住職のつぼやき[管理用]

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『小泉産業グループユニオン』20年組合員研修への出前

 昨日、第5回目となる『小泉産業グループユニオン』様への組合員研修に出講させて頂いた。
 〔企業戦士歴20年目〕を迎えられる、歴戦の兵(つわもの)の方達ばかりの(自分を見つめ直す)大事な研修会なので、毎回僕も緊張する。・・うそである。 
 僕は結局、中身が何もないので、自分自身をさらけ出して、毎回お話させて頂いているだけである。(ホント申し訳ないです。)
 毎回、参加者の皆さんのリアクションに助けられ、なんとか(こっちが)勉強させて頂いているのです。担当のU村さん、S原さん、K藤さん、いたらん講師でエライすんまへん。
 まあ、なんとか今回も無事に、私の(コマ)は終了致しました。(社員の皆さん怒ってなかったかなぁ。)
 そして今日ははれて日曜日(雨やったけど、)「サザエさん」の日だ!
 それでは「サザエさん」の替え歌で、研修内容をどうぞ!
ファイル 694-1.jpg(研修現場inハートンホテル)
 『出前でございま~~す!』
 「おかもち」抱えた住職が、やって来~た
 ハートンホテルへ、場違~え「出前」さん
 みんなが、笑ってる~
 ホテル客も笑ってた~
 ル~ル ルル~ル~
 研修、良い環境ー
 (二番)
ファイル 694-2.jpg(円座ディスカッション)
 お話、脱線、余話ばかり な~さ~けな~い
 それでも、良いのか?
 太っ腹、ユニオンさん
 最後は、ディスカッショーン
 言いたいこと、みんな言う~
 ルールないのんか~
 講師は脳テンキ~~

さーて、今回の「出前さん」の独り言は・・・、
  『S原さん、ブログカウント多すぎた』
  『U村さん、片づけ上手になりました』
  『K藤さん、パスタ残させすみません』
  ・・の三本でした。
 
 次回もよろしくお願いしま~す 懺(ザン)悔(ゲー)、坊ンッ
 オホホ~ 合掌

「立ち上がろう!日本!!」ステッカー(まだ非売品)

ファイル 693-1.jpg(ステッカー)
 上の写真は、前回、このプログで紹介させて頂いた「仏像はんこ」の〔愛子〕さんが書かれたイラストである。
 そう、これはその絵を〔ステッカー〕にされたものなのだ。(ただし、まだ非売品らしい。)
 「立ち上がろう!日本!!素敵で面白い!・・今、必要だ」と思ったので、早速、車の後ろに貼らせて頂いた。
ファイル 693-2.jpg(車にハッタカー)
 だが、この非売品ステッカーを持って来て下さった方は、もっと面白い方だった・・そうだ。(妻の談)・・留守してた為、僕は会えんかったのだ。残念!

 その方の名は、lako(ラコ)さんと言い、そもそも「仏像はんこ」を《Tシャツ》にしようと提案された発起人らしい。
 僕のブログを見られて、急遽(お礼方々?)来院されたらしいのだ。(早やっ!)
 どうやら、この方は奈良では、知る人ぞ知る(テレビにも出る)《有名人》らしい。
 奈良のキャラであった「せんとくん」をこよなく愛し、「せんとくんと共に死んでも良い!」とは、思ってはおられないだろうが、まぁ、とにかく半端じゃなくお好きなのだろう。
 こんど僕が居る時、是非、「せんとくん」のどこに惹かれたのか、なぜ、『せんと心中』しても良いのか(そんなことは言っておられないが)、聞かせて欲しいと思う。
 まぁ、ご縁が広がるのはとても嬉しい事なので、今度はゆっくり遊びに来てください。(お父ちゃんも、ご一緒に来てくださいね。・・そして、お仲間もご一緒にどうぞ。)
 最後に、下の写真は、僕が平成17年に書いた誕生仏のイラスト(大阪教区 文書伝道版)である。
「立ち上がろう、日本」キャラに、よく似てますよね。・・ただ、僕の絵は「サタデーナイトフィーバー」の映画から、ジョントラボルタをモデルに、お釈迦さまをパロディったおちゃらかイラストなのだが・・。〔笑い〕)
ファイル 693-3.jpg(僕がカイタカー)

ラコさんホームページ:来院記事
 http://ameblo.jp/lakota/entry-10896522928.html

仏像はんこチャリティーTシャツ

ファイル 692-1.jpg(仏像はんこTシャツ)
 被災地への色々な形での、復興〔義援金活動〕というものがあるが・・、
先日、友人のMさんから頂いた「仏像はんこチャリティーTシャツ」(の販売)という〔義援金活動〕(写真)には驚いた。
 このTシャツは、一枚2300円で、その内300円を義援金として寄付されるらしい。
 このTシャツのイラストは『愛子』さんという(難病と戦っておられる、お寺大好き)女性が書かれたもので、その仲間たちと共に作られたのだそうだ。
ファイル 692-2.jpg(前面の仏像たちのアップ)
 まぁ、なんといっても、その〔仏像イラスト〕郡が可愛いではないか!
 ミニキャラのような〔空也〕さんがおられる。
 そして、見返り〔阿弥陀〕さまや、アフロの仏さま、お地蔵さま、観音さまなどなど、可愛く勢ぞろいされている。(一目見て、わかったけど、この製作者さんはホンマに仏像が好きなんや!・・坊さんよりも、坊さんらしい・・頭がさがります)
 これらのTシャツのイラストは、『愛子』さんが消しゴムで「はんこ」を作り、それらの印影を大きくしたものだそうだ。(「はんこ」は販売してるらしいです。・・僕も買おう!)
ファイル 692-3.jpg(背面のアップ)
 又、この素敵なTシャツの背面には、英語で〔このTシャツは、震災からの1日も早い復興を願う多くの人々の暖かい心によって、創られました。私達は愛の絆が日本中に多く幸せをもたらすように希望します。〕と書かれてある。なんと素敵な表現ではないか!
(僕も前に同じようなイラストを書いたけど、お釈迦さまが地球から、ウルトラマンのように「シュワッチ!」と、復興の為に立ち上がる絵は、なんとも言えんわ!・・僕はほんまにこんなん好きやー)
 これから僕はしばらくの間、このTシャツを着て『お寺の出前』に行かせてもらいたいと思います!(法衣の時はダメやけど〔笑い〕)

「歌う 尼さん」 来院!~観念寺永代経法要

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 おととい、自坊:観念寺で『総永代経法要』をお勤めした。
 去年は勤行後、イベント坊主さんに「浄土真宗落語」を披露して頂き、
 そして今年は「歌う 尼さん」こと〔シンガーソングライター〕の「やなせなな」さんに『法話とコンサートの夕べ』というタイトルで法話とお歌を頂戴した。 
ファイル 691-2.jpg(やなせなな住職さん)
 さて、〔やなせ〕師にお願いしたのは、去年の「春のお彼岸」時期であり、振り返ると、一年掛かりのご来院お待ち受けとなったわけだ。
 それも去年の春の段階では、まさか(今年の)このような「東日本大震災」が起こると思っていなかったので、「平和なのんびりとした癒しのコンサートになれば良い」と思っていた。
 しかし、この程の大震災が起こり、関西の人間の心をも深く傷ついてしまっていたので、結果的に、皆の心の復興コンサートになったような気がする。もちろん義援金集めもした。
ファイル 691-3.jpg(CDと著書のサイン入り販売会)
 コンサートが終り、皆がお帰りになられてから、娘が僕に「お父さん、みんな歌を聞いて泣いてたよ。癒されたんやねぇ。歌の力って凄いね~」と言った。
 『そうか、そやったんや。歌の力って、やっぱり凄いんや。NHKのアナウンサーがテレビで言ってた事は、間違いじゃなかったんや・・』と改めて思った今回の有難い『御法座』であった。
 やなせななさん、そしてスタッフの皆さん、有難うございました。合掌

やなせさんのホームページ記事
 http://nanayanase.blog113.fc2.com/blog-entry-437.html

羽曳野:「豊川病院」への出前in2011

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 今日、羽曳野市にある「豊川病院」へお寺の出前に行って来た。
 こちらへの(毎年一回の)出前は、今年で四回目となる。
 慣れてきていると思うのだが、やはり、僧侶の姿で病院に入っていくのは、(毎回)ちょっと緊張する。
 それは皆の視線が、僕に集中するからだ。(そんな気がする・・。)
 だから、なるべく明るく『ランラン、ラ~ン』とスキップしながら廊下を進んでいき、身体で『僕は患者さんが亡くなったから来てるんじゃないですよー』とゼスチャーで表わし入っていく。
 ・・が、考えてみれば、それも変か??
 まぁ、良い。今日は患者さんに『地獄と極楽』の紙芝居と法話をしてきた。・・おそらく、病院内で『地獄・極楽の話』を明るく話してくる僧侶は(日本中探しても僕だけだろう・・と思う〔笑い〕)
 でも、最後帰る時、看護師長さんに「来年も又、来てくださいね」と頼まれたので、結果オーライだったのだろう・・と思う。
 

ガーデンカフェ:「キッチン・ハート」さまへの出前

ファイル 689-1.jpg(キッチンハート:店)
おととい、法雲寺さまの法要に行く(チョイ)前、河南町にあるガーデンカフェ:「キッチンハート」開店2周年記念パーティへ、「お寺の出前」に行かせて頂いた。
 ・・ところで、トンマな僕は、日にちを1日間違えて、前日に「まいど、お寺の出前で~す」と、オカモチ持って入って行き、店員さんにキョトンとされ、大失敗をしてしまった。(まぁ、よくやる失敗です。・・勘弁して下さい。〔笑い〕)
 さて、今回僕がこちらのお店へ「出前」に行く事になったきっかけは、三ヶ月ほど前の夕方、妻と一緒にコーヒーを飲みに立ち寄ったのが始まりだった。
 この時、お店は割に空いてて、(夕方だったので)僕と妻はコーヒーだけを頼んだ。
 すると店長さんが、「モーニングはどうですか?・・同じような値段ですので、こちらの方がお得ですよ」とおっしゃられた。
 「・・なんで、夕方にモーニングがあるねん?」と疑問に思ったが、「・・そう、おっしゃるなら、モーニングでお願いします」と頼み、その量の多さと美味しさに大満足した。
 それで帰りに、その〔夕方のモーニングコース?(何時でもやってくれるらしい)〕に深く感謝し、お支払いをしようとしたら、「どちらから来られたのですか?」と会話が始まり、名刺交換をして、その後お互い、ホームページを読み合う(ファン同志?)になり、今回のイベントへの「出前」依頼となった訳なのだ。
ファイル 689-2.jpg
 さて、僕の出番は短かかったが(時間がなかったのだ)、割と濃ーい話(「稲むらの火」と「三尺三寸の箸」の話)を全力でさせて頂いた。
 パーティ客の皆さんは、それをどのように感じられたのか解らないが、僕自身はこの(場違いな)場での、『紙芝居法話』がとても楽しい時間に思えたのだった。合掌

豊中:法雲寺さまの「総永代経法要」

ファイル 688-1.jpg(法雲寺さま:本堂)
 5月8・9日の二日間、豊中の浄土真宗本願寺派『法雲寺』さまの「総永代経法要」の御法縁に接し、「紙芝居法話」に寄せて頂いた。
 こちらのお寺さまとは、昨年の「定例法要」からの、ご縁となるのだが、境内に入った瞬間から、もう何十年もお付き合いさせて頂いているような気が(錯覚が)した。(つまり、気兼ねなしにお付き合いさせて頂いているのだと思う、・・僕はであるが。)
ファイル 688-2.jpg(法雲寺さま:スポーツ公園)
 この今回の(ブログの)主旨とは違うが、まったく、このお寺は面白い!
 なんせ、お寺の裏が〔スポーツ公園〕になっていて、若者達が(遠慮なしに)バスケットゲームをしているのだ。(本堂では法要、庭ではバスケット、同時進行しているこの落差がたまらんわ! 僕はこんなんが大好きだ。もし僕が財津一郎さんなら「ひっじょうに、うれしぃぃー! 共にお寺で楽しんでちょうだいっ!」と叫ぶだろう。・・なんで財津さんなんや?)
ファイル 688-3.jpg(本堂内)
 さて、法要は二日間あり、一日目は「稲むらの火」を中心にお話させて頂いた。
 そして、二日目は、「アミダ仏物語」と「子供を亡くしたゴータミー」のお話をし、『仏さまに抱かれて生きる感謝の心』をテーマに、しゃべらせて頂いた。
 ご門徒の皆さんは、とても熱心に聴いて下さり、こっちも話に熱が入って、血圧も上がってしまった(笑い)。
 法雲寺の(ギター流し)住職さま、(夕陽好きの)前住職さま、(お優しい)坊守さま、そして(日本酒好きのような)総代さま、婦人部の皆様、そして(乗りのよい)ご門徒の皆様、いろいろとお世話になり、本当にありがとうございました。
 それでは又来年まで、待っててちょうだいっ! 合掌

紙芝居:「讃岐の源太夫!」 〔後編〕

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 〔源太夫(げんたゆう)〕が木に跨り、阿弥陀さまを呼び続けて、何日かが経ちました。
 或る日、偶然通り掛かった村人の一人が、その声を聞いて「何をしていなさる?」と尋ねました。
 すると源太夫は、
「坊主が、『西の方に向かって歩いて行き、〔阿弥陀〕さんを呼んだらその仏さんが返事をしてくれる』と言うたので、西に向かってここまで来たんじゃ。・・しかし、もうこれ以上は西に行けないんで、この木の上で〔阿弥陀〕さんを呼んでおるんじゃ。」と答えました。
 そこで村人は、
「あんたはそう言うけど、本当に阿弥陀さんは返事をして下さるんかい?」と問うと〔源太夫〕は、
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「そうじゃ、聞こえてくる!・・わしが鉦を打って『阿弥陀さんよぉー』と呼ぶと、向こうから『おおい、仏はここにおるぞー。』と答えてくれる」と言いました。
 そこで村人が「そりゃ本当か?!」と言うと、源太夫は、
「本当じゃ、今からわしが仏を呼んでみる。そしたら、阿弥陀さんが返事をしてくれるから、耳を澄まして聞いてみろ。わしが呼んだら必ず答えてくれるのじゃ。」と言って、懸命に鉦を打ち、
「阿弥陀さんよぉー、阿弥陀さんよぉー!」と呼びました。
 しかし、村人には何も聞こえてきませんでした。
 けれども、木の上の源太夫は嬉しそうに「どうだ、仏さんの声が聞こえただろう。」と言うのです。
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 そこで、村人は村に帰って、皆に「変わった男がおるんじゃ。木の上に座って、ずっと仏さんの名前を呼んでおるんじゃ。」と言いました。
 その次の日、その話を聞いた大勢の村人達が、岸壁まで行って見ると・・、
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 木の上で〔源太夫〕は、眠るかのように息絶えておりました。
 そして不思議なことに、その口から真っ白い一本の《蓮の花》が咲き出ていたという事です。 おしまい

(あとがきにかえて)
 この紙芝居は、『今昔物語集十九』を元にして、〔芥川龍之介〕の『往生絵巻』という短編戯曲を参考に作った作品である。
 とくに、大感動的な話ではないのだが、なぜか僕はこの作品に心が引かれ「紙芝居」化した。
 悪党:源太夫に、いったいどのような心の変化があって、阿弥陀様探しの旅に出たのであろう?
 芥川氏の戯曲には、『(説法を聞き、)見共はその時、体中の血が一度に燃え立ったかと思う程、急に阿弥陀仏が恋しゅうなった・・・。』と書かれてある。
 自分はどうしようもない悪人である自覚と、死後の恐怖を〔源太夫〕は、常に持って生きていたのか・・?
 きっとこの話(今昔物語)に、芥川氏も何か感じる処があったに違いない・・だから戯曲にされたのだろう。
 人は、自分の心の中の悪を常に自覚し、何かにすがりたいと(常に)思う。・・僕も同じだ。だから、源太夫に共感してしまう。
 最後に、讃岐から西に西に向かうと、一番先は『愛媛県』の〔佐田岬〕になる。
 源太夫は、その岸壁から、海以外、果ては何も見えなかったという。
 しかし、実際は〔佐田岬〕から、九州の〔大分県〕が見える。(舟を使えば、もっともっと西へ行けるやんけ。)
 だから、おそらく〔源太夫〕は『西へ西へ』と言いながら、南西へと緩やかに曲がってしまい、最終的に『宇和島』か、〔高知県〕の『足摺岬』ぐらいに行ってしまったのではなかろうか?
 そうすれば、果ては太平洋であり、話が通る。
 僕はこの紙芝居を書きながら、ずっとそんな事を考えて『地図』を眺めていたのであった。 おわり
 
 
 

紙芝居:「讃岐の源太夫!」 〔中編〕

 そして〔源太夫(げんだゆう)〕は、お寺の和尚さんに対し、「悪人でも救ってくれるという《仏》がいるというのは本当か?!」大声で叫びました。
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 和尚さんは、目をパチクリさせて驚きながらも、
「そうだ、本当だ。いかにも罪深い者でも〔阿弥陀仏〕という仏様は、みんなお救い下さるのだ」と答えました。
 すると源太夫は、
「嘘は言うまいな!・・・・・・すると、このワシも救ってくれるというのか!」と、詰め寄りました。
 村人達はどうなることかと、ハラハラして見ておりますと、和尚さんは、今度はゆっくりと、
「そうだ、お前のような悪党だって、阿弥陀仏様のお慈悲はもらしはしない。」と言いました。
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 そこで源太夫は、今まで持っていた獲物を投げ捨てて、
「・・それならワシは、その阿弥陀さんとやらに会ってみたいと思うのだが、いったいどこに行けば会えるのじゃ?」と尋ねると、和尚さんは、
「阿弥陀仏さまは、ここから西の方、遥か彼方の《お浄土》という所に居られるから、西に向かって声の限り阿弥陀様を呼んでみるがよい。
 そしたらきっと、その呼び声に答えて返事してくだされよう。」と言われました。
 すると源太夫は、「よし、わかった。」と言って、そこを立ち去ってゆきました。
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 そのあくる日、源太夫は、髻(もとどり)を切り落として、どこでどう手に入れたか、身に白装束を羽織り、手に小さな鉦を持って、朝早く自分の家を旅立ち、西に向かって歩き始めました。
 そして、鉦をチンチン鳴らしながら、大きな声で、
「阿弥陀さんよぉ~、アミダさんよぉ~~!」と叫び続けながら、一筋に歩いて行きました。
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 山を越え、川を越え、ひたすら西に向かって、何日も何日も歩きました。
 そして、とうとう岸壁に出ました。
 もう行けません。
 ところが岸壁に、海に向かって一本の大きな木が出ていました。
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 そこで源太夫は、その木に登って、行けるところまで進みました。
 下は海です。
 そして源太夫は、その木の枝の股の処に座って、懸命に鉦を鳴らし、西に向かって、
「阿弥陀さんよぉ~、アミダさんよぉ~~!」と叫び続けました。
 つづく

紙芝居:「讃岐の源太夫(げんだゆう)!」 〔前編〕

 『今昔物語集』より
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 今は昔、讃岐の国(今の四国・香川県)に、〔源太夫(げんだゆう)〕という男がおりました。
 この男、若い頃から悪いことばかりして、村の嫌われ者でありました。
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 或る日のこと、源太夫は自分の子分をつれて、山へ猟に行きました。
 そして、その日の夕方、獲物の鳥やウサギを手に持って、山から下りて来ました。
 しかし、どこでどう間違えたか、道に迷い、道でない所から駆け下りたところ、そこはお寺の境内でありました。
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 そのお寺の中では、ちょうど〔法座〕が開かれており、お寺の和尚さんが、高座の上で大きな声で〔仏様のお話〕をされておりました。
 源太夫は、血のしたたる獲物を持ったまま、何気なく本堂から聞こえてくるお話を聞いておりますと・・・、
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 ちょうどその時、和尚さんが、
「・・いかなる恐ろしい罪を犯そうとも、阿弥陀(あみだ)仏さまの願いは『一人も残さず救います』と云う教えなのじゃ。皆さん、わかりましたかな」と、お話されたところでした。
 その時、源太夫は何を思ったか、土足でづかづかっと本堂の中へ入ってゆきました。
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 今まで熱心に、そのお説教を聞いていた村人たちはびっくり!
 見れば、あの村で悪評高い源太夫だったからです。
 その源太夫、高座の和尚さんに向かって、一声叫びました。
「おい!坊主、今お前が言ったことは本当か?!」と。 つづく

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