住職のつぼやき[管理用]

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キッズサンガの〔花まつり〕

『キッズサンガ』とは何か?
『キッズ』は、〔子供たち〕。
『サンガ』は、〔仏教徒の集まり=お寺〕を意味する。
 つまり、『キッズサンガ』とは、〔子供たちの集えるお寺〕と言う意味である。
 今、子供たちの〔居場所〕が無くなっている。
 昔は、公園や空き地が一杯あった。・・が、今は公園は〔ゲートボール場〕と化し、空き地は〔立ち入り禁止の場所〕となってしまった。
 今こそ、お寺が『子供たちの安心して集える場所』になろう!
・・というのが、今〔宗門〕が力を入れている『キッズサンガ』という運動なのである。
 さて、おととい、その『キッズサンガ』の一貫として、富田林市の『妙慶寺』さまが、〔花まつり〕を開かれた。
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 子供たちにお寺を開放し、本堂で〔若住職〕が導師を勤め、『勤行』をした後、僕は『紙芝居:「おしゃかさま物語」』を(ご住職のお招きで)させて頂いた。
 その後、本堂で伸び伸びと『輪投げゲーム』をして楽しんだり、境内でお父さん達が作る『たこ焼き』を食べたりして、楽しい時間を(子供たちと共に)過ごした。
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 時代は(昭和後期から思えば)大きく変わってしまったが、今日、このお寺は間違いなく、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』と化していたように思えた。

従兄弟が亡くなった・・

 従兄弟が亡くなったと連絡が入った。
 急なことだった。
 従兄弟は、48歳独身で、一人住まいだった。
 お隣さんから、〔室外機〕の音が、鳴りっ放しとの連絡を受け、警察と義兄で、ドアをこじ開けたら、中で一人で亡くなっていたという。
 おそらく、僕が〔お葬式〕をする事になると思うのだが、今警察で〔検死〕の状態なので、それがいつになるか全くわからない。(〔検死〕って、どれぐらいの日数が掛かるのだろうか・・?)
 伯父叔母の〔死〕を聞いてもショックなのに、〔従兄弟〕の訃報には、正直参ってしまった。
 幼い頃、一緒にプラモデルを作ったり、漫画本を貸し借りした仲なので、寂しさはひとしおだ。
 彼の父も母も、僕がみな〔お葬式〕の導師をした。
 連絡を受けた時、『僕もいつかは死ぬのだ』と改めて思い、自分の死も意識した。
 それがいつかはわからんが、今を精一杯生きねばとも思った。
 奇しくも、昨日は『おしゃか様』の誕生日・・。
 僕は前日、紙芝居で『おしゃか様』のお話をし、その中の『四門出遊』の場面で、「人は生れた以上、必ず死ななければならぬのだ。この私もいつか・・。」と、おしゃか様のセリフをしゃべったばかりだった・・。 合掌
 
 

三谷幸喜と呼ばないで・・・Ⅱ

 昨日、堺市にある『極楽寺』様の〔永代経法要〕にお招き頂き、「紙芝居法話」に行って来た。
 こちらに呼んで頂くようになって、六年が経つ。
 有難い事に、毎年一回、呼んで下さるので、こちらの檀家の皆様とは完全に顔見知りになった。
 私が本堂に入っていったら、「あぁ、お酒屋さんのご住職や・・。」とか、「今年の紙芝居は何やろかなぁ?」という声が聞こえる。
 本堂の中は完全にリラックスムードである。(これが良いのかどうかはわからんが・・〔笑い〕)
 まぁ、そんなわけで、昨日は《お釈迦さまと阿弥陀さま~二大如来さま夢の共演》というテーマで、前半はお話させて頂いた。
 そして後半は、《親鸞聖人の《悪人正機》とはなんぞや?》というテーマで、完成したばかりの紙芝居『出家とその弟子〔第一部:悪をせねば生きれぬ人〕』を上演させて頂き、話をまとめた・・つもりである。
 最後、『極楽寺』の御住職が檀家さんに挨拶をされるのだが、
その挨拶が面白かった。
 「・・さて、皆さん。私、今日ずっと〔宮本住職〕の顔を後ろから見ていて思ったんですけど。・・宮本さんって、脚本家の〔三谷幸喜〕さんに似てませんか?・・似てますよね、・・皆さん!」(なんちゅう、〆の挨拶やねん〔笑い〕)
 すると、会場の皆さんは「そうや、そうや、似てる似てる。・・とくに笑ろた顔が!」という声が、笑いと一緒に起こった。
 僕もしょうがないから、「は~い、よく言われまーす」と大きな声で、控えの間から返しておいたら、又、爆笑だった。
 こんなんで『永代経法要』は良いのやろか?・・と思いつつ、やっぱり、僕は〔三谷幸喜〕氏と似てるんや。特に笑った顔が・・と思った。そして、もう笑わんとことも思った。〔笑わん〕
 

北御堂:〔花まつり〕な一日

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 昨日、大阪本町にある〔北御堂〕へ、花まつり(お釈迦様のお誕生日をお祝いする日)の『紙芝居講演』に行って来た。
 晴天にも恵まれ、老若男女、たくさんの参拝客で賑わった。
 この日は、朝から本堂で〔法要〕があり、その後、境内特設ステージにて、色々な催し物〔イベント〕があった。
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 さて、僕もその〔イベント〕の一つとして、『お釈迦様物語』という「紙芝居」を披露させて頂いた。
 ・・さてさて、面白かったハプニングであるが、司会者のお姉さん(イズミナツコさんとおっしゃった)が、僕をステージで紹介される時、「それでは、今から《マツモト ナオヤ》さんによる『紙芝居』が始まりますよ~」と、思いっきり(苗字も名前も)間違えて下さって、(一瞬僕は、『もう一人紙芝居をする人がおるんかいな?』と凍ったりもしたが、)小さな声で「・・ミヤモト ナオキです。」と訂正させて頂いたら、「もう一度やり直しましょうー」ということで、僕ももう一度、幕裏に引っ込んで、今度は〔拍子木〕を打ち鳴らしながら、出て来る事とした。(・・まぁ、ええけどな。〔苦笑い〕)
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 ・・まぁ、そんでもって、無事僕の出番も終わり、その後、『仮面ライダーショー』などもあり、子供たちは多いに盛り上がっていた。
 ・・実は僕も『ライダーショー』を見ようと思っていたのだが、遠縁の親戚のおじさんに、境内でつかまってしまい、本堂内で、おしゃべりをしていたので見逃してしまった。(残念!・・だからライダーを写した写真はありませんです。・・はい。)
 

コウメちゃんの難産

 残念ながら、コウメちゃんの初めての子供は死産であった。
 ・・犬の話である。
 コウメちゃんとは、うちの寺の近所の門徒さん宅の〔柴犬〕である。
 おとといの夕方、〔お参り〕とは別の用事で、そこの御宅を訪ねた時、奥さんが犬小屋の前でしゃがみ込んでおられた。
 『何をされているのか?』と近づいて見れば、コウメちゃんのお腹を一生懸命に「頑張れ、頑張れ」と言って、さすっておられるのだ。
 そして、コウメはというと、子犬を出産しかけたまま、足がひっかかり、なんとも言えん苦しそうな声で鳴いているのだ。(ひっぱり出せない!)
 奥さんが言われるには「朝に破水したまま、まだ産み落とせないのです。・・いつも行ってる病院は土曜で休みやし、体力も落ちて来たみたいやし、どないしょうかと思って、今旦那に電話したところなのです」と言われた。
 僕はとっさに、〔動物病院〕で勤められてる別の檀家のお嬢さんの事を思い出して、「電話してみますわ!」と言って、寺に帰り連絡を取った。
 上手いこと家にお嬢さんは居られ、病院に連絡を取って下さり、帰って来た旦那さんと奥さんは、コウメちゃんと一緒にそこの病院へ向かった。
 ・・夜、寺に電話があって「子犬(一匹だけだった)はダメでしたが、コウメは手術せず出産できて命は助かりました。今、コウメも家に帰って来て休んでいます。元気です。ありがとうございました」という事であった。
 はじめての子供は残念だったが、コウメは助かって一応ホッとした。
 僕は、〔犬〕というものはすべてにおいて〔安産〕なのだろうと思っていたが、やはり、一つの命を生むというのは、(どんな動物でも)そんな安易なものではないのだと、改めて考えさせられた。(犬は難産の場合、無事に子供を産んでも育児放棄をする確率が高いらしい。それで子供の死ぬ確率も高いと言う事である。・・以上、余談)
 ・・こんど、お見舞いに〔ジャーキー〕をコウメちゃんに持っていってやるか。 
 
 
 
 
 

特養『甍』からの感謝状

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 昨日、特養老人ホーム『甍』さんから、感謝状(写真)を頂いた。
 今年で、特養『甍』は開設10周年を迎える。
 それで先日、その10周年記念式典(パーティー)が、大阪市内のホテルで、関係者・功労者(ボランティアを含む)を招き、行われたのだ。
 僕はこちらのホームとは、平成13年からの『講話クラブ』という法話会・偲ぶ会を通してのお付き合いである。
 だから、僕も〔招待状〕を頂いたのだが、あいにくその日は〔法務〕が入っていたので、欠席させてもらった。(行きたかった!みんなの前で表彰されたかった!そんなん、卒業式以来やもん。)
 それで式典に欠席した為、昨日の『偲ぶ会』の終了後、その式典で頂けるはずであった〔感謝状〕と記念品を戴いたのだ。
 賞状を頂いた時、僕はそれをマジマジと見つめながら、「ニーン、ニーキ、ニーンニーン。ニキニキニンニンニーン・・」と一人で〔表彰ソング〕を口ずさみながら、賞状を受けたのだった。(偶然、それを見ていた一人の認知症のお婆ちゃんが、わけがわからんまま拍手をしてくれた。・・そういえばこのお婆ちゃん、この日僕が〔偲ぶ会〕で『お焼香』した時も拍手してくれたなぁ・・。『お焼香』して、拍手してもらったん始めてや。笑いそうになったで!)
 さて、この『賞状』、名前のところに『お寺の出前 (宮本直樹)』と〔肩書き〕が入っているのが、ちょっと笑えてステキだ!お寺で大切に飾ろうっと!

 

言うべきか?言わざるべきか・・?

 お彼岸のお参りが続いている。
 お彼岸の時だけ、『読経』を頼んでこられる檀家さんがあって、一年の内、春と秋の二回しかお会いしない。
 それで、そのお参りの時のご挨拶が「お変わりございませんか?」で始まり、たいていは「はい、元気でやっております」と返事が返ってきて、『読経』が始まる。
 ・・が、しかし、今日は違った。
 「お変わりございませんか?」とお聞きすると、そこの奥さんが「ええ、ちょっと色々ありまして・・。」とおっしゃり、ご主人と顔を合わせられた。
「どうされましたか?」とお聞きすると、奥さんのお兄さん(75才)が危篤だということだった。
 病名は癌で、今、病院で身体中、〔チューブ〕状態らしい。
 それで、相談を受けた。
 奥さんには、まだこの危篤の兄以外、四人〔兄弟姉妹〕がおられるそうなのだが、この《状態》を知っているのは、その内〔弟・妹〕だけらしい。
 後の〔兄と姉〕は知らないとのことである。
 つまり〔兄・姉〕には、仲が悪くて連絡していないのだそうだ。(若い頃は皆、仲が良かったらしい・・)
 ・・が、今、危篤状態である。
 亡くなった後からだと、きっと知らされなかった兄と姉、いや、みんなが後悔するのではないか?と、先の檀家さんの〔妹夫婦〕は悩んでおられるのだ。
 「知らせたら良いじゃないか」と、簡単に僕なんか思ってしまうが、この危篤状態の兄は、「自分に何かあっても絶対に兄と姉には教えるな!」と、奥さんと子供に常日頃から、(伝言を)言っておられたらしい。
 だから、その奥さんは皆に伝えていない・・との事だ。
 ・・でも、僕は言った。
「それは守らなくても良い〔伝言〕だと思います。いや、守った方が良くない〔伝言〕だと思います。
 奥さんは旦那さんの病気の状態を見て、今、《平常心》ではなくなっているのだと思います。だから旦那さんの〔伝言〕に固執してしまっているのではないでしょうか?
 ・・後悔を後に残さない為にも、その〔伝言〕は破ってお伝えすべきだと僕は思うのですが・・。第三者が偉そうなことを言ってすみません。」と、思うことを言って、あと謝った。・・が、僕はやはり今もそう思うのだ。
 後、どうされるかは、奥さんのご親戚内で決められる事なので、僕は何もわからないが。・・又、半年後、この結果はお聞きすることができるだろう。・・が、長い半年だ。

「お住(じゅ)っさん、待ってたよ・・」

 前回、突然の檀家さんとの『別れの話』を書いたが、今回は、打って変わって嬉しかった話。
 それは昨日、団地で一人暮らしの〔檀家〕のお婆ちゃんのお家に〔月参り〕に行った時のこと。
 僕がお家に入るなり、「・・ああ、お住っさん、待ってました。なんと待ってる一ヶ月の長い事。私、毎月のこの(月参りの)時間が楽しみで楽しみで・・。」と、(この暖房の効きすぎた部屋で)涙ぐんで熱烈大歓迎された。
 あっけに取られて、僕は思わず、「・・何かあったんですか?」と聞き直した。
 このお婆ちゃんは「私、足が悪くなって、毎日話するのはヘルパーさんぐらいやろ。息子もたまにしか来てくれへんし、嫁には気兼ねするし、お住っさんと一緒に〔仏壇〕にお参りした後、お茶飲みながら、世間話するのが一番楽しいねん・・。今日はゆっくりできるの?(なんか、怪しい関係のような?〔笑い〕)」と、続けて言われた。
 僕は、今日は日曜やから〔ご法事〕があって、ゆっくりできませんねん。すみませんなぁ・・」というと、又涙ぐまれ、「じゃぁ今度、ゆっくりお話聞かせてなぁ。ホンマ楽しみやねんで。待ってるからなぁ。いろんな話聞かせてや。」と、ダメ押しなぐらい言って下さった。
 寂しかったとはいえ、こんなに歓迎して下さり、待っててくださっていると言う事実に、こっちが感激してしまった。そして「坊主冥利に尽きる」と思った。
 仏さまは、落ち込む僕をちゃんと慰めて下さったのだ。・・という事にしておこう。
 

不況の波~突然の別れ・・

 先日、ご門徒宅へ、『月忌参り』に行かせてもらった時のこと。
 お家に入るなり、そこの奥さんから「院主さん、私等(夫婦)、来月早々引越して、娘の家に同居することになりましてん。・・それで寂しいけど、今日でお別れですねん。長いこと有難うございました」と突然、言われた。
 「えっ、それじゃ、この新しいお家どうされますの?」と聞くと、
「もう、別の人に売れましてん。・・ホンマ、計画が狂いましたわ。主人のボーナスを当てにしてローンを組み、この家建てたのに、仕事がなくなってしもて、・・リストラですわ。それで、仕事を探して回ったんやけど、なかなか無くてね。この年齢でしょう。・・あきませんわ。・・それで、決断しましてん。」と言われた。
 今まで何も言われなかったが、さぞかし悩まれたのだろう・・。 これからの新生活、うまくいけば良いのにと、心から思った。
 ・・不況の波は回りまわって、お寺にも来ていると、痛感した一日だった。

 

親鸞聖人750回大遠忌お待ち受け 近畿大会

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 昨日、小雨降る中、〔大阪城ホール〕にて《親鸞聖人750回大遠忌お待ち受け 近畿大会》という大イベントが行われた。 
 (写真)はそのイベント風景です。見難いかもしれませんが、前面に巨大な阿弥陀如来様のお掛け軸が掛かっています。まるで巨大な仏壇が現れた様・・・。(これがホンマの〔大阪城ホール〕への『お寺の出前』!・・失礼)
 この巨大なセットと動員数(約9000名)は、もはや「待ち受け」とは思われない!
 ・・まぁそれで、昨日、近畿各地(大阪・京都・奈良・兵庫・滋賀・和歌山)から、ご門徒の皆さんが観光バス等でお集まりになり、皆でこの〔プレゼンテーション的・大イベント法要〕を、盛大にお勤めする事ができた。
 そのイベント内容は、記念法要、御法話の聴聞、そして、由紀さおり・安田祥子さん(名づけて安田シスターズというらしい。自分たちで言っておられた)のメモリアルコンサートもあったりした。(例のお二人でハモる「トルコ行進曲」もあった。・・《生》はやはり引き込まれます)
 さて、普通の人なら、年忌法要はだいたい〔50回忌〕でお勤めは終ってしまうのだが、そこはやはり一宗派の〔ご開祖〕様という事で、750回忌前の《待ち受け法要》でもこの規模だ。本番はどないなんねんやろ・・。人もお金も動くのやろうなぁ。凄い話である。・・が、肝心のその〔教え〕も、思いっきり動いて浸透してもらわないと・・。
 さてさて、私の友人の僧侶も含めて、このイベントの準備はとてつもなくしんどかったろうと思う。・・どうか、お疲れ出ませんように。合掌

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