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紙芝居:『インドのえらーいお坊様のお話~縛られた人の巻』(前編)

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わしの名は『ラーマ・クリシュナ』。
 インドのえらーいお坊さんじゃよ。
 皆の衆、しばらく、わしの話を聞いておくれ。
 それでは、はじまり、はじまりじゃ。
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 わしの見る所、世の中には、四種類の人間がいるのぉ。
 一人目は『世の中のあらゆることに縛られた人』。
 二人目は『そのあらゆることから、脱け出して悟りを求める人』。
 三人目は『あらゆることから、悟れた人』。
 そして、四人目が『人びとを幸せにするためだけに、この世に居る人』じゃ。
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 たとえ話をしよう・・。
 湖に漁師が網をしかけた。
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 賢い魚は、決して網にはかからない。
 これは、人びとを幸せにすることだけを考えている人じゃ。
 世俗の楽しみに、まったく興味がない。
 ブッタなどの偉大な聖者たちの魂じゃな・・。
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 だが、ほとんどの魚は網にかかってしまう。
 この中で、幾匹の魚は、逃げよう!と頑張る。
 これが、悟りを求める人じゃ。
 けれども、皆が逃げれる訳ではない。
 世の中には、誘惑が多いので、逃げるのが難しいのじゃ。
 後半に、つづくじゃ。

『寛弘寺古墳群と紺口県主(こむくのあがたぬし)』の講演に行ってきました

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昨日、河南町の『近つ飛鳥博物館』にて、舘野和己館長による『寛弘寺古墳群と紺口県主ー古墳時代の地域と王権ー』という講演を聞いて来た。
 寛弘寺古墳とは、自坊のすぐ近くの古墳である。
 近くに住みながら、知らないことだらけの地域の歴史。
 それを少しでも勉強せねばと思い行ってきたのだ。
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 うちの寺には、『寛弘山(かんこうざん)』という山号が付いている。
 今回の講演会で判ったのは、この『寛弘(かんこう)』というのは、昔この辺りを納めていた豪族『紺口(こむく)』という豪族長の名が、訛って『寛弘』へと変化したのではないか⁈ということであった。
 しかも、現在の古墳の規模は小さいが、当時の勢力は結構大きいものであったようだということが分かった。
 僕は、土地の大御先祖様に恥ずかしくないような生き方をせねばと思いながらも暑さには耐えられず、ソフトクリームをなめなめ食べ食べしながら帰って来たのであった。

 

『石上露子を語る会』からの挿絵依頼

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先々月、「石上露子を語る会」の会長・副会長さまがお寺に来られ、新たに(歌人、石上露子の)出版する童話本の挿絵を頼まれた。
 これは、富田林市文化振興基本事業として、歌人・石上露子没後60年を記念する事業として『記念誌』を発刊することとなったからなのだ。
 その記念誌の挿絵の部分を僕は受けたのだ。
 大まかには、以前作った『紙芝居』を基に使いたいと思うのだが、「それでは、まだ『絵』が足りない」ということで、描き直しも含めて書いている。
 締め切りは来月末までなので、まだ時間はあるが、いつどんな用事が入るかわからないので、できるだけ時間を見つけて描いている。・・・間に合いますように。・・会から絵のOkがでますように!

河内長野市:滝畑『篠笛の響きコンサート』vol.6~「摩崖仏」の紙芝居と共に

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河内長野市『滝畑地区』で、今年も『篠笛の響きコンサート』が、開かれるらしい。
 「今年は[天神社]という滝畑の「祈りの聖地」の神社で開きます!・・もちろん、摩崖仏の紙芝居も、そこで楽しんでいただきます」と、昨日、『かわちながの観光ボランティア倶楽部』のМさんがお寺に知らせに来て下さった。
 僕は「このような形のコンサートと集いは、『聖地』で開催される事に深い意味があり、参加される方々の身も心も意識もきっと浄化されるにちがいない」と思っている。
 時間があれば、私も参加させて頂きます。ありがとうございます。合掌

令和の寺カフェ!(6月)

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 鬱陶しい天気ではあったが、今月の『寺カフェ』は盛況!
 お客様が[31名]で、これまでで最も多かった。
 蒸し暑かったので、アイスコーヒーが出るかと思いきや、熱いコーヒーが飛ぶように出た。・・そしてお代わりも。
 案外、鬱陶しい日こそ、熱いコーヒーが飲みたくなるのかもしれない。
 婦人会ボランティアの皆様、今月もお手伝いありがとうございました。合掌

泉北郡忠岡町『永福寺』さまの永代経法要

昨日、泉北郡忠岡町にある浄土真宗本願寺派『永福寺』さまの[永代経法要]にお招き頂き、紙芝居法話に行ってきた。
 こちらは、以前も行かせて頂いたことがあり、二年ぶりの出講となる。
 こちらのお寺は、広いお寺の敷地内に『内科病院』もあり、正に(前坊守さんのいわく)「ゆりかごから墓場まで」まで(笑)、そろっている。・・前住職さんが現役のお医者さんなのだ。 カメラを忘れてしまったのが残念!・・本当にすごい。
 世の中には、いろいなお寺があるなぁ。
 こちらで昨日は満堂の中、「いのち」のお話をさせて頂きました。
最後にご住職が、本堂の檀家の皆さんに「本当に、紙芝居法話は分かりやすくて良いですねー!」とおっしゃって下さり、皆さんも首をウンウンと頷かれ、僕は思わずジーンときてしまいました。
 永福寺の皆さま、本当にお世話になり有難うございました。合掌

滋賀県湖南市から「真宗大谷派『西福寺』さま」が来院

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本日、滋賀県湖南市より、『真宗大谷派:西福寺』参拝団さまが、二十名、バスでおいでになった。
 今日は、すでに真夏日。あつい、あつい。
 でも、お寺には冷房設備があるので大丈夫。
 例によって、仏教紙芝居を(三つ)観て頂きました。
 ようこそのお参りでした。合掌

神戸に行って来ました

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(六甲山ガーデンテラス)
 『観念寺永代経法要』も無事に終わり、そのお疲れさん会として、神戸に遊びに行って来ました。
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(スイスフェアをやっていました)
 一番初めは、ケーブルカーで六甲山のガーデンテラスへ。
 久々にゆっくり休ませて頂きました。
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(オルゴールミュージアム)
 そして[オルゴールミュージアム]へ。
 一回20分ほどのオルゴールコンサートは、三回も続けて聞いてしまいました。
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(神戸北野ホテル)
 山を下りたら、神戸北野ホテルへ。
 町中の小さなホテルですが、風情たっぷりの落ち着いたホテルでした。
 今が、「20周年記念プラン」でお値段がとてもお安くお得くなのです。
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(朝食)
 こちらは、世界一と称される朝食が有名なのですね。
 バイキングではなく、朝食セットを運んでくださるので、ゆっくり食べることができました。
 とても、上品で美味しかったです。
 

『真宗大谷派:難波別院内「銀杏の会」』の皆さまの団体参拝

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本日、『真宗大谷派難波別院内「銀杏の会」』の皆様が、(観念寺まで)団体参拝でお越しになった。
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 そして、今日もいろいろな仏教紙芝居をさせて頂きました。
 写真は「紙芝居法話」が終わった後、仏様帽子をかぶって遊んでいる・・もとい、お話させて頂いているところです。
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 銀杏の会のご婦人も、仏帽を被って頂きました。(あまりにも光ごうしいお姿・・、似合いすぎや・・、笑ってしまいました[失礼しました])
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 バスはその後、さらに南下してお食事へと向かわれました。
(運転手さまも合掌!ああ、ありがたや・・)
 天気が良くて気持ちの良い日です。
 皆様、お気をつけて!・・又、お出で下さい。合掌
 

富田林市:[光盛寺]さまの永代経法要

 雨が降りそうで、降らなかったこの日。富田林市の浄土真宗本願寺派の『光盛寺』さまの永代経法要にお招き頂き、紙芝居法話をさせて頂いた。
 お昼の座と夜の法座、各一時間半ほどの講演時間があるので、お昼の座が終わると、一度自坊まで帰って休ませていただいた。(こういう時の、近くの講演場所は本当に助かる!・・とにかく、この四月、五月はめちゃめちゃ忙しかったので疲れがたまって・・。)
 紙芝居法話は、こちらへは三回目。
 今日は『観無量寿経』の紙芝居を中心に、お話させていただきました。
 今回も盛り上がりました。ノリの良いご門徒さんのお陰です。有難うございました。合掌