住職のつぼやき[管理用]

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豊中仏教青年会の募金活動

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 昨日、『豊中仏教青年会』主催による、「ニュージーランド及び東日本大震災」駅前募金活動にお邪魔させて頂いた。
 三月半ばだというのに、阪急豊中駅前は寒かった。(豊仏青の皆様、本当にご苦労様でした)
 僕は、自分が集めた『募金』を手渡したら、すぐに失敬するつもりであったのだが、仏青の怪鳥、いや回腸、いや会長に引っ張られ、募金活動に飛び入り参加することになった。(本当は参加できて嬉しかったのです。ありがとう!)
 この日は総勢五人での『募金活動』になったが、一人一人が皆発するセリフ(口上)が決まっていて、たまに寒さのあまりコンガラがり、緊張感の中にも笑いがあった。
 たとえば、最初の一人目の僧侶が「こちらは豊中仏教会です」という。 すると間髪おかず、二番目が「ただいま、東北大震災」、そして三番目が「並びにニュージーランド沖大地震の募金活動を募っております」という。
 そして四人目が「この募金は全額、赤十字に寄付いたします」とつづく。・・その調子で、五人目がまとめに入り、最後に皆で「皆さん、よろしくお願い致します」と言って終る。そして又、一番目に戻り、エンドレスでこの口上が続くのである。(長々と書いてしまったが、まぁ、こんな調子で行ったわけだ。取り合えず、雰囲気だけお伝えしました)
 さて、子供たちが、百円、千円と、募金箱に入れてくれる姿は本当に尊いものであった。
 又、おばちゃん達が、「又、ここでも募金かいな。・・ほんましゃあないなぁ。」と言いながら、千円、五千円と入れてくれて、ほんま頭が下がった。(大阪のおばちゃん、「いよっ、口は悪いが懐(ふところ)厚し、いや篤し!」)
 又、若いサラリーマン風の兄ちゃんが、「今の坊さんも、まんざらじゃないなぁ・・」ってな事をおっしゃってくださり、この言葉も胸に残った。
 ほんま、こんな感動的な「募金活動」に参加させて頂けて、僕は幸せ者でした。回腸、いや怪鳥、快調、最澄、番町(どんどん離れてゆく・・)会長、並びに豊仏青の皆さん、本当にお世話になりありがとうございました。
 あの後、夜の7時から、大阪市内の特養ホームで、霊、いや礼、例の津波の紙芝居「稲むらの火〔復興編〕」をやって、大変、降雹、いや好評の内に『法話会』を終えましたよ。・・一応ご報告まで。合唱、いや合掌。・・もうええか。

私の役割とは?

 変な話であるが、今日、お参りに行かせて頂いた檀家さん宅で、僕はそこのご主人に聞いてみた。
 「ご主人、この未曾有の大惨事に対して、宗教者としての僕の役割って何だと思いますか?・・僕は何をすべきでしょうか?」
 頭が混乱している僕は、このような(稚拙な)質問をあちこちでしている。(檀家の皆さん、勘弁してください)
 このご主人は僕に対して、
 「住職さんて云うか、宗教者に今求められてるのは〔心のケア〕でっせ。・・今は、まだ住職さんの出番と違いまっせ。・・今は自衛隊などの専門家の出番であり、そんな焦ってもあきまへん。・・今行ったら、かえって迷惑でっせ。・・いずれ、必ず住職さんの出番が来ますって。」 こうおっしゃられた。
 その時、僕の携帯電話に、地域の副区長さんから電話があり、『次月、地域の年配の方たちに講演をして欲しい』と連絡が入った。 理由はこのような社会的状況なので、『平常心であること。そんな心のあり方』などを(紙芝居を使って)話してほしいとの事であった。
 そんな会話を、横で聞いて居られた先ほどのご主人は、「ほら、みなはれ、こっちの人間も焦燥感・無力感にかられてまんねんで。・・こっちでも、住職さんがやらなあかん事が、ようさん、ありまんねんで。・・焦りなはんな。」と言われた。
 その通りかもしれん。
 又、こんな状況なので、こちらでの『春の彼岸法要』はお休みにしようかと悩んでいた僕は、檀家さんに「今週の土曜日、いつもどおり『法要』をやりますんやろ?・・行かせてもらいますからね。こんな時やもん。皆でお参りせな。・・孫に『ばあちゃん、日本沈没するの?』って聞かれましてん。テレビや友達から影響を受けますんやろな。まだ小さいのに。是非、お参りに行かせてもらいますから。」と言われた。
 僕は改めて、今、こちらでの僕の役割を再確認した。 合掌

東北・東日本の大地震への支援について

 東北大地震被災地への出前ボランティア(亡くなられた方々への読経・お葬式・法要など)を考えたが、(テレビなどの報道から、まだ時期尚早と考え)延期することにする。
 今、ちっぽけな自分にできることは何か?
 やはり、自坊でのお参りと、義援金を集めて送金することではないかと思った。
 阪神大震災の時も、復興支援の道(月日・期間は)、とても長いものであった。
 あせらず、気長に続けていければと思う。
 そして、いずれ被災地に何らかの形で入り、復興協力したいと思う。

謹んでお見舞い申しあげます

 東北・太平洋沖大地震により、被災を受けられましたすべての皆様、謹んでお見舞い申し上げます。

 突然の「大地震」のニュースで、身体がすくんだ。
 十五年前に起った「阪神淡路大地震」の場面が、走馬灯のように思い出され、身体が震えた。
 前にも書いたが、妻の両親が〔西宮〕に暮らして居た為、あの〔大地震〕の次の日から、曲がりくねった「阪急電鉄」の線路の横を歩いて訪問する日々がはじまった。何ヶ月も・・。その後、仮設住宅や避難場所へのボランティア訪問で、悲しいお話を被災されたたくさんの方からお聞きし涙した。・・それを思い出した。
 それ以来、〔地震〕の報道に関しては、トラウマを持つようになってしまい身体が硬直してしまう。(思考が停止し、まばたきも止まる)

 大地震がおこったら、人はその後どう行動すべきなのか?
 そんな答えを見つける為、「稲むらの火」という、地震と津波とその復興の「紙芝居」を、去年の暮れから、現地リサーチをし、それから作り始め、今ようやく80パーセントまで完成したところであった。
 その「紙芝居」が、被災地のテレビニュースの画面と重なる。
 タイムリー過ぎて、しばらく筆が止まるような気がする。
 今、自分に何ができるかを一生懸命考えている。合掌
 

紙芝居:「走れメロス」 その7

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 メロスは、走りながら心の中でつぶやきました。
「さっきのは〔悪魔〕のささやきだ。・・あれは夢だ。疲れていたからあんな夢を見たのだ。
 あぁっ、陽が沈む。待ってくれ・・。」
 メロスは黒い風のように走りました。
 少しずつ沈んでゆく太陽の十倍も早く走りました。
 今やメロスは、山賊との格闘によって服は破れ、ほとんど裸でした。。
 「かまわぬ。・・風体などどうでも良い」と、元祖ストリーキングマン:メロスは走り続けました。
 もう、息も出来ず、二・三度口から血を吐きました。
 その時、遥か向こうに、夕陽を受けたお城の屋根が見えたのでした。
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 そして、メロスは必死の形相で町に入りました。
 その時です。
 一人の若者がメロスに追いつき、声を掛けました。
 「私は〔セリヌンティウス〕の弟子でございます。・・もう間に合いません。走るのをやめて下さい。・・あぁっ、なんと云うことだ! 師匠は、王にさんざんからかわれたのです。しかし、『メロスは来ます!』とだけ答えました。」と・・。
 それを聞いてメロスは、
「だから、走るんだ。信じられてるから走るんだ。
 ・・間に合う、間に合わないは問題ではない!
 私はなんだかもっと恐ろしく、大きなものの為に走っているのだ!」と答えました。
 今やメロスの頭は空っぽでした。
 何ひとつ考えていませんでした。
 ただ、訳のわからぬ大きな力に引きずられて走り続けました。
 そして、ついに刑場に突入しました。 つづく。(次回、最終回)

紙芝居:「走れメロス」 その6

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 ・・・どれぐらい時間が経ったでしょう。
 ふと、耳をすませば、目の前の〔岩の裂け目〕から、こんこんと湧き水が流れている、そんな音でメロスは気がつきました。
 メロスは両手で、その水を一口すくって飲み、「ほっ」とため息をつきました。
 この時、メロスは夢から醒めたような気がしました。
「おおっ、歩ける。」
 肉体の疲労回復と共に、わずかながら〔希望〕が生れました。

(・・余談ながら、僕はこれと同じような話を〔比叡山延暦寺〕の『千日回峰行』を達成された〔酒井阿闍梨〕から直接お聞きしたことがある。・・酒井師は『千日回峰行』の途中、その疲労困憊から、山の中で倒れ込み『回峰行』を諦めかけた事があると、おっしゃっておられた。・・しかし、目の前の清水を一口飲むことによって回復し、又『回峰行』を続けることができたとおっしゃられた。それを比叡山で聞いた僕は思わず、『メロスと一緒やん!』と心の中で叫んだのであった。・・余談おわり)

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「まだ日没までには間に合う・・。 私には待ってくれてる人がいるのだ。
 私は信じられている。
 私の命などは問題ではない。
 私は〔信頼〕に報いなければならない。
 今はただ、その一言だ!
 走れ、メロス!」
 メロスは再び走り始めました。
 『そうだ、メロス!・・寛平ちゃんも頑張ったぞい!』 つづく

紙芝居:「走れメロス」 その5

(続・閑話休題・・又、かいっ!)
 昨年は、『太宰治生誕百年』ということで、太宰文学の様々な作品が映画化された。
 角川映画「人間失格」もその一つであり、ファンの僕は映画館に観に行った。(ちょっとがっかりした作品であったが、映像化したのはそれはそれで凄いことだと思った。)
・・で改めて、「人間失格」の主人公〔大庭葉蔵〕と、「夫婦善哉」の主人公〔柳吉〕が、よく似た性格だな~と思ってしまったのだが、・・それは僕だけだろうか?(話のジャンルはまったく違うが・・)
 この二人、『人間大失格』な性格でありながら、どこか憎めず、大好きで、共感してしまう。
・・僕はだらしなく、弱く、繊細な人間が本当に好きなのかもしれん。それは僕の本来の姿かも。でもそれって、もしかしたら誰でもか・・?
 そして、メロスにもそんな弱い部分が・・・。続きをどうぞ。
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 「おい、小僧!ここから先へは行かさんぞ!」と突然、三人の山賊が通せんぼをしました。
「そこをどけ! 私は陽が沈まぬ内に、お城に行かねばならんのだ!・・いや、お前たち、ひょっとすると王に命を受け待ち伏せしておったな!」とメロスは叫びました。が、山賊達は何も答えず、いきなりメロスに襲いかかってきました。
 しかし、元より力自慢のメロスです。
 山賊たちの武器を奪ったと思うと、あっと云う間にやっつけてしまいました。
 「よっしゃ~、今日のところはこのへんにしといたる」と、捨て台詞を吐いて、山賊達は散々の態で逃げてゆきました。 
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 しかし、さすがのメロスも、激流を泳ぎ、山賊達と格闘した事によって疲労困憊しておりました。
 メロスはフラフラになって、自分自身に言いました。
「あぁっ、もう一歩も歩けない。・・もう、ここまでで良いじゃないかメロス。 お前はよく頑張った。 ここまでやったら、神も許してくれよう。・・これも運命なのだ。 
 友よ、こんな私を許してくれ。・・私は負けたのだ。
 そうだ、王は私に『もし遅れたら、友は殺すが、私は助ける』と言った。 ・・きっと私は助かるだろう。 しかし、そうなったら死ぬよりつらい。・・・ええい、かまわぬ。このまま悪人として生きてやれ!」
 そしてメロスは、その場に倒れこんで、まどろみ始めました。
 『立つんだ!立つんだジョー!・・じゃなくてメロス!』
 あしたはどっちだ!? つづく

紙芝居:「走れメロス」 その4

 (閑話休題) 
 この場をお借りして(どの場や?)、マニアックなご質問にお答えしたいと思います。
 まず一つ目。 
 Q「なぜ、紙芝居の登場人物が、よく名古屋弁になったりするのですか?・・大阪弁ならわかるのですが?」
 A「良い質問ですねぇ(笑い)。答えは簡単。私の母親が名古屋出身なもんで、時々、僕もうつったりして、登場人物にも反映される為です。」
 もう一つのご質問。
 Q「今回の紙芝居に、お得意の『続編』はないのですか?」
 A「これも、良い質問ですねぇ。 続編ではありませんが、メロスの親友〔セリヌンティウス〕の三日間を描いた紙芝居、『待てど暮らせどセリヌンティウス』は、裏紙芝居として企画中です。
 これは、若き日のセリヌンティウスとメロスとの出会い。なぜ二人は親友になったのか?・・牢獄の中のセリヌンティウスの回想の中で、単純でやたら正義感が強いくせに、人を巻き込んで迷惑を撒き散らすメロスと、その内気な妹に恋心を抱いたゆえに、どうしてもメロスから離れることができなかった、そんなセリヌンティウスの三っ日間の葛藤を、〔名古屋弁で〕描こうとしているオリジナル作品です。・・さぁ、セリヌンティウスファンのマニアの皆さま、乞うご期待を!」・・質問の時間、終わり。さぁ、続きをどうぞ。
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目の前を見てメロスは「あっ」と驚きました。
 そこには、昨日の雨で海のように溢れかえった川があったのです。
 「あぁ、どうしたものか・・。」と迷ったメロスでしたが、意を決して「えぃっ」と川に飛び込み、満身の力で泳ぎ渡りきりました。
 「・・疲れた。しかし、時間を使いすぎた。休んでる時間はもうない・・。さぁ、行こう。」と、又走り出しました。
 その時です。
 「待て、小僧!」と、突然、三人の山賊が道をふさぎました。
 どうなる?メロス。 つづく(余計な余談を余っさほいと書いてたから、時間なくなってしもた。)
 
 

紙芝居:「走れメロス」 その3

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 メロスが王に会ったその日の深夜、親友〔セリヌンティウス〕はお城に呼び出されました。
 彼等は二年ぶりに逢ったのでした。
 こんな真夜中に、突然呼び出された(舌を噛みそうな名前の男)セリヌンティウスは、「そりゃ、どえりゃあ迷惑でいかんわ~」などと愚痴一つこぼさず、メロスの事情に無言で頷きました。
 そしてセリヌンティウスは、「おみゃ~さんの事は、ずっと信じて待っとるよ~。頑張って行って来てちょー」と、ギリシャ中部地方のなまりで答えました。
 そして、セッセッセリヌンティウスは、縄を打たれました。
 そしてすぐにメロスは、自宅の村に向かって走り出したのでした。
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 メロスは一睡もせず走り続け、次の日、村に着きました。
 そして妹と婚約者に、「すぐに、結婚式の仕度をしてくれ!」と頼み込みました。
 「なぜなの、兄さん?」と妹は問いましたが、メロスは一言も理由を言わず、強引に〔結婚式〕を挙げさしたのでした。
 〔結婚式〕が終ったのは二日目で、その日メロスはぐっすり眠り、休みを取りました。
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 メロスが目を覚ましたのは、約束の三日目の早朝でした。
 「しまった!少し寝過ごした。・・いや、今からすぐに出発すれば、約束の日没までには間に合う」と、メロスは小雨の中、矢の様に走り出しました。
 メロスは走りながら思いました。
「私は今宵殺される。私は今宵殺される・・。が、身代わりの友が私を信じて待ってくれている!・・どうしても行かねば!」
 野を越え、森を越え、もう全工程の半分まで来ました。
 「もうここまで来れば、大丈夫だ。」と思った矢先、メロスは「あっ」と声を上げました。 
 なんと目の前には・・、つづくっかい!?

「ゆうせいディサービス」からのお礼状

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 先月、このブログでも書かせて頂いた「ゆうせいディサービスセンター」の職員さんからお礼状を戴いた。
 この手のお手紙は(失礼な言い回しですんません)とても嬉しく、かつ感動もしたので、少し内容をアップしたいと思う。(職員のOさん、お手紙のお礼方々、(僕の感想も入れ)記載させて頂きます。)
 「(前略)・・日頃は出前紙芝居で何かとお世話になり厚くお礼申し上げます。」(僕:『いえいえ、どういたしまして』)
 「風邪の方は、回復されましたでしょうか。」(僕:『はい、お陰様で。・・僕のブログを(日頃より)読んでくだっているので、風邪の事を知ってはったのですね?!・・恐縮&感謝です』)
 「さて、先日はゆうせいディサービスセンターに来ていただきありがとうございました。
 仏教説話の一つ『子供を亡くしたゴータミー』は、最愛の子供を亡くしたという事を受け入れる事がなかなかできず、悲しいお話でもあり、多くの人が苦しい運命に耐えて生きている、『つらいのは自分だけではない』という、前向きになれるお話でもあると思います。」(僕:『長~い一文ですが、よく気持ちは伝わってきます。ありがとう。』)
 「お話を聞き、涙を流すご利用者、今回の紙芝居で、最愛の息子さんを亡くされたご利用者様がおられるという事を知りました。」(僕:『その人を知るという人間関係構築の作業が、一歩進んだのかもしれません。良かったですね。』)
 「これからも、おもしろく、前向きになれる素敵なお話、紙芝居をよろしくお願い致します。」(僕:『おもしろくって、前向きになれる話ですか?・・悲しくて、後ろ向きになってはいけないのですねぇ。・・又、腹が立って、斜め向きになる話もあかんのですね。・・またまた、踊りたくなって、右斜め45度にそってもいけないの・・。もう止めとこ。(笑い)・・難しいですが、まぁ考えてみます。』)
 「先日の日本経済新聞の記事(写真)を同封させていただきます。まずは、取り急ぎお礼まで かしこ」(僕:『ご丁寧にありがとうございます。・・これって、苑内に掲示するとおっしゃっておられたモノですよね。・・戴いて良かったのでしょうか?・・又、あの時、僕が「コレ欲しいよー」と駄々を捏ねたから送って下さったのですか?・・大事にしますね。ありがとう』)
 以上。
 ・・では、又お会いできます日を楽しみに。 合掌

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