住職のつぼやき[管理用]

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紙芝居:『1665年ロンドン伝染病の記録』(その6)

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 この大穴の中に遺体を埋葬する。
「こんな大きな穴を掘る必要はあるのか?」と私は思った。
 が、あっという間に穴は遺体でいっぱいになってしまった。
 ある日、私は埋葬人に聞いてみた。
「あんた達は感染しないのかね?」と。
すると彼は、「ワシらの仲間でも感染して亡くなった者が、多くいますよ。が、ワシは毎日ニンニクを食べ、お酢を頭にかけて絶えず湿らしているので、大丈夫なんですよ。」と。
 不思議な事だが、こういう事でペストに感染しない者もいたんだ。
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 ロンドン市議会は、このような非常事態に感染拡大を防ぐ為、人が集まる酒場や芝居小屋の営業を禁止した。(いつの世も同じ)
がしかし、(いつの世も、こりゃ又同じ)行政に逆らうものが居た。
 この酒場でも、毎晩こっそり営業をしていた。
「こんな楽しい事、やめられまへんで!アルコール消毒や!」
「ペ、ペ、ペストなんか、怖くない怖くない。」
「人間一度は死ぬんや。あの世に行ったら、神さまに文句を言うたんねん!」と、関西系のイギリス常連客達は毎晩、酒を飲み騒いでいた。
 がある日、その中一人が感染し、あっという間に皆、亡くなったという事である。つづく
 

紙芝居:『1665年ロンドン伝染病の記録』(その5)

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「死体は無いかーい、チリンチリン。
 死体は無いかーい、チリンチリン。」
と、真夜中になると連日、死体運搬人が鐘を鳴らして、リヤカーで街を回る。
「おーい、止まってくれー。
 この家の住民も今日、みんな亡くなったんだ。遺体を窓から下ろすので手伝ってくれ!」と、一人の監視人が叫んだ。
 そして、二階から毛布に包まれた遺体が何人も下ろされてきた。
 このような光景は日常茶飯事であったんだ。 
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 そして、リアカーは遺体を乗せて、街外れの墓場近くの大穴の場所まで来た。
 この穴に遺体を(葬式もせずに)埋葬するのだ。つづく

紙芝居:『1665年ロンドン伝染病の記録』(その4)

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 一般市民は、貴族のように街を脱出できなかった。
 そんなゆとりはなく、家族の為にペスト感染の恐怖と戦いなから、働かなければならなかったからだ。
 それで、益々人から人への感染が広がり、多くの人が亡くなった。
 仕方がなかったのだ。
 それを見た行政は緊急会議を開き、新たな感染防止の為の法令を発令した。
 それは
「ペストに感染した者、並びのその家族、女中は、家からの外出を一切禁止する!」というものであった。
 又、その為に、行政は監視人も24時間付けて、その家を見張りつづけるという念入りの入れようであった。
 残酷な方法だが、市民を守る為には、これは仕方のない事だったのだ。(自宅封鎖やねぇ。ロックダウンやなぁ)
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 ペスト感染者とその家族の、強制自宅隔離が始まった。
「誰かーっ、助けてー!ここから出してー」と、窓から感染者家族の声が聞こえる。
 しかし誰もどうしようもできなかった。
 感染者家族の食事は、監視人が用意してはこんでくれる。
 が、この外出禁止令は、家族にとって絶望でしかなく、自殺するものも多く出た。
 そして、この監視人であるが、辛い仕事なので希望者が少ないと思いきや、ペストのせいで不景気となり失業者が多くでて、監視人希望者にはそう困らなかったそうである。つづく

紙芝居:「1665年ロンドン伝染病の記録」(その3)

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ペストの大流行によって、路上でバタバタと人が倒れ、亡くなり出した。
 それを見た大金持ちの貴族達は、ロンドンからの脱出を試みた。
 家族や女中を連れて、財産を馬車に乗せて、郊外の別荘などに逃げ出したのである。
 又、別の金持ちなどは、食料などの必要な物を大量に買い込んで、屋敷の中に閉じこもり、家から一歩も出なかった。(17世紀スティホーム)
 又、水の上は大丈夫だと、船をチャーターして避難した者たちも多く居た。
 お金持ちは、このような事が出きたのである。
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 がしかし、一般市民はそうはいかなかった。つづく

 

紙芝居:『1665年ロンドン伝染病の記録』(その2)

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 そもそも事の発端は、昨年(1664)の秋、海の向こうの隣国オランダで「伝染病ペストがどうやら流行り出した」という噂が流れてきたのが始まりだった。
 そして、わが国イギリスでも昨年の冬、二人の市民がペストで亡くなった。
 が、ロンドンの街の人びとはまだ楽観視していた。
 そして1665年の今年、春の終わりごろから猛烈な勢いで、このペスト患者が出だした。
 この病は感染すると、発熱などの症状があらわれて、放置すれば60パーセントの確立で死亡してしまうのだ。
 我々はこの目に見えない伝染病に、対抗手段もなく、当時としては『神に祈る』しか方法がなかったのである。つづく
 

紙芝居:『1665年ロンドン伝染病の記録』(その1)

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(はじめに)
 もはや私たちは[新型コロナウイルス]と、いかに付き合っていくか⁈という段階に入ってしまった。
 現代の伝染病:コロナウイルス。
 そして、昔の伝染病:ペスト。
昔の話なのにどこか似ている・・いや今にそっくりなところもある。
 これは今から350年前、実際イギリスのロンドンで起こった伝染病の(小説風)記録『ペスト』を紙芝居にしたものである。
 原作は『ダニエル・デフォー』。
 おそらく、デフォーは自分のおじさんから聞いた体験談に感銘を受け、その後綿密な調査を基にして書いたものと言われている。
 それでは、はじまりはじまり・・。

 私の名前は、ヘンリー・フォー。
 17世紀のイギリス人だ。
 今から、1665年のイギリス、ロンドンで起こった「伝染病ペスト」の、私が見た惨事の記録を皆さんにお伝えしたい。
 この年1665年に大流行したペスト菌による死亡者は、約75000人。
 およそ、ロンドンの4分の1の人々が亡くなるという凄まじさであったのだ。 つづく

緊急事態宣言が終わり、少し光が見えてきました

 ようやく『緊急事態宣言』が解除されました。
 そして、長いトンネルの向こうに微かな光が見えてきたようです。
 お寺にとっても、びっくりするような、初めての経験ばかりの約三ヶ月間でした。
 紙芝居法話、そして講演会のすべての中止。
・・自坊の法要の中止や延期の連続。そしてマスクをつけての制限されたお葬式や法事など。(・・まだ、それは続いておりますが)
 お寺の在り方を根本的に見直さなければならない所も、浮き彫りになってきたような気がします。これは今後の課題で早急に見直します。
 でも、『マイナスであった』とばかり考えずに、『内を見る良い機会を頂いた』と思い、再スタートしたいと思います。
 これからも、よろしくお願い致します。合掌
 

参拝者無しの[永代経法要]が終わりました

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 コロナウイルス拡大防止の為、参拝者無しの『永代経法要』を家族だけでお勤めしました。
 このような参拝者の無い法要は初めてです。
 ・・でも仕方がないですよね。
 門徒さんからの事前に頂いている『物故者名簿』を全員お読み上げして、経典をお勤めしました。
 今年は、法要後の記念イベントも無しです。
 アメリカ仕込みの[スイング雅]さんのジャズ音楽会(法要)も無しになってしまいました。
・・又、来年ですね!

ダニエル・デフォーの小説『ペスト』、拝読しました

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 イギリスのダニエル・デフォーが著した長編小説『ペスト』(カミュの同じ題名の作品ではない)をようやく読み終えました。
 このお話は、著者風の人物が主人公で、(今から350年前の)イギリス・ロンドンを舞台に[見えない悪魔(ペスト菌)]の突然の襲来に、人間としてどう生きるのか⁈をテーマにした(人間群像劇風)ドキュメンタリー小説です。
 それは、コロナウイルスで「何をすれば良いのか?」と苦しむ今の我々に、正に指針を与えてくれるような内容である。
 この17世紀の作品の資料をようやく集めた。
 後はわかりやすく紙芝居にします。乞うご期待!
 

Mask of Sou

毎日、マスクを付けてのお参りは読経しにくい・・。
 お経を拝読していると、マスクがずれて鼻全体が出てしまうのだ。・・ずれたらその度に上げねばならぬ。
 一日使用だけではもったいないので、紙のマスクは洗濯して最低二日は使っているが、二日目が特に鼻がずれて出る。
 又、読経終了後のお茶のご接待も遠慮させて頂いているが、「まぁ、よろしいやん。お茶ぐらい・・」とおっしゃる親切すぎる檀家様もいてお断りするのに言葉数がいって、そうしている内に、又マスクから鼻が出る・・。
 今度から肌に優しいノリで、マスクを固定してから、お参りに行こかなぁ・・。

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