住職のつぼやき[管理用]

記事一覧

※画像をクリックすると拡大されます。

岐阜県関市へ、取材に行って来ました。

ファイル 1114-1.jpg(円空入定塚)
 今、「円空上人と小さな仏さまたち」という紙芝居を作っている。
 僕の大好きな円空さん。
 紙芝居を完成させるために、今日、円空さん所縁の地、岐阜県関市に取材に行って来た。
 岐阜県には、あちこちに円空仏が祀られているのだが、今日の僕の目的地は、円空さん最期の地「弥勒寺(みろくじ)」であった。
 ここは、円空さん終焉のお寺で、境内奥に「円空墓」がある。 
 又、近くに「円空入定塚」がある。
 僕は紙芝居の最後の場面は、この「入定塚」にしたくて、どうしても現地に行きたかったのである。
 ここで円空さんは、村人に穴を掘らせて自ら入り、読経しながら即身仏(ミイラ)となっていった。
 それは、長良川の氾濫を、自ら仏となって抑える為だと言われている。 
 その後、ご遺体はお墓があるので、移されたのかもしれないが?
ファイル 1114-2.jpg(塚のすぐ横に流れる長良川)
 僕は、人々を救う為に、自らの命を捨てた円空さんが好きだ。とてもまねできない。この人こそ、真の僧侶だといえる。
ファイル 1114-3.jpg(円空さんが再建した弥勒寺)
 又、お墓近くに、現在「円空館」という、本物の円空仏を展示してある記念館があるので、そちらも見学して来た。
 円空さんの匂い(魂)を確かに嗅いで来たぞ。
ファイル 1114-4.jpg(関市円空館)
 後は、紙芝居を完成させるだけだ。
 来月には、完成さすぞ。
ファイル 1114-5.jpg(円空墓)

今日も、ミスしました・・

 今日も又、ミスをしてしまった。
 最近、うっかりミスが多いのだ。
 
 僕は、毎月、お寺のご門徒(信徒)さん向けに、寺報(ニューズレター=新聞)を作って配らせて頂いている。
 そこには、お寺の行事予定や感話、又〔役員さん変更のおしらせ〕などを書かせていただいている。
 その〔新役員さん=婦人部の〕お名前を、お一人間違えたのだ。
 旦那さんの名前と奥さんの名前を合体させた、名前にして発表してしまったのである。
 その時の、僕の頭の中の思考はこうだった。『ご主人は○夫さんで、奥さんは◎子さん、だから、こちらの班の役員は○子さん・・」と、いつの間にかパソコンで打ち込んでしまったのである。
 二回も確認し、坊守にも最終確認してもらったのに、気が付かなかった。・・あぁ俺はあほや。坊守もあほや・・なんか言うたらご飯を作ってもらえんようになるから、心の中だけで、言うといたろ。
 ああ、もう、遅い。すでに全部、配ってしまった。
 名前を間違えられるというのは、本人にとっては、たいへん不愉快なものであろう。(僕にも経験がある・・)
 すべて配り終えてから、フイッと気が付いた。
 急いで、ご本人さんにお詫びの電話をいれたのだが、又、来月のお参りの時にお詫びせねば。
 又、再来月の寺報でも、お詫びの一文を入れねば。
 この前も(午前と午後)の文字を間違えて、問い合わせのお電話頂いたばかりや・・。
 「住職さん、最近、よう間違うとるなぁ・・」と思われてるやろな。 
 あかん、こんな事でくよくよしてたら、又間違うわ。
 「明日は明日の風が吹く」と、お釈迦様も言ってはおられんけど、今はただ、ケセラセラ、諸行は無常、レットイットビーとだけ思って、生きましょう。ああ、所業無情、あぁ無情。とほほほ。
 

「浄土宗大阪教区保育協会保育大会」への出前

ファイル 1112-1.jpg
昨日、箕面市にある(法泉寺さま併設の)「粟生(あお)幼稚園」にて、浄土宗大阪教区保育協会保育大会が行われ、記念講演(研修)に、「お寺の出前」をさせて頂いて来た。
ファイル 1112-2.jpg
 とにかくこちらの(幼稚園とお寺が同じ敷地にある)会場は、たいへん大きかった。
 こちらに、宗門関係の「幼稚園」、「保育園」職員さんたちが、(大阪府内から)お集まりになり、研修会と懇親会を開かれたのである。
 その数、総勢160名。会場の本堂は、超満員だった。
 こちらで、僕は約1時間半、ノンストップで『命』についての、講話と紙芝居を披露させて頂いた。
 若い熱気で、会場の本堂はムンムンだった。
ファイル 1112-3.jpg
 そして、研修が終れば、園庭にて、先生たちによる迫力ある和太鼓披露。
 そしてその後、会場を変えて、幼稚園の体育館で懇親会。
 こちらでは、各園の先生方によるアトラクションと、園の紹介が披露され、僕も参加(見学)させていただいた。
ファイル 1112-4.jpg
 その会場の懇親会では、各園の先生たちによる『モモクロZ』のパフォーマンスショーが支流で、(AKBはもう古いらしい。ようやくフライングゲットを覚えたのに、時代についていかれへんわー)若い先生方は汗をかきかきの大熱演で歌って踊ってくださった。(筋肉痛になりまへんでしたか?・・そら、おっちゃんの心配事か。)
 まぁ、たいへん楽しい賑やかな懇親会でした
 関係各位の皆様、たいへんお世話になり、ありがとうございました。合掌 

狭山池博物館での「電子紙芝居」

ファイル 1111-1.jpg

 昨日の晩、大阪府立狭山池博物館の学芸員さんが、お寺に来られた。
 何の用事だったかというと、先日(5月18日)、博物館内イベントの一つとして、僕の作った『狭山池の底の石棺』という紙芝居が館内で上映され、その雰囲気と(お客さん方の)感想をお知らせに来てくださったのだ。(この当日、僕は仕事の為に出席できなかったのだ)
 まぁ、子供さん達には、少し難しかったらしいが、大人には上々だったそうだ。(これは、大人向きに作った紙芝居なので仕方がないのだ)
 でも、まずはホッとしました。
 最近、博物館は、外人の方の観光客が多いそうで、近いうちに英語版と韓国語版の訳した『紙芝居バージョン』も、これから作るということです。
 これからですよね、この紙芝居の活躍は。
 ガイドボランティアさん達、頼みまっせ!
 そのうち、見に行きます。
 

加古川市〔真宗(東)真宗寺〕様ご一行の来院

ファイル 1107-1.jpg(記念写真)
 今日、兵庫県加古川市より、浄土真宗大谷派「真宗寺」様ご一行が、観光バス(団参)で起こし下さった。
ファイル 1107-2.jpg
 道路が空いていたそうで、予定より早く到着された為、タップリと時間があり、おもっきり、ノンストップで約一時間十五分ほど、「紙芝居法話」を堪能して頂いた。(・・かえって、疲れはったんとちゃうやろか?)
 さて、今回の目的は添乗員さんから、「紙芝居『因幡の源左さん』を頼んます。」という事であったので、この紙芝居をメインにして、導入としていつもの「三尺三寸のお箸」と「アミダ仏ものがたり」の紙芝居を最初にさせて頂く。(でも、結構この二本は濃い紙芝居なので、はてして導入になったかは疑問だ??〔笑〕)
ファイル 1107-3.jpg
 そして、三本の紙芝居の後は記念撮影の準備。
ファイル 1107-4.jpg(お帰り、お帰り。)
 お帰りの時は、太陽も出てきて、清々しい日となりました。
ファイル 1107-5.jpg(御住職夫妻とバスの前で)
 最後は、添乗員さんのご希望で、御住職夫妻とバスの前で記念撮影。ちょっと照れくさかった・・が、ちゃんと写真をアップしましたでぇ。U介ブッダマニアさん。
 それでは、『ようこそ、ようこそ』のお越しでした。お気をつけてお帰りになって下さいね。合掌
 

大阪市此花区〔真宗(西)西光寺〕様の永代経法要

ファイル 1106-1.jpg
 昨日、今日の二日間、大阪市此花区(USJの近く)にある浄土真宗本願寺派「西光寺」さまの『永代経法要』に、お招き頂き、「紙芝居法話」をさせて頂いて来た。
 こちらのお寺へは、今回で二回目のご法縁となる。
 まあ、とにかく、大きなお寺だ。
ファイル 1106-2.jpg
 本堂は、コンクリート造りの二階建てで、エレベーターまで付いている。
 又、お庭も広く、かくれんぼをしたら、半日は探さねば見つからないぐらい広さだ。(たとえが幼稚ですんません)
 まさに『羨ましい!』の一言である。
 まあ、それは良いとして、この二日間、今回も尊い御法縁を頂き有り難かったです。
 内容は、昨日は『仏説無量寿経』をお勤めされたので、僕は「アミダ仏ものがたり」の紙芝居法話をさせて頂き、今日は『観無量寿経』をお勤めされたので、「王舎城の悲劇(観無量寿経のはなし)」の紙芝居をさせて頂く。
 「あっ、お経って、そんな内容だったのか。はじめて知りました。」とご門徒さんより、素朴な感想を聞かせて頂き、恐縮してしまった。
 西光寺のご家族の皆様、ご門徒さま、この二日間、たいへんお世話になりました。有難うございました。合掌
 

岸和田市〔真宗(西)慈光寺〕様の永代経法要

ファイル 1105-1.jpg〔慈光寺さま〕
 昨日、岸和田市作才(ざくざい)町にある『慈光寺』さまにお招き頂き、「永代経法要」に(紙芝居法話の)出講をさせて頂いて来た。
ファイル 1105-2.jpg
 こちらのお寺は、初めてのご縁でもあり、又、〔昼の座〕・〔夜の座〕と二席も出番があるので、少々緊張した。(一人部屋で、出番を待つ時が一番緊張する・・。)
 が、ノリの良い、岸和田のご門徒さまのおかげもあり、楽しくお話することができた・・ような気がする。(いつもの事ながら、ご門徒さんのおかげです。合掌。又、余談ながら、だんじり好きのお寺の住職も岸和田には多いらしい。さすが、だんじりの町!)
ファイル 1105-3.jpg〔夜泣き石〕
 さて、話は変わるが、こちらのお寺の山門の横に(写真)『夜泣き石』という、大きな岩石が祀られている。
 なぜ、石が泣くのか?・・こんな、いわれの話を聞くのが大好きな僕なので、こちらの住職さんや総代さんにお聞きしてみた。
 これは、江戸時代初期の昔ばなしなのだそうだが・・、
 この大きな石は、昔、川に掛かる橋として使われていたそうだ。
 しかし、岸和田城のお殿様が、城内改修工事の為、ここからお城へ搬入を命じた。
 それで、この石は、岸和田城のお庭に飾られるようになったのだが、夜な夜な「作才(ざくざい)町に帰りたい。」と泣いて、お殿様を震え上がらせたそうだ。(気の弱いお殿様やのう・・、でもきっと、この話何か、因縁めいたものが、裏に隠されているような気がする。)
 まぁ、それで元の場所に、結局また戻り、今では川近くのこちらのお寺の横に祀られたということなのだそうだ。
 今では、地元の者でも、そのいわれを知らない人の方が多くなったというこのお話。(でも、ちょっと前まで、夜鳴きのひどい赤ん坊には、この石を削って煎じて飲ませていたらしい。・・大丈夫かいな。)
 ・・でも、この話ってぜったい、紙芝居向きの話やん!創作意欲ムクムクムク。
 
 
 

白寿苑での法話会

 昨日は、「特養白寿苑」での月例『法話会』の日。
 こちらは、もう18年間も、毎月法話会を続けている。(苑の皆さんとは、すっかり顔馴染みだ。・・ただ新旧のメンバー交代は避けられないが・・)
 さて、昨日は『素晴らしき哉、人生!』という、古いアメリカ映画を、舞台を日本に置き換えて作った紙芝居をした。
 この作品、けっこう長い物語で、セリフや登場人物も多く、テーマも深い為、終る頃には喉が嗄れてへとへとになる。(だからあまりやらない・・(笑))
 それで、昨日も紙芝居が終ったら「もう、しゃべれんわ。」と、まとめの法話は簡単に終え、会を早めに終る事にした。
 ただ、ちょっと最後は、先々月から見学に来られている(近い将来、僧侶になって紙芝居法話をやりたいという弟子志願の)方の紹介を、皆さんの前で(自己紹介も含めて)させて頂いた。
 僕自身、紙芝居の師匠などには、とても成れるような器ではないのだが(そんなことは解っている)、人に教えるということは、自分自身の気づきと学びにもなっているような気もするので、無理の無いように、応援して育ててあげたいと思っている。
 ・・そろそろ、後に続く人を(僕も年なので、)育てる時が来ているのかもしれない。

観念寺永代経法要記念:『念仏コンサート』

ファイル 1103-1.jpg
おととい、自坊観念寺で『永代経法要』をお勤めした。
 そして、その時の「記念公演」として、今年は、僧侶でプロのオペラ歌手である「花月 真(かげつまこと)」師、(ご自分ではオペラ歌手であり、世界でただ一人のオテラ歌手であるともおっしゃておられました。・・ここ笑うトコだそうです)をお招きし、『念仏コンサート』を開いた。(尚、ピアノ伴奏はプロのピアニストであり、『(株)シードマスター代表取締役社長』&芸名〔ACOON〕さん&花月様の親友こと「日比野俊彦(ひびのとしひこ)」師が、弾いて下さった)
ファイル 1103-2.jpg
 コンサートは、もちろん合掌礼拝で始まり、仏教讃歌『念仏』を中心に、歌曲『フィガロの結婚』や『千の風にのって』、『オー・ソレ・ミヨ』、『マイウェイ』などを、関西風の笑いの入ったトークを交えて、大熱唱!
 お寺が、その(スゴイ)声量と響きで震動した!
 「オペラの生歌など、身近で聴いたこと無いわ」とおっしゃっておられたご門徒の皆さんは、大満足であった。
 特に、生歌の好きな坊守(妻)は、大感激しておりました。(あれから、花月さま方がお帰りになられてからも、ずっと(購入した)CDを聴いております。)
ファイル 1103-3.jpg
 花月さま、日比野さま、ご遠方のところ、又お忙しい中、ようこそ、こんなちっちゃい田舎のお寺まで、お越し下さいました。心より御礼申し上げます。有難うございました。合掌

中外日報コラム〔風鐸(ふうたく)〕「悲しみの色」

ファイル 1102-1.jpg

 昨日、超宗派の宗教新聞「中外日報」社の飯川記者が、お寺に来られた。
 そして、僕の活動の新たな取材と共に、「(前回の取材の時の)僕との会話の中で、印象に残ったことをもう一度、ピックアップして、コラム〔風鐸〕に、『悲しみの色』という題で書かせて頂きました」とおっしゃり、今月〔五月二日号〕のその記載新聞を頂いた。
 今日は、その記載された新聞記事をそのまま、書かせて頂きます。

 『悲しみの色』 (『中外日報』5月2日号コラム風鐸より)

『背中の殻に「悲しみ」を詰め込んだデンデンムシが友人のデンデンムシに嘆く。
 「私は不幸せだ」。
 すると友人は「私の背中もそうだ」。
 どの友人に聞いても答えは同じ。
 ようやく気が付いた。「悲しみは誰でも持っている。こらえていくしかない。」
 ー『ごん狐』などで知られている童話作家、新美南吉の『デンデンムシノカナシミ』の筋書きだ。
 新美が好きだという大阪府河南町・浄土真宗本願寺派観念寺の住職、宮本直樹さんは、自作の紙芝居を寺院や福祉施設で上演するユニークな布教活動を続けている。
 新美の生誕100年・没後70年の今年、出身地の愛知県半田市を訪れ、『デンデンムシノカナシミ』を紙芝居にした。
 「新美は熱心な真宗門徒でした。デンデンムシは新美自身のことかもしれない」と宮本さん。
 紙芝居製作では「『悲しみ』を絵にするのが難しかった」という。
 悲しみはどんな色・形なのか。
 周りの人に聞くと「無色透明だ」「ギザギザだ」などさまざまな答えが返ってきた。
 「人によって違うが悲しみは皆持っている。どんな色・形なのかを考えてもらえたら、他人を思いやる優しさが生まれると思う」と宮本さんは話す。
 東日本大震災の被災地では、さまざまな色や形の悲しみと共に、多くの優しさが生まれたはずだ。
 復興を進める地域や町で、その優しさがさらに大きく育まれることを願っている。』 〔文筆:飯川道弘〕記者

 飯川さま、素晴らしいコラムをありがとうございました。合掌

上に戻る