住職のつぼやき[管理用]

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紙芝居:「不思議なクマグス」(その2)

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南方熊楠(ミナカタ・クマグス)は、和歌山県の人です。
 今から、百二十年程前の年号が『江戸』から『明治』に変わる少し前、クマグスは、和歌山城下の裕福な金物屋の次男に生まれました。
 「熊楠(クマグス)」という変わった名前は、父親が付けたものです。
 「いいか、熊楠。お前は『熊野権現』さまの『熊(クマ)』の字と、ご神木の『楠の木』の『楠(クス)』の字を頂いて、『熊楠』と名づけたんだぞ。だから、神様を大事にして元気に育つのだぞ。」と、父親は〔クマグス〕を背負いながら神社の前で言いました。
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 さて、クマグスは言葉が遅く、六歳になるので話すことが出来なかったそうです。
 その代わり、絵や文字に大変興味があり、一度読んだ本や、覚えた物事は絶対忘れないという特殊な才能がありました。
 小学校の時代のクマグスは、友達の家から〔百科辞典〕を借りて、全部書き写したというエピソードが残っています。  
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 和歌山中学(現在の桐蔭高校)に進んでからのクマグスは、読書と書き写しに加えて、自然観察や写生に熱中するようになります。
 時には通学の途中、珍しい昆虫を見つけ、学校に行くのを忘れて、山の奥深くに入ってしまい、何日も帰って来ないことがありました。
 家族や町の人々は「クマグスが天狗にさらわれた!」と大騒ぎになった事件があったそうです。
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 和歌山中学を卒業したクマグスは、東京に出て大学予備門(今の東京大学)に入学します。
 しかし、「自分が目指す学問の授業が無い!」と、途中でクマグスは大学に行かなくなります。
 そして、毎日「図書館」に通い、植物採集の旅などをしている内に落第し、結局二年で大学を辞めてしまい、和歌山に帰ることになったのでした。 つづく

紙芝居:「不思議なクマグス ~南方熊楠の生涯」(その1)

(はじめに)
 10年ほど前になるが、和歌山県の「白浜はまゆう病院」へ、お寺の出前に行ったことがある。
 その時、講演の時間までまだ時間があった為、近くの『南方熊楠記念館』に寄った。
ファイル 903-1.jpg(白浜:南方熊楠記念館)
 それまでに、テレビや雑誌でこの『南方熊楠(ミナカタクマグス)』さんの事は知っていたが、実際この記念館を見学したのち、さらに身近に感じ「紙芝居化したい」と、この時から思いだしたのだ。
ファイル 903-2.jpg(記念館内部)
 そしてその後、何度もこの記念館に足を運び、(ついでに白浜温泉にも浸かり〔笑い〕)、又いろんな〔熊楠関係の〕本を読み、二年ほど前にようやくこの紙芝居は完成した。
 書き直したい所も(多少)あり、なかなか発表までこぎつけなかったが、今回「もう、このへんでエエやろ」と思ったので、ここに発表させて頂くことにする。
 ちなみにこのへんてこな題名は、テレビアニメ『不思議なメルモ』(手塚治虫原作)をダブらせて付けさせて頂いた。
 知ってる人は知ってると思うのだが、ここで「メルモちゃん」の歌のさわりを少し・・。「メルモちゃん、メルモちゃん、メルモちゃんが持ってる、赤いキャンディー、青いキャンディー知ってるかい? ちょうちょは卵に ベビーは大人に 小さくなるよ大きくなるよ、スゴイよ」・・もっと書きたいが、今回はこのへんにしておく。(余談になるが、僕はずっとこの歌を口ずさみながら、この紙芝居を書いた。〔笑〕)
 そう、僕の頭ではこの熊楠(クマグス)という方は、奇妙奇天烈で、とても常識では理解出来ず、まるでこのアニメの題名そっくりな不思議な人なのである。・・だから、こんな題名にした。 
 それでは『不思議なクマグス』のはじまり、はじまりー。  
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 ミナカタ・クマグスは不思議な人。
 皆さんは、南方熊楠って知ってますか?
 ある人は、彼を「植物学者」と呼び、又ある人は「民俗学者」と呼びました。
 クマグスさんは世界の国の言語18ヵ国語を話し、動物・植物・天文学・歴史から仏教哲学まではば広い知識を持ち、『歩く百科事典』と呼ばれ、不思議なところでは〔幽霊〕とも話すことができたというユニークな大学者なのです。
 つづく

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