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紙芝居:「修験者 役の小角(おづぬ)」(その2)

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 昔々の飛鳥時代。
 大和の国(奈良県)の葛城山の麓に、仲の良い夫婦が住んで居りました。
 夫は[真影麿(まかげまろ)]、妻は[刀良売(とらめ)]といいました。
 ある夜の事。
 刀良売は、不思議な夢を見ました。
 どこからともなく、光輝く仏様の道具[金剛杵]が飛んで来て、刀良売のお腹の中に入ったのです。
 びっくりして、刀良売は飛び起きました。
 ・・そして、それから間もなく、赤ん坊が出来たことに気づきました。
 やがて、元気な男の子が生まれました。
 役の小角の誕生です。
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 (生誕地『吉祥草寺』内の産湯井戸の跡)
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 小角(おづぬ)は、元気にすくすく育ちました。
 しかし、山で動物たちと遊んだり、泥で仏様ばかり作ったりする、少し不思議な子どもでした。
 やがて、青年となった小角は・・、つづく

紙芝居:「修験者 役の小角(おづぬ)」(その1)

 『役(えん)の小角(おづぬ)』・・・、別名『役の行者』。
 僕が初めて、この名を聞いたのは、NHK人形劇『新・八犬伝』だったと思う。
 役の行者は、雲に乗って移動し(主人公たちを助ける)正義の味方。
 そんなイメージがあった。
 今、僕の寺から見える葛城山は、役行者が毎日、厳しい修行を積まれた山であるらしい。・・実在の人物なのだ! 
 確かに、霧の深い朝は、今も役行者が走り回っているような、そんな雰囲気がする。
 この紙芝居は、修験道という仏教の開祖『役の小角』の物語である。それでは、はじまり、はじまりー。
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 役の小角は、伝説的な人物です。
 空を飛び、疾風のように走り、鬼を改心させて弟子にして、世の悪を懲らしめて活躍されました。
 そして、又、日本で最初に『薬』という物を発明された方でもあるのです。(今でも小角の生誕寺の周りは、薬工場がたくさん建ってます。小角の発明した胃腸薬[陀羅尼助(だらにすけ)]は有名ですよね。・・僕も小さい頃、飲んでいました。)
 この物語は、そんな不思議なお坊さんのおはなしです。
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([役の小角の生誕地:奈良県御所市『吉祥草寺』])
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(寺院の中に建つ、薬発祥の記念碑)
 つづく

 
 

行基菩薩の墓所、竹林寺参拝

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奈良時代の高僧[行基(ぎょうき)]菩薩の紙芝居が、今、最後の色塗りの段階に入っている。
 それで、『一度、行基さまのお墓参りをして来なくては!』と思い、奈良県生駒市にある[竹林寺]さまに行って来た。
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 そして、本堂の中もお参りさせて頂いた。
 本堂の中には、行基像がおまつりされていた。
 『行基さま、紙芝居を作らせて頂きました。有難うございました』とご挨拶をして、境内庭にあるお墓に。
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 いわゆる一つの石タイプの墓ではない。土を盛った旧タイプのお墓だ。
 でも、こちらの方が、行基さまには似合っていると思った。
 さぁ、もう少し。・・色を塗って、行基菩薩紙芝居を作り上げねば!
 

二つの名僧生誕地

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(阿日寺)
 奈良は、名僧の生誕地が多い。
 そして、今その場所は、たいていお寺になっている。
 それは、当然かもしれない。
 地獄・極楽で有名な『往生要集』を書かれた[源信(げんしん)]和尚の生誕地『阿日寺(あにちじ)』は、香芝市にある。
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 『ぽっくり寺』=阿日寺という名で、現在は有名になっているが、僕はやはり、このお寺といえば源信和尚。そして源信さまといえば『往生要集』。
 この作品は、やはり紙芝居向きで、僕は20年ほど前に第一部『源信様とお母さん』、と第二部『源信様と「往生要集」』(メニュー57・58)という、二部作で作品を作った。
 人間的にも『源信』という人物が好きなのだ。
 僕が作品を作る理由はただ一つ。
 その主人公が好きか?どうかなのだ。
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(吉祥草寺)
 阿日寺から、車で30分ほど南に下ると、御所市に『吉祥草寺(きっしょうそうじ)』がある。
 ここは、先日完成した紙芝居の主人公[役の小角(おずぬ)行者]の生誕地である。
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 いかにも『役の行者』は、空を飛んだり、鬼を弟子にしたりして、伝説っぽい人物なのだが、僕はやはり人間臭い人物だと思っている。
 それは、やはり『源信』さまと一緒で、母親想いであり、自分の後半生を、母親を助ける為に犠牲にしているからである。
 ある意味、この二人の名僧の共通点は、「マザコン僧」であると言っても間違いないのでなかろう??
 まぁ、それだけ、優しい人物なのだ。・・優しくなければ名僧じゃない。・・だから好きだ。
 役行者の母親好きは、いずれ『紙芝居』で発表するとして、今日の名僧誕生寺の旅ブログを終わりたいと思う。

奈良県香芝市:「西念寺」様の[永代経法要]への出講

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 我町南大阪の[河南町]は、大阪と奈良県との県境にある。
 つまり、奈良県と言っても山一つ越えればすぐなのだ。
 昨日、その山一つ越えた[香芝市]にある、浄土真宗本願寺派『西念寺』様にお招き頂き、出講させて頂いて来た。
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 歴史と伝統ある寺院が、新興住宅地の中心にある。
 そんな不思議な感じがする大寺院であった。
 そして、お寺の門前に小さなお堂があり、それは『行基』さま制作と言われている[薬師如来]木像のお堂であった。
 僕は無理を言って、ご住職にお堂を開けて頂き、その仏像とじっくり目の前で拝ませて頂いた。
 今、行基さまの紙芝居を描いているので、たいへんありがたく嬉しかった。行基さまに呼んで頂いているかのような錯覚さえ覚えた。
 そして、紙芝居法話もご門徒の皆様にたいへん喜んで頂いたようで、こちらも嬉しかった。
 西念寺さまの皆様、半日、大変お世話になり有難うございました。合掌
 

紙芝居:「妙好人 八尾のおしもちゃん」(その4 最終回)

 さて、今回がこの『妙好人 おしもちゃん』の最終回に成る訳だが、考えてみれば、今回のエピソードを合わせても二つだけで、・・これで「妙好人」なの?と、思われた方も多いと思う。
 「これだけのエピソードで妙好人に成れるのなら、僕も私も楽勝、妙好人やん。」という声が聞こえて来そう。
 が、今回のエピソードは、やはり凄いと思う。これがあったから『妙好人』と呼ばれたんやなとも思うのですよ。
 では、始めます。
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 おしもちゃんが、お寺で大泣きしてから、しばらくして・・。
 大阪で、大地震が起こりました。(この地震、寛延二年[1749]、震源地は四国の宇和島で、被害は四国から関東まで及んだという。この時、大阪では震度5~6の揺れであったらしい。)
 おしもちゃんのお店(家)も大きく揺れました。
 家の者は、皆急いで外へ飛び出ました。
 「皆、大丈夫か?・・あっ、おしもが居らん。おしも、おしも!」とお父さんは、慌てて、家の中に駆け込みました。 すると、 
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 おしもちゃんは、家の仏壇の前で、一心にお念仏を称えておりました。
 「おしもっ!、お前はなんで、逃げへんかったんや!」と、お父さんは怖い顔で怒鳴りました。
 すると、おしもちゃんは平然として、
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 「お父さん、人の命は無常やと、住職さんがお話してはったんよ。
 外に急いで逃げても、落ちて来た瓦に当たって死ぬかもしれん・・、そうやったら、アタフタせんと、仏さんにわての命を『お任せします』と言うて、手を合わす。それでエエと、・・そう、思ってん。
 そやから、阿弥陀さんの前で、ずっとお念仏称えててん。」と、おしもちゃんはきっぱり言いました。
 それを聞いて、お父さんは何も言えませんでした。
 そして、この話を『善立寺』の住職さんに、何かの機会にしたのでした。
 「おしもは、まるで仏さんみたいなやっちゃなぁ」とご住職はつぶやきました。
 やがて、この話はあちらこちらに広がり、子供ながら、おしもは『八尾の妙好人』と、呼ばれるようになったそうです。 おしまい。

・・って、その後、おしもちゃんはどうなったか?
 解らないらしいのです。・・お墓も、いつ亡くなったかも。
 ご住職さんや、妙好人の事を調べておられる先生に、聞いてみると、「おしもの大人になっての記録が何も残って無いという事は、おそらく病気か何かで、小さいまま、亡くなったんとちがうかなぁ・・。」と言って居られました。
 僕もそう思います。合掌 おしまい

紙芝居:「妙好人 八尾のおしもちゃん」(その3)

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(善立寺さま)
 ここまで、紙芝居の事を書いていたら、おしもちゃんがお参りしていた[八尾市]の『善立寺』様(八尾木町)付近に、是非行ってみたくなった。
 紙芝居制作前に、善立寺ご住職には一度お電話で、妙好人:おしも(阿霜)について、いろいろとお話をお聞きした。
 しかし、現在お寺が修復中ということで、お寺に実際に行き取材させて頂くのは遠慮したのだ。
 だが、やはり一度行かねばと思い、今日、車で行かせて頂いたのだが、(写真は遠慮気味に撮ったが[すみません])まだ修繕中であり、やはり訪問は遠慮した・・。
 「ここがおしもちゃんが活躍した町か・・。」と、トラックの往来など激しい交通網を、ひとつ町中に入ると、そこには(タイムスリップしたかのように)城下町ような古い町並みが現われた。そして、そこにポツンと工事中の善立寺さまのお姿が・・。
 やがてそこの門前に、帰宅途中の小学生たちの姿がちらほら。おしもちゃんもその一人として時空を超えて現れたような錯覚を覚えてしまった。・・余談、終わり。
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 それからしばらくして・・、おしもちゃんは、又お父さんと一緒に、[善立寺]さまにお参りしました。
 その時のことです。
 この日のご住職のご法話のテーマは『地獄』でした。
 「ええですか、皆さん。人のお金を盗んだものは『黒縄地獄』という、恐ろしい世界に往かねばならんのですよ。」とご住職は話しました。
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 その時、おしもちゃんは真っ青になりました。
 忘れていた自分の秘密を鮮明に思い出したのです。
『あかん⁉わては絶対に地獄落ちや! そやかて、行燈の中や賽銭箱のお金を盗んだのやもん。』
 と、震えあがり、その日は眠ることが出来ませんでした。
(又また余談だが、実際に自分の犯した罪で「地獄に往かねばならないと思い込み、怖くて眠れない」という女の子の悩みを僕は聞いたことがある。・・そして、僕自身も子供の頃、親の財布からお金を盗って買い食いした経験があるので、[地獄往き]という悩みを(深刻ではないが)持ったことがあり、おしもちゃんの事は笑えない。)
 次の日、事の次第をお父さんにすべて話し、謝ったおしもちゃんは、お父さんから[二文]の銭をもらい、お寺に謝りに向いました。
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 「住職さまー!わては二文の銭を盗みました。絶対に地獄落ちです!どうしたら助かるのでしょうか?今からお金を返してもあかんのでしょうか?・・わぁ、絶対にわては地獄落ちや!助けてください、仏様、住職様!・・わぁーんわぁーん」と泣き始めました。
 それを真面目な顔でじっと聞いていた、お寺の[正空]住職は、ただ優しい顔で「南無阿弥陀仏、ナムアミダブツ」と称えていました。
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そして、やがてご住職は語り始めました。
「これ、おしもや、大丈夫やで。
 阿弥陀さまという仏様は、正直なおしものような子を、そのまま救うて下さる仏様なんや。
 ・・お前は、心から反省している。懺悔している。阿弥陀さまは、ちゃんと解ってはるんやで。
 地獄には落ちへんで。おしも・・。
 仏様に感謝しよな、おしも。南無阿弥陀仏・・。」
 それを聞いて、おしもちゃんは「ほんま、ほんまに地獄に落ちへんの?・・よかった、良かったー!南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」と、泣き声を挙げながら、手を合わせました。 つづく 

紙芝居:「妙好人 八尾のおしもちゃん」(その2)

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 行燈から見つけた[一文銭]を握って、おしもちゃんは、さっそく駄菓子屋に行き、お菓子を買って食べてしまいました。
 しかしです。
 おしもちゃんの心には、誰にも言えない秘密を、一つ作ってしまったのです。
・・だが、そんなこともいつしか忘れてしまいました。(・・そんなもんやろなぁ。)
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又、ある日のこと。
 おしもちゃんは、お父さんと一緒に檀那寺の『善立寺』様にお参りに行きました。
 お寺の中はお参りの人でいっぱいでした。
 おしもちゃんは、一番前まで行って、仏様に手を合わせました。
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 そして、ふと[賽銭箱]を見ると、なんと、又[一文銭]が、賽銭箱の前に落ちていました。
 「ラッキー!」と、ちらりと回りを見て、おしもちゃんはその[一文銭]を自分の着物の中に隠しました。
(そんなもんやろなぁ・・、あかんあかん、あかんがな)
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 そして、又駄菓子屋に行って、買い食いをしてしまったのです。
 又、一つ、おしもちゃんの秘密が増えてしまいました。
 つづく

紙芝居:「妙好人 八尾のおしもちゃん」(その1)

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純粋な信仰心においては、飛びぬけたレベルにある人。
 それを[妙好人(みょうこうにん)]といいます。
 妙好人には、男も女も関係ありません。
 又、大人も子供も関係ないのです。
 ここに、一人の子供の妙好人がいます。
 名前をおしも(阿霜)といいました。
 時は、江戸時代。
 場所は、南大阪の[八尾]。(正確には、河内の国:若江郡八尾木村)
 彼女は、善立寺様の門徒(信徒)で、木綿屋利右衛門の娘でした。
 この年、八歳。
 はてさて、なぜ、おしもちゃんは妙好人と呼ばれるようになったのでしょう?
 それでは、始まり、はじまりー。
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 記録によりますと、おしもちゃんは、おとなしい性格であったそうです。
 ある日のこと。
 おしもちゃんは、行燈の引き出しの中から、偶然、一文銭を見つけました。
 [一文]とは、今の十円ぐらいの価値でした。 つづく

『レティスとラベッジ』を観てきました

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 黒柳徹子さんの御芝居『レティスとラベッジ』を観てきました。
 お客さんは、ご婦人のファンの方ばかり・・。
 でも、この外国コメディは面白かった。
 コメディっていうのは、シリアスな感じだから面白いのですね。
 又、トットちゃんのおしゃべりは、まだまだ健在って感じでした。