住職のつぼやき[管理用]

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現在、制作中の『紙芝居』群

 現在、制作中、又は完成した『紙芝居』を載せてみたい。
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(『妙好人 播州の宇右衛門さん』)
 昨年、姫路に行き取材した『宇右衛門さん』の紙芝居。
今までで一番バイオレンスな内容の妙好人である。
これはようやく完成した。
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(『妙好人 六連島のお軽さん』)
 昨年から、制作を始めた紙芝居。一度、山口県に行き、完成させねばと思っている。
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(『ただただ人の為に、行基さま』)
 こちらも、昨年から作り始めた紙芝居。
 人物がデカイと、人生のドコの部分を切り取って紙芝居を作れば良いか?今だ迷っている。
 頭の大きさは、ぬらりひょん。眉毛はつながりで描きたい。(そういう行基像があるんですよ)
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(『楠木正成ここにあり!』)
 これは、戦国の『下町ロケット』版、中小企業の社長さんを描くように作っている。
 正成公の優しさを強調して作りたい。
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(『妙好人 八尾のおしもちゃん』)
 最新作、ちっちゃい妙好人。おしもちやんのエピソードを集めて、楽しく作っている。
 
・・さて、今年中に何本完成するだろうか??

沙羅双樹の花の色・・

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 沙羅双樹(さらそうじゅ)、平家物語の冒頭に出て来る有名な花だ。
 日本では、夏椿を沙羅双樹と呼んでるそうだ。
 今日、何年かぶりにその花一輪が咲いた。・・何年かぶりなので、とても嬉しかった。
 その美しい白さは、絵の具ではとても表現できない。
 盛者必衰の如く、あっという間に散ってしまうので、目に焼き付けねばとじっと見ている。
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 又、蓮の花も咲きかけている。
 泥の中に咲く美しい蓮のような人、それを[妙好人]と呼ぶ。
 今年も、咲いた蓮の花を見ながら、妙好人の紙芝居をこころを込めて作りたい。
 泥の世の中でも、美しい花を咲かせるように・・。

時宗、満福寺尊院のご住職の来院

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 昨日、神戸市から時宗:『満福寺』のご住職[岩田上人]が観念寺に来院された。
 『時宗』といえば、一遍上人。
 一遍上人といえば、捨て聖。(今でいう[断捨離]僧の元祖のような御方)で、僕の大好きなお聖人である。
 又、[踊念仏]、[念仏札(賦算)]で有名だ。
 岩田上人がお越しになった理由は、僕の描いた『捨聖 一遍上人』の紙芝居を、「直接、観たい!そして、出来るなら、写真で撮って自らも布教に使いたい」と、いう訳で来られたのだ。
 岩田上人にお会いして思ったのだが、篤い心の内観深い御方だった。(このような熱い御方とおしゃべりすれば、一遍上人一ファンの僕は時間を忘れてしまう・・。)
 一遍上人の紙芝居を、ちらっと、NHKの『ええトコ』という番組で僕が披露したのをご覧になり、『是非見たい』というお気持ちになられたらしい。
 他宗の僕としては、『よくぞ、そこまで』と感じ嬉しい次第であった。
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(ご縁を頂いた念仏札)
 一遍上人にまつわる、最新の様々な情報も聞かせて頂けた。
 この不可思議なお出会いのご縁を大事に大事にしたいと思い、改めて一遍上人に感謝のお念仏をさせて頂いた。合掌

河南町ってドコ?

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 飛び出す紙芝居『河南町ってドコ?』が完成しました。
 バスツアーで、観念寺に来られた方から、「南河内郡:河南町っていったいドコ(どのあたり)なの?」という質問を受けたから作ったのです。
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 というわけで、この紙芝居さえあれば、一目瞭然。
 河南町、富田林市、千早赤阪村、河内長野市、太子町の観光スポットが、飛び出して分かる様になってます。
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 又、お楽しみに、PL塔から、花火も上がる様になってます。
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 これさえ、あれば『河南町ってココか!』と解りまっせ。

八尾市:願立寺さま旧跡巡拝バスツアーの来院

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(願立寺様が御作りになったパンフレット)
 本日、真宗大谷派の『願立寺』さま御一行が、バスツアーでお越しになった。。
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 こちらのお寺には、四年前の報恩講法要で、一度、行かせて頂いている。
 又、おととしも行かせて頂く予定であったのだが、僕の病の為に中止になってしまった。(本当に申し訳ございませんでした)
 ゆえに、前回の中止の分もサービスして、紙芝居を三本させて頂いた。
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 「もう体調は大丈夫です。ただし、ストレスと疲労をためてはダメ」と、昨日、脳外科の医師が診察で言ってくれた)
 まぁ、無理は禁物なのだが、これから、今ままでの分も取り戻すべく、ボチボチと『お寺の出前』が『お寺へ出前』、『お寺の出前』が『自坊で法話』と行きたく思う。合掌
 

吹田市:光山寺様の夏祭りと宗祖降誕会への出前

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 昨日、吹田市にある『浄土真宗本願寺派:光山寺』さまの[夏祭り]&[宗祖降誕会]にお招き頂き、〈紙芝居法話〉をさせて頂いた。
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 お勤めと紙芝居が終わったら、毎年恒例のご門徒さん達のバーベキュー大会。
 本堂の外で壮年会の方によるバーベキュー、そして婦人部の方が、一生懸命にお料理を作って下さり、美味しく頂いた。
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 みんな、どのお料理も美味しかったです。
 有難うございました。合掌

犬猫の殺処分ゼロを目指す『HWJ東大阪』の会員様が、いらっしゃいました

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 昨日、東大阪から『私たちの町から犬猫の殺処分ゼロを目指す!非営利活動者達(・・うまく、まとめれない)』、HWJ東大阪の代表さんたちが、お寺にいらっしゃった。
 HWJの意味は、マイケルジャクソンの歌[heal the world (=世界の癒し、とでも訳すのだろうか?)]から、取られたそうだ。 
 つまり、『世界を癒せば、日本も癒す。日本を癒すは、棲む町癒せ、それはわが町[東大阪]から癒せ・・』という非営利団体⁈・・でいいのかな?
 とにかく、いらっしゃった。
 犬猫の命も大事に、そしてもちろん、人の命の大切さを深く考えておられる篤い会員さまたちで、その活動内容は賛同できた。
 で、来院目的は、僕が五年ほど前に作った、『犬たちをおくる日』という殺処分をテーマにした紙芝居を観られることにあり、・・できれば、その仲間達と行う一般市民向けのイベントの日に、紙芝居をしてもらえんやろか?・・というような事であったか?(こちらも(僕が曖昧な為)、十分彼女たちの主旨をつかめんかったな。・・すべて僕が、へらへらしてるから悪いんです)
 で、で、結局、そのイベントの日には、日本の夏、お盆の夏、仕事の夏、お寺の夏の為、時間が取れずお断りした。(申し訳ありません。)
 しかし、お寺はいつでもあるので、いつかお寺に来ていただければ『紙芝居』をしまっせ!というところで、何とか話は落ち着いた・・ような・・気がする。
 犬猫大好きな僕なので、彼女たちの(微力ながら)応援団になれれば、と思ったのであった。

 ホームページは、http://hwjhwj.com です。
 
 
 

紙芝居:「妙好人 物種吉兵衛さん」(その8:最終回)

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 晩年の吉兵衛さん。
・・求道の為に、先祖代々からの田畑財産を売ってしまったがゆえに、貧乏でした。
 それで、魚の行商をして暮らしを立てていたそうです。
 やがて、吉兵衛さんの妻[のぶ]は、或る日[中風]になり、バッタリ倒れてしまいます。
 寝たきりになった妻を、吉兵衛さんは村人たちが感心するほど、よく看病しました。
 それは苦労をかけた妻への感謝の気持ちがあったのでしょう。
 妻は、最後に吉兵衛さんの信心に深く感化され、感謝しながら亡くなったそうです。
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 年を取り、一人ぼっちになった吉兵衛さん。
 悩みを聞いてもらったり、助けてもらったご門徒たちが、今度は吉兵衛さんのために、みんなでお金を出し合って、一軒の《説教所=居宅》を建てました。
 これが、『要聞庵(ようもんあん)』です。
 晩年、吉兵衛さんはこの『要聞庵』で、七十七才で往生されるまで過ごされました。
 
・・それでは最後に、集まって来られたご門徒たちに、語った味わいのある言葉を二・三あげて、紙芝居を終わるとしましょう。

 「仏法を聴聞するについては、二通りある。
 一つ目は、仏法を聞けば、自分がだんだん良くなっていくという事。 
 二つ目は、(仏法を)聞けば聞くほど、『自分には値打ちがない』と知れて来る事。
 ・・(一つ目の)聴聞してな、自分が良くなるのではないんや。
 聞けば聞くほど、自分に値打ちがないと、知れてくる。これが、仏法の聞きようや。」

 「あるひとが、あんたのようになったら、もう腹なんか立たんやろうと言うた。
 わしは言うた。何、言うてるんや。腹立たんでかい、凡夫やもの。さりながら、根っこを(仏さんに)切ってもろてるから、実はならんのや。」

 「迷う道は広いが、助かる道は、(南無阿弥陀仏)ただ一筋や。」と、お念仏を絶えず、称え続けた吉兵衛さん。
 
 今、お墓は生まれた場所のすぐ近所の[浄土真宗本願寺派 元立寺]様の境内にあります。 おわり

紙芝居:「妙好人 物種吉兵衛さん」(その7)

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やがて、「是非、吉兵衛さんのお話が聞きたい!」という、悩みを持つ多くの人が、吉兵衛さんの回りに集まってきました。
 それらの人々に、吉兵衛さんは《生きる》意味について、次のようなお話をされています。

 「今日の日は、わが(自分の)人生に、もう一遍、暮らし直し(やり直し)ができん。
 《また(二度と)と無い日》やと思って、味おうて暮らしておくれや。
 朝が昼となり、昼が晩となる。片時も同じところに、じっとしておらんのや。一息、一息、放り出されているのや。」と。
 このように、吉兵衛さんの言葉は人々の心を癒していきました。
 そしてその言葉は、感銘を受けた人々によって、やがて『物種吉兵衛語録』として、記録され残されることになるのです。つづく

紙芝居:「妙好人 物種吉兵衛さん」(その6)

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 師匠の元明師が太鼓判を押したように、吉兵衛さんはもう「このままでは、とても死んで行けましぇ~ん」と言うようなオロオロした面影は無くなっていました。
 吉兵衛さんは、《絶対他力》の境地に達したのです。
 吉兵衛さんが、[死]について語った次のような言葉が残っています。
 「この世界で、人が一番嫌がること(=話題)は、死ぬことや。・・死ぬ事を思うと、してる仕事も手に付かんと申す。
 又、『死ぬことを聞くのも嫌!知らずして暮らしている方が良い』と、思う人がいる。
 それは、大きな間違いや。
 死ぬ事を思ったがゆえに、死ぬで無し。又、死の話を聞いたがゆえに、死ぬで無し。
 (しかしながら)聞かずにいたら、長生きするでも無い。
・・本当に死ぬ事が知れたら(理解できたら)、毎日、勇んで(元気に)日々が送れるんや。」と。

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