住職のつぼやき[管理用]

記事一覧

※画像をクリックすると拡大されます。

紙芝居:「わらしべ長者」 後編

 「・・歩こうー、歩こう~、わたし脳天気~。交換大好き~、ドンドンゆこう~・・。」と歌いながら、この〔物に執着しない〕脳天気な若者は、〔馬〕を引いてドンドン歩いていると、やがて大きな屋敷の前に出た。
 すると中から、そこの屋敷の主人が出てきた。
ファイル 544-1.jpg
 そして・・、
「わしは今から、都へ引越しをするのだが、荷物を引っ張る〔馬〕が足らんのだ。・・お前さんのその丈夫そうな〔馬〕を、わしに譲ってくれないか?」と言った。
 「ああ、良いですよ。・・元々、この馬は仏様からの頂き物です。・・人のお役に立てるなら、どうぞ遠慮なく連れて行ってください。」と、若者は二つ返事で答えた。
 その言葉を聞いて、屋敷の主人は、そのバカ者、いや若者を大層気に入って、「お前さんは、正直そうな良い人相をしておる。・・そうじゃ、その〔馬〕のお礼に、わしのこの〔屋敷〕と〔田んぼ〕を譲ろう。・・いや、遠慮するな。どうせ、わしはもう二度とここには帰ってはこないと思うのでな・・。ハッハッハッ」と言って笑った。
 「えっ、本当ですか?!ラッキー!!」と、若者は飛び上がって喜んだ。
 こうして、一本の〔わらしべ〕は、〔みかん〕に変わり、〔反物〕に変わり、〔馬〕に変わり、今、〔屋敷〕へと変わった!
ファイル 544-2.jpg
 この話を聞いた村の人々は、この若者を『わらしべ長者』と呼んで、たいそう噂しあったという事じゃ。 めでたし、めでたし。 おしまい

 〔余話として〕
 この『昔ばなし』は、どこかおかしい・・。つまり変だ。・・仏さまの〔いいつけ〕を守ってない。
 ・・それは、仏様が、夢の中で告げられた『お前が目覚めて、一番最初に手に掴んだ物が、お前の《幸福》じゃ。大切にせよ!』と、言われたにも関わらず、いとも簡単にこのメッセージを無視して、この若者はこの〔わらしべ〕を欲しがっていた子供にやってしまった事にある。
 若者は〔仏様からの大事な贈り物〕を、〔目の前に、それを必要とした者の為に、〕いとも簡単に放棄したのだ。
 これは、現代人にはなかなか出来ない事だと思う。
 僕なら、こんな夢を見たら、《仏壇》にその一本の『わらしべ』をお供えして、「どうかー、幸せをもたらして下さいませー。ナンマンダブ、ナンマンダブ・・。一生手放さんぞー!」と、言ったかもしれん。・・・結果的に、幸せが遠のく。・・〔わらしべ〕はただの〔わらしべ〕として、終ったかもしれん。
 大事なことは、仏さまからの大事な(スピリチャルな)メッセージであろうと、《目の前に困っている人》がいるなら、そんなメッセージは《無視》して、自分でその時、何をすべきかを考えて、行動すべきだと思うのだ。
 ひょっとすると、それが本当に仏さまが望んでおられる事かもしれないから・・。
 そんな事を考えてると、この『わらしべ長者』は深い。
 僕のこの『紙芝居』の裏メニューに、(一本のわらしべを絶対に手放さなかった)『わらしべ凡者』という物があるのだが、それは又、別のおはなし・・。
 

紙芝居:「わらしべ長者」 中編

ファイル 543-1.jpg
 若者が〔みかん〕を持って歩いていると、道端で休んでいた呉服屋が、声を掛けてきた。
「あー、すまんがのぉー。荷物が重くて喉がカラカラなんじゃ。・・どこかこの辺に、飲み水は湧いとらんかのぉー。」
 若者はそれを聞いて、「う~む、この辺りに井戸は無し。・・あっ、そうじゃ。呉服屋さん、私のこの〔みかん〕をどうぞ。」と言った。
ファイル 543-2.jpg
 「あーうまかった!お蔭で生き返ったよ。・・旅の途中でたいしたお礼はできないが、これは〔みかん〕のお礼じゃ。」と言って、呉服屋は、三反の〔反物〕を差し出した。
 「ありゃ~、一本の〔わらしべ〕が〔みかん〕に変わり、今、〔反物〕に変わってしもうた!・・これも仏様のご利益じゃろうのう」と、若者は又、ずんずん歩き出した。
 すると・・、
ファイル 543-3.jpg
 今度は、横たわる馬の側で、困った顔をしているお侍に出会った。
 「どうされましたか?」と、若者が尋ねると、お侍は、
「いや~、わしの〔馬〕が急に倒れて、今にも死にそうなんじゃ。それで困った事になった、どうしようかと、思案しとったんじゃ」と言った。
 「それなら、私がこの〔馬〕を頂きましょう。・・変わりにこの〔反物〕を差し上げましょう。」と、若者が言うと、お侍は喜んで交換してくれた。
 そして、若者はその〔馬〕に、水をやり体をさすり、一生懸命看護した。
・・すると、
ファイル 543-4.jpg
 突然、「ヒヒヒーン!」と、馬は元気に立ち上がった。
 「ああっ仏さま、ありがとうございます!」と若者は喜んだ。
 そして馬にエサを与えてみると、見るからにこの〔馬〕は頑丈そうな体つきをしていた。
 「あちゃー、一本の〔わらしべ〕が〔みかん〕に変わり、〔反物〕に変わり、今、立派な〔馬〕に変わってしもうたー!仏さま、本当にありがとうございます!」と、若者は目をクルクル回して驚き、又ズンズン歩き出した。 つづく

警告音の犯人~お参りの途中で

 今日のお参り途中でのはなし・・。
 或る農家のお家で〔月参り〕が終わり、車を発進させてしばらくすると、車の警告音が鳴った。
 ぼくの車は、〔半ドア〕か〔シートベルト着用〕をしなかったら、この『ピーッ・ピーッ・ピーッ』警告音が鳴る。(余談だが、この『ピー』音は、だんだんと速くなり、ほっといたら『ピー・ピー』が『ピーッピーッ、ピピピピピッ・・』となって焦る。原因究明が遅れたり、解らなかったりしたら、返って精神的にストレスになって運転もあぶない。時々、誰か何とかしてくれー!と思う!)
 さて、今日も道の端に、一端車をストップさせて、原因を調べたが、半ドアでもなく、自分のシートベルトもしていたので、ちょっとあせった。・・そして横をじっと見たら、犯人は先ほど貰った初物の「スイカ」だった。
 ゴロンッとスイカを移動させたら、警告音は止んだ。・・スイカって、人間ほどの重量と車は認知するんやね~。勉強になりました。 今度からスイカもシートベルトをせねば・・。
ファイル 542-1.jpg

今日の宿題

 今日は『特養老人ホーム甍』の「講話クラブ」の日であった。
 はっきり言って今日はうまくいかなかった・・と思う。
 ・・というのも、お一人、ただひたすらにひとり事を(中声で)喋り続けるお婆ちゃんが来られて、その方が僕が話している途中もずっと一人でしゃべり続けられ、・・なんというか、一つの部屋で、二つの大型テレビの音が鳴り続けているような状態であったのだ。
 職員も(そのひとり事を)止めることができないし、クラブの途中から来られたので、僕も紙芝居を読んでいて、注意することが出来なかった。・・といってご自分のお部屋にも帰られない。ずっと喋りっぱなしだ。・・他の入所者の方も、僕の話が聞きずづらそうだし、そして(職員もお部屋に)つれて帰られもしない。
 おそらく、ご自分のフロアーでも、皆から嫌がられているんやと思う。・・だから持て余され、このクラブにつれて来られたのやろう。そして、講話クラブやったら、このお婆ちゃんのお喋り癖が何とかなると、職員が思われたのかもしれない。(結果的にどうにもならんかったが。)このお婆ちゃん、誰かに自分の話をゆっくり聞いてもらいたいのやろう。・・同情はする。しかし、皆に迷惑を掛けるのはいかんこっちゃと思う。次回、この(認知症の)方が来られた時、どう対処するかが、今日の僕の宿題となった。
 ・・今度は、一番前の席に来てもらって、僕と面と面を合わせて、直接対話をし続けるか。・・はたまた、一番部屋の後ろの隅で、皆に迷惑をかけんように、一人しゃべり続けてもらうか。・・はたまた、僕の横に来てもらって、お客さんの方を一緒に向いてもらって一緒にクラブを進めるか。 なんか、これも学校のお喋り問題児が先生の机の横で、ずっと勉強をさせられてるみたいで良い考えとは言えんなぁ。・・が、いろいろとやってみねば、これは僕の(クラブの)小さな試練でもある。

紙芝居:「わらしべ長者」 前編

ファイル 540-1.jpg
 (プロローグからの続き~) 
 その晩、若者は仏様の夢を見た。
〔仏様〕「お前はたいそう働きものじゃ。願い通り、幸福を授けてやろう。
 明日の朝、最初に手にした物が、お前の《幸福》じゃ。
 よいな、最初に手にした物じゃぞ!」と、仏様は夢の中でおっしゃられた。
ファイル 540-2.jpg
 次の日、若者は「なんとも不思議な夢を見たなぁ・・」と、大きなノビをして外へ出たとたん、ツルリッと足を滑らせ、ドッスン!
 「ありゃ、最初に手にした物は、・・この《わらしべ》一本か?! これが《幸福》とは、なんとも心細いなぁ~。
 でも、仏様から頂いた物だ。大事にしよう」と・・、
ファイル 540-3.jpg
 町に向かって歩いて行くと、顔の回りをブンブンと、アブが一匹飛び回った。
 「シッシッ!うるさい奴め、こうしてやる!」
 と、若者はそのアブを捕まえて、持っていた《わらしべ》に結びつけてしまった。
 (・・そう、この《わらしべ》は、仏様からの大事な贈り物である事を、すでにこの(とらわれの気持ちのない)パッパラな若者は忘れておったんじゃ。しかしそれが良かったんじゃな。仏様は「わしの授けた《幸福のわらしべ》に、なんとっアブを結び付けるとは!・・もったいない事をしよって!この罰当りめ!」とは怒らず、微笑んで見ておられたんじゃな。)
ファイル 540-4.jpg
 そして又、ズンズン、ズンズン歩いて行くと、一台の立派な〔牛車〕が、向こうからやって来て、この若者の前で止まった。
 そして、その牛車から一人の子供が窓から顔を覗き出し、その家来が、若者の所にやって来た。
 けらいは、「あの~、すみませんが、あなたの持っておられるその《アブ付きわらしべ》を譲っていただけませんか? うちの若殿がほしがっておられまして・・」と言ってきた。
 若者は(「これは仏様からの大事な頂き物ですから、絶対ダメです!」とは言わず、)
 「お望みとあらばどうぞ」と言って、アブを差し出した。
 けらいは喜んで「これはお礼です。」と言って、《みかん》を三つくれた。
「わずかな間に、一本の《わらしべ》が、《みかん》三つになった。これはきっと仏様の御利益だな」と、この脳天気な若者はそう勝手に解釈して、このみかんを食べようと歩いていると・・・。 つづく
 

紙芝居:「わらしべ長者」 プロローグ

・・昔むか~し、わしがまだ子供だった頃の事じゃ。
 近くの公園で、毎年夏休みになると、「チビッ子映画鑑賞会」という催しがあったんじゃ。
 わしはそれが大好きでなぁ、毎年、必ず見に行っておった。
 そして映画が終ったら、ピーチーエーのおじさん達が、子供たちに、ビニール袋一杯のお菓子の詰め合わせをくれるんじゃ。
 そこには、安物のガムやめがね型のマーブルチョコや甘酸っぱいスルメなどが入っておってな、それは得した気分になったもんじゃ。
 ・・或る年のことじゃ。わしは例年のように、その「映画鑑賞会」に行った。そこで、わしは「わらしべ長者」という〔人形劇映画〕を見たんじゃ。
 それを見てわしは驚いた!こんな楽しくて奇想天外な話は、今まで見たことがなかったからのぉ。・・その時の主人公の声の調子など、今でもはっきり覚えておる。
 それから、すっかり、わしはこのお話の《とりこ》になった。
 この話のモデルが奈良の長谷寺を舞台とした『今昔物語』にあったという事をしったのは、それからずっと後のことじゃ。
 それを知ったわしは、この長谷寺に実際お参りに行って、そこで密かに〔ご本尊〕の観音様前で『昼寝』をして、起きて最初に掴んだモノを持って帰ってやろうと企んだんじゃが、残念ながら、本堂の中には入れんかった。又、いつかリベンジしてやろうと思っておるんじゃが・・。いかん、いかん、欲じゃ欲じゃ!それは又、別の欲の話じゃ。
 (話を戻さねば、)・・それから何十年も経った今、わしはあの時の記憶をもう一度甦らせたくなり、たまらんようになって、この紙芝居を作った。
 いわば、このお話はわしの子供の頃に知った〔昔ばなし〕の原点なんじゃな。
 皆の衆も、懐かしく聞いてくれたら幸いじゃ・・。
ファイル 539-1.jpg
 昔むかーし、たいそう信心深い若者がおった。
 この若者、働いても働いても、いっこうに暮らしが楽にならんかった。
 そこで或る日、あるお寺のお堂に籠って『願かけ』をしたんじゃ。
「仏さま、どうか少しだけ、私に幸福を授けて下さい!」と。
 つづく

極楽の音色

ファイル 538-1.jpg

 「・・(仏弟子)舎利弗(シャリホツ)よ、仏の国では、宝の並木や宝の網飾りがそよ風に揺れ、美しい音楽が流れている。
 それは、百千種もの〔楽器〕が、同時に奏でられているようであり、その音色を聞くものは、誰でもおのずから仏を念じ、法を念じ、僧を念じる心を起こすのである。」 《仏説阿弥陀経より》
 
 先日、大阪『いずみホール』にて、ショパン&シューマン生誕200年記念コンサート ~ワルシャワ・フィルコンサートマスターを迎えて~《室内楽の悦び》を拝聴させて頂いた。
 この記念コンサートには、うちのお寺の檀家の〔植田延江〕先生が、ヴィオラ奏者として、ワルシャワ国立フィルハーモニーのコンサートマスター(ヴァイオリン)と協演されるという事で、(チケットを戴いて、)聞かせて頂いたという訳だ。
 その演奏は、(ど素人の僕が聞いても)『凄い!』と思った。(手と指の動きが神ワザとしか(いや仏ワザ)とか思えないのだ。)
 又、楽器も〔ヴァイオリンとヴィオラとピアノ〕の三種だけで、演奏する為、一つ一つの楽器の音色が「この楽器はこんな音色なのか~」と、はっきりと解って親しみやすかった。
 又、演奏者同士、お互いの顔を見ながら、(楽しそうに)アイコンタクトを取って、音合わせをしている様子がはっきり解って、それも人間味があって良かった。
(・・さすが植田先生、コンサートマスターを相手に、堂々と演奏で、渡り合っておられるお姿がカッコ良かったですよ!・・又、演奏って、一人ひとりの個性(感情)が前面に出るもんなんですね。よーく解りました。個性ってある意味、恐くて大事なもんなんですね。)

 ・・さて、僕自身感じた事。 
 僕はコンサート最初の〔バッハ〕の曲を聴きながら、先の「仏説阿弥陀経」の極楽では、〔雅楽〕楽器が空中に浮いて、素晴らしい音色で自動演奏している箇所を思い出してしまった。
 そして、もし、僕が極楽に往けたとしたら、願わくば(日本や中国の楽器よりも)空の上から、ヴァイオリンやヴィオラの素晴らしい音色を聞いてみたいものだと思った。
 

紙芝居「ある抗議書」と「恩讐の彼方に」の彼方に・・

  昨夜、特養老人ホーム「白寿苑」の月例『法話会』で、新作紙芝居「ある抗議書」と「恩讐の彼方に」の《怨みと許し》をテーマにした〔菊池寛原作〕の二本立て紙芝居をしてきた。
 テーマは『罪と罰』。
 今回は、いつもの「昔、むか~し・・」から始まる郷愁を誘う『紙芝居』とは違って、重いテーマの話となったが、僕自身がやりたかったテーマでもあったのだ。
 話が難しくなって、会場が白けないかと心配したが、昨日は『ケアハウス』のしっかりした方が多かったので、実施に踏み切った。
 ・・これは、死刑制度や教誨制度、〔加害者の懺悔と被害者家族の怒り〕、そして〔怨みと許し〕。そんな重いテーマが目白押しの話なので、僕自身が人生の大先輩である入所者の皆さんから、そこの所をどう感じられるかを聞いてみたかったのである。
 でも、『ある抗議書』を読んでいる途中、会場にクリスチャンの方がお一人居られる事を思い出し、あせって『セリフ』を二回ほど噛んでしまった。(この話は、読みように依ったらクリスチャンを傷つけかねない話なので・・。)・・が、終ってから、恐る恐るその方に感想を聞いてみたら、「今日の話は良かったですわー。ものすごく考えさせられました。」と、言って下さったので、ほっと胸を撫で下ろしたが・・。
 さてそれでは、皆さんの感想をまとめて、今日は終わりたい。
「人殺しをしたからといって、すぐに死刑はあかん。・・やっぱり反省して、長い時間掛けて(『恩讐の彼方に』の主人公のように、)罪を償って、被害者家族に謝ってから、そして死刑になるべきや。」
「お住っさん、やっぱり悪いことしたら、死刑になるという法律はあった方が良いと思いまっせ。・・歯止めになるもん。」
「人を裁くのも、裁かれるのも、どっちも嫌やわ。」・・エトセトラ、エトセトラ。
 現代の「恩讐の彼方に」の彼方には、いったいどのような『罪と罰』が、待っているのであろうか?・・願わくば、罰など無い方が良い。

早からず、遅からず・・

 〔月参り〕に行かせて頂いているお家で、必ず、ご一緒に『読経』して下さる一人のお婆ちゃんが居られる。
 ただ、お耳が遠い。(・・50ccのバイクは自由に乗り回せるが、さすがに《90歳》のご高齢なので仕方がない。・・それって危険?!・・〔笑い〕)
 まぁ、それで、今日もご一緒に『読経』させて頂いたのだが、なんせ、お聴力がお弱い為、僕の『読経』スピードに、ついて来られない。(僕もゆっくり、はっきり、お勤めしているつもりなのだが・・。)
 それで、途中、ご自分が今、違う部分を読んでいる事に気づくと、スッと立ち上がって、経本を持ち僕の所まで来られ、「今、ドコの辺りでっか?」と聞かれる。
 その度に中断して、「・・今、ここですよ」と答えて、『読経』は再開する。
 そして僕は、お婆ちゃんの『読経スピード』に神経を集中させながら読むのだが、今度はお婆ちゃんの方が、僕を追い越したりするので、今度は僕が追いつく為に、スピードアップしたりする。
 毎回このように、一回の『読経』はスリリングに進んでいく。(・・たまに、ヘトヘトになる)
 『読経』をされる方は、どうか『早からず、遅からず』、ご注意ください。
 気の弱い僧侶からのお願いでした。 合掌
 

「助けてもらいはったんですね。」と、言わんかいな

 《ご仏壇》の前で、ご一緒に『読経』など、された事が無いご主人:Yさん。
 今日は、どういう風の吹き回しか、(家にも居られ)一緒に手も合わされた。
 そして『読経』終了後、「お住っさん、お茶でも入れてきまひょか?」と、きたので、僕は『何か、お話があるのやな?』と、思って〔探り〕を入れてみると、Yさんは「わし、この前まで〔大腸〕の手術で計三回、短い入院してましてん。・・まぁ、手術はうまい事いきましたから、今ここに居りまんのやけどな・・。」と言われた。
 僕は「はぁ、そうですか。うまくいって良かったですねぇ。」と、言ったら、Yさんはブスッとして、「・・お住っさん、『はぁっ』ってなんでんのん。 そこは『はぁっ、良かったですねぇ』と違いまっしゃろ。『仏さん、先祖さんに助けてもらいはったんですね。』と言わんかいな。・・鈍いでお住っさん!」と、ボロカスに言われた。
 僕はちょっと『ムカッ』と来たけど、心の中で「一理有る」と思って、「すんません」と謝った。
 するとYさんは、「わし、手術中、全身麻酔してた時、夢うつつの中で、わしの葬式の夢みましてなぁ・・。夢なんで、話はあっちこっち支離滅裂でんねんけど、わしが葬式の準備の手伝いしてて、『此れ誰の葬式やねん?』と聞いたら、『何言うてんねん、お前の葬式やないけぇ。』と言われてびっくりしましたんや。・・又、色んな先祖さんが、ニコニコ笑って次から次に出て来るし、わしの墓地に一本の墓標が建っていて、『誰のやろ?』とわしが見たら、まだ名前が入ってまへんねん。・・おそらくあそこに、名前が入ってたら、わしは今ここに居りまへんなぁ。・・仏さん先祖さんに助けてもろたんや。・・これは理屈やおまへんで。わしの経験だっせ。・・これからは、健康に気をつけて感謝して生きていこと思てまんねん。」と、(タバコを一服しながら)言われた。
 その〔一服のタバコ〕は気になったが、僕は今日のところは〔1敗〕してるので、注意はせずに「お身体、ご自愛を」とだけ言って帰宅した。

上に戻る