住職のつぼやき[管理用]

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紙芝居:『ハスラー博士の叫び「マスクを付けて命を守れ!」』(その2)

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 ハスラー博士は、新聞広告を使って市民に訴えかけました。
『マスクを付けて、自分の命を守りましょう!
ガーゼマスクは、インフルエンザの予防に99%有効です。
マスクはあなただけでなく、隣人やあなたの子供も守ります。』
と、『マスク着用条例』制定後に広告を出しました。
 この広告の宣伝効果もあって、マスクはサンフランシスコの街中であっという間に広がりました。
・・この時、サンフランシスコで新たな患者は、9000人。死者は、734人になっていたのです。
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 がしかし、当然、違反者もおりました。
 この違反者達はマスクを付けずに外出し、警官に見つかれば、最初は罰金で済みましたが、それでも従わなければ、刑務所に入れられました。
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1918年11月・・。
 第一次大戦も終わり、インフルエンザの流行もほとんど収束。
 サンフランシスコ市は、11月の終わりに『マスク着用条例』を解除します。
・・が、戦争が終わった安堵とクリスマスが近づいた喜びに浮かれた市民は、又、街中に繰り出して・・、スペイン風邪、第二波の流行が起こり出してしまいました。(いつの世も同じ・・) つづく

紙芝居:『ハスラー博士の叫び「マスクを付けて命を守れ!」』(その1)

 世の中、マスク、マスク、マスク。ああっ、めんどくさい!・・でも、マスクは命を守る大切なアイテム。
 これは、マスクと一人の博士の成功と挫折のお話です。
 はじまり、はじまりー。
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 今から100年程前のお話。
 アメリカ人、ウイリアム・C・ハスラー博士は、医学者であり、サンフランシスコ市保健委員会委員長でした。
 彼は史上最悪のインフルエンザと呼ばれた[スペイン風邪]に対して、史上初となる『市民マスク着用条例』を発令。
 そして、違反する者は「逮捕します」と発表しました。
 そして、その患者数を半減させる事に成功しました。
 これは、スペイン風邪という感染病と戦った、ハスラー博士とマスクのお話しです。
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 1918年、春。第一次世界大戦の最中。
 ヨーロッパ戦線で、人類の新たな脅威、『スペイン風邪』という感染病が、蔓延しようとしていました。
 戦場では狭い塹壕の中、多くの兵士がひしめき合い、インフルエンザは一気に広がったのでした。
 さらに兵士の移動により、わずか四か月で世界中に拡散されていったのです。
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 ここ、アメリカのサンフランシスコでも、1918年の9月、最初のインフルエンザ患者が発生するや、感染拡大の兆しを見せていました。
 このサンフランシスコの危機に立ち向かったのが、予防医学と衛生学の専門家で、市の保健委員会会長を務めるウイリアム・C・ハスラー博士でした。
ハスラー博士は、ワクチン接種を進める一方、他にも対策として、娯楽施設の閉鎖など行いました。
 そして第三の策として、当時、一般市民に馴染みの無かった[マスク]の着用を訴えたのでした。 つづく

「マスク着用」と「手洗い消毒」の紙芝居二本完成間近!

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 マスク着用をサンフランシスコで、世界で初めて義務化した、サンフランシスコ保健委員長[ウイリアムCハスラー博士]の成功と挫折を描いた紙芝居、『マスクを付けて命を守れ!』。
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 手洗い消毒法を、世界で初めて発見して実践した、産婦人科医[ゼンメルワイス医師]の悲劇を描いた紙芝居、「それでも手を洗え!」。

 コロナ禍の今、お盆参りもそこそこに(笑)、二本共に70%完成です!
 近々アップします!お楽しみに。

お盆に迎えた黒い蝶

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初盆の初日、お葬式があった。
 僕は『法名(戒名)』を頼まれたので、お寺に帰って[白木の位牌]に、仏様の御名前を考え、墨で書いていたら、一匹の手のひらぐらいの黒い蝶が部屋に入って来た。
 初めは、ほっとけばその内出て行くだろうと思い、無視していたが、一向に出て行かない。
 しかも、近づいて来て、僕の真上で止まっている。
 僕は、電気を消せば出て行くだろうと思い、消したのだが一向に逃げず、白い位牌の真上で休んでいる。
 僕も、さすがに気になり出して、スマホで写真を撮り(笑)、「仏様のお使いですか?」と声を掛けるが、返事はなく羽をゆっくり動かしている。
 そのうち僕が法名を書き終えたら、この黒蝶はゆっくり外へ出て行った。
 あれは、黒アゲハか?と思って、スマホで調べていたら『昔の地方に伝わる仏教伝承では、お盆中に見る黒い蝶は、故人が蝶に乗って挨拶に来たものと言い伝わり大切にした。』と書いてあるのを見つけた。しかも、キリスト教では、黒蝶は「復活」を表わすと書いてあった。
 偶然と言えば偶然の事であったのだが、お葬式の後、泣き疲れた遺族さんにその話しをしたら、「偶然でも、そのお話嬉しいです。お父さん、よく最後まで病の中、頑張ってくれたもんな!」と言って喜んでくださった。
 今年のお盆の不思議な話でした。
 

今、墓にある危機

今年の観念寺の「寛弘寺墓参り」の行事が中止になった。
七月初めの臨時役員会では、コロナ禍収束の兆しもあり、八月お盆のお墓参りは大丈夫であろう、という結論に達して決行良しとなっていた。
 が、一昨日の第二回臨時役員会では、南河内コロナ禍の近づく足音の危機を感じ、中止にしようと来まったのだ。
 予定変更連絡事項のチラシを、大急ぎで檀家さんに配り役目を終えたのだが、今年はこれまで、何回、このような変更連絡を出したことか?!
 お墓参りは中止にしても、まだ全檀家宅のお盆参りがある。
 何とか、お盆参りだけは無事に終えたい。
 

新しい紙芝居を製作開始!

新しい紙芝居を二本製作しようと思っている。
 その一本目、前作の「チフスのメアリー」を作り終えた時から、なぜ、感染症には最も『手洗い消毒』が良いのか?又、それは誰が言い出したのか?と疑問に思い、パソコンで調べていくと一人の立派な医者に出会った。
 その人物の名は、ゼンメルワイス医師。
 彼は、手洗い消毒の大切さを医師会で提案するが、その頑な性格ゆえに、医師会から総反発をくらい左遷され挫折し、最後は精神を病み、精神病院で非業の死を遂げる。・・そんな人物だ。
 僕はこの人物に、今とても惹かれている。この医者を主人公に紙芝居を製作してみよう思い、彼に関する本を取り寄せ調べている。
 もう一本は感染予防の為、市民にマスクを勧めた博士、ハスラー医師。この人物も立派で頑なだ。
 次は、この二人の人物の紙芝居してご紹介致します。いつになるかわからんけど・・。お楽しみに!

お参りに、忘れちゃいけない、マスク、水筒、ハンドジェル!

コロナ禍が長くなると、つい忘れがちになる物、三つ!

 急ぐ時につい忘れてしまう、マスク。(あっ!と出先で気づく)
熱射病の予防に大切、小型の水筒。(お参り先での冷たい飲み物は、コロナの接触感染で、今ご法度なのです。)
 そして、つい出先で手を汚してしまう事があるそんな時、お役に立つのが、小型ビンのハンドジェル。(簡単に消毒できます)
 これらは、僕の今必要不可欠三具足なのです。
 今日も頑張って、仕事に行って来ます。
 

キャンセルの嵐!

今年に入って(厳密に言うと2月後半から)、紙芝居(法話)講演会のキャンセルが、嵐のように吹き荒れている。
 そのキャンセル数、11回。ほとんど全部だ。・・これから、今年の後半期も(大阪のコロナ禍が凄まじいので)もっと増えそうだ。
 大抵、講演先からの突然の電話がキャンセルなのだから、受話器を取った瞬間、相手様の口調で分かる。
 コロナの影響はどこまで続くのだろう。

疫病流行れば、植木屋さんが儲かる⁈

観念寺の猫の額(ひたい)程の、庭の木々の剪定を、植木屋さんに頼んでやってもらいサッパリしました。
 それで、休憩時間に職人さんと雑談していたら、こんな話が出ました。
僕が「仕事にコロナ禍の影響が出ましたか?」と聞いたら、「いやいや、コロナで返って忙しくなりましたわ。・・皆さん、自粛自粛で家に居られる時が多くて、庭を眺める時間が増え、庭が気になり剪定して欲しいとの新規のお客さんが増えてねぇ。変な感じですわ。」とお茶を飲みお話しして下さった。
「風が吹いたら、桶屋が儲かる」の現代版みたいなものですかねぇと、僕が言うと、「まさにその通り!」と笑っておられたが、コロナ不況の中、あちらこちらに不思議な影響がいくものだと思った。

紙芝居:『無症状感染者 チフスのメアリー』(その6 最終回)

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 メアリー・マローンは、再び隔離島[ノース・ブラザー島]に、拘束されることになった。
 この島でその後、彼女は亡くなるまでの23年間を過ごすことになる。
(※余談ながら、この島は東京ドームの約1.3倍の小さい小島でで現在は無人島になっている。この島からニューヨークの街並みがはっきり見える。‥メアリーは何を思いこの街を眺めたであろう⁉)
 最後の救いは、本来勤勉でまじめな彼女が、島の病院内で医療関係者から信頼を得て、給料をもらいながら生きがいを得て院内で働き過ごせることになったという事であろう。
 その後、メアリーは62歳で脳卒中を発症し倒れ、69歳でこの島の病院で肺炎の為に亡くなったそうである。
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『チフスのメアリー』という名は、その死後も「純粋な悪の化身」、又は「無垢の殺人者」と言う意味の言葉になって、今も独り歩きしている。
・・・これは100年前のお話。
 が、『チフスのメアリー』のような、無症状感染者になる可能性は誰にでもある。
‥メアリーは好んで病気になった訳ではない。
 がしかし、彼女は自分がチフス菌を持っていると分かった後も働き続け、多くの人を感染させて、結果的に苦しみをもたらせた。
 その行動は安易で、今日でも批判されている。
(きつい言い方になるが)自分の欲を優先し、周りの迷惑を省みなかった彼女の弱さは、今日の私たちも気を付けねばならないだろう‥。 おしまい

(あとがきにかえて)
 先日とある新聞で、メアリー・マローンは『毒婦』や『悪女』と今でも呼ばれているらしい‥と書かれていた。
 が、果たして、彼女は本当に悪女だったのだろうか⁈
 この紙芝居を描きながら、ずっとメアリーの気持ちを考えてきた。
 僕は『悪女』ではなく、一人の『弱女』のような気がしてならない。
 ‥確かに、フォークを持って衛生士や警官相手に立ち回りもする気の強さはあったであろう。
 しかし、追い込まれれば誰でも抵抗はするだろう。
 又、(うすうす自分では感づいたと思われるが)、チフスと自分とが何らか関係し、その発生場所からそっと姿を消し続けるという行動はまさに心の弱さを感じてしまう。

 そして、その彼女の弱さ、悲劇を助ける、つまりメアリーには夫(又は恋人)や仲間が居なかったのだろうか⁈ 又、裁判の時の弁護士はどうなったのか?と思って調べてみた。
 これは、どちらも居たらしい。が、それは夫ではなく恋人であったらしいが、どちらも(恋人も弁護士も)早死にしてしまったのだそうだ。何という悲劇!
 メアリーが再び、又[調理の仕事]に戻ったのは、その仲間の死の寂しさが原因ではなかったのだろうか?
 ・・答えは見つからないが、彼女が(料理のたぐいまれな才能を持ちながら)辛い人生を送らざるを得なかったことを考えると、悪女にはとても思えず、どこにでもいる一人の女性の悲劇と思うのだ。

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