おととい、再び、『小泉産業グループユニオン』、労働連合(略してローレン)組合員研修会に(講師としてお招き頂き)、『お寺の出前』に行って来た。
昨年は、〔勤続10年目〕の組合員研修会だったので、女性社員も多く、皆、フレッシュだった?!・・ような気がする。(もう一度言う。・・ような気がする!・・気のせいかもしれんが・・?)
・・が、今回は〔勤続20年目〕のベテラン社員の皆様!
皆さん、社会の酸いも甘いも、辛いも苦いも、ドロドロな所も、ぐちゃぐちゃな所も、(・・言い過ぎました。合掌)トコトン味わっておられるような男性ベテラン社員の皆様方なので、ある意味、綺麗事は省いて、こちらもおっさんチックにべたな〔お好み焼きソースに、マヨネーズとからしを混ぜた関西風な〕感じの『プチ仏教裏話』を、「紙芝居」を使って語らせて頂いた。
まぁ、『ああっ、そんな話、昔聞いたことあったような気がする・・。懐かしいなぁ』と、何人かは、思い出して頂けたようで、こちらも嬉しかった。
又、前回と同じように〔後半〕は、みんなで丸く輪を作って、今回の『プチプチ仏教そんなんありかい裏話』の感想をお一人ずつ語って頂いた。
そこで、様々な楽しいご意見、ご感想を一言ずつ頂いたのだが、それは又、別の機会にさせて頂くとして、
最後に僕の感想、・・・ほんま、朗らかな雰囲気で(寝る人もおらんかったし)楽しく語らせていただき、感謝感激でした。・・喉かれたけど。
超ベテランの社員の皆様、ほんま、ご清聴有難うございました。再度、合掌
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今度はローレン、20年・・
「お前の母ちゃん、出べそ~」
お風呂を掃除していたら、寺の周りで、近所の子供たちが走り回って遊んでいる声が聞こえた。
「あほー、ばかー、まぬけっー、お前の母ちゃん出べそ~、電車に轢かれてぺっちゃんこ~」・・言い合いをしている。
『そうか、今でもこの『捨て台詞的悪口??』は使われているんや・・』
僕は、風呂用洗剤をシャワーで流しながら、改めてこの台詞の意味を考えてみた。
・・まぁ、「あほ、ばか、まぬけ」の三点セットは、相手にダメージを与える、うまい悪口になっているとしよう。
・・しかし、問題は次のセリフだ。
「お前の母ちゃん、でべそ~」、・・これは頂けん。
これは、直接相手を攻撃する言葉になっていないではないか!
「お母ちゃん」を攻めている。・・しかも、「出べそ」がどうしたというのか!
又、正しく言うなら「お前のへそは、出べそ~」が正解だろう。
あぁ、それなのに、それなのに「母親」の悪口を言う事によって、相手に鋭い一撃を加えようとしている。
配水管にアワが流れていくのを見つめながら、僕は「あっ」と思った。
・・そうか、昔、『母』は、『グレート・マザー』で、家庭の中心的存在(司令塔)だったんだ。(今でもか・・?!)
母を攻撃されたら、だれでも立ち直れないぐらいのダメージを受けることになったのだ。・・しかも『へそ』は身体の中心にある。 そこをピンポイントで襲ったのだ! 真ん中の真ん中を攻撃するように計算されたセリフ! 恐るべし!『母ちゃんの出べそ』!
そんな『脳科学』的計算された攻撃の謎が、少し解ったような気分になった僕を、又一つ次の疑問が襲った。
「電車に轢かれてぺっちゃんこ」って、ちょっと日本語的におかしくないか?・・と。
普通、電車に轢かれたら、『即死』ではないか。
それを「ぺっちゃんこ」では、又、空気を送り込めば、復活するような感じがするではないか・・。 どうも言葉に優しさと思いやりがある。
・・そうだ、おそらく「お前の母ちゃん出べそ」で、立ち直れなくなった相手に、追い討ちを掛けるようなヒドイ攻撃はできない!この「電車に轢かれる」という悲劇をつけ加えるのは、忍びないと考えたのだ。昔のじゃりん子は『武士の情け』を知っていたのだ。
・・だから、密かに『復活』を思わすような、こんな言い回しにしたのだ・・と思った。
晴れ晴れとした気分で、バスルームから出る僕に、今日も水を使い過ぎたような一抹の後悔だけが残った。・・そしてやっぱり、子供でも悪口は良くないなぁ・・とも思った。
・・気をつけよう。明日のエコ(エエ子)では間に合わない。 完
紙芝居:「子供を亡くしたゴータミー」〔完全版〕後編
・・かつて、僕はこの2500年前の〔ゴータミー〕と、同じような経験をされたお母さんの話を聞いた事がある。
そのお母さんも、小さな男の子を亡くされた。
このお母さん、〔お葬式〕は何とか済まされたのだが、しばらくすると、連日、夕方になると自宅前の公園に現れ、「私の子供を見ませんでしたか?」と、いろんな人に尋ねて回られた。
・・しかし、誰もどうする事も出来なかった。
このお母さんを救ったのは、その子供の最後を看取った《看護師》さんであった。
この優しい看護師さんは、お母さんの尋常でない様子を(病院内で)すでに感じ、お葬式後、何度もプライベートで、このお母さん宅を訪ねたらしい。
そして、訪問する度に、様々な子供を亡くされたご両親達の〔別れの話〕を聞かせてあげたそうだ。又、そのご両親宅へ、一緒に訪問もされたらしい。・・それで、このお母さんは(時間は掛かったが)正気に戻られた。
・・何千年経とうと、子供との死別の悲しみは変わらない。
ただ、今の話の場合、どうやら、〔お釈迦様〕の《お役》は、一人の《看護師さん》がされたようだ・・。
この2500年の時空を繋げる話を聞いてしまった以上、今度は僕がこの《お役》をさせてもらおうと思っている。・・この『紙芝居』を使って。・・それでは〔後編〕をどうぞ。
〔ゴータミー〕は、一軒一軒の家で、それぞれの《別れの話》を聞かせてもらっている内に、だんだんと胸の中の苦い熱い《塊り》が、次第に解けてゆきました。
「・・そうなんだわ。・・この子は病気ではなく、死んでいるんだ・・。」
〔ゴータミー〕は、だんだんと正気に戻って来ました。
「・・あぁ、それにしても、誰もが皆、死別の悲しみを抱えている。・・悲しい別れをしたのは、私だけでは無いのだわ・・。
ああっ、そうだ! お釈迦様は、それを私に教えようとされたのだわ」
ハッと気がついた〔ゴータミー〕は、お釈迦様のお寺へと向かいました。
お釈迦さまは、〔ゴータミー〕を待っておられました。
「ゴータミーよ、《ケシの実》は手に入ったかな?」
「いいえ、お釈迦様。 『お葬式』を出した事のない家は、世の中に一軒もありませんでした。
・・しかし、私にはもう、《ケシの実》は不要でございます。
今まで、私は、この子の《死》が信じられませんでした。
この子は、死ぬはずが無いと思っていたのです。
しかし、色々な家を回り、それぞれの別れの話を聞かせてもらっている内に、『悲しい別れをしたのは、私だけでは無い』という事に気がつきました。
すると、胸の中の刺すような痛みが、消えていったのでございます。
こんな私をも、思いやってくれる人々との出会い。・・私の心は癒されていったような気がします。
お釈迦さま、私はこの子を《荼毘》に伏したいと思います」
それを聞いて、お釈迦様は深く頷かれました。
燃え上がる、我が子の姿に手を合わす〔ゴータミー〕に、お釈迦様はこうおっしゃられました。
「〔ゴータミー〕よ、生きている者は必ず死ぬんだよ。
そして、その《死ぬ》という事を知っている者こそが、一日一日を《有難い》と思って、しっかりと暮らしてゆけるのだよ」
「はい、よくわかりました。 坊や、あなたは私に一番大事な事を教えてくれたのね・・、ありがとう・・」
こうして、悲しみの余り、狂気に陥った〔キサー・ゴータミー〕は、お釈迦様によって救われたのでした。 おしまい
〔余話として〕
・・こののち、仏典によると〔ゴータミー〕は、出家して一生〔尼僧〕として過ごしたと伝わっている。
しかし、僕は、残された家族の心配もあると思って、あえてこの部分はカットした。(しかし仏典では、あまり〔ゴータミー〕は、家族に大切にされていなかったようなので、思い切って出家したのかもしれない。・・想像だが。 又、出家したのは〔夫も死んだのち〕という話もある。『テーリガータ』より)
また、「紙芝居」では、子供を《荼毘》に伏しているが、仏典では、ゴータミーは、子供の遺体を墓場に残し、お釈迦様の元にひとり向かったと書いてある。
これも偲びがたい話なので、「紙芝居」では、お釈迦様も参加してもらい、〔お説教〕も入れ、荼毘に伏す場面をつけ加えた。
本当は、子供の遺体を《ガンジスの河》に流す場面で終ろうか、と思ったのだが、やはり日本風な《荼毘》の場面にすることにした。
・・以上、仏典と少し違うところを〔余話〕ながら付け加えました。 本当におしまい。
〔出典〕: パーリ伝『クッダカニカーヤ』(長老尼の譬喩)より
〔参考文献〕:『新訳仏教聖典』〔大法輪閣発行〕より
紙芝居:「子供を亡くしたゴータミー」〔完全版〕中編
仏教経典によると、この物語の主人公〔キサー(『やせっぽち』という意)・ゴータミー〕の婚家先の様子も、少し述べられている。
どうやら、ゴータミーの嫁ぎ先の家は、『大金持ち』であったらしい。
しかし、ゴータミーは〔キサー=痩せている〕と呼ばれているように、貧乏人。
・・そんな彼女が縁あって、お金持ちの家に嫁いだのだ。さぞかし肩身は狭かったであろう。・・いじめにもあったかもしれない。
がしかし、そんな彼女も、跡継ぎの男の子を生んだのちは、回りの目が変った。・・そう、彼女はようやく、大切にされ始めたのである。・・が、その子供が亡くなった。 彼女のショックは余りあるであろう。 ・・それでは〔中編〕をどうぞ。
お寺に着いた〔ゴータミー〕は、お釈迦様に訴えるように跪いて言いました。
「お釈迦さま。この子の病気を治して下さい! 皆は「死んでいる」と言いますが、そんな馬鹿な事があるはずがございません。・・どうか、この子をお救い下さい!」と。
そんな〔ゴータミー〕をじっと見ておられたお釈迦様は、やがて、こう言われました。
「わかった、ゴータミーよ。 お前の子供の病気を私が治してあげよう。・・それではまず、《ケシの実》を少々、ここに貰って来ておくれ。 ただし、一度も《お葬式=死者》を出した事のない家から貰ってくるように。
・・そうしたら、私がお前の子供を治してあげよう。」
その言葉を聞いて〔ゴータミー〕は、「はい、わかりました!・・今からすぐに貰ってきます!・・坊や、もうすぐお薬を上げますからね」と、子供に頬ずりをすると、再び町へ向かいました。
「ゴメン下さい。すみませんが、この子に薬の《ケシの実》を少し分けて頂けませんか?」
農家の主婦は、快い返事をして、《ケシの実》を家の奥から持って来てくれました。
「有難うございます。・・ところで、御宅は『お葬式』を出された事がありますか?」
怪訝な顔で〔ゴータミー〕を見ながら、主婦は答えました。
「・・はい、昨年、主人を亡くし『お葬式』を出しました。又、その前の年には、両親も亡くしました。・・でも、いったいなぜ、そんな事を聞かれるのですか?」
〔ゴータミー〕が訳を話すと、主婦は目頭を押さえて言いました。「お気の毒に。・・《ケシの実》は、どこの家にでもあるでしょう。・・しかし『お葬式』を出した事の無い家はねぇ・・。見つかると良いですね。」
〔ゴータミー〕は、お礼を言うと、次の家を尋ねることにしました。
しかし、『お葬式』を出したことの無い家は、なかなか見つかりません。
「そうだわ、お金持ちの家なら、死んだ人は居ないかもしれない!」
そう思った〔ゴータミー〕は、大金持ちのハート・ヤマー家(笑えよ、すまんのぉ・・今回ここしか笑うとこありませんから。今うちによ~く笑とって下さい!)を尋ねました。
「ゴメン下さい。・・御宅は死んだ人は居ませんよねぇ」
それを聞いて、大富豪は言いました。
「何をおっしゃいますやら。・・先日、私は病気で妻を亡くしまして、もう毎日が虚しくて、寂しくて・・。お金があっても、こればっかりはどうにも・・。」
「・・あぁ、そうなんですか。・・お気の毒に」と、〔ゴータミー〕の口から初めて『お気の毒に』という言葉が出てきました。
その後、何軒も何軒も、いろんな家を尋ねて廻りましたが、『お葬式』を出した事のない家は見つかりません。
最後に、町外れの『一軒や』を尋ねた時、一人のお爺さんが、笑いながら答えました。
「あんたは、可笑しな事を聞きなさる。・・まぁ、わしは婆さんと二人暮らしじゃがな、さーて、これまで何回『お葬式』を出した事か。わしの親に婆さんの親。事故で亡くなった兄弟もある。ひぃふうみぃよぉ・・。何度も何度も悲しい別れを出した。・・それにもうすぐ、わしらの番じゃろうなぁ・・ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ」と、お爺さんは笑いました。
今の日本とは違い、大昔のインドでは、皆が《大家族》で生活をしていた為、『お葬式』を出した事の無い家は、一軒も無かったのですね。 つづく
紙芝居:「子供を亡くしたゴータミー」〔完全版〕前編
・・僕は、この話をあちこちでしたかったので、「紙芝居」を作り始めたと言っても良い。
原作の『お経』の内容を少し変え、宮本流のオリジナルにしているこの作品。 作ってからすでに14年経っているが、今もいろんな病院やお寺からリクエストがあって、やらせてもらっている(悲しいけれど救われる)人気作品である。・・今回は《全三回》〔完全版〕で書かせて頂きます。
昔、インドの〔サーバッティ〕という町に、『キサー・ゴータミー』という若いお母さんが居ました。
〔ゴータミー〕には、幼い子供がおりました。
〔ゴータミー〕は、それはそれはその子供を大事にして可愛がっておりました。
・・が、しかし、その子供は急な病に掛かって、あっという間に死んでしまったのでした。
そのあまりのショックと悲しさで、〔ゴータミー〕は気がおかしくなってしまいました。
夫や両親は、そんな〔ゴータミー〕を優しく慰めました。
「ゴータミーよ、そんなにいつまでも泣いていてはダメだよ。
この子は死んだんだよ。・・もう生き返りははない。
早く、お葬式を出してあげよう」と、夫は言いました。
しかし、〔ゴータミー〕は聞く耳を持ちません。
「違う、違う・・。この子は死んではいない。きっと重い病気のまま眠っているだけだわ。
偉いお医者様なら、きっとこの子を治して下さるはず。
・・そうだ。そんなお医者様を探しに行きましょう!」
〔ゴータミー〕は、家族が止めるのを振り切って、死んだ子供を抱いたまま、外へ飛び出して行きました。
「お願いです! どなたかこの子を治して下さる、そんな偉いお医者さまを知りませんかー! どなたか助けてくださーい!」
半狂乱になった〔ゴータミー〕は、死んだ子供を抱きしめて、町を駆け回りました。
「かわいそうになぁ。・・しかし、死んだ子供を生き返らせるような医者など、どこにも居ないわなぁ・・。」と、町の人々は〔ゴータミー〕に同情はしましたが、誰もどうしようも出来ませんでした。
そんな〔ゴータミー〕を見るに見兼ねた一人の医者が、近づいて言いました。
「ゴータミーさん。・・お釈迦様なら、あなたの子供さんを、何とかして下さるかもしれませんよ。・・一度、お釈迦様のお寺に行ってみられては、どうでしょうか?」と。
「はっはい!・・お釈迦様ですね。・・わかりました。今からすぐに参ります!」
〔ゴータミー〕は疲れてはおりましたが、残る力を振り絞って、お釈迦様のお寺へと向かいました。 つづく
クリープとポリープ
おとといの「月忌参り」でのホンマの話・・。
読経が終ったら、そこのお家のおばあちゃんが、あったかいコーヒーを出して下った。
そして、コーヒーを出された後、「あっ」と一言。
「あっ、しもうた!・・ポリープ入れるの忘れた。」
一瞬にして僕は、「〔クリープ〕と〔ポリープ〕を言い間違えはってんや」と、苦笑したが何も言わんかった。
すると、このおばあちゃん、自分の言い間違いに気づきなさった。
そして「あぁ、違うわ。〔ポリープ〕じゃなく〔クリープ〕やわ。・・〔ポリープ〕はこの前、わたし病院で取ってもらったんやった。・・ははははっ」と笑われた。
そのまじめな顔の一人コントに、僕は噴出してしまった。
「おばあちゃん、コーヒーに〔ポリープ〕入れる人、そんなん奴おらんぞ~。 コーヒーにそんなん入ってたら、それこそホンマに往生しまっせ~。」
「イベント坊主」改め、〔なんちゃっ亭御住職〕来院! ~浄土真宗落語の夕べ~
「トトンッ、テヶテンテンテン・・」と、軽快な〔お囃子〕のCD音曲に乗って、現われましたるは、「イベント坊主」改め〔なんちゃっ亭御住職〕こと「法雲寺住職 辻本純昭」師、42歳!
お題はもちネタ「ありがとう」、「親心」、「お呼び声」の三本で、すべて住職オリジナル、〔浄土真宗落語〕でございます!
パパンパンッ、・・さぁ、始まりましたるは、ここ「観念寺」演舞場ではなく、観念寺本堂の中央に、仮にセットされました〔なんちゃっ亭御住職〕自前の〔高台〕で彩られた落語の舞台。
時は〔平成〕、月日は五月の八日のご無沙汰デーナイト!
ここ、観念寺、本年度〔永代経〕の記念法話として、・・「どなたか檀家の皆様を、泣かして、笑わし、頷かせ、・・その後、面白かったわ、好かったわ!と、御法話なされるそんな方、そんな講師はおりゃせぬか?」。観念住職、あちこちに探していたら居りました!
その名も〔イベント坊主〕こと、〔辻本純昭〕御住職!
家族・親族、死に別れ、夜な夜な涙に濡れていた、檀家の皆様、話聞き、笑ろうた、笑ろうた、感無量!
それから、弥陀さまありがとう。ありがたいとのお念仏。
本堂、合掌、皆感謝。
「こんなおもろい御法話が、あったか、ほんまか、又来よか」
檀家の皆様ワイワイと、ホクホク顔でお帰りに。
「ほんま良かった、うれしいわ。」、坊守、影で咽び泣き。
それ見て、住職貰い泣き。
あぁ、今年も無事に終えました。「永代経」のその時を。
ほんまにホンマに有難う。感謝する人、その名前。
その名も「イベント坊主」こと、「辻本純昭」御住職!
・・今日はこのへんにしとこか。
「エエタイ経」だけに、エエタイミングで、締めな。
お後がよろしいようで・・。合掌
なんちゃっ亭御住職ホームページ
http://blog.zaq.ne.jp/hounjisportspark/
「イベント坊主に喝!」
豊川病院〔節句会〕への出前
(雨降る豊川病院)
先ほど、羽曳野市にある〔豊川病院〕へ「お寺の出前」に行って来た。
ここは、昨年も〔看護の日〕のイベントで呼んで頂いたので、今日で三回目の「行事参加」となる。
僕は「紙芝居とお話」を、〔老人病棟〕で披露させて頂いた。
・・それにしても、〔老人病棟〕という所は、独特の匂いがある。
・・なんというか、〔おトイレのにおい〕と〔消毒液と薬のにおい〕と〔洗濯物の半渇きのにおい〕と、そして〔お年寄り独特のにおい〕が交じり合っているのだ。(老人ホームの匂いとは又違った、これが〔老人病棟〕独特のにおいなのです)
今日は、平日で雨降りにもかかわらず、患者の家族さんもたくさん見に来てくださっていた。
最後、いつもだったら、職員さんにカメラを渡して、「出前」風景を撮ってもらうのだが、今日に限って渡すのを忘れてしまったので、下の写真は僕が撮りました。
こんな感じの中で、いつもやってまんねんで・・。
(「節句会」の院内風景)
「老いる」という事について
「こどもの日」ではありますが・・、
「老いる」という事について書かれた〔狂歌〕を一つ紹介してみたいと思います。(子供もいずれは「老い」ますので・・〔無理やりなこじつけ〕)
それは、『仙崖(せんがい)』という、江戸時代の禅僧が作られた歌です。
《老人六歌仙》禅画より
『皺(しわ)がよる 黒子(ほくろ)ができる 腰曲がる
頭ははげる ひげ白くなる
手は震う 足はよろつく 歯は抜ける
耳は聞こえず 目は疎くなる
身に添うは 頭巾(ずきん)襟巻き 杖めがね
たんぽ温石(おんじゃく) 尿瓶(しびん)孫の手
聞きたがる 死にともながる 寂しがる
心は曲がる 欲深くなる
くどくなる 気短になる 愚痴になる 出しゃばりたがる 世話やきたがる
またしても 同じ話に子を誉める 達者自慢に人は嫌がる』
どうでしょうか。・・。この歌、ちょっとドキッとしませんか?
僕はこの『仙崖』禅師が大好きで、この〔狂歌〕の禅画も実物を『出光美術館』で見たことがあります。(苦笑いしました!)
いつか、飄逸な禅画をたくさん残された、このお坊さんの飄々とした生涯を『紙芝居』にしてみたいと思っています。
アゴがはずれた話
皆さんは、〔アゴ〕が外れた事はあるだろうか・・?
僕はある。
それは〔マクドナルド〕の《ビックマック》バーガーを一口で食べようとした時だった。(CMを見てマネしたかったのだ)
《ビックマック》を一口でかぶってやろうと思った瞬間、「カクックッ」と耳の中で弾けた音がしたかと思うと、強烈な痛みが走り、アゴがはずれたのだ。
その瞬間、涙は出るし、何がおこったかわからんようになるし、もう元に戻らんようになるんと違うか?などと一瞬にして色々な事が頭の中を駆け巡った。・・そう、なんとも言えん恐怖心が僕自身を包んだのだ。
・・後は自分のした事を後悔しながらが、涙しながら両手でなんとか押し上げて、アゴをはめた。
その時はうまく直ったのだが、それから、二度ほどなんかの拍子にはずれる事があった。
欲はいかん!お釈迦さまもおっしゃっておられたではないか・・。なんでも一口で食べようなどと思わず、よく味わって食べること!・・それが大事!
今ではその時の恐怖心から、何を食べる時も、大きな口を開けて食べないようにしている。
皆さんも気をつけてください。・・つぶやきでした。
・・・それと、もうひとつ、ケンタッキーフライドチキンの骨は柔らかいから、食べれると思った事はないだろうか?あれは危険だ!のどに詰まる!・・・それは・・・、もうやめとこ。

