「・・今、うちのお婆ちゃんが危篤なんです。お葬式の予約というのも何とも変ですが、お布施のことやら、葬儀場のことやら、いろいろと教えて頂こうと参りました。よろしくお願い致します。」
と、三週間前に、ある檀家さんの御兄弟が、突然お寺に来られた。
ドクターから「今晩がヤマです。覚悟してください。」と言われたそうで、それで、ものすごく焦っておられる様子だった。
それで、いろいろと打合せ?も済み、ご兄弟は病院に向われた。
その後、今度は僕が落着けなくなった。・・何をしていても、どこに居ても、(転送電話にして、又、携帯電話を見つめ、)連絡があれば、直ぐ対応できる準備をしていた。
電話のたびに、僕の心臓が「ドキッ」とした。
あれから三週間。・・電話が無い。
色んなことを考えてみた。
と思っていたら、昨日、僕の妻が、こちらのご兄弟に(たまたま)スーパーで出会い、「お婆ちゃんが持ち直して、無事、病院を退院され、今では流動食を食べれるようになった。」という情報を聞いて来た。
ほっとした、という気持ちと同時に、気が抜けた。
この三週間は何やったんや。
でも、相手の立場からいうと『お葬式、取り敢えずキャンセル』という、連絡も出来なかったんやろなぁ・・。わかる、わかる。
これは喜んで良いのやろな・・。合掌
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待つ辛さ・・
仏花を買って思ったこと・・
昨日、ある『道の駅』に行って、仏花(仏様に供える花)を買った。
僕は240円の花束を一つ取り、レジまで持って行った。
レジは空いていた。
レジには男の職員が一人おられた。
花束をくるっと新聞紙で巻き、僕に渡してくれたのだが、 問題はお金を受け取られた後だ。
「有難うございまーす。」と、横を向いてお釣りをくれた・・。
目(と心)は僕の方を向いていない。
ずっと、きょろきょろと外ばかり見ている。
それは別に緊急な用事があるみたいではなかった・・。
「気持ちが入っていない。商売人ではない。」と思った。
商品の値段の問題ではない。
「商売の基本が出来ていない。これでは繁盛しないな」とも思った。
それを言うべきか?言わざるべきか?と思ったが、言えるような雰囲気(そう、正に『気』だ)では無かったのでやめた。 不親切な僕だ。ちょっと気になったのでここに書いた。合掌
滋賀県草津市:『最勝寺』様御一行の来院

先週の6月27日、滋賀県草津市より、浄土真宗大谷派の『最勝寺』様御一行(36名)がご来院下さった。
僕自身(昨年)病気をし、あまり遠方まで[紙芝居法話]の出講が出来なくなり寂しくなっていた。それが今度は、(今回のように)遠方からお客様がお出で下さることになり、嬉しい限りである。(これも仏様の思召しであろう。)
さて、今回の紙芝居は『阿弥陀仏ものがたり』と『石山合戦始末記』と、最後は今の僕の想い(感謝)を込めて『仏様の思召し』の三本をさせて頂いた。
そして、最後は(仏様の思召しにより)記念撮影。
お天気も(仏様の思召しにより)、雨が降らずに済んだようだ。
最勝寺の皆さま、こんなご遠方まで(仏様の思召しで)ようこそのお参りでした。感謝でございます。合掌
もう一本の作り掛け『紙芝居』
・・現在、もう一本、作り掛けの『紙芝居』がある。
題名を『良寛(りょうかん)さまの涙』(写真)という。
こんな話だ。
昔、良寛さまという、心清らかなお坊様がいた。
良寛さまは、名主の長男であったが、出家をした為、実家の仕事は弟が継いでいた。
ある日、弟が良寛さまを訪ねて来た。
悩みがあったのだ。
弟には、一人息子がいるのだが、放蕩が過ぎて一向に働かない。それを良寛さまに、説教してもらいたく訪ねたのである。
「説教などとてもできない。人間は説教などでは変わらない」と断る良寛さまであったが、弟は「息子は良寛さまのいう事なら聞く」と頼んで帰った。
そこで、良寛さまは弟の家に行く。
そして、放蕩息子と会って談話をするのだが、一向に説教はしない。
やがて、三日が経つ。
そして結局、何も話さず、良寛さまは帰るしたくをする。
がっかりする弟夫婦。
しかし帰り際、良寛さまのワラジのひもをくくるのを手伝っていた放蕩息子の頭の上に、水が一粒、二粒。
見上げると、良寛さまが自分を見て泣いている。
「はっ」と気づく息子。
言葉はなくても、言いたいことはすべて解ったのだ。
結局、良寛さまは何も言わず帰って行ったが、それ以来、息子の放蕩は直ったという。
以上がストーリーである。
実は、これによく似た悩みを僕自身が檀家さんから聞いた。
結局、何も言えない僕は、この紙芝居を作って、持って行くしかないのだ。
こんなことしか、できないのである。
紙芝居「隠れ念仏の里」を作りながら思う

(『傘仏』・『まな板仏』の絵)
(未完成の『隠し仏壇』の絵)
今、『隠れ念仏の里』という紙芝居を作っている。
江戸時代の九州:薩摩藩での浄土真宗門徒のお話だ。
薩摩藩は、当時のキリシタンと同様、浄土真宗念仏者たちの信仰も[禁止]した。
さりながら、念仏者たちは(上の絵のように)、あるものは[傘の中に仏の絵]を隠し、又ある者は[まな板の中に仏の絵]を隠して、密に仏に心の平安を願った。
極めつけは[タンスを改造して仏壇をセット]し隠れて信仰した。(・・007のスパイの秘密兵器のような、又、考えてみたら、現代家具調仏壇の走りのような気もする。)
が、凄いのは見つかれば、獄門・磔の刑が待っていた・・ということだ。・・だから凄い。
僕は、本物の信仰心だと思う。
この紙芝居を作りながら、もう一人の僕が云う。「お前にこの信仰心を真似できるか?」と・・。
僕はお寺のご本尊の仏様に願う。
『阿弥陀様っ!お願いです。どうか、僕にも彼らのような力強いと「帰依心」と、清らかな「信仰心」を与えたまえ!』と。
今日も、そう願いながら絵を描いている。
観念寺「歌声サロン」の日
昨日、観念寺仏教婦人会主催で、『歌声サロン~さぁ、みんなで歌いましょう!』を開いた。
夜の雨模様だったので、人数が10人以下になるのでは?と思っていたが、16人もお出でくださった。(ありがたや~)
このサロンの趣旨は『お寺で、みんなで集まって歌いましょう!良く知っているあの歌、この歌・・。ピアノの先生のご門徒Nさんが、歌詞カードの用意をして教えて下さいます。さぁ、みんなで楽しく歌いましょう!』(ちょっと長い趣旨だが)と、こういうものだった。
曲名は「手のひらを太陽に」とか「ビリーブ」とか・・。
女性の会なので、僕は横の部屋でこっそり聞いていたのだが、大きな声で本当にみんな楽しそうに歌っておられた。
そして、必ずどの歌の最後にも「へいっ!」と、自分たちで掛け声を入れ、拍手をして盛り上げて終わる、という手法をとっていて、「これはテンション上がる方法だ」と関心した。(この手法、又、どこかでパクらせて頂くことにしたい。へいっ!)
紙芝居の整理
昨日、雑然としていた倉庫の『紙芝居』を整理し直した。
今、140本あるのだが、どこに何があるのやら解らん状態になっていたので、[大型版シリーズ]・[僧侶シリーズ]・[仏教説話シリーズ]・[昔話シリーズ]・[西洋の話シリーズ]に分けて、整理したのだ。
一部づつ、作った紙芝居を見ていると、つい古新聞の記事を読み更けてしまうように、「ああ、この紙芝居は9・11事件があったから、怨みの連鎖が止まるような願いを込めて作ったのだな」とか、「これは、残酷な事件が起こったので、仏教ではこう考えるのだと作り、震災があったのでこの紙芝居を作った・・」とか、いろいろ当時を思い出して、改めて見てしまった。
考えてみたら、この紙芝居たちは、僕の社会に対しての、その時のメッセージだったのかもしれない・・。
しかし、これだけの紙芝居を、画用紙を買い、絵の具で塗り、飽きもせずによう作ったものだ。(笑)
改めて、僕は変な人間だと(客観的に)思った。
毎日新聞社記者さんの来院
昨日、毎日新聞社記者さんが、『紙芝居法話』の取材の為に来院された。
この日は、本堂でご法事があった為、読経の後の『紙芝居法話』の様子を取材に来られたのである。
読経の時の、僕の真横でのカメラのパシャパシャ音は気になったが、僕より撮影の中、生でご自分の家族の法要をされている遺族さんはどんな気持ちだったろう?・・許可は事前にもらっていたのだが、とても気になった。
本堂での撮影後、インタビュー。そしてその後、今までの紙芝居を並べての撮影と盛りだくさんで、取材は夕方まで掛かった。
この記事の掲載は[大阪版]のみで、今の所、予定では今月の28日、日曜版に載るという事である。
「記事には、『昨年大病をしたので、今までみたいに出前法話は出来ません』と、書いてくださいね。」と頼んでおいたが、・・この記事を読者さんは、実際そこまで深く読んでくださるだろうか?・・また、出前の依頼が増えぬかが、今のところとても心配でもある。
大阪市城東区『栄照寺』様の定例法座
昨日、大阪市城東区の真宗『栄照寺』様の定例法座にお招き頂いて、[紙芝居法話]を披露して来た。
こちらは、近代的なモダン造りの寺で『城東区のモダン寺』とも呼ばれている。
しかも梵鐘は、屋上にあるという変わったお寺だ。
又、本堂には、ご本尊の横に[共命鳥]や[カラビンガ]の絵などがまつられている。
ここで、今日は『アミダブツ物語』や『二河白道物語』などの紙芝居を演じた。
都会の中にそびえ立つモダンなお寺。・・羨ましい限りだ。
こんどお寺を建て替えるなら、是非、こんなお寺にしたいものだと思った。・・お金が有ればだが。
山口県からのお客様
昨日、山口県萩市須佐から「大橋威夫」さまが、観念寺においでになった。
大橋さまは、浄土真宗のお寺の[連続研修会]の代表をされていて、熱心なご門徒のお一人である。
その来院の目的は、観念寺の倉庫に眠っている僕の[仏教紙芝居]を、(幾枚か)写真で撮りそれを複写して、ご自分のお寺でも演じてみようというものであった。(僕の事はこのホームページで知られたそうだ・・)
カメラのバッテリーが何度も切れて充電しつつも、それにも負けず、汗をかきかき、仏恩報謝の為に、頑張って写しておられた大橋さん。
又、お寺で演じた後の、皆さまの雰囲気や感想などを教えて下さいね。
遠い所をご苦労様でございました。合掌




