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紙芝居:「歌人 石上露子(いそのかみ・つゆこ)」(その2)

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 石上露子は幼い頃から、古典・漢籍・日本画・お琴・舞いエトセトラ、エトセトラなどを習い、超高い教養を身に付けていきます。
 が、しかし、彼女が13歳の時・・、
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 突然、実の母が離縁され、実家に帰ってしまいます。
 露子と妹を残したまま・・。(離婚の原因は諸説あってわかりません。文春砲はまだ遠い・・)
 まだ、母親が必要な少女期。彼女の心はどんなものだったでしょうか?
 又、すぐ継母がやってきますが、彼女はなつきませんでした。
 のち、詩歌の文芸誌『明星』に、露子がこの時の気持ちを思い出して投稿した歌に、次のようなものがあります。

『世にそいて つくれる媚(こび)のわびしさも よりて泣くべき 母はいまさぬ。』

 これは(世間の大人たちに、自分は合わせて 寂しさを隠して生きている・・あぁ、こんな時こそ 居て欲しい母が私にはいないのだ。)という意味でしょう。
 大大家族の中で育つ露子ですが、孤独感は一層つのり、泣き顔を見せない超内気な少女になっていくのでした。 つづく

紙芝居:「歌人 石上露子(いそのかみ・つゆこ)」(その1)

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 ペンネーム[石上露子(いそのかみ・つゆこ)]。
 本名『杉山タカ(孝子)』。
 彼女は明治時代、日本の詩や歌(短歌)の世界に彗星の如く現れ、多くの作品を残し有名になりました。
 その作品の特徴は、古典の教養を元にしながら、華麗さと悲しさを漂わせたものでした。
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(富田林市 杉山邸)
 大地主の家に生まれ、美しさと才能に恵まれた彼女でしたが、その生涯は決して順風満帆なものではありませんでした。
 このお話は、そんな彼女の波乱万丈なものがたりです。
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 杉山タカこと、石上露子は(この物語では[露子]で通します)、大阪は富田林市寺内町で生まれました。
 彼女の家は、『富田林の酒屋の井戸は 底に黄金の水が沸く 一に杉山、二にさどや、三に黒さぶ、金が鳴る』と、
 歌われたような、大地主の造り酒屋でした。
 彼女の家は、大家族で父・母・妹の他に、祖父の家族たちも一緒に住んでいました。
 そこで露子は、杉山家の『跡取り娘』として、厳しく又、とても大切に、育てられたのでした。 つづく

王寺町の『雪丸』の里へ

 昨日、奈良県の王寺町へ行って来ました。
 この町は、今年盛り上がってます。
 なぜか?
 人間の言葉を理解し、お経を読んだという[聖徳太子]の愛犬『雪丸』が、(全国的に)大ブームだからです。
 今年は、戌(いぬ)年ということも後押ししています。
 王寺町の[観光ガイドボランティア]の会長さんや、副議長ともお会いしていろいろなお話をしました。
 ひょっとしたら?、僕の紙芝居『太子と雪丸』が、雪丸の里で使ってもらえ、現地で見れるかもしれませんよぉ。合掌
 

『石上露子』の紙芝居制作の続き

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(露子の生家[杉山邸])
時間が空けば、富田林市寺内町まで行って、(次回の紙芝居主人公)[石上露子(いそのかみ・つゆこ)]の事を調べている。
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(小板橋跡の碑)
 おとといは、露子さんの有名な詩『小板橋(こいたばし)』の跡を調べて来た。
 実にわかりにくい場所(竹藪の中)に有り、苦労して探した。
 なぜ調査が必要だったか?・・それは、紙芝居でも出てくる重要な場面であるからだ。・・取材しないと描けないのだ。
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(現代の小板橋か?)
 そして、昨日は『石上露子を語る会』の会員の先生に、お寺までお越し頂き、露子さんについて僕のわからない所を一杯質問し、教えて頂いた。
 それでも、まだわからない所が多い。・・調査はさらに続く。

富田林の詩人[石上露子]さんの紙芝居制作中

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(石上露子さんの生家・富田林[杉山宅])
このホームページにはまだ発表していないが、二人の反戦僧侶の紙芝居が完成したので、次の紙芝居の企画・そして制作に今、取り掛かっている。
 一人は、富田林の一流女性詩人「石上露子(いそのかみ、つゆこ)」さんの生涯を描いた紙芝居である。
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 彼女は、当時まれな才色兼備を持ち、そしてプラス超一流の財や地位名誉を持った家に生まれ、一流の詩人となり世間に知られるのだが、わけあって波乱万丈となり、その生涯は決して幸福ではなかった。
 その生涯を紙芝居でさらっと流しながら、紹介したいと思っている。

 そしてもう一つは、その露子さんの晩年心の支えとなったお寺、河南町の[高貴寺]を舞台とした話で、名僧[慈雲(じうん)]尊者の生涯を描いた紙芝居の制作にも入っている。
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(高貴寺)
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(慈雲尊者の墓)
 おそらく今年前半期は、この二人のお話の制作で力尽きるであろう・・と思う。

ほうろく灸体験講座、実施

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 昨日、観念寺で『ほうろく灸体験講座』を開きました。
 講師は、私が毎月お世話になっている[方士整骨鍼灸院]の先生に、ボランティアでお越し頂き、お話と体験講座を実施して頂きました。
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『ほうろく灸』とは、平安時代、日本の高僧が、庶民の人助けの為に始めた[東洋医学]の健康法だそうです。、
 まず、頭の上に『ほうろく』という素焼きの皿をのせ、その上に大きな『もぐさ』をのせ点火し、頭の頂上のツボだけにお灸します。
 その効果は、頭痛やかんしゃくや不眠、また、精神衰弱や高血圧予防に効果があると云われてきたものだそうです。
 それを(先生の指導のもと)体験してみました。
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 お灸の時間は、約十分。
 初めは何とも感じないのですが、その内にじわっと、頭のてっぺんが熱くなり、顔、身体全体がホクホク仕出します。
 終わった後は、お風呂に入ったような気分でした。
 皆さんの感想も「顔がホクホクして、身体の芯まで温まって気持ち良いわ。少女にもどったみたい!」と、ちょっと無理なコメントが飛び交い、楽しんでいただけました。

今月の『寺カフェ』

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 今年第一回目の[寺カフェ]を開きました。
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 寒風吹きすさぶ、小雪舞う中にもかかわらず、たくさんのお客さんが来て下さいました。
 有難うございました。合掌

紙芝居:「執(とら)われざる者~二人の僧侶の話」(その3最終回)

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 それを聞いて、兄弟子は平然として答えました。
「お前はまだあの娘に触れているのか?
 私はとっくに下ろしたぞ!」と。
 それを聞いて、弟弟子はハッとしました。
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『そうなのだ・・。
 女性に触れ続けていたのは私の方だ。
 兄弟子は、もうとっくに女性を離しておられる。
 こだわっていたのは、私だ。
・・兄弟子は日頃より、(戒律)規律の大切さを分かっておられる。・・が、それに縛られることなく、目の前の苦しむ人を助けられた。
 規律より大切なものが、そこにあったのだ!
・・あぁ、私は執(とら)われていた。
 もっと自由な心で、修行せねばいけないな・・南無仏、南無仏。』と、若い僧はこころでつぶやきました。
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そして、二人の僧の旅はさらに続いてゆくのでした。
おしまい
(終わりに)
 さて、我々は自分で決めた物事にとらわれ過ぎ、自由に動けなくなりがちです。 
 目の前の本当に大切な事を、見失っていないか考えてみることも必要かもしれませんね・・。

紙芝居:「執(とら)われざる者~二人の僧侶の話」(その2)

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「お坊様、本当に有難うございました。」
と、川の向こう岸で娘は、深々と御礼を言いました。
「どういたしまして。」と僧侶たちは、娘と別れました。
 ・・が、しかしです。
 面白くなかったのは、若い僧侶でした。
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「兄弟子は、女性に触れた・・。
 兄弟子は、お姫様抱っこをした・・。
 兄弟子は、仏教の戒律を破った・・。
 兄弟子は、言う事とやる事が違う・・。
 あぁ兄弟子は、女性に触れた・・。」
と、若い僧侶は、その事ばかり思って歩いていたのです。
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 そして、次の日。
 ついに我慢できず、兄弟子に尋ねました。
「兄弟子っ!・・兄弟子は戒律を破りました。
 なぜ、女性に触れたのですか⁈
 私には『女性に触れてはいけない』と、いつもおっしゃっておられたではないですか?」と、興奮して訴えました。
 すると兄弟子は・・。つづく

紙芝居:「執(とら)われざる者~二人の僧侶の話」(その1)

(はじめに)
 ・・一つのことに、心が執(とら)われて、そこから離れない事を執着(しゅうちゃく)という。
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 昔々のお話。
 二人の修行僧が旅をしておりました。
 歳を取った兄弟子の僧侶は、若い弟弟子の僧侶にいつもこう言っていました。
 「仏教の修行とは厳しいものじゃ。・・心が乱れるので、若い女性には触れてはいけないぞ。」と、いつも言っておりました。
 「はい、わかりました。」と若い僧侶は、この兄弟子の言葉をしっかり守っておりました。
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 そんなある日。
 或るところで、一人の若い娘がしゃがみ込んで泣いておりました。
 「どうしたのかな?娘さん」と、兄弟子は尋ねました。
 すると、
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 「あっ⁈はい、お坊様。・・いつもここは、川が出来ていないのです。・・が、昨日の大雨で、ここが川になってしまいました。
 私は大事な用があって、急いで向こう岸まで行きたいのですが、どうしても怖くて行けません。・・どうしたものか⁈と思って、それで泣いていたのです。」と、娘は言いました。
「ああっ、そんなことで泣いていたのですか。」と、兄弟子は答えたと思うと・・。
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 ひょいっと、娘を[お姫さま抱っこ]をしたかと思うと、バシャバシャと川を渡ってしまいました。 つづく