住職のつぼやき[管理用]

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河内長野市:デイサービス「憩(いこい)亭」への出前

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今日、河内長野市にある「デイサービス憩(いこい)亭」様へ、出前法話に行って来た。
 こちらは、今回で二回目。(半年ぶりぐらいだろうか?)
 今日は、新作紙芝居『円空上人と小さな仏さまたち』が完成したので、試作上演という形で演じさせて頂いた。
 手ごたえは、まずまずといったところだろうか?(読みながら、もうちょっと手直しせねばならん部分が見えた)
 皆さん、初めて『円空』という名を聞いた人ばかりだったので、その人と成りを、理解して頂く『導入』の話に時間が掛かってしまい往生した。
 盛り上がったのは、紙芝居が終ってからの『質疑』の時間だったような気がする。
 利用者さんから、(紙芝居の中身に全然関係のない)「私は極楽に往けるでしょうか?」とか、「人間にとって、一番大切なものは何やと思いますか?」などの回答不可能の問いが、続々出て、ご一緒に考えさせて頂くことになった。
 皆さん、「ふーん、何かよう解らんなぁ。」という感じで紙芝居を見ておられたように感じたのだが、一生懸命に聞いて考えて下さっていたのだ。
 毎回、有り難いことです。
 出会いの不思議さに感謝! 合掌
 

京都教区上西組「西法寺」様の団体参拝

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 本日、京都市上京区から、『西法寺』ご一行様が、団体参拝においで下さった。
ファイル 1116-2.jpg〔ご住職さまと〕
 さて、こちらは〔聖覚法院〕様所縁の寺院で、たいへん由緒のあるお寺なのである。 
 その〔聖覚〕様というお坊さんは、法然上人の高弟であり、又、『節談説法』の祖でもある。又、親鸞聖人を法然上人にご紹介された御方とも伝わっている。(うーん、興味深い御方だ。・・紙芝居の主人公にしたい。〔笑〕)
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 それはそうと、今日も今日とて、僕はおいで下さったご門徒さまに『紙芝居法話』を聞いて頂いた。・・恐縮です。
ファイル 1116-4.jpg(添乗員Nさんのお手伝い)
 又、同朋観光の添乗員Nさんにも、『おかもち』を持って頂き、あめちゃん配りまでして頂きました。いつもながらご協力有難うござました。・・恐縮でした。これから、添乗員さんと呼ばず、添乗(院)さまと御呼びさせていただきます。(合掌&笑い)

八尾市「おもしろいデイ」への出前

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 6月初めの「お寺の出前」は、八尾市にあるデイサービス(名称)『おもしろデイ』への出講であった。
 こちらは、初めての出前ということもあって、場所に迷い遅刻してはいけないので、早めに寺を出た。(ナビのおかげでスムーズに行けました)
 住宅街の奥にポツンとある、一件の家を改造した介護事業所「おもしろいデイ」。
 まぁ、その名前を聞いて、どんなデイサービスセンターかと思って行ったのだが、ごく普通の事業所だった。(僕の頭の中は、名前の通り、ディズニーランドとUSjを合体させたような遊園地のような面白いデイサービスを期待していたので、(それはもちろん、勝手に期待していた僕が悪いのだが、)思わず「これって、普通やん・・」と口ずさんでしまった。(僕が悪いのです・・)
 だがだが、扉を開けた瞬間、びっくり箱が飛び出したような何かがあるのかと、まだ期待したが、やはり中も普通だった。
 そう、センターの中は、七人の利用者さんが、僕が何か「面白いことをしてくれる」と思っておられたようだったのだ。
 だから、そうと悟った僕は、今日はそれはそれは、弾けましたとさ・・。
 

岐阜県関市へ、取材に行って来ました。

ファイル 1114-1.jpg(円空入定塚)
 今、「円空上人と小さな仏さまたち」という紙芝居を作っている。
 僕の大好きな円空さん。
 紙芝居を完成させるために、今日、円空さん所縁の地、岐阜県関市に取材に行って来た。
 岐阜県には、あちこちに円空仏が祀られているのだが、今日の僕の目的地は、円空さん最期の地「弥勒寺(みろくじ)」であった。
 ここは、円空さん終焉のお寺で、境内奥に「円空墓」がある。 
 又、近くに「円空入定塚」がある。
 僕は紙芝居の最後の場面は、この「入定塚」にしたくて、どうしても現地に行きたかったのである。
 ここで円空さんは、村人に穴を掘らせて自ら入り、読経しながら即身仏(ミイラ)となっていった。
 それは、長良川の氾濫を、自ら仏となって抑える為だと言われている。 
 その後、ご遺体はお墓があるので、移されたのかもしれないが?
ファイル 1114-2.jpg(塚のすぐ横に流れる長良川)
 僕は、人々を救う為に、自らの命を捨てた円空さんが好きだ。とてもまねできない。この人こそ、真の僧侶だといえる。
ファイル 1114-3.jpg(円空さんが再建した弥勒寺)
 又、お墓近くに、現在「円空館」という、本物の円空仏を展示してある記念館があるので、そちらも見学して来た。
 円空さんの匂い(魂)を確かに嗅いで来たぞ。
ファイル 1114-4.jpg(関市円空館)
 後は、紙芝居を完成させるだけだ。
 来月には、完成さすぞ。
ファイル 1114-5.jpg(円空墓)

今日も、ミスしました・・

 今日も又、ミスをしてしまった。
 最近、うっかりミスが多いのだ。
 
 僕は、毎月、お寺のご門徒(信徒)さん向けに、寺報(ニューズレター=新聞)を作って配らせて頂いている。
 そこには、お寺の行事予定や感話、又〔役員さん変更のおしらせ〕などを書かせていただいている。
 その〔新役員さん=婦人部の〕お名前を、お一人間違えたのだ。
 旦那さんの名前と奥さんの名前を合体させた、名前にして発表してしまったのである。
 その時の、僕の頭の中の思考はこうだった。『ご主人は○夫さんで、奥さんは◎子さん、だから、こちらの班の役員は○子さん・・」と、いつの間にかパソコンで打ち込んでしまったのである。
 二回も確認し、坊守にも最終確認してもらったのに、気が付かなかった。・・あぁ俺はあほや。坊守もあほや・・なんか言うたらご飯を作ってもらえんようになるから、心の中だけで、言うといたろ。
 ああ、もう、遅い。すでに全部、配ってしまった。
 名前を間違えられるというのは、本人にとっては、たいへん不愉快なものであろう。(僕にも経験がある・・)
 すべて配り終えてから、フイッと気が付いた。
 急いで、ご本人さんにお詫びの電話をいれたのだが、又、来月のお参りの時にお詫びせねば。
 又、再来月の寺報でも、お詫びの一文を入れねば。
 この前も(午前と午後)の文字を間違えて、問い合わせのお電話頂いたばかりや・・。
 「住職さん、最近、よう間違うとるなぁ・・」と思われてるやろな。 
 あかん、こんな事でくよくよしてたら、又間違うわ。
 「明日は明日の風が吹く」と、お釈迦様も言ってはおられんけど、今はただ、ケセラセラ、諸行は無常、レットイットビーとだけ思って、生きましょう。ああ、所業無情、あぁ無情。とほほほ。
 

「浄土宗大阪教区保育協会保育大会」への出前

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昨日、箕面市にある(法泉寺さま併設の)「粟生(あお)幼稚園」にて、浄土宗大阪教区保育協会保育大会が行われ、記念講演(研修)に、「お寺の出前」をさせて頂いて来た。
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 とにかくこちらの(幼稚園とお寺が同じ敷地にある)会場は、たいへん大きかった。
 こちらに、宗門関係の「幼稚園」、「保育園」職員さんたちが、(大阪府内から)お集まりになり、研修会と懇親会を開かれたのである。
 その数、総勢160名。会場の本堂は、超満員だった。
 こちらで、僕は約1時間半、ノンストップで『命』についての、講話と紙芝居を披露させて頂いた。
 若い熱気で、会場の本堂はムンムンだった。
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 そして、研修が終れば、園庭にて、先生たちによる迫力ある和太鼓披露。
 そしてその後、会場を変えて、幼稚園の体育館で懇親会。
 こちらでは、各園の先生方によるアトラクションと、園の紹介が披露され、僕も参加(見学)させていただいた。
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 その会場の懇親会では、各園の先生たちによる『モモクロZ』のパフォーマンスショーが支流で、(AKBはもう古いらしい。ようやくフライングゲットを覚えたのに、時代についていかれへんわー)若い先生方は汗をかきかきの大熱演で歌って踊ってくださった。(筋肉痛になりまへんでしたか?・・そら、おっちゃんの心配事か。)
 まぁ、たいへん楽しい賑やかな懇親会でした
 関係各位の皆様、たいへんお世話になり、ありがとうございました。合掌 

狭山池博物館での「電子紙芝居」

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 昨日の晩、大阪府立狭山池博物館の学芸員さんが、お寺に来られた。
 何の用事だったかというと、先日(5月18日)、博物館内イベントの一つとして、僕の作った『狭山池の底の石棺』という紙芝居が館内で上映され、その雰囲気と(お客さん方の)感想をお知らせに来てくださったのだ。(この当日、僕は仕事の為に出席できなかったのだ)
 まぁ、子供さん達には、少し難しかったらしいが、大人には上々だったそうだ。(これは、大人向きに作った紙芝居なので仕方がないのだ)
 でも、まずはホッとしました。
 最近、博物館は、外人の方の観光客が多いそうで、近いうちに英語版と韓国語版の訳した『紙芝居バージョン』も、これから作るということです。
 これからですよね、この紙芝居の活躍は。
 ガイドボランティアさん達、頼みまっせ!
 そのうち、見に行きます。
 

加古川市〔真宗(東)真宗寺〕様ご一行の来院

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 今日、兵庫県加古川市より、浄土真宗大谷派「真宗寺」様ご一行が、観光バス(団参)で起こし下さった。
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 道路が空いていたそうで、予定より早く到着された為、タップリと時間があり、おもっきり、ノンストップで約一時間十五分ほど、「紙芝居法話」を堪能して頂いた。(・・かえって、疲れはったんとちゃうやろか?)
 さて、今回の目的は添乗員さんから、「紙芝居『因幡の源左さん』を頼んます。」という事であったので、この紙芝居をメインにして、導入としていつもの「三尺三寸のお箸」と「アミダ仏ものがたり」の紙芝居を最初にさせて頂く。(でも、結構この二本は濃い紙芝居なので、はてして導入になったかは疑問だ??〔笑〕)
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 そして、三本の紙芝居の後は記念撮影の準備。
ファイル 1107-4.jpg(お帰り、お帰り。)
 お帰りの時は、太陽も出てきて、清々しい日となりました。
ファイル 1107-5.jpg(御住職夫妻とバスの前で)
 最後は、添乗員さんのご希望で、御住職夫妻とバスの前で記念撮影。ちょっと照れくさかった・・が、ちゃんと写真をアップしましたでぇ。U介ブッダマニアさん。
 それでは、『ようこそ、ようこそ』のお越しでした。お気をつけてお帰りになって下さいね。合掌
 

大阪市此花区〔真宗(西)西光寺〕様の永代経法要

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 昨日、今日の二日間、大阪市此花区(USJの近く)にある浄土真宗本願寺派「西光寺」さまの『永代経法要』に、お招き頂き、「紙芝居法話」をさせて頂いて来た。
 こちらのお寺へは、今回で二回目のご法縁となる。
 まあ、とにかく、大きなお寺だ。
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 本堂は、コンクリート造りの二階建てで、エレベーターまで付いている。
 又、お庭も広く、かくれんぼをしたら、半日は探さねば見つからないぐらい広さだ。(たとえが幼稚ですんません)
 まさに『羨ましい!』の一言である。
 まあ、それは良いとして、この二日間、今回も尊い御法縁を頂き有り難かったです。
 内容は、昨日は『仏説無量寿経』をお勤めされたので、僕は「アミダ仏ものがたり」の紙芝居法話をさせて頂き、今日は『観無量寿経』をお勤めされたので、「王舎城の悲劇(観無量寿経のはなし)」の紙芝居をさせて頂く。
 「あっ、お経って、そんな内容だったのか。はじめて知りました。」とご門徒さんより、素朴な感想を聞かせて頂き、恐縮してしまった。
 西光寺のご家族の皆様、ご門徒さま、この二日間、たいへんお世話になりました。有難うございました。合掌
 

岸和田市〔真宗(西)慈光寺〕様の永代経法要

ファイル 1105-1.jpg〔慈光寺さま〕
 昨日、岸和田市作才(ざくざい)町にある『慈光寺』さまにお招き頂き、「永代経法要」に(紙芝居法話の)出講をさせて頂いて来た。
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 こちらのお寺は、初めてのご縁でもあり、又、〔昼の座〕・〔夜の座〕と二席も出番があるので、少々緊張した。(一人部屋で、出番を待つ時が一番緊張する・・。)
 が、ノリの良い、岸和田のご門徒さまのおかげもあり、楽しくお話することができた・・ような気がする。(いつもの事ながら、ご門徒さんのおかげです。合掌。又、余談ながら、だんじり好きのお寺の住職も岸和田には多いらしい。さすが、だんじりの町!)
ファイル 1105-3.jpg〔夜泣き石〕
 さて、話は変わるが、こちらのお寺の山門の横に(写真)『夜泣き石』という、大きな岩石が祀られている。
 なぜ、石が泣くのか?・・こんな、いわれの話を聞くのが大好きな僕なので、こちらの住職さんや総代さんにお聞きしてみた。
 これは、江戸時代初期の昔ばなしなのだそうだが・・、
 この大きな石は、昔、川に掛かる橋として使われていたそうだ。
 しかし、岸和田城のお殿様が、城内改修工事の為、ここからお城へ搬入を命じた。
 それで、この石は、岸和田城のお庭に飾られるようになったのだが、夜な夜な「作才(ざくざい)町に帰りたい。」と泣いて、お殿様を震え上がらせたそうだ。(気の弱いお殿様やのう・・、でもきっと、この話何か、因縁めいたものが、裏に隠されているような気がする。)
 まぁ、それで元の場所に、結局また戻り、今では川近くのこちらのお寺の横に祀られたということなのだそうだ。
 今では、地元の者でも、そのいわれを知らない人の方が多くなったというこのお話。(でも、ちょっと前まで、夜鳴きのひどい赤ん坊には、この石を削って煎じて飲ませていたらしい。・・大丈夫かいな。)
 ・・でも、この話ってぜったい、紙芝居向きの話やん!創作意欲ムクムクムク。
 
 
 

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