住職のつぼやき[管理用]

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回る!霊柩車

 おととい、2年ぶりにお寺で「お葬式」を執り行った。(今は、〔葬儀会館〕を使用される方がほとんどなので・・)

 それで、〔お葬式〕が終った後、霊柩車・ハイヤー・マイクロバス等は、近くの(約10分ぐらいの)斎場(焼き場)に向かって出発するのだが、・・この時、村を大回りして〔斎場〕まで向かうのだ。(約30分ぐらいは掛かる)
 なぜ、わずか10分程の道のりを、遠回りして行くかというと、「死者を道に迷わせ、家に帰って来れなくする為」らしい・・。
 だから、帰りも、又違う道から帰ってくる。
 僕は、最初〔葬儀屋さんのハイヤーのメーター増大作戦なのか?〕と、不謹慎なことを思っていたが、どうやらこれは、うちの村ではずっと昔から、続いている習慣(習俗)らしい・・。
 でも、よく考えてみたら、長年、この村で暮らしていた故人が、はたして、こんな事で道に迷うのだろうか?
 僕なら、(遠回りしようが)ぜったい帰って来れると思う・・。
 この日、お葬式を執り行った、故・お爺ちゃんも、けっこう出好きで、単車であちこち走り回っておられたので、道にはくわしく、おそらく、この風習は、まったく無駄になっているような気がせんでもない・・。
 又、死者がなぜに、家に帰って来たらあかんのかという事も疑問だ。(僕なら是非帰って来てほしい!・・まぁ、お浄土に往ってしまう為、ダメかもしれんが・・。)

 まぁ、(21世紀の)今でもこのような習慣が続いているということを、僕は今日言いたかった。
 最後に・・、斎場からの帰り、ハイヤーから突然顔を出された喪主さんが、自分の息子さんに「(お爺ちゃんに、この世に未練を持たせたらあかんから、〔善意の気持ちで〕)帰りはおまえ、違う道から還って来いよ!」と、大声で言われたことが、僕の耳に(複雑な気持ちで)今も強く残っている。
 22世紀までには、このような習慣は消えて欲しいものだ。
 

京都西陣:「興徳寺」さまの彼岸法要

ファイル 573-1.jpg(興徳寺さまの本堂)
 今年のお彼岸ウィークは忙しい!
 おとといは、大阪の老人ホームで「偲ぶ会」をし、昨日は、京都は西陣にある「興徳寺」さまでの、秋季彼岸会に出講させて頂いた。
 「そうだ、京都へ行こう」というキャッチフレーズが、何年か前に流行ったが、その通り、観光シーズンの秋の京都は賑やかだった。
 西陣には、阿倍晴明をお祭りした〔晴明神社〕があって、毎年、彼岸の〔中日〕には、盛大なお祭りが開かれ、近隣の道路に規制がかかり、車が入れなくなってしまうのだ。(《パワースポット》ブームの影響もあるらしい・・)
 そのため、晴明神社のすぐ近くにある、こちらの興徳寺さまは、まともに影響を受けてしまうのだ。
 お参りの方も車で来れないし・・、太鼓や鉦は賑やかだし、そら、色々な影響をお寺は受けてしまうらしい。
 僕も、その事を聞いていたので、早めには行かせていただいたが、やっぱりその影響を受け、周辺をぐるぐる回った。(でも、西陣の町中を探険できて、それも楽しかったが・・)
ファイル 573-2.jpg(新作「地獄の話」を初披露)
 まあ、それでも、法要には間に合って、(僕のへたな話は於いといて)何もかもスムーズに行ったと思う。
 「やっぱり、秋の京都はええなぁ~」と思いながら、まだ、大阪での仕事が残っていた為、急いで京都を後にしたのだった。
 興徳寺のご住職さま、坊守さま、そして、檀家のお手伝いの皆様、いろいろとお世話になりありがとうございました。
 陰陽師パワーならぬ、ブッタパワーを頂きました。感謝 合掌

外国人留学生への「紙芝居」~京町屋旅館への出前

ファイル 572-1.jpg(京町屋旅館さくら)
 昨日の夜、京都市下京区にある〔京町屋旅館さくら〕さんへ、「紙芝居法話」に行って来た。
 こちらへは初めての「出前」で、僕のホームページを見て、《月のウサギの紙芝居と法話》をして欲しいというご依頼であった。
 ・・ただ、少々冒険であったのは、旅館自体も、初めてのイベントらしく、短期滞在留学生や、一般の外国人旅行者の宿泊が多いこの旅館内で、《お月見イベント》をやってみようということで、「月見うどん」の試食や、みんなで作る「月見だんご」などの体験コーナーも取り入れられ、要所々に工夫が凝らされ、ご苦労を感じた。
ファイル 572-2.jpg(月見うどん&月見だんごの試食)
 さて、イベント内容であるが、「お月見」といったら、日本では〔尺八〕であろうと、若手ミュージシャンの「吉田公一」氏の(サックスのように吹き鳴らす)尺八生演奏パフォーマンスが初めにあって、僕も聞き惚れてしまった。
 又、職員の方による沖縄楽器、サンシンの演奏もあった。
ファイル 572-3.jpg(吉田公一氏の尺八演奏)
 そして、最後が僕のコーナー。
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 旅館の館主さんから、「留学生さんたちの日本語理解力は、かなりのものなので、安心して日本語でやって下さい。・・ただ、ゆっくりと、又、難しい日本語は英語に訳して頂けたら有り難いです」と言われたので、僕は極力、そこのところは気をつけた・・つもりだ。
 「・・昔むかし、つまり、ア・ロングロング・タイム・ア・ゴー、やね。」というスタイルで初め、最後は、「・・ウサギ、リトルラビットは、ブッダに、輪廻転生、つまり、リー・インカネーションしましたさ。めでたし、めでたし、ハッピーハッピー・・」と、まとめ、無事に拍手喝采の中、終了することができた。皆さん、ストーリーは、どうにかこうにか、理解してくれたみたい・・。(〔ルー大柴〕の気持ちが、少しは解りました〔笑い〕)
 ・・ほんま、これまでも、色んな所で色んな事、演ってきたけど、今回も汗かいたわ~。・・まぁ~、面白かったからエエとしよか!合掌
 

紙芝居:「アミダ仏物語」 (後編)~エピローグ

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こうして、〔法蔵菩薩〕の長い長い修行生活は、延々と続いた。
 やがて、気の遠くなるような歳月が流れ・・、そしてついに、
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 〔法蔵菩薩〕は、悟りを開く時が来た。
 そう、ついに《48の誓い》・マニフェストが、すべて達成されたのである!(KANさんも見習って欲しい・・。)
 名前も〔法蔵菩薩〕から、尽きる事の無い《寿命・光明》、そして《お智慧》を意味する〔阿弥陀(アミダ)仏〕という名に変わった!
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 そして、〔アミダ仏〕の悲願であった、(すべての人々を迎え入れる世界)《極楽浄土》は、ついに完成した。
 ・・それは、素晴らしい世界であった。
 その広さには限りが無く、空気は澄み渡り、いつも心地よい風が吹いていた。
 空には美しい鳥が舞い、花は咲き乱れ、七つの宝で出来た大地、宝の木々、宮殿、楼閣、澄み切った池。
 まさに《極楽浄土》は、人々の理想の楽園であった。
 そして、ここの住人たちは、食べる事や着る事の煩わしさなどから開放され、日夜、〔アミダ仏〕の元で修行に励めるのであった。
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 そして、今や《仏》となられた〔アミダ仏〕は、普段は、ご自分の《極楽浄土》に居られるが、
 誰でも、この仏におすがりすれば、ただちに多くの〔菩薩〕様たちをつれて、お救いに来て下さる。
 ・・なぜなら、〔アミダ仏〕の願いは、すべての人を救うことにあるのだから・・・。」
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(お釈迦さま)「これで、わしの話は終わりじゃ。・・どうじゃ、皆の衆。 お前達は、この《極楽浄土》という国に往ってみたいかな?」
(弟子たち)「はい、往ってみとうおま!」
(お釈迦さま)「よし、それでは、この国に往く方法を最後に教えよう。
 それは、この〔アミダ仏〕を褒め称え、そのお名前をこうお呼びするのじゃ。・・〔ナム(帰依の意味)・アミダブツ〕と。」
(弟子たち)「はい、ナムアミダブツ、ナムアミダブツ・・。これで、よろしゅ、おまっかいな?」
(お釈迦さま)「それで良い、それで良い。・・では皆で一緒に、称えようかのぅ・・。ナムアミダブツ、ナムアミダブツ。」
(お釈迦さま・弟子たち)「ナムアミダブツ、南無阿弥陀仏・・。」 おわり
 

紙芝居:「アミダ仏物語」 (中編)

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(世自在王仏)「・・どうした、法蔵。何か悩んでおるようじゃな? ・・感じる、感じるぞ、・・いかんぞ、悩みは暗黒面に通じる。フォースじゃ、フォースの使ってしゃべるんじゃ!」
(法蔵菩薩)「はい、〔マスター・ヨーダ〕・・じゃなくて、〔マスター・セジザイ〕。マニアックな表現は、顔だけにしてください。・・話を元に戻します。

 私は、自分が仏となって〔仏の国〕を作り、・・頑張って《自力》で修行して来た者達だけを、受け入れる世界を築こうと思っておりました。
・・が、それでは、不十分である事に気がついたのです。
 なぜなら、自分の力で修行ができない弱い人々が、多くいるからです。
 私は、それらの人々を救いたいのです!」

 それを聞いて、〔世自在王仏〕は、
「ほぉ~、お前の望みは大層大きいようじゃな」と言った。
(法蔵菩薩)「はい、〔マスター・ケノービ〕・・じゃなくて、〔マスター・セジザイ〕。 私はすべての人々を救う為に《48個》の誓いを立てたのです!」
(世自在王仏)「何っ!《48個の誓い》だと! まるで、相撲の決めワザのようなその数字!
・・具体的にその中身を(掻い摘んで)教えてくれんか?!」
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(法蔵菩薩)「はい、マスター。この誓いは、罪ある者、無い者、すべての人々が救われる為に、立てました。
 いわゆる私の《マニアック》、いや《マニフェスト》です!
 その一つ・・。
 もし、私が悟りを開き、《仏》と成って《仏の国》を完成させたのち、その理想世界に、地獄の苦しみを受そうな者が、一人でも出そうならば、・・私は決して仏にはなりません!
 二つ・・。
 もし、私の《寿命》に限りがあって、死んでしまい、《仏の国》がその時、崩壊するようなことになるなら、・・私は決して仏にはなりません。(仏の国を、永遠に存続させるのです!)
 三つ・・。
 又、私が仏となり、その体から発する《光明》に限界範囲というものがあるのなら、・・私は決して仏にはなりません!(私の発する《光明》は、どこに居ても、どこまでも届くのだ!)
 四つ・・。
 これらの私の誓いを信じ、私の築いた世界に生れたい(来たい)と願うなら、必ず、その者たち皆を招き入れます!・・もし、それが叶わないのなら、私は決して仏にはなりません!
 五つ、六つ・・・(中略)、そして・・四十八!」
 こうして、法蔵菩薩は、《48個の誓い》を高らかにたてた。
 そして最後に・・、
「〔マスター・セジザイ〕、私はこの《マニフェスト》がすべて達成されたその時、はじめて仏となることを誓います!そして理想の〔仏の世界〕を作ります! それが叶うまで、私は又、修行に入ります!」と言った。 
 こうして、〔法蔵菩薩〕は、又、気の遠くなるような長~い修行生活を始めたのだった。 つづく

河南町「中地区老人会」への出前

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 先ほど、河南町「中地区老人会」へ『お寺の出前』に行って来た。
 こちらへの出前は、今回で〔3回〕目となる。
 前回、前々回と、〔春〕にお話に行かせて頂いた為、「紙芝居」は〔春向き〕作品ばかりだったのだが、・・今回は初めて『月の神様になったうさぎ』などの、〔秋向き〕作品を織り交ぜることが出き、(私を含め)新鮮で楽しい時間を過ごさせて頂いた。
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 「ずばり、今回のテーマは、『人食い山猫と!燃え上がるうさぎと!ストーカー大ヘビ女と!・・そして、仏さま』です。」と、最初に言って面狂わせ、驚かせ、お昼を食べられ半分眠りかけのお方たちのお目を覚まさせて頂きました。
 ここで一句、『中地区の 昼寝を覚ます 紙芝居、たった一声で 驚き眠れず』
・・起こしてしもて、すんませんでした。合掌

今年の「紙芝居創作合宿」

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 今年で〔9回〕目となる「観念寺:紙芝居創作合宿」が、今年も9月11・12日の二日間に渡って、自坊で開催した。
 今年の作品は、枚方のドクター南ホスピス医師が、『死にゆく喜び』を云う作品を、わずか二日間で完成された。(あいかわらず、僕は作るのが遅く、例の『地獄のはなし』・『極楽のはなし』は、まだ完成さすことが出来なかった・・。トホホホ)
 さて、このドクター南師の作品であるが、奇想天外な内容の作品で、ちょっとだけその内容を述べると・・、
 一羽の〔モンシロ蝶〕の《シロ子》ちゃんが、仲間の蝶《モン太》君と不倫の恋をして、卵を内緒で生むのだが、途中に蜘蛛の巣に引っ掛かって、大怪我をしてしまい、それが元で死んでしまう。・・が、生前《モン太》君が、たいへん尊敬する《日蓮大聖人》が、《太陽》となって現れ、あの世からお迎えに来て下さり、《シロ子》ちゃんは思わず、「ナムミョウホウレンゲキョウ!」と称え、天国へ無事に到着し、虫ゆえに、一度も顔を逢わせた事のなかった亡き両親に対面でき、幸せに過ごす事ができた、・・というお話である。

 ・・さて、ナムアミダブツの僕のお寺の中で、ナムミョウホウレンゲキョウの日蓮さまがお救いになる!、そんな『紙芝居』を作ろうという、その神経そのものが、不思議でオモロイのだが(僕もその画像に協力したが・・〔笑い〕)それには理由がある。
 在宅ホスピス医:ドクター南は、今、『日蓮宗』のお寺の住職をご子息に持つ、末期がん患者の一人のお婆さんの担当医をしている。
 週に二回、南師が往診に行く中、毎回必ず、(南師は)往診前に御仏壇に向かって、「ナムミョウホウレンゲキョウ」と大きな声で称えるらしい。(ちなみに、南師の家は、代々《浄土真宗》で、寺の総代もやっておられた。〔笑い〕)すると、その末期の母親は(痛みの中でも)たいへん喜ばれるらしい。
 心から、そのご母堂は《日蓮》様を尊敬されて、死後、日蓮様に逢う事だけが、今の楽しみらしいのだ。
 ドクター南師は、この「紙芝居」を次回、往診の時に持って行って、枕元で演じたいとおっしゃっておられた。
 きっと、そのガン末期のご母堂さんは、その作品を見て、自分の人生と重ね合せながら、『死にゆく喜び』を感じられるに違いないであろう・・。

 

紙芝居:「アミダ仏物語」 (前編)

(プロローグからの続き~)
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 〔アミダ仏〕も、初めはただの人であった。
・・ある国の王様であったのだ。
 或る時、その国に〔世自在王(セジザイオウ)〕という《仏様》がやって来て、王様の前で、仏の国の素晴らしさを話された。
〔世自在王〕は、こう言われた。
「おっほん、仏の国ではな、美しい蓮華の花が咲き乱れ、その地で尊い《仏様》のお話が聞けるのじゃ。そこでは喜びは尽きる事なく、いかなる苦しみもないのじゃ」と。
 その話を聞かれ、感動した王様は、その場で《出家》を決意した。
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 そして、王冠を捨て、頭を丸めてこう言われた。
「世自在王さま、私は《仏様》のお話を聞き、この世の富や栄誉は、儚いものであるという事に気づきました。
 どうか、私を弟子にして下さい。私は、あなた様の元で修行を積んで、すぐれた《仏》になりたいのです!・・そして『仏の国』を創り、迷える人々をこの手で救いたいのです!」と言った。
 その言葉を聞いて、〔世自在王〕は深く頷かれた。
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 こうして、王様は《出家》し、師の〔世自在王〕から、『法蔵(ホウゾウ)』という名をもらった。
 『法蔵』は、一生懸命に修行をし、やがて『法蔵菩薩(ボサツ)』と呼ばれるようになった。
 そして、長い長い『迷える人々を救う』旅に出た。

 色々な町に出向き、『法蔵菩薩』は懸命に説法をした。
 ・・が、説法をしながら『法蔵菩薩』は、一つの悩みにぶつかった。
「人は皆、善い人間になろうと思っている。・・が、考えてみれば、強い意志で、それができる人間が、いったい何人いるだろうか・・? むしろ、自分の心の弱さゆえ、実行できないで苦しむ人間の方が多いのではないか。・・では、そのような者に《救い》はあるのだろうか?」と、『法蔵菩薩』は悩み、或る強い決断をして、師の元に帰ったのであった。 つづく

紙芝居:「アミダ仏物語」 (プロローグ)

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 ・・・いつも神々しい〔お釈迦様〕が、その日は特に輝いていらっしゃる様でございました。
 そのお姿に気が付かれた一人の(西インドKANSAI地方出身の)お弟子が、尋ねられました。
〔お弟子〕「お釈迦様、何かエエことあったんでっか?・・今日はごっつう嬉しそうで、又、輝いているように見えまっせ・・」と。
 それを聞かれた〔お釈迦様〕は、お答えになりました。
〔お釈迦様〕「おおっ、よく見た。それは、私が今からお前達に、とてもすぐれた御智慧を持っておられる〔仏様〕のお話をしようと思っていたからなのだよ。」
〔お弟子〕「ふへぇー、そうでしたんか!それは是非お聞きしとうおま。」
〔お釈迦様〕「よっしゃ~、では話したろか。・・あかん、KANSAI弁がうつってしもた!」
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〔お釈迦様〕「・・遠い昔、西の遥か彼方、十万億土の世界を超えた所に一つの国があった・・。
〔お弟子〕(ジャーン!、ジャカジャーン、ジャカジャーン、ジャカ、ジャカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカ!・・ジャジャジャジャーン、ジャーン、ジャジャジャ、ジャーンジャーン、ジャジャジャ、ジャーンジャーン、ジャジャジャジャーン・・〔『スターウォーズ』のテーマより〕)
〔お釈迦様〕「弟子よ、うるさい。バックミュージックはいらんぞよ。
・・その国は『極楽浄土』と呼ばれており、そこに尊い一人の仏様がおられるのだ。
 そのお方こそが、『阿弥陀(アミダ)仏』という、今から話す主人公の御名なのだよ。・・一言、言っておくがダースベーダーは出演しないぞ。ライトセーバーの決闘もないぞよ。ヨーダもルークもハンソロも・・」
〔お弟子〕「・・わかりましたから、はよ、お話しておくれやっしゃ~!」 つづく

「瓢箪から駒」、「紙芝居から寺」

 「瓢箪(ひょうたん)から、駒(こま)」
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 昔むかし、中国(唐の時代)に、〔張果(チョウカ)〕という一人の仙人が居た。
 〔張果〕は、白い〔ロバ〕に乗って、一日数千里を旅した。
 休む時は、仙術で〔ロバ〕を小さくして、《瓢箪》に入れた。
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 そして、又乗る時は、〔ロバ〕を《瓢箪》から出して大きくし、乗った。
 その伝説から、
『意外な所から、意外なモノが出る』、
 或いは『そんなのアリッエッティーじゃなくて、ありえっな~い』という、たとえとして、
 『瓢箪(ひょうたん)から、駒=(子馬・又はロバ)』という〔ことわざ〕が生れたという。
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 ちょっとだけ昔、大阪に『紙芝居』を作って、病院や施設で〔仏教法話〕をしている在家生まれの変な〔坊主〕が居た。
 この〔坊主〕を見て、その恩師が「ほほぉー、お前は変わっておる?・・というか感心な奴じゃ。・・お前にひとつ〔お寺〕を任せてみようかのぉ~! そこを拠点にして色々な所で、その『紙芝居法話』を広めてみよ!」と言った。
 そして、その変人〔坊主〕は、一ヶ寺の住職になったという。
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 そのたとえから、
『「紙芝居」から寺』という「ことわざ」は、・・残念ながら、まだ生れていない。
 
 ・・・自己紹介『ネタ』の一つでした。

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