住職のつぼやき[管理用]

記事一覧

※画像をクリックすると拡大されます。

『仏説落語の会』in〔天満天神繁昌亭〕に行ってきました

ファイル 534-1.jpg

 昨日、大阪天満の〔繁昌亭〕に、『仏説落語(プロの落語家さんによるお説教落語)』なるものを見て来た。
 入場料をちゃんと払って見て来たので、好きな感想を言わせてもらうが、(僕自身は)50パーセントの笑いであった。
 なぜか?・・理由は二つある。
 プロの落語家さんたち(監修はプロのお坊さん)が、〔悩める現代社会の為に、仏教に生きるヒントを見出したい!〕と、志を立て、仏教を『笑い』ながら、学んでもらおうと、この『会』を起こされたようなのだが、・・・やはり、落語の内容も、噺家さんのスタイルも、〔仏教もどき〕で終っているような気がするのだ。(もちろん、それはそれで良いのだろうが・・、お客もそこまで求めてないのだろうが・・。)
 なぜか、落語家さんの活躍舞台を『お寺』に広げたいという『商業欲』のような匂いが鼻についてしまうのだ。(会場に、お坊さんたちも、観客として半分以上は来られていたと思うので、自分の『お寺』に、落語家さんを招いて、お参りの方の集客数を上げたいという、その『集客欲』の気持ちは解る。・・又、「需要と供給がぴったり合っているのでエエじゃないか」と言われれば、返す言葉もない。)
 ・・が、が、やはり噺家さんは話はうまいが、(噺家さん自身に)『信心』の浅さを(話の中身から)感じてしまうのだ。(そんなトコまで、味わう奴おらんやろ~と、言うかもしれないが、今後、このような『仏説落語』をお寺で広めていくのなら、噺家さんの『信心の有る無し』は、重要なことだと僕は思ってしまう。)
 余談になるが、以前、うちのお寺に来て、『仏教落語』をして下さった《イベント坊主ご住職》さんの話の方が、(話は荒削りだが)信心の大切さは、(身体から出るオーラのようなもので)キチンと伝えてくださっていたように感じた。おそらく、それはうちの門徒さんも感じられたはずだ。(イベント坊主さん、偉そうなことを言ってすみません)
 でもでも、仏教落語をするなら、絶対っ、『信心』の有る無しの問題は、避けれない事だと僕は思うのだ!!
 ・・長くなったが、もう一つ。
 落語の中身の問題。
 僕が昨日見た、『仏説落語』も、古典落語とよく似たパターンで、たとえば、『物知りのAさんの家に、アホなBさんが尋ねて、〔仏教〕の講釈を聞く。・・感激したBさんは、生半可な理解で、それをCさんに教えに行くが、むちゃくちゃな講釈をして、反対にCさんにやり込められる』とパターンである。・・どの話もみんな。・・これでは飽きる。 
 やはり、お寺をターゲットにして、志を立てて『仏説落語』を流行らせようとするなら、内容も色々と練り直した方が良いと思う。
 でないと、それこそ、飽きられてしまうような気がするからである。
 今日は、《『仏教』と『落語』は、親戚である!》と、常に思っている僕の苦言になってしまった。
 「せっかく、銭払ぉて笑いに行ったのに、ホンマ、ドンならんなぁ」と、落語の中の住人なら言うかもしれない。
 

七月、七年目の「法座」

ファイル 533-1.jpg

 大阪市東住吉区にある〔勝光寺〕さまの「定例法座」に、『紙芝居法話』に行かせてもらって七年が経つ。
 毎年一年に一回ずつ、必ず七月に「お寺の出前」が、こちらのお寺へ『出前』させて頂いている為、勝光寺様の檀家さんとも顔馴染みになっている。
 今回も、僕が話をしている最中でも、「あぁ、そうやねぇ・・」と(小声で、いや中声で)頷かれたり、「絵が綺麗やねぇ・・、毎年上手になってはるよ、お住っさん」と、つっこみが入ったりして、その度に「ありがとうございます。・・実はこの絵の〔瓦の色〕を出すのが難しゅうて・・」と、言ったりし脱線して「紙芝居法話」をさせてもらった。
 又、今回、特に嬉しかったのは、お寺の掲示板に〔僕の名前〕が講師として、(「法座」予告の為に)張り出してあるのを見られた一人の檀家さんが、「いゃあ~、今年も又、紙芝居の宮本っさんが来てくれはんのやー。きっと『紙芝居』は又、新作やと思うで。・・こら、友達も誘うて行かせてもらわなあかん!」と言って来てくださった方があったそうで、(その言葉をこちらのお寺の坊守さん(奥様)から後で聞き、)感激してしまった。 (内心、今回も『新作』を持ってきて、あぁ良かったと胸を撫で下ろした・・〔笑〕)
 まぁ、そんな、こちらのステキな檀家さんに可愛がってもらったり、又、僕の紙芝居製作を温かく見守って下さり、毎年、私を厭きもせずに、発表の場を与えて下さっている「勝光寺」のご住職と坊守さんに、今年も深く感謝した次第である。
 ・・それでは、又、来年!八年目、よろしくお願いいたします! 合掌

三度目となる〔KGU・10〕研修への出前!

ファイル 532-1.jpg
 おととい、三度目となる『小泉産業グループユニオン』組合員10年目研修、略して〔KGU・10〕への「お寺の出前」に行ってきた。(・・明らかに〔AKB・48〕を意識してみました。・・別に意識しなくても良いのですが・・。面白いネタが思いつかなかったので・・。又、今日は〔総選挙〕の日だったので。・・ホンマ、実にしょうもない発想でスミマセン。)
 まぁそれで、今回も、会社〔組織〕の中の酸いも甘いも、種も仕掛けも、ちょっとだけ味わって来られた、(中には、よぉさん味わって来られた方も?あったみたいだが・・、)まだまだクラッシュな、いやフレッシュな「組合員」さんの『新たな心の《気づき》』に、『仏教』という(宗教)哲学が、(ちょっとだけ)お役に立てればと「出前法話」に、今回も行かせてもらったのだ。
ファイル 532-2.jpg(座談会の風景)
 そして、今回は、なんと研修(持ち)時間が『三時間』!と、なった為、(6人の研修員の方たちと一緒に)どのようにして時間を潰すか、いや使うか、という決断に迫られた。
 まぁ、それで、前回時間が足りなかったというご意見が出た、『ディスカッション(なんでもありの座談会時間)』を長く持って、潰した、いや使った。
 僕は、この時間がはっきり言って恐い!
 それは、いろんな質問や、その方のお考えのラッシュが、嵐のように押し寄せてくるからである。
 その度に、僕も本音で答え、裸にならざるを得ない。(でも僕自身、いつも裸みたいなもんなので、そのまんま言いたい事を言ってますが・・、今回もそうでした。)
 でも、やっぱり、真剣なんです。(ある意味、お経をあげてる方が楽!・・おっと口がすべった)
 でも、ただの一介の坊主が、このような凄い勉強をさせてもらえる機会を与えて頂けるなんて、やっぱり僕は幸せ者なんやろなぁ。 合掌
・・研修受講者の皆さん、なんかお役にたちましたか?
 

見識あるモノの無関心

 《見識(けんしき)》=「物事の本質を見通す判断力。あるいは、それに基づくしっかりとした考え。」

『お住っさん、今の社会の中で一番〔悪いこと〕って、何やと思いますか?』
 「・・はぁ、何でしょうか?」
 『・・私は「見識あるモノの無関心」やと、思いますねん。』

 ・・これは、私と寺の総代さんとの、今日の『月参り』後の会話である。

 『お住っさん、私、〔山登り〕が趣味なん知ってはりますやろ。・・この前、金剛山に朝早くに登りましたら、山道の途中で、一人の方がしゃがみ込んではりますねん。 誰も周りに居らんかったので、私は「どうか、されましたか?」とお聞きしたら、「しんどなって、ちょっと休んでました。ありがとう」と言われ、又、ゆっくり歩き出されました。

 ・・又、違う話になりますねんけど、この前、T駅までバスで行って、切符売り場まで歩いていたら、道の途中で一人の方が、やはりしゃがみ込んでおられますねん。周りは、たくさんの人が行き来してたんですけど、誰も声を掛けず、チラッと見て通り過ぎて行きますねん。
 「きっと、誰かが声を掛けはるやろ」と、(私も含めて)皆、思ったんでしょうねぇ。
 でも、やっぱり心配になって、それから声を掛けに行きましてんけどな・・。
 ・・・私、それから考えましてん。
 おそらく、あの駅前で、周りに人が誰も居なかったら、誰もが皆すぐに、あのしゃがんではる人に声を掛けに行ったんと違うやろかと。・・山登りの途中のように。
 しかし、たくさんの人がおったからこそ、逆に皆が「私がしなくても誰かがする」と思って、(見識が曇り)無関心になって、〔取り返しがつかんかもしれん(悪い)判断〕をしてしまうのと違うやろか?・・それって、皆が、見識者であるがゆえに犯してしまう〔悪〕ではないやろかって、思ったんです。
 お住っさん、現代人って皆〔見識者〕なのに、〔無関心者〕なんですよね。・・それで、社会が悪くなってきてるのと違いまっしゃろか?・・・』と、言われた。

 日頃、悪人とか善人とか、気軽に言っている僕自身が、この話を聞いて、おもわず唸って顔を伏せてしまった。(僕もやはり無関心グループの一員です)
 マザー・テレサがおっしゃられた、『この世で一番の《不幸》は《無関心》である』という言葉を、総代さんの話から思い出したのであった。
 

「ゆうせいデイ・サービス」、再び!

ファイル 530-1.jpg(ゆうせいデイサービス)
 先ほど、富田林市の「ゆうせいデイ・サービス」に、(二回目となる)『お寺の出前』に行って来た。
 昨年は僕がしゃべっているのに、〔ぬり絵〕に夢中になっておられる(おっちゃん)方が多かったので、今年はなんとかそのような方を、こっちに顔を向かせようと〔あの手、この手〕と作戦を練ってやって来た。
ファイル 530-2.jpg
(作戦その1)、仏像変身作戦。〔これは僕が仏像に変身して、仏像の種類やその意味を伝える作戦・・やや成功。〕
(作戦その2)、昔話口調の「紙芝居」作戦。〔オールアドリブで、『まんが日本昔ばなし』口調で、話をゆっくり、じっくり進めてゆく。・・まぁまぁ成功、寝てしまった方有り〕
ファイル 530-3.jpg(嫁おどしの面を被って変身)
(作戦その3)、嫁おどし婆変身作戦。〔紙芝居の世界から、現実世界に『嫁おどし婆』が実際出てくる3D作戦・・大成功、いや恐がらんと、笑いっぱなしのお婆ちゃんが居たので、マイナス十点か?〕
 まぁ、今年はこんなトコやった。(ぬり絵はくい止めたので、良かったとしよう!)

もう一度、『地獄・極楽』の紙芝居を!

ファイル 529-1.jpg

 お寺の庭の『ハス』の花が開いた!
 ・・本当に〔極楽浄土〕には、このような美しい花が咲いているのだろうか!
 そして、この花の上で、極楽の住人たちは、(何を思い・・)いつまでも立ち尽くすのか?
 花を見ながら、そんな事を考えていたら、もう一度、『極楽と地獄』のニューバージョンの紙芝居を作りたくなった。
 ・・以前は、『源信さまの「往生要集」』という〔極楽・地獄〕飛び出す絵巻という「紙芝居」を作ったのだが、今度は、もっと大きな正統派の「紙芝居」にして、(子供向きバージョンと大人向きバージョンを別々に)作ってみたいと思う。
 僕は、今まで「大人」向き(主にお年寄り向け)に「紙芝居」を作ってきたが、今度は、子供たちの『いじめ・自殺』抑止の為の地獄の「紙芝居」を作ってみたいと思う。
 ・・そして大人には、あの世の(スピリチャルな)『極楽』世界ばかりに逃避せず、今、「この世」の世界が、『極楽浄土』に続く世界であることが、再確認できるような、そんな「紙芝居」を作ってみたい!
 そうだ、テーマは『子供は地獄で、大人は極楽』。ちょっとブラックだが、これが良い。・・よし、これでいこう! こう、ご期待を! (つぶやき・・でした)

 
 
 

紙芝居:「ある抗議書」 その7 〔最終回〕

ファイル 528-1.jpg
「閣下、
 私は今ここで、〔宗教〕の善し悪しを言うつもりはありません。
 又、そのような資格もございません。
 そして、処刑される人間が死ぬ前に、自分の犯した罪を深く反省する事も良いことだとは思います。
 ・・が、しかし、それで死後〔天国〕に行けたとしたら・・。
 いや、本当に〔天国〕が、あるのか無いのかはわかりませんが・・。
 犯人が、「必ず、〔天国〕へ行くのだ」と言って、心安らかに死を迎えたことを、突然不慮に家族を亡くして、悲しみにくれる我々が聞いたとしたらどうでしょうか・・?」
ファイル 528-2.jpg
「閣下、
 私がこの手紙で言いたかったのは、〔地獄〕へ行かねばならぬような者が、〔天国〕へ行けるという教えを、《刑務所》の中で、聞くことが出来るというのは、おかしいと言う事です!
 そして、この《書物》の発表が、我々遺族の悲しみを、増幅させる事を想像できなかったという《無神経》さに、憤るのです。」
ファイル 528-3.jpg
「司法大臣閣下、
 今一度、死に際の母の言葉を書き足し、この手紙を終りたいと思います。
 『あんな極悪な人間は、この世で捕まらんでも、死んだら〔地獄〕に落ちるんじゃ。 〔地獄〕でひどい目に合うんじゃ・・。』
 犯人〔坂下鶴吉〕は、母の考えとは違って、この世で捕まり、改心した為、死後は〔天国〕へ行ったことになっています。
 私は、母の愚かな期待を思い出す度に、涙を抑えることができないのです。」  おしまい

 〔~この『紙芝居』を作った動機~製作秘話〕
 『先生、極悪人であっても、お念仏ひとつで〔極楽浄土〕へ往けるのですよね!・・で、あるなら、今、獄中にある○○教の教祖も、〔念仏〕を称えれば、死後〔極楽〕に往けるのですか?』
 又、『秋葉原の無差別殺人犯も、小学生を襲った犯人も、〔念仏〕を称えて懺悔すれば、〔極楽浄土〕へお参りできるのですか?』
 ・・以上の同じような質問を、ある〔研修会〕で二~三度ほど聞いた。
 その答えは(講師の先生によると)こうだった。

「仏さまのお慈悲から考えるなら、極悪人であっても〔お念仏〕を称え、(心から懺悔するなら、)〔極楽浄土〕へ往けるのでしょう。・・が、はたして、それらの犯人たちが、心から懺悔し、仏さまを信じお念仏するかは疑問です。」と。
 僕は、この答えを聞いて納得できなかった。
 もし、これらの犯人が、獄中〔お念仏〕を称えたとしたら・・。
 そして、この答えを、もしこれらの事件の『被害者家族』が聞いたとしたら、はたして納得できるだろうか・・?
 この講師先生は、それでも凛とした口調で、同じように被害者家族に、このように言えるだろうか?(ここは、〔宗教者として〕非常に大事なトコだと思う!)
 ・・最近、講師の先生等が口を開けば、「お念仏、ひとつで救われるのですよ!・・お念仏しましょうね!・・有難いですね!」とよく言われる。
 又、「親鸞聖人が、『お念仏を称えれば、悪人でも救われる』と言われましたが、『悪』の意味が違うのですよ。・・お聖人の『悪』とは、人間だれでも持つ根本的な悪の事であって、殺人犯とは違うのですよ。」とも聞く。
 この答えも、僕は疑問だ。
 親鸞聖人の『悪』というお言葉には、殺人犯も含まれていると僕は思っている。・・だからこそ、鎌倉武士たちも入信したんじゃないか!
 『お念仏』一つの味わいは、それこそ、一人ひとりが『命掛け』でなければならないと、僕は思っている。
・・でなければ、被害者家族に対して、お念仏の有難さを、堂々と説くことが出来ないではないか。
 ・・実は、このように偉そうにいう自分自身も、まだ自信がないのだ。
 だから、この『紙芝居』を作って、なんとか自分の考えを少しでも、まとめようとしたのかもしれない。

 ・・あとがきが長くなって、まとまりがつかなくなって来た。
 この『ある抗議書』を紙芝居にしようとした動機は、先の『ある質問』を聞いてから、ずっと温めてきたものなのであるが、なかなか完成しなかった。・・が、今ようやくここに発表でき良かったと思っている。
 実は、妻からこんな『紙芝居』を作っても、どこで発表するの?と、怒られていたのである。(一つ間違えれば、僕のもっとも嫌う、他宗教の教義批判になってしまうからだ。・・また、自身の宗教批判にもなり兼ねないとも思った。)
 それでも、作らざるを得ん不思議な力に動かされ、作ってしまった。

 さて、この実際の事件を元にして書かれた、菊池寛氏の『ある抗議書』の「紙芝居化」は、省略したり、表現を変えたりした部分が、ひじょうに多い。
 願わくば、『原作』を読まれる事を切にお勧めする。(インターネットで探せば、全文読めます。) 本当におしまい。
 
 

紙芝居:「ある抗議書」 その6

ファイル 527-1.jpg
「・・それは、犯人〔坂下鶴吉〕が処刑されてから、一年近く経った頃のことです。
 私は或る日、新聞広告で『坂下鶴吉の告白』という本が、彼の弁護士によって、出版されたことを知りました。
 私は不快ながら、その本を手に入れ読みました。
 読み始めるにつれ、私は忘れようとしていたあの〔憎悪〕の気持ちが、再び、甦ってくるのを止める事が出来ませんでした。
 又、《国家刑罰》のあり方に対しても、疑問を持たざるを得ませんでした。」
ファイル 527-2.jpg
「閣下、
 この『告白』の書によりますと、九人の命を奪った犯人〔坂下〕は、『自分は《天国》へ行く』と、喜んで死んでいったのです。
 〔坂下〕は、死刑を宣告されてから、獄中で《天国の教え》を説く宗教に〔入信〕したそうです。
 この宗教の《神》を信じ、懺悔すれば、これまでの〔罪〕は許され、死後、天国へ行けるとという教えを〔坂下〕は聞き、監獄の中で、それを信じ、あやつは「心安らかに、自分は天国へ旅立つ」と言って、処刑されたそうです。
 閣下・・、
 私を心の狭い人間だとお思いでしょうが、私は、犯人〔坂下〕に、自分の犯した罪の深さにおののき、苦しみ涙しながら、死んで往ってもらいたかったのです。
 姉夫婦の〔死に際の恐怖〕の、せめて千分の一でも、感じてもらいながら・・。」 つづく

紙芝居:「ある抗議書」 その5

ファイル 526-1.jpg
 「・・ところが、時節到来と申しましょうか、ついに、大正五年十月に犯人は捕まったのです。
 犯人の名は《坂下鶴吉》といい、やはり、殺人の動機は金銭目的でした。
 この凶悪な男は、その後も犯行を繰り返し、全部で九人もの尊い人の命を奪ったのだそうです。
 閣下、
 私は裁判所で初めて、この姉夫婦の命を奪った男の顔を見ました。
 骨太で低い鼻、血走った眼、獰猛な獣のような感じでした。
 ・・が、裁判長が『死刑』を宣告すると、そのような男でも、サッと顔色を変えて、頭を低くうな垂れたのでした。
 私の感情からすると、死刑でもまだ足りないぐらいの気持ちでしたが、犯人のこの時の顔色を見て、少しは心が安らいだのです。」
ファイル 526-2.jpg
 「やがて、犯人《坂下鶴吉》が〔処刑〕された事を新聞で知りました。
 姉夫婦の殺された時の恐怖を考えますと、処刑の事実を聞いても、まだ満足できませんでしたが、今の『刑法』では仕方がありません・・。
 この時、私の心を長い間苦しめてきた憎悪の気持ちが、今ようやく晴れたかのように思え、私は現在の『司法制度』に、ある感謝の気持ちさえ持ったのです。
・・・が、しかし閣下、
 これで、この事件が終っていたとしたら、何もこのような長い手紙を、閣下に送る必要はなかったのです。」 つづく 

紙芝居:「ある抗議書」 その4

ファイル 525-1.jpg

「そして、父はついに、この現場を母に見せず、お葬式を出すことにしました。
 おそらく、病弱な母が、この現場を見たら、ショックで、心の臓が停止すると思ったからでしょう。
 ・・が、しかし、この娘夫婦の死を聞いた母は、それから間もなく、食欲を無くし、持病も悪化し、床に就きました。
 母は突然、真夜中に「おとしや!おとしや!」と、叫んだかと思うと、ガバッと半身だけ起き上がり、泣き続ける日々が続いたのです。
 閣下・・、
 私は昔、肉親を殺された者が、艱難辛苦を忍び、何年も掛けて、〔仇討ち〕に出たという気持ちが、解ったような気がしました。
 それから間もなくして、母は、病が悪化して亡くなりました。
 亡くなる少し前、母は私に言いました。
『まだ、犯人は捕まらんか? 
 人を殺した者が、大手を振って歩いておるとは、神も仏も無いもんか!? 
 ・・まぁええ、あんな極悪な人間は、この世で捕まらんでも、あの世で、地獄に落ちるわ!・・地獄でひどい目にあうわ!』と。
 つづく

上に戻る