住職のつぼやき[管理用]

記事一覧

※画像をクリックすると拡大されます。

紙芝居:「出家とその弟子(第一部 悪をせねば生きれぬ人)」(その3)

ファイル 774-1.jpg
(お兼)「お前さん、大変よ! あのお坊さんたち、まだうちの屋根の下に居られますわっ!」
(左衛門)「何っ、すぐに入ってもらいなさい!」 
 そしてお兼はお聖人たちに、
(お兼)「・・なんと、まだうちに居られたのですか?!・・さぁさぁ、中に入ってくださいな。火にあたって身体を温めてくださいな」と言いました。
(親鸞)「おぉっ、それでは上がらせて頂きましょう。」
ファイル 774-2.jpg
(左衛門)「・・私はなんと酷い事をしたか。お許しください。」
(お兼)「この人、本当は気の弱い優しい人なんですよ・・。お許しくださいませ。」

(左衛門)「・・私は皆さんに、随分酷い事を致しました。・・酔っているとはいえ、自分のしている事、しゃべっている事が本当は解っていたんです。・・解っていながら、口から出てくる〔呪い〕の言葉を止める事ができませんでした。
 そして皆さんを追い出してから、すぐに後悔いたしました。すぐに謝りたいと思いました。・・しかし酔いの力で誤魔化してしまいました。
・・悪いと思っていながら、どうする事も出来ませんでした。」

(親鸞)「仏様の教えでは、それを『業の力』というのです。『皆、その力に強いられると抵抗する事ができないのだ』と仏様はおっしゃっておられます。・・誰もが皆、持つものなのです。
 だから私は、あなたを卑しいとは思いませんでした。」

(左衛門)「どうか、お許しください。」

(親鸞)「仏様が許して下さいましょう。・・だがご主人、私も突き詰めれば同じなのですよ。
 私もあなたに杖で叩かれ、雪の寒さで震えた時、あなたを怨もうとしました。
 私はあなたを〔呪う力〕と、闘わねばなりませんでした。
 私は決して、仏さまのような優しい心で、〔念仏〕している訳ではないのです。・・私の心も苦しみに囚われているのですよ。」

(左衛門)「・・あなたは変わっておられる。今まで私が出会った事のない性格のお坊さまです。・・あなたはご自分が〔悪人〕のようにおっしゃる。」

(親鸞)「はい、私は自分が〔悪人〕だと思っております。」

(左衛門)「えぇっ、そうなのですか?・・実は私も自分が〔悪人〕だと思って苦しんでいるのですが・・。いつかその報いで、死後に地獄に落ちるのではないかと、不安でたまらないのです。
 お聖人、教えて下さい。悪人は皆、地獄に落ちるのでしょうか? ・・いや、〔地獄・極楽〕世界というのは、本当にあるのでしょうか?」 つづく

紙芝居:「出家とその弟子(第一部 悪をせねば生きれぬ人)」(その2)

ファイル 773-1.jpg
お兼(カネ)は戸口まで出て行き、僧たちに言いました。
(お兼)「あのぉ・・、すみません。主人がダメだと申しますので・・。」
 それに対してお弟子は、
(弟子)「・・どこでも良いのです。縁先でもかまいません。」と言いますと、奥からぬっと赤い顔をした主人の左衛門(サエモン)が現れて、
(左衛門)「くどい人だ!帰って下さいな。・・わしは、あんた達が大嫌いなんだ!・・あんた達は〔善い事〕しか、しなさらんのでしょう。・・わしは〔元武士〕だが、今は猟師です。毎日、獣を殺して生きてます。又、生活の為に非情な〔金貸し〕もやって人を泣かしております。・・わしは悪い事しかしませんから、あんた達とは、おのずと肌が合わんのです。」と言いました。
 するとそれを聞いて、
(親鸞)「私は親鸞と申しますが、・・いえいえ、悪い事をしているのは、この私も同じでございます。」と答えられました。
 それを聞き、左衛門は、
(左衛門)「へぇっ、何をおっしゃいますやら。・・うぃーヒィック(酔いとしゃっくりの音)・・あんた達はまったく偉いよ。・・難しいお経を読んで実践されてるだからね。殺生もしなければ、人も怨まない。・・わしなんかぁ、今朝もニワトリを一匹殺しましたよ。又、貧乏人を虐めましたよ。・・結局わしは、毎日悪い事ばかりして生きている。・・しかし、そうしなけりゃ生きていけんのだ。・・あんた達とは違うんだ!」と興奮しながら左衛門は叫んだのでした。
ファイル 773-2.jpg
 見るに見かねた〔お兼〕は、
(お兼)「お坊様、すみません。この人、今日はひどく酔っぱらっておりまして・・。いつもは違うのですが・・。この人、この頃毎日、自分の行いに悩んでおりまして。・・本当に失礼な事を申してすみません。」
 するとお聖人は、
(親鸞)「ご主人、あなたは良いところに気づいていらっしゃる。私とよく似た気持ちを持っていらっしゃる。」と言われました。

(左衛門)「うぃーヒィック(又また酔いとしゃっくりの音)、はっはっはっ、何ですって!私とあんたが似てるですって。・・似てたまるかいっ!早く出てゆけ! 出てゆかんとこの杖をくらわすぞ!」と、左衛門は杖を奥から持って来て、お聖人に振りかかりました。
(弟子)「なっ何をなされますかっ!何も殴らなくても!・・お聖人様、こんな家、早く出ましょう!」と言い、庇いながら外に飛び出しました。
(お兼)「申し訳ありません、申し訳ありません。お怪我はありませんか?・・どうか許してやってくださいね。すみません、すみません。」
(親鸞)「心配なさるな、私は大丈夫です。私はあの人をむしろ〔純〕な人だと思います。・・・さぁみんな、どこか別の場所を探しましょう。」と言われ、去ってゆかれました。
 しかし、近くに休める場所などあろうはずがありません。
 その夜、
ファイル 773-3.jpg
(左衛門)「うーん、うーん。」
(お兼)「お前さん、どうされましたか?そんなにうなされて。・・起きなされ!・・まぁ、それにひどい汗!」
(左衛門)「あぁっ、夢か。・・恐ろしい夢だった。」
(お兼)「どんな夢をご覧になったのですか?」
(左衛門)「うん、わしがいつものようにニワトリを絞め殺そうとすると、いつの間にか、そのニワトリの顔がわしの顔に変わっておって、わしが絞め殺されそうになっておる。・・そんな夢じゃった。」
(お兼)「あの宵に来られたお坊さん方を、叩いた罰ではありませんか?」
(左衛門)「そんな馬鹿な。・・しかし、宵の事は気になってなぁ。酔っていたとはいえ、本当に馬鹿なことをした。ひどい事をしてしまった。・・あぁっ、もう一度会ってちゃんと謝りたい。・・ひょっとすると、まだ近くに居られるかもしれん。 お前、ちょっと外を見て来てくれんか?わしは汗を拭くから。」
「はいっ」と言って戸を開けたお兼は、びっくり。
(お兼)「お前さんっ、たいへんです!」
 つづく

紙芝居:「出家とその弟子(第一部 悪をせねば生きれぬ人)」(その1)

・・今年は〔親鸞(しんらん)聖人750回大遠忌〕の年。
 普通の人はだいたい〔50回忌〕ぐらいで仏事を終えるのだが、この方は特別だ。・・まぁ、それだけ偉大な御方(聖人)なのであろう。
 では、その偉大な御方のお考え(思想・哲学)は、どんなもんだったのだろうか?
 「750回忌まで、盛大にお勤めされる方の人生って、いったいどんなだったの?」・・と、このような素朴な疑問を檀家さんから尋ねられ、この紙芝居を作ろうと思った。
 さて、ではその「紙芝居」の原案はどうしようか?・・とは僕は迷わなかった。
 正直いって、この作品しか浮かばなかった。
 そう、それは「倉田百三」氏の名作『出家とその弟子』である。
 高校の教科書にも掲載されたこの作品。フィクションがかなり入っているものの、僕の想像する「親鸞」像はこの作品しかない。
 この作品、倉田『親鸞』像であるが、きわめて僕の好きな親鸞聖人なのである。だから紙芝居にした。
 この〔全三部作〕になる、僕の作った作品では、一番長くなった『紙芝居』を、この記念すべき年に発表したいと思う。
 前置きが長くなった。
 それでは、はじまり、はじまり~

 『出家とその弟子』第一部「悪をせねば生きれぬ人」
ファイル 772-1.jpg
 昔むかしの鎌倉時代。
 親鸞聖人とお弟子さん達が、関東におられた頃のお話です。
 この日、親鸞聖人と二人のお弟子は、旅の途中、大雪に出遭ってしまわれました。
(弟子)「お聖人様、大変な吹雪になってしまいましたなぁ・・。」
(親鸞)「ほんに困ったのぉ・・。日も暮れてしもた。」
(弟子)「あっ、あそこに灯りが一つ見えまする。あの家に一夜の宿を頼んでみましょう。」
 三人は雪の中、その家を訪ねました。
ファイル 772-2.jpg
 トントン、トントン・・。
(弟子)「もぉし、もぉし・・、」
(子:松若)「父ちゃん、母ちゃん、誰か戸を叩いているよ。」
(母:お兼)「ほんと、何か御用ですか?」

(弟子)「・・旅の僧でございます。この吹雪で難儀しております。恐れ入りますが、一夜の宿をお願い致すことは、出来ますまいか?」
 
(お兼)「お前さん、旅のお坊さんですって。この雪で泊めて欲しいとおっしゃっておられますわ。」
(父:左衛門)「何っ、・・ダメだダメだ。お断りだ!・・わしは坊主が大嫌いなんだ。帰ってもらえ!」

 何ちゅう事を、言いやがるんでございましょうか、この左衛門。
 でも、何か理由がありそう・・。 つづく

千早赤阪村「母子福祉協議会」秋の研修への出前

ファイル 771-1.jpg(くすのきホール)
 今日は、千早赤阪村「母子福祉協議会」秋の研修会への出前である。
 朝の檀家さんへのお参りを早々に切り上げて、千早赤阪村「くすのきホール」へGo!
ファイル 771-2.jpg(楠木正成公誕生の地)
 立派な「くすのきホール」の真横は、武将〔楠木正成〕公誕生の地がある。(ここで生まれはったんやなぁ・・、あの悪党!〔悪党といっても悪い意味ではなく、(南北朝)当時、神出鬼没の智恵ある武士をそう呼んだのだ。・・今で言う東大阪辺りの中小企業のやりての社長さんみたいなもん・・かな?〕)
 この場で「紙芝居法話」ができるなんて光栄なことだ。
ファイル 771-3.jpg
 さて、千早社協の事務局長さん等のご要望にて、今日は、紙芝居「稲むらの火」と「三尺三寸のお箸」を持っていった。
 僕としては、二本紙芝居をして早々に終え、次の「ビンゴゲーム」の時間にちゃっちゃとバトンタッチするつもりでいたのだが、雨が降り出した為、急遽、局長さんから「午後からの『野外研修』の時間を中止することにしました。その枠に「ビンゴ」コーナーを持っていく事にしたいと思いますので、・・何とか〔紙芝居コーナー〕枠を昼前まで伸ばしてもらえませんか?」と頼まれた。
 「お安い御用だ。がってんでぃ!・・何ぼても、要らんことやったらしゃべりまっせ」と二つ返事でOKし、しゃべったしゃっべった・・要らん事ばかり、昼前まで。(笑い)
ファイル 771-4.jpg
 その後、皆で美味しい「秋の柿の葉ずし弁当」をよばれ、そのまま、仏事質問コーナーもちょっとしたりして又しゃべり、楽しい時間を過ごさせて頂いた。
 千早赤阪の皆様、本当に(しゃべりの僕に)いろいろと楽しい時間をプレゼントして下さり、有難うございました。合掌

映画「エンディングノート」を見て

ファイル 770-1.jpg

 日本映画「エンディングノート」(砂田麻美監督)を見てきた。
 新聞広告を見たら、わずか一週間だけのロードショーみたいだったので、急いで見て来た。

 ストーリーは、熱血サラリーマンだった主人公(砂田知昭氏〔実名〕=69才)が、会社を退職し、第二の人生を歩み始めた時、末期の胃ガンが発見され、余命半年を宣告される。
 その時、主人公は、残される家族の為、そして自分の人生の総括の為に「自分の死の段取り=エンディングノート」を作成し始める。
 そんな姿を、実の娘で(この映画の監督でもある)麻美さんが、カメラで(臨終の時まで)、時に可笑しく、時に悲しく、日常を追うという(ある意味凄みのある)ドキュメンタリー映画である。
 
 僕が気になったのは、主人公が俄かクリスチャンになって、教会でお葬式をして欲しいというシーンで、「どうしてクリスチャンになったの?」と監督(=娘さん)が聞くと、「(別にキリスト教に救いを求めた訳では無く)教会がキレイで気に入ったのと、キリスト教のお葬式の値段がリーズナブルだったから」という場面である。(ただし、主人公はカメラに向かって「ここは撮影を止めてね」と言っているのだが、監督は回し続けた・・。)
 ここは、我々仏教者に対する痛烈な皮肉である。(坊さん(お寺)の葬式は、値段が高いというのが世間の常識になっているのか?・・トホホホッ。)
 この映画、妻と娘と一緒に見たのであるが、妻も「そら、神父さんは、お葬式でお金をぼったくるというイメージは無いはなぁ。」と後で言ったので、僕にはダブルパンチであった。(言っときますが、観念寺はリーズナブルですよ。(笑い))
 長くなったがもう一つ。ラスト近くで意識が薄れてゆく主人公の父が、病院のベットで「これからいいところへ行く」と、ポロリというシーンがある。それに対して集まった家族は「それはどんな所なの?」と問うと、「それはちょっと、教えられない」と言って、家族みんなを笑わせる。
 またラストのシーン。・・教会でお葬式が終った後、霊柩車は斎場に向かって出発する。その時、娘がナレーションとして「それで今、どこにいるの?」と聞くと、父に変わって又、娘(=監督)が「それはちょっと、教えられない。」というシーンで終っている。
 この場面、実に感動的なラストシーンだったのであるが、僕の娘は気に入らなかったらしい。
 娘はムッとして言っていた、「俄かでも、クリスチャンになったんやったら『今、すばらしい天国にいます』とか言わんかいな。」と・・。
 『そやなぁ・・』と思わず僕も思ったが、でも、僕も最後の時を迎えたら同じ事を言うかも・・『今から極楽浄土に往きます。それで極楽浄土ってどんな所かって?・・それはちょっと教えられない』と。
 

チャリティー・イベント「光明寺」祭りへの出前

ファイル 769-1.jpg(枚方 光明寺)
 10月1日、枚方の「浄土宗:光明寺」様で、(東日本大震災)チャリティーイベント光明寺祭りが行われ、お招き頂いたので参加して来た。(こちらの住職とは古い付き合いなのだ。頼まれたら断られへん・・。)
ファイル 769-2.jpg(羽田雅法(ガホウ)住職)
 こちらの住職が、又変わり者で(向こうも僕をそう呼んでるからお相子や!)、先々月も『エフエムひらかた』ラジオで、「お坊さんのワンマンショ~」(全四回)という番組のディスクジョッキーをやったりして、(ほんま、聞かせてもらって笑たで!)ほんまに恐いもん知らずの愉快な住職さんや。(ちょっと、尊敬してる)
 ・・で、彼は色んなイベントを企画するのが趣味みたいで(笑)、今回もそんな一つだったのだ。
ファイル 769-3.jpg(アンサンブルグループRin)
 参加メンバーは『アンサンブルグループRin』(若いお姉ちゃんたちのクラシック演奏グループ。この日はクラシックからジャズ、そして吉本新喜劇のテーマ曲まで(大感動!)様々なジャンルの音楽を演奏された。お寺で吉本のテーマ曲(フォンワカパッパ、フォンワカフォンワカ、フォンワカフォンワカフォンのアレ)が聞けるなんて、こんな嬉しいことはなかった・・ウルウル(涙))
ファイル 769-4.jpg
 その次が、僕の紙芝居の時間。
 そしてその後、お坊さん(正念寺:一法真澄氏)のサックス演奏。そして、女性合唱団パレットさんの色とりどりの童謡歌などの合唱があった。
 たいへん盛りだくさんで、面白い企画でした。
 僕自身、参加できて楽しかったです。又、義援金もだいぶ集まったみたいで良かった・・。(僕個人としては、吉本のテーマ曲を生で聞けたんが何とも云えん良かったな~・・こればっかり)
ファイル 769-5.jpg
 最後、これは余談なのだが、住職が「面白いもん、見せてあげよ。〔白い彼岸花〕やで。裏庭に来てみ。」と云うので、まだ本堂では演奏が続いていたのだが、そっと抜け出して裏庭に行ったら、ほんまっ、白い彼岸花がっ!彼岸花って赤だけじゃなかったんや。僕は初めて見たで。ほんま感動した。吉本のテーマ曲の次に!

ちなみに、吉本新喜劇のテーマ曲は『サムバディ・ストール・マイ・ギャル(=「誰かに盗られましてん、わての彼女・・テヘへへ」というような意味)』というジャズ名で、作曲者は「レオ・ウッド」という御方でおま。 余談。

雨の甍(いらか)

ファイル 768-1.jpg(今日は、雨の「甍(イラカ)」)
 「特養 甍」は、僕が毎月「紙芝居法話=〔講話クラブ〕」を演(ヤ)りに通っている大阪市内の老人ホームである。
 こちらとのお付き合いも長く、今日で「第100回目」の法話会となった。
 でも、100回目といっても、別に特別なイベントせずに、いつもと同じような「法話会」にした。
 ・・というのも、今日は雨でもあり、皆さん、どこか落ち着いてボォ~ッとされていたから、こちらも同じようにボォ~ッとしながら、紙芝居をさせて頂いた。(寝てしまいそうやった、お互い。)
 いつもは、どこかセカセカしている僕なので、こんな日もあって良かったと思う。
 来月から、101回目となるこちらの「法話会」。
 でも、これからも同じように、ノンビリ、ゆったりしながら、入居者の方々と楽しい語り合いの時間を持ちたいと思っている。
 
 

「中山久蔵」さんのお話・・再び

 「皆さんは、北海道の(初代:米作り)ヒーロー『中山久蔵(ナカヤマ キュウゾウ)』さんって知ってますか?・・実はこの御方、大阪(太子町)出身なのですよ」・・というような形で始め、二年前に(何度か)〔ブログ〕を書いた。
 そして『青年よ、大志を抱け・・この老人のように!(出前メニュー99)』という紙芝居を作り、このホームページで発表した。
 この紙芝居を作った時から二年が経ち、僕の記憶から『久蔵』さんが薄れ始めていた時、再び、『久蔵ワールド』に引き戻される事態が起こった。
 しかも、今度は(遥かに)スケールアップして『北海道』北広島市の議員さん達と、地元大阪は『太子町』の役場関係者、教育委員会の方達、そして、『久蔵』さんの旦那寺「光福寺」のご住職、檀家さん、そして、久蔵さんのご実家の子孫の方たちが集合しての大会合となった。(何か訳解らんわ~)
ファイル 767-1.jpg(光福寺内で)
 まぁ、はっしょって簡単に説明させてもらうと、『久蔵』さんの事を(地元北海道で)いろいろと調べておられる「北広島市」の橋本議員さんという御方が、今年の夏、うちの寺に突然、お電話を掛けて来られた。
 その内容は、僕のホームページを見て、地元:大阪太子町での『久蔵』さんのことがいろいろと解ったので、一度そちらに(久蔵さんのマル秘情報など報告を兼ねて)行かせてもらうという事であった。それで来られたのだ。・・まぁ、こんな感じやったかな。
ファイル 767-2.jpg
 それで、先ほども書いたように、久蔵さんの(ご実家の)御子孫の方やら、久蔵ファンの方やらが、旦那寺の『光福寺』さんに集まり、一同顔合わせとなったのだ。
 もちろん、僕はこの場の『おまけ』のような存在ながら、久蔵さんの『紙芝居』をさせて頂くという名誉を頂いた。(が、この紙芝居、久々にやったんで、何度も噛んだわ。〔笑い〕)
 でも結果的に、僕の『紙芝居』が(北海道と大阪の架け橋)の役目をさせて頂いたようで、ほんま嬉しかったわ!又、誇らしかった!
ファイル 767-3.jpg
 長くなった。
 最後に、皆で記念撮影。
 写真を撮ってもらいながら、こちらの住職と「いつか、ここのお寺で『中山久蔵資料館』が出来たらエエのになぁ」と語り合った。
 いや、いつか、出来ますよ!・・「久蔵」さんの功績は偉大やもん。・・なんやったら、光福寺の外のトイレを潰して、そこに建てまひょか?(笑い)

 ちなみに「中山久蔵さん」の『紙芝居』はこちら
 https://o-demae.net/blog/archives/292.html
 https://o-demae.net/blog/archives/293.html
 https://o-demae.net/blog/archives/294.html

 又、それ以外の2009年に『久蔵』さんについて書いた二つの「エピソード」はこちら、ご参考までに
 https://o-demae.net/blog/archives/295.html
 https://o-demae.net/blog/archives/288.html

岐阜:揖斐組寺族女性会60周年記念法要への出前

25日、朝から車を飛ばし、横には人間ナビ&助手の娘を載せて、岐阜県揖斐郡大野町まで、「紙芝居法話」の出前に行って来た。
ファイル 766-1.jpg
目的地は、揖斐川という大河の横に建つ「西光寺」という大寺院。(小学校ほどの敷地があって驚いた。うちの寺の30倍ぐらいはあるで!)
ファイル 766-2.jpg
 それでこの日は、こちらのお寺で、『揖斐組(いびそ)』という組内の『寺族女性会の(結成)60周年』の記念法要があり、それに呼ばれて『仏教紙芝居』をしに行って来たのである。 
ファイル 766-3.jpg
 まぁ、とにかくスケールがでかいお寺で、控えの間に案内して頂いたのだが、時代劇の殿様の部屋のようであった。(緊張したで。)
 でもまぁ、やってる『紙芝居』は、どこでも一緒なので、いつものように『記念法話』は、大阪弁でしゃしゃ演って来ました。
ファイル 766-4.jpg
 最後に、役員さんたちと記念撮影。
 ええ思い出になりました。
 『揖斐組寺族女性』の皆様、ご厚情ありがとうござました。

秋季彼岸会「認知症の妻と金剛山登山一万回達成」記念講演

ファイル 765-1.jpg
 24日の晩は、観念寺の「秋季彼岸法要」であった。
 今回はお勤めの後、特別講演という事で、『認知症の妻を抱え明るく元気に生き生きと』というテーマで、河内長野市から富岡廣志さん・節子さん夫妻に御来院頂いた。
ファイル 765-2.jpg(奥様に話しかけながらのご講演)
 アルツハイマー型認知症で『要介護度4』である奥様と一緒に、先日『金剛山登山』一万回を達成されたこの旦那様〔富岡廣志〕氏。
 ご講演を聞かせて頂いて、「凄い!」の一言に尽きた。
ファイル 765-3.jpg(キャッチボールも楽々と)
 講演開始直後から、二人でキャッチボールをされ、その後、二人で腹筋、スクワット、ヨガとなんでもござれと、楽々されるのだ。
 これで、今年お二人とも「77才」というのだから、驚きの連続だ。(「認知症でも、なんでもやれば出来るのだ」と感服した。)
 ご講演内容は、認知症の妻に対して『10ヶ条』の決められたことがあると、その中身を披露してくださった。
 その一つが、『決して怒らない、怒れば相手も怒り、益々険悪になり、良いことが一つもない。』とか、
『優しく話しかける。応答がなくても粘り強く話しかける。』とか、
『同じことを聞かれても、何回も優しく答える。100回聞かれたら、100回丁寧に答える。』など。
 健康な我々にとっても、生きてゆく指針になるようなお話を一杯して下さった。
 又、「私は『三かく』を大事にしています。ひとつは『汗をかく』=運動、二つ目は『字をかく』=日記をつけたりして指と頭を動かします、そして三つ目が『恥をかく』=何でも挑戦してみます。」という、たいへん興味深いお話をしてくださり、我々多いに頷き頷き感動させてもらった。
ファイル 765-4.jpg(花束贈呈)
 最後、『一万回達成』のお祝いとして、娘から『花束贈呈』をさせて頂いたら、奥様が喜んで「ありがとうございます。お招き頂きありがとうございます。又、呼んでくださいね。」と言われたので、こちらも「ほんまに要介護度4かいな?!」と驚いた始末だった。
 これからも二人で、今度は登山「一万一千回」を目指して頑張ってくださいね。
 富岡御夫妻、元気をありがとうございました! 合掌

上に戻る