(デイサービス憩亭)
昨日、河内長野市にある「デイサービス憩(いこい)亭」さんへ、お寺の出前に行って来た。
こちらは、一見、普通のお家のような作りで、アットホームな感じのデイサービスセンターであった。
僕は、こちらでいつもの『三尺三寸のお箸』ともう一本の紙芝居を演じた後、皆さんと一緒におやつを頂いて、ワイワイと雑談をして楽しい時間を過ごさせて頂いた。
夏のお申し込みから、出前まで半年間待って頂いたので、思いっきり『出前』サービスをさせて頂きました。お待たせしてすみませんでした。そして有難うございました。合掌
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紙芝居屋亭が、「憩(いこい)亭」へ出前
観念寺婦人会『干支ちぎり絵色紙』講習会
紙芝居:「犬たちをおくる日」(その7〔最終回〕)
(動物慰霊碑)
(職員)「・・さぁ、そろそろおじさんの話も終りにしよう。
それじゃあ、最後にみんなを丘の上の〔動物慰霊碑〕に案内しよう。」
(子供)「動物慰霊碑って何?」
(職員)「それは亡くなった犬や猫たちに、気持ちを込めて、手を合わせる場所なんだよ。・・さぁ、みんなで行こうか?」
(子供)「うん、解った。」
そして子供たちと職員は、動物慰霊碑へと手を合わせに向かいました。
『捨てられる動物たちの命を、一頭でも減らす社会をめざして。』、この願いを胸に、これからも愛媛県動物愛護センター職員の奮闘の日々は続きます。 おしまい
(おわりに)
この紙芝居の原作者『今西乃子』さまが、このお話の元となった『動物愛護センター』でのお写真を大きくパネルにされ、現在、教育関係機関等に、『写真展』を開く為の『無料貸し出し』をなさっておられます。
今、「命」の大切さを早急に考えねばならないすべての現場に、インパクトを与えるお写真ばかりです。
ご関心ある方は、是非、下記の(ちらし)のあて先まで、ご連絡を。
・・さて、(先日、生で聞かせて頂いた)原作者:今西先生のご講演から、僕が心に残ったお話を少し述べさせていただく。
先生は、まず我々聴衆に『皆さんは、自分自身が好きですか?』と尋ねられた。
そう、たいていの方は『・・どちらかというと、嫌い』という雰囲気だった。
次に先生は、『では、次の質問。・・皆さんは、将来、幸せになりたいですか?』と聞かれた。
答えは皆が『イエス。』
そして先生は続けておっしゃられた。『では、自分自身が嫌いだと思っている方が、将来、幸せになれるでしょうか?』と。
会場はシーーンと静まった。
・・そして『それは、やっぱり無理やろな』とつぶやきが聞こえた。
そして先生は『そうなんです。幸せになるには、自分自身を好きにならればダメなんです』と。
そして『では、どのような自分なら、好きになれますか?』と先生は聞かれ、皆は『自分の弱点を直せば、好きになれるかな・・』と、つぶやいた。
又、『素直で優しい自分になれば、』とか、『困っている人を救うことが出来る自分になれば』とかも聞こえた。
それを聞かれ、『つまり、誰かを救う(助ける)事ができる自分になるということは、結果的に自分を救うことにもなるのではないでしょうか?』と話された。
そして『それが、幸せになる方法なんだと思います。』と、まとめられて、『だから(弱い立場の)動物を救うって事は、自分自身も救うことにもなるのです。だから、私は自分が幸せになるために、(人間によって)虐待されている動物たちを救う為の活動をしているのです。』と述べられた。
・・味わい深いお言葉である。
自分が幸せになるための方法。それは、他者への思いやりを持つことなのである。・・そう、おっしゃっておれるような、そんなお話だった。
今西先生、とても素晴らしいお話をありがとうございました。合掌
紙芝居:「犬たちをおくる日」(その6)

(職員)「さて、辛いお話をした後は、先ほどの選ばれて助かった犬たちの話をしよう。
あの子犬たちは、このセンターで約一ヶ月間大事に育てられるんだ。
(育てられた犬たち)
一度は捨てられたけど、ここで助かった命だ。
だから今度は、新しい飼い主に貰われて、二度と捨てられないように、しっかりうちの職員が社会化トレーニングをするんだよ。
誰からも可愛がられる様になるためにね。」
(子供)「おじさん、僕達もその子犬たちを貰うことが出来るの?・・その何だっけ、『譲渡会』だっけ?・・その会に参加できるの?」
(職員)「うん、大丈夫だよ。でもその前に、犬たちの事をちゃんと解ってもらう為に、勉強会に出てもらわなければダメだ。
それを『講習会』っていうんだよ。
その講習会は、『命を預かる責任の重さ』を感じてもらうことが目的なんだ。」
(職員)「ちょっと聞くけど、君たちは犬や猫を可愛がる時、幸せな気持ちにならないかい?」
(子供)「うん、なるよ。とっても優しい気持ちになる。」
(職員)「そうだね。動物を可愛がることは、自分も幸せになることなんだよ。
それで、みんなに幸せになってもらう為に、新しい飼い主になりたいっていう人達におじさん達は、〔八つ〕の条件を出しているんだ。」
(子供)「えっ、条件って何?」
(職員)「うん、たとえば『家族みんなが動物を飼うことに賛成ですか?』とか、『死ぬまでちゃんと飼えますか?』とか、『ご近所に迷惑を掛けることはありませんか?』とか聞いて、その全部の条件を守ってくれる人だけに、子犬を譲るんだよ。」
(子供)「ふーん、そうなんだ。今度こそ、子犬たちに幸せになってもらいたいもんね。」 つづく
紙芝居:「犬たちをおくる日」(その5)

(職員)「〔処分機〕の中の犬たちは驚く。
やがて、ガスが充満するに従い、犬たちは顔を上に向け、口を大きく開け、・・そして数分後、静かに折り重なるように、その場で倒れて死んでしまうんだ。」
(職員)「やがて〔処分機〕の中のガスは抜かれる。
そしておじさん達は中に入って、犬たちが完全に死んでいるかを確認するんだ。
犬たちのその顔は、死んでも尚、飼い主を信じているかのように穏やかな表情をしている。
おじさん達は、その犬たちの首輪を一つ一つ丁寧に外す。
そしてその後、再び〔処分機〕に戻してボタン操作で〔焼却炉〕に移すんだ。」
(職員)「焼却炉の中の温度は、摂氏八百度。
だから犬たちの遺体は、瞬く間に焦げて、煙になってしまうんだ。
そして骨となり、その後細かく砕かれて、土のうに詰め込まれ
〔産業廃棄物〕になって捨てられる。
君たち、よく覚えていて欲しいんだ。
犬たちの命は、決して灰になる為に生まれてきたんじゃない。
生きる為に生まれて来たんだ。
その命に対する責任は、飼い主はもちろん、これからみんなで考えていけないと思うんだ。」 つづく
紙芝居:「犬たちをおくる日」(その4)

(職員)「回収車でやって来たほとんどの犬たちは、『管理棟』という建物の中に移される。
そしてこの犬たちは、ここで五日間から八日間を過した後、殺処分、つまり殺されてしまうんだ。
この犬たちのほとんどが、飼い犬だったせいか、人間を信頼しきっていてね、おじさん達職員が『管理棟』の中に入ると、みんな大喜びで尻尾を振って寄ってくるんだ。
きっと、飼い主が迎えに来てくれるのを信じているんだろうね。
・・だけど、やがて殺処分の日はやって来る。」
(職員)「その日、犬たちは『収容室』を出て、誘導通路を通って、通称『ドリームボックス』という処分機に移されるんだ。」
(子供)「ドリームボックス?!」
(職員)「うん、日本語でいうと『夢の部屋』っていう意味だ。
この部屋に二酸化炭素ガスが流されて、犬たちは死んでいくんだ。」
(職員)「この日、おじさん達職員は『処分機』の横にあるコンピューター制御室で、テレビモニターを見ながら、ガス注入のボタンを押す。
・・それは、とてもつらい仕事なんだ。」 つづく
紙芝居:「犬たちをおくる日」(その3)

(職員)「・・そして、ここでのもう一つ仕事が〔管理業務〕っていうんだ。」
(子供)「おじさん、管理業務って何?」
(職員)「それは、持ち込まれた犬や猫たちの命を処分することなんだ。」
(子供)「えっ?!殺しちゃうってこと?!可哀想・・。」
(職員)「うん、つらい仕事だけど仕方がないんだ。
ねぇみんな、じゃあどうしたら殺さずに済むと思う?」
(子供)「犬や猫を捨てなければ良いっ!」
(職員)「そうだね。その為におじさんたちは、どうしたら捨てないで済むか、ここで相談に乗っているんだ。
決して、処分することがここでの目的ではないんだよ。」
(子供)「ふ~ん。」
プップッーー!
(職員)「あっ、ちょうど回収車が到着したようだ。」
(子供)「おじさん、回収車で集められた犬たちを見ても良い?」
(職員)「あぁ、見るだけならね。」
(子供)「わぁっ、たくさん居るねぇ。可愛い犬や子猫たちもいる。」
(職員)「うん、センターにやって来る半数近くは子猫や子犬なんだよ。・・この子たちはね、野良猫や野良犬が生んだものもいるけど、飼い主が自分の犬や猫に〔不妊手術〕をしなかった為に生まれてしまい、役所に持ち込まれたものも多くいるんだ。
この子たちの何匹かは今から選んで、新しい飼い主を募集する『譲渡会』を開き、もらってもらうのだけど、後はみんな処分するんだ。・・あまりに数が多いからね。
飼い主が、ちゃんと不妊手術をしておけば、処分せずに済むのに残念だよ・・。
それじゃあ、次に選ばれなかった犬たちの事を話そうか。」
つづく
紙芝居:「犬たちをおくる日」(その2)

ここは『愛媛県動物愛護センター』です。
場所は、松山市外の桜の木々に囲まれた山の中にあります。
ここのセンターで働く職員のおじさんが、子供たちに話し始めました。
(職員)「あのね、君たち。ここの犬や猫たちは、愛媛県内二十の市や町から、訳あって集められてくるんだよ。たとえば、家で飼えなくなったりとか、野良犬だったりとか、迷い犬だったりとか、いろんな理由からなんだ。」
(子供)「じゃあ、おじさん達はその集められた犬たちを全部ここで飼ってあげているんだね。」
(職員)「いや、残念ながらそうじゃないんだ。全部は飼えないんだよ。多過ぎて、すべての命を助けるのは無理なんだ。」
(子供)「えっ?!じゃあ、その犬たちはどうなるの?」
(職員)「・・うん、でもその事を話す前に、このセンターでおじさん達がどんな仕事をしているかをお話するね。
おじさん達職員は、ここで主に〔二つ〕の仕事をしているんだよ。
その一つは『愛護業務』っていうんだ。それは今、犬を飼っている人、これから飼いたいと思ってる人の相談に乗ってあげる事。又センターの子犬たちの新しい飼い主を募集する〔譲譲会〕を開くこと。これがこの仕事なんだ。そしてもう一つが・・。」 つづく
紙芝居:「犬たちをおくる日」(その1)
今西乃子先生のノンフェクション児童文学『犬たちをおくる日』を(今年の初めに)読み、半年以上が経ち、今ようやく(今西先生原案の)この『紙芝居』が完成した。
振り返れば、うちの愛犬〔ポッキー〕が死に、落ち込む僕に、あるご門徒さんがこの本を貸して下さったのがご縁だった。
それが機縁で、この物語を紙芝居にしようと決心したからである。
(愛媛県動物愛護センター)
『命の大切さ』をテーマにした、このお話を紙芝居にするにあたって、舞台地「四国の愛媛県」にも足を運び取材し、「動物愛護センター」職員様から、貴重なお話をお聞きすることができた。
(作者の今西先生と一緒に)
又先日、直接、関西に来られた今西先生ともお会いすることが出来、お話も聞かせて頂き、ご講演も拝聴することができた。
考えてみれば、誠に不思議なご縁であったと思う。
そんな不思議なご縁によって完成した紙芝居、『(宮本版)犬たちをおくる日』を、今日からこのホームページに掲載します。
原作より、遥かに内容は落ちますが、よろしければ読んで見てください。
それでは始まり、はじまり~、
(子供)「ねぇ、おじさん、可愛い犬がいっぱいいるねぇ。この犬たちはここで生まれたの?」と、動物愛護センターに見学に来た子供たちは、一人のセンター職員のおじさんに尋ねました。
そう、元気よく子犬たちは、尻尾を振って子供たちに駆け寄って来ています。
(職員)「うん、可愛い子犬たちだろ。でも、ここでみんな生まれたんじゃないんだよ。・・じゃあ、今からこの犬たちのお話をしようか。聞いてくれるかい?」と、センター職員のおじさんは、優しく答えました。 つづく
京都教区上東組仏教婦人会連盟『報恩講』への出前
(六角会館)
昨日、京都市中京区にある『六角会館』へ、〔上東組仏教婦人会連盟『報恩講』〕への「出前法話」に行って来た。
今、京都は紅葉の真っ盛りで、市内は観光バスが一杯で、現地まで結構時間が掛かってしまった。
(六角堂〔頂法寺〕)
さて、『六角会館』は、聖徳太子創建の『六角堂(頂法寺)』のまん前にある。
会館に到着した僕は、組・副組長さんにご挨拶をした後、(ちょっと脱け出し)この『六角堂』にお参りさせて頂いた。(・・まぁ、緊張をほぐしにです)
このお寺のご本尊は〔如意輪観音〕様で、親鸞聖人が百日参籠をされた後、こちらの観音様から示現を受けて、念仏信仰の道へ歩まれたという逸話が残っていて、とても尊く有り難い寺院なのである。(僕もお参りさせてもらって、気持ちが(どうにか)落ち着きました)
(六角会館:本堂)
やがて出番が来たので、会館本堂へ出講。合掌のち『紙芝居法話』を始める。
この日は、婦人会連盟の報恩講ということで、『阿弥陀仏物語』の他に『嫁脅しのお面』という(嫁と姑の女性向きの)紙芝居をさせて頂いた。
由緒あるお寺をお参りさせて頂き、その前にてお話させて頂ける有り難い機会を頂き、幸せでした。
上東組仏教婦人会の皆様、尊い御法縁を有難うございました。合掌



