見舞われ、《精》の付く食べ物や薬などを与えて、病を回復させました。
元気になったこの《老婆》は、ある日、空也さまにもう一つ、恥ずかしそうに願い事をしたのでした。
「お上人さま、私の最後のお願いでございます。・・どうか、この醜き年寄りの私ではありますが、・・その~、私を一人の女として愛して下さいませんか?抱いてくださいませ~。」と頼んだのでした。
少し驚いた空也さまでしたが、しばらく考えた末、
「わかりました。あなたの最後の願い、私が叶えましょう。・・さぁ、近くのラブ・ホテルへ参りましょう」と、言ったかどうかは知りませんが、空也さまが老女の手を取ろうとしたその時、
この老女は『パッ』と、飛び上がったかと思うと、空高く舞い上がり、一匹の《狐》の姿に変わりました。
そして狐は、「実は、我はこの『神泉苑』に棲む老狐なのじゃ。もう何百年も棲んでおるが、そなたのような慈悲深い〔上人〕には初めて出合った!上人、そなたこそ真の《上人》じゃ!」と言って、消えてしまいました。
このお話は、空也さまの(熟女好き、いや)《情》の篤さを物語る挿話の一つであります。
慈悲深き、真の聖者《空也上人》は、七十歳の時、京都は『西光寺(現・六波羅蜜寺)』で亡くなられます。
そんな《空也さま》のファンの一人で、熱心な念仏信者であった〔慶滋保胤(よししげのやすたね)〕という方は、空也上人こそ、極楽浄土からこの世に来られた《阿弥陀仏》の使者だと考えられ、上人の『伝記』を書かれました。
そこには、「空也上人は、この世での御教えの〔縁〕が尽きた時、極楽へと帰ってゆかれた。・・上人が京都に来られる以前は、《お念仏》を称える者はまれであった。・・が、上人が来られてから、皆、《お念仏》を称えるようになった。これは上人の『衆生教化(しゅじょうきょうけ)』のお力によるものだ。」と、書かれ讃えられております。合掌
おしまい
紙芝居:「心やさしき聖者 念仏聖(ひじり)空也上人」 (中編)

空也上人のお人柄をあらわすエピソードに次のような話があります。
或る日の事。
ある御用で、帰りが遅くなり、寂しい道を一人歩いておられた空也上人を突然、数人の盗賊が囲みました。
「私を出家と知っての事か?」と、空也様が問うと、
盗賊達は、「当たり前よ!」と、刀や薙刀を突き付け言い返しました。
すると、空也様は突然、大きな声で「ワァーワァー」と泣き出したのでした。
これには盗賊達も呆れ顔で、「こいつは恐れ入ったね~。お前は僧侶だろう?物惜しみしてみっともないぜ!」と言うと、空也様は、
「それは違う。お前達はたまたま《善き縁》が整い、〔人間〕の姿に生れて来た。だから、《善き徳》を積もうと思うのが当たり前なのに、今、お前達は《悪》を犯そうとしている。それによって、来世はその罪の《果報》を受けねばならない。・・それを思うと、拙僧は、お前たちが可哀想で可哀想で泣けて泣けて・・・。」と言われました。
それを聞くや盗賊達は、この僧はあの有名な〔空也上人〕だと覚り、算を乱して逃げ去りました。
そして次の日、この盗賊達は頭を丸めて、空也様に弟子入りしたそうです。
もう一つ、盗賊たちが出て来るエピソードを・・。
或る日、鍛冶職人が、空也様の前を通りかかりました。
鍛冶職人は、大金を持って隣村の実家に帰る途中だったのです。
職人はふと思いついて、空也様にこう申されました。
「お上人様、もはや日が暮れましたが、帰り道はまだまだ遠いというありさま・・。大金を所持しておりますので、どうも不安でなりません。いかなる心持で旅すればよろしいでしょうか?」と。
すると空也さまは、「心に《阿弥陀仏》を念じなされ。ナムアミダブツと・・」と、おっしゃられました。
果たしてこの職人、途中で大勢の盗賊たちに、囲まれてしまいました。
そこで、空也さまに言われた通りに、心に阿弥陀仏を念じ「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ・・」と、大きな声で称えました。
すると盗賊たちは、「おおっ、こいつはいけねぇぜ!・・この方はあの有名な〔空也さま〕だ!・・この御方に難儀をかけちゃいけねえぜ。」と、退散したのでした。
こうしてこの職人は、無事、難を逃れることが出来たということです。 つづく
