現在、制作中、又は完成した『紙芝居』を載せてみたい。
(『妙好人 播州の宇右衛門さん』)
昨年、姫路に行き取材した『宇右衛門さん』の紙芝居。
今までで一番バイオレンスな内容の妙好人である。
これはようやく完成した。
(『妙好人 六連島のお軽さん』)
昨年から、制作を始めた紙芝居。一度、山口県に行き、完成させねばと思っている。
(『ただただ人の為に、行基さま』)
こちらも、昨年から作り始めた紙芝居。
人物がデカイと、人生のドコの部分を切り取って紙芝居を作れば良いか?今だ迷っている。
頭の大きさは、ぬらりひょん。眉毛はつながりで描きたい。(そういう行基像があるんですよ)
(『楠木正成ここにあり!』)
これは、戦国の『下町ロケット』版、中小企業の社長さんを描くように作っている。
正成公の優しさを強調して作りたい。
(『妙好人 八尾のおしもちゃん』)
最新作、ちっちゃい妙好人。おしもちやんのエピソードを集めて、楽しく作っている。
・・さて、今年中に何本完成するだろうか??
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現在、制作中の『紙芝居』群
沙羅双樹の花の色・・
時宗、満福寺尊院のご住職の来院

昨日、神戸市から時宗:『満福寺』のご住職[岩田上人]が観念寺に来院された。
『時宗』といえば、一遍上人。
一遍上人といえば、捨て聖。(今でいう[断捨離]僧の元祖のような御方)で、僕の大好きなお聖人である。
又、[踊念仏]、[念仏札(賦算)]で有名だ。
岩田上人がお越しになった理由は、僕の描いた『捨聖 一遍上人』の紙芝居を、「直接、観たい!そして、出来るなら、写真で撮って自らも布教に使いたい」と、いう訳で来られたのだ。
岩田上人にお会いして思ったのだが、篤い心の内観深い御方だった。(このような熱い御方とおしゃべりすれば、一遍上人一ファンの僕は時間を忘れてしまう・・。)
一遍上人の紙芝居を、ちらっと、NHKの『ええトコ』という番組で僕が披露したのをご覧になり、『是非見たい』というお気持ちになられたらしい。
他宗の僕としては、『よくぞ、そこまで』と感じ嬉しい次第であった。
(ご縁を頂いた念仏札)
一遍上人にまつわる、最新の様々な情報も聞かせて頂けた。
この不可思議なお出会いのご縁を大事に大事にしたいと思い、改めて一遍上人に感謝のお念仏をさせて頂いた。合掌
河南町ってドコ?
八尾市:願立寺さま旧跡巡拝バスツアーの来院

(願立寺様が御作りになったパンフレット)
本日、真宗大谷派の『願立寺』さま御一行が、バスツアーでお越しになった。。
こちらのお寺には、四年前の報恩講法要で、一度、行かせて頂いている。
又、おととしも行かせて頂く予定であったのだが、僕の病の為に中止になってしまった。(本当に申し訳ございませんでした)
ゆえに、前回の中止の分もサービスして、紙芝居を三本させて頂いた。
「もう体調は大丈夫です。ただし、ストレスと疲労をためてはダメ」と、昨日、脳外科の医師が診察で言ってくれた)
まぁ、無理は禁物なのだが、これから、今ままでの分も取り戻すべく、ボチボチと『お寺の出前』が『お寺へ出前』、『お寺の出前』が『自坊で法話』と行きたく思う。合掌
吹田市:光山寺様の夏祭りと宗祖降誕会への出前
犬猫の殺処分ゼロを目指す『HWJ東大阪』の会員様が、いらっしゃいました
昨日、東大阪から『私たちの町から犬猫の殺処分ゼロを目指す!非営利活動者達(・・うまく、まとめれない)』、HWJ東大阪の代表さんたちが、お寺にいらっしゃった。
HWJの意味は、マイケルジャクソンの歌[heal the world (=世界の癒し、とでも訳すのだろうか?)]から、取られたそうだ。
つまり、『世界を癒せば、日本も癒す。日本を癒すは、棲む町癒せ、それはわが町[東大阪]から癒せ・・』という非営利団体⁈・・でいいのかな?
とにかく、いらっしゃった。
犬猫の命も大事に、そしてもちろん、人の命の大切さを深く考えておられる篤い会員さまたちで、その活動内容は賛同できた。
で、来院目的は、僕が五年ほど前に作った、『犬たちをおくる日』という殺処分をテーマにした紙芝居を観られることにあり、・・できれば、その仲間達と行う一般市民向けのイベントの日に、紙芝居をしてもらえんやろか?・・というような事であったか?(こちらも(僕が曖昧な為)、十分彼女たちの主旨をつかめんかったな。・・すべて僕が、へらへらしてるから悪いんです)
で、で、結局、そのイベントの日には、日本の夏、お盆の夏、仕事の夏、お寺の夏の為、時間が取れずお断りした。(申し訳ありません。)
しかし、お寺はいつでもあるので、いつかお寺に来ていただければ『紙芝居』をしまっせ!というところで、何とか話は落ち着いた・・ような・・気がする。
犬猫大好きな僕なので、彼女たちの(微力ながら)応援団になれれば、と思ったのであった。
ホームページは、http://hwjhwj.com です。
紙芝居:「妙好人 物種吉兵衛さん」(その8:最終回)

晩年の吉兵衛さん。
・・求道の為に、先祖代々からの田畑財産を売ってしまったがゆえに、貧乏でした。
それで、魚の行商をして暮らしを立てていたそうです。
やがて、吉兵衛さんの妻[のぶ]は、或る日[中風]になり、バッタリ倒れてしまいます。
寝たきりになった妻を、吉兵衛さんは村人たちが感心するほど、よく看病しました。
それは苦労をかけた妻への感謝の気持ちがあったのでしょう。
妻は、最後に吉兵衛さんの信心に深く感化され、感謝しながら亡くなったそうです。
年を取り、一人ぼっちになった吉兵衛さん。
悩みを聞いてもらったり、助けてもらったご門徒たちが、今度は吉兵衛さんのために、みんなでお金を出し合って、一軒の《説教所=居宅》を建てました。
これが、『要聞庵(ようもんあん)』です。
晩年、吉兵衛さんはこの『要聞庵』で、七十七才で往生されるまで過ごされました。
・・それでは最後に、集まって来られたご門徒たちに、語った味わいのある言葉を二・三あげて、紙芝居を終わるとしましょう。
「仏法を聴聞するについては、二通りある。
一つ目は、仏法を聞けば、自分がだんだん良くなっていくという事。
二つ目は、(仏法を)聞けば聞くほど、『自分には値打ちがない』と知れて来る事。
・・(一つ目の)聴聞してな、自分が良くなるのではないんや。
聞けば聞くほど、自分に値打ちがないと、知れてくる。これが、仏法の聞きようや。」
「あるひとが、あんたのようになったら、もう腹なんか立たんやろうと言うた。
わしは言うた。何、言うてるんや。腹立たんでかい、凡夫やもの。さりながら、根っこを(仏さんに)切ってもろてるから、実はならんのや。」
「迷う道は広いが、助かる道は、(南無阿弥陀仏)ただ一筋や。」と、お念仏を絶えず、称え続けた吉兵衛さん。
今、お墓は生まれた場所のすぐ近所の[浄土真宗本願寺派 元立寺]様の境内にあります。 おわり
紙芝居:「妙好人 物種吉兵衛さん」(その7)

やがて、「是非、吉兵衛さんのお話が聞きたい!」という、悩みを持つ多くの人が、吉兵衛さんの回りに集まってきました。
それらの人々に、吉兵衛さんは《生きる》意味について、次のようなお話をされています。
「今日の日は、わが(自分の)人生に、もう一遍、暮らし直し(やり直し)ができん。
《また(二度と)と無い日》やと思って、味おうて暮らしておくれや。
朝が昼となり、昼が晩となる。片時も同じところに、じっとしておらんのや。一息、一息、放り出されているのや。」と。
このように、吉兵衛さんの言葉は人々の心を癒していきました。
そしてその言葉は、感銘を受けた人々によって、やがて『物種吉兵衛語録』として、記録され残されることになるのです。つづく
紙芝居:「妙好人 物種吉兵衛さん」(その6)

師匠の元明師が太鼓判を押したように、吉兵衛さんはもう「このままでは、とても死んで行けましぇ~ん」と言うようなオロオロした面影は無くなっていました。
吉兵衛さんは、《絶対他力》の境地に達したのです。
吉兵衛さんが、[死]について語った次のような言葉が残っています。
「この世界で、人が一番嫌がること(=話題)は、死ぬことや。・・死ぬ事を思うと、してる仕事も手に付かんと申す。
又、『死ぬことを聞くのも嫌!知らずして暮らしている方が良い』と、思う人がいる。
それは、大きな間違いや。
死ぬ事を思ったがゆえに、死ぬで無し。又、死の話を聞いたがゆえに、死ぬで無し。
(しかしながら)聞かずにいたら、長生きするでも無い。
・・本当に死ぬ事が知れたら(理解できたら)、毎日、勇んで(元気に)日々が送れるんや。」と。










