
江戸時代、お釈迦さまの再来と呼ばれ、宗派の枠を超えて、仏教の根源を見つめ、日本の宗教界全体に、多大な影響を与えた人物。
彼の名前は[慈雲(じうん)]といいました。
これは、慈雲尊者の生涯の物語です。
(慈雲尊者誕生の碑:大阪中之島)
慈雲さまは、江戸中期、大阪は中之島の高松藩・蔵屋敷に生まれました。
彼の幼き頃の名前は[満次郎]、のち[平次郎]。
平次郎は、小さい頃から正義感が強く、勇猛な性格であったようです。
平次郎13才の時、父が亡くなります。
兄弟の多かった彼は、母の勧めもあって、「法楽寺」という真言宗のお寺で、出家を決意します。
彼の師匠は、徳の高い[忍綱(にんこう)]という名の高僧でした。
平次郎は彼の元、出家し、[慈雲]となりました。つづく
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記事一覧
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紙芝居:「慈雲尊者(じうんそんじゃ)」(その1)
東本願寺伏見別院『山城才三組門徒会』への出前
紙芝居:「戦争は集団殺人だ!」(その5 最終回)

やがて、戦争が終わりました。
ようやく、徹誠さんも刑務所から、出る事が出来ました。
がしかし、彼はお寺には帰りませんでした。
いや、お寺も帰れるような状態では無かったのです。
そこで、家族みんなで東京に向かい、そこで、小さな工場を始めたのでした。
又、息子の等さんも、(僧籍を持ちながら)芸能界に入りました。
徹誠さんは、僧侶は辞めましたが、心はやはり、浄土真宗の親鸞聖人と共にあったようです。
最初に述べたエピソードにかえります。
芸能界入りした、息子の植木等さんに、コミックソング「スーダラ節」を歌うようにと、社長から指示が来ます。
本来、真面目な等さんは、不真面目な歌詞のこの歌を、唄うかどうか迷います。
そして、父の徹誠さんに相談するのです。
すると、歌詞を見た徹誠さんはこう言いました。
「うん、この歌は真理をついている。
[わかっちゃいるけどやめられない]というところは、すべての人間が持つ弱さだ。
その弱さを、そのまま理解して救ってくださるのが、阿弥陀さまという仏様なのだ。まぁ、あちこち、おかしな箇所があるが...、
これは親鸞聖人の生き方そのものだ。
等、是非、歌いなさい!」と。
この一言で、歌う決心をしたそうです。
そして、「スーダラ節」は、大ヒットしました。
その後の徹誠さんの晩年は、お孫さん達に囲まれて、穏やかに過ごされました。
そして昭和53年、82才で病に倒られます。
病床の中、こう言われたそうです。
「俺はあの世で、親鸞聖人に合わせる顔が無い。ああ、恥ずかしい。」と。
そして最後の言葉は、「ありがとう。おかげで楽しい人生を送らせてもらった。」で、あったそうです。
おしまい
紙芝居:「戦争は集団殺人だ!」(その4)

徹誠(てつじょう)さんは、侵略国家へと進んでいく日本国家に対しても、「異議あり!」と唱えました。
彼は戦時中、戦地に向かう出征兵士や檀家さんに対して(その場に警察官がいても)、堂々とこう言いました。
「いいか、君たち。戦争というものは、集団殺人行為なのだ!
君たちは、それに加担させられる事になった訳だから、なるべく、戦地ではタマの飛んで来ないところに居てなさい。
そして、なるべく相手もころすな!
それから、絶対に死んじゃあ駄目だぞ!生きて帰って来い!」と発言したそうです。
国は、そのような事を言う徹誠さんを見逃すはずがありません。
[治安維持法]違反という、法律をかざして、彼を逮捕しました。
そして、何度も拷問に掛けられたそうです。
が、釈放されたら、又すぐに「いいか、君達、戦争というものは集団殺人だ!」と人前で話すものですから、その都度、彼は逮捕されたそうです。
彼はブレませんでした。又、彼の精神力は、強靭でした。
仏説無量寿経というお経の中に[兵ガ無用(ひょうがむよう)]という言葉があります。
これは、「仏の国に、兵士や武器など必要ありません。」という意味です。
徹誠師は、この言葉を実践しようとしたのです。つづく
紙芝居:「戦争は集団殺人だ!」(その3)
紙芝居:「戦争は集団殺人だ!」(その2)
紙芝居:「戦争は集団殺人だ!」(その1)
世間を一世風靡させた曲、「わかっちゃいるけどやめられない」のフレーズが、有名な『スーダラ節』。
この歌を唄った『クレージーキャッツ』のボーカルは、植木等さんでした。
では、本来まじめな植木さんが、不真面目なこの曲を歌うかどうか迷った時に、「この歌は、人間の弱さを言い当てている。親鸞聖人の教えに通じるから、是非唄いなさい。」と助言したのが、植木等さんの父の『植木徹誠(てつじょう)』さんだって、皆さんは知っていましたか?
この方は、浄土真宗大谷派の僧侶でした。(ちなみに植木等さんも僧籍を持っておられました)
破天荒な人生を送られた徹誠さんでしたが、『戦争は集団殺人だ!』と、終生叫ばれた反戦僧侶でもありました。
これは、波乱万丈な徹誠さんの一生のお話です。
はじまり、はじまりー。つづく
平成30年度:観念寺永代経法要
岸和田の昔話『夜泣き石』、制作開始!

先日、お話に行かせて頂いた岸和田市の[慈光寺]様の門前に建つ(人の背丈ほどの)『夜泣き石』。
「この石には、少し悲しい逸話があるのです。」と、住職さんにお聞きして、その話に感動した僕は、早速その話を「紙芝居」化、し始めた。
・・大作では無いが、紙芝居の原点となるようなお話です。
完成したら、発表します!















