住職のつぼやき[管理用]

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特養ホーム『白寿苑』と軽費ホーム『河南荘』のお盆法要

 昨日今日と、二つの老人ホームで、お盆法要を行って来た。
 昨日が、毎月法話会で行かせて頂いている特養『白寿苑』での盂蘭盆法要。
 そして、今日が、一年に一回行かせて頂いている軽費老人ホーム『河南荘』での地蔵盆法要である。
 どちらも、結構お付き合いが長く、今年で17回目ぐらいだろうか?
 どちらも、まず会場での勤行から始まり、お焼香をして頂く。
 そして、短い法話。
 その後、『白寿苑』では第二部として、職員さんのギターとバイオリン・サンシンによる生演奏で『涙そうそう』と『千の風にのって』を遺族さんと入所者のみなさんで歌う。(今年も感動的でした)
 そして、『河南荘』では、僕の紙芝居法話と仏教質問コーナーで盛り上がる。
 毎年、こんな感じでやっていて、今年も無事に盛大の内に終わった。
 が、やはり今になって、疲れが出てきたのか、昨日あたりから、のどが腫れ出して、とても痛い。
 薬を飲んでも腫れがひかなくて、これはしばらくおとなしくしていた方が良さそうだ。
 ・・が、僕のサガで、つい御仏縁があると、思いっきりお話ししてしまい、回復を遅くする。
 ・・これは今年も同じだ。 僕って成長せんなぁ。(笑)
 
 
 
 

山口県:長門市仙崎に行ってきました

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(金子みすゞさんが愛した青海島の王子山公園より見た仙崎の町)
 昨年の秋より、制作を(少しだけ)開始している『(仮題)金子みすゞと仏さま』という紙芝居の取材の為に、昨日おとといと、山口県の長門市[仙崎]の町まで行って来た。
 早朝の出発でも、(山陽自動車道を使い)車で、到着まで、約八時間掛かった。(もう行き帰りだけでへとへとでした)
 長門市に着いたら、さっそく取材を開始。(他の観光地には行かず、ただただ[金子みすゞ]さんの事だけに絞りました。)
 金子みすゞさんの生まれ育った仙崎の町は、潮の香りのする静かで小さな漁村。・・それは今も変わらない。
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(再現された[自宅]金子文英堂[金子みすゞ記念館])
 まずは、[みすゞ通り]を歩いて、自宅を再現された[金子文英堂]へ。(当時のままに再現されていて、金子みすゞ女史の部屋も見学できます。
・・ここで少し余談。みすゞさんの実の弟の正佑[まさすけ]さんは、ご長寿で平成元年まで生きられます。そのお仕事は主に『劇作家』であったそうです。そこまでは知っていたのですが、その書いたお芝居の一つに[古川ロッパ劇団]の『笑いの王国』の作品があったそうです。・・これは知らんかった。弟さん、コメディ書いてはったんや。余談の余談ですが、僕はこの『笑いの王国』をパロッた[三谷幸喜作品]『笑いの大学』が大好きです。・・ほんま余談でした。)
 そして、その隣は、現在『金子みすゞ記念館』が併設されていました。(しっかりと直筆の手紙などの資料を取材してきました)
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(遍照寺さま内:金子みすゞ墓所)
 その後、そこから歩いて10分ほどのところにある浄土真宗本願寺派『遍照寺』様の境内にある、みすず女史の(小さくかわいい)墓所に、(紙芝居を作らせて頂くご報告をして、)お参りさせて頂きました。(金子みすずさんは、熱心な浄土真宗門徒でした。)
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 それで、彼女の詩は、そのまま『お念仏の味わい(=教え=感想)』になっているのです。
 僕の作ろうとしている紙芝居も、彼女の生涯はさらっと流して、彼女の想いに寄り添って作ろうと思っています。(それは非常に難しいことですが・・)
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(鯨(くじら)墓)
 その彼女の命に対する優しい心の(核)となったものが、父親の実家のあった隣の町=島[青海島]『通』(かよいと読みます)の古式捕鯨の様子(風土)ではなかったかと僕は思うのです。
 それで、『通』の[くじら資料館]に行き、捕鯨との命のやり取りの現場を見て、そして、鯨に対するその優しさの表われとして残っている『鯨墓』(生まれることが出来なかった鯨の胎児が祀られています。(一頭一頭の戒名もあります))をお参りさせて頂いて来ました。
 非常な強行軍で、たいへんしんどかったですが、しっかりと[取材]させて頂いてきたつもりです。
 いよいよ、この秋から実質的な制作に入る予定です。・・お楽しみに。
 

今年のお盆のこと・・

 現在、『一遍上人』の紙芝居を(長期)連載中のため、個人的なこと(日記)を、まったく書いていない。
 で、今回はちょっと閑話休題ということで、今年のお盆でのことを少し書いてみたい。

 相変わらず、今年も[お盆]は忙しかった。
 七日には、富田林の専念寺さま、そして十五日には、太子町の光福寺さまの[盂蘭盆法要]へ、紙芝居法話に行かせて頂き、その間、九日には例年の村のお墓参りがあり、それが終われば、檀家さん(全宅)へのお盆参りが続いた。
 今年は、非常な暑さのため、その対策には万全を期して対処したつもりなのだが、それでもやはり体力は消耗した。
 また、お盆の終わり頃には、ある檀家さんのお葬式も入ったため(あっちこっちへ)分刻みで、車と自転車で走り回ることにもなった。
 ・・でも、なんとか、無事に怪我なくトラブルなく、今年も無事に乗り切りました。
 さて、来年はどうなることか?それはその時、考えましょう。
 まずは(今年のお盆は)、めでたし、めでたし・・でした。
 

お盆まいりが始まってます。

 残暑見舞い申し上げます。
 さて、今年も、来るべきものがやって来ました。
 そう、お盆です。
 おそらく、私にとって、一年で一番忙しい「時」でしょう。
 年々、加齢による体力の衰えを感じる今日この頃ですが、これが終わらないと、僕にとっての「休暇」も来ない。
 頑張って今年も無事に乗り切りたいと思います。合掌
 
 

加賀田公民館「紙芝居講座」の予定

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 加賀田公民館の館長様からのご依頼で、この秋、先の公民館で「紙芝居講座」を開くことになった。
 題して、紙芝居講座『願わくば、花のしたにて春死なん~西行法師の一生~』。
 わが町〔河南町〕で、西行法師はお亡くなりになった。
 うちのお寺から、車で15分ぐらいの場所に、その墓所とお寺〔弘川寺〕がある。
 僕は、その場所が近いため、よくお参りに行く。
 それは、西行という人が好きでもあるが、お寺の静寂な雰囲気が好きな為でもある。(今流に言えば、癒されに行くのだ)
 そして、その『西行法師』の紙芝居を作った。
 はっきりいえば、僕は〔西行法師〕研究家でもないので、詳しい事はよく解らない。
 ただ、その生き様が好きだから、紙芝居化しただけだ。
 が、その紙芝居を、「市民講座でせよ」という依頼がきた。
 素人に毛が生えたようなような僕には、専門的な話はできない。
 しかし、それを(おそらく)承知で、僕に来た依頼だ。
 出来る範囲で、精一杯「西行法師」の魅力を伝えさせていただこう・・と思う。
 よろしければ、河内長野市民の皆様、おいで下さい。合掌

一遍上人の御廟所

 現在制作中の紙芝居『捨聖 一遍上人』が、ようやく完成のめどがついた。(99パーセント出来上がった)
 それで今日、一遍上人のご廟所(お墓)がある、神戸市兵庫区の「時宗 真光寺」さまにお参りに行かせて頂いて来た。
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 大きな境内の中にある『ご廟所』。
ファイル 1155-2.jpg(一遍上人ご廟所)
 そう、「捨て聖(ひじり)」と呼ばれた『一遍智真上人』は、愛媛県松山に生まれ、二度の出家を経て、旅に生き(歴史に名を残す)名僧となられた。
 そして、過度の栄養失調(?)により、この地で倒れて亡くなられた。
 僕は今日、上人のお墓の前で報告した。「お上人の紙芝居が完成しました。どうか、この紙芝居を見た人が、お上人の生き方に感銘してくれますように。」と。
ファイル 1155-3.jpg(真光寺本堂)
ファイル 1155-4.jpg(一遍上人ご木像)
 その上人の行年は、五十一歳であったという。
 上人の生涯は、極めてインドのお釈迦さまに似ておられる。
 豪族の家に生まれ、結婚もし子供も儲けるが、無常を感じて出家。
 そして、旅に生き旅に死んだ。
 その最後は潔く、死期を悟った時、すべての持ち物を焼き尽くし、正にすべての執着を捨て果てて死んでいった。
 こんなように、僕も生きたい。
 さて僕は、上人のように、死期を悟った時、すべての『紙芝居』を燃やし尽し、死んでいけるだろうか?
 最近、そんなことばかり考える。
 後の人に、作った物を残すことが良いことだとは、僕は思っていない。
 なるべく、『捨て果てて』潔く死にたい。・・一遍上人のように。(まだ死にませんが。〔笑い〕)
 そんなことを思いながら、この紙芝居を作った。
ファイル 1155-5.jpg(境内にある熊野権現社)
 最後に、境内に建つ上人に、悟りのヒントを与えたといわれる『熊野権現社』に合掌して、帰って来た。
 近々、この紙芝居は、ブログにアップしたいと思います。

今年の「玄清寺」寺子屋教室

ファイル 1154-1.jpg(浄土宗 玄清寺)
 今回で七回目となる、東大阪市の浄土宗「玄清寺」の『寺子屋教室』に、昨日『紙芝居法話』に行って来た。
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 相変わらず、子供たちは元気一杯だ。
 なぜに、今、大人は元気が無いのに、子供はあんなに元気なのだろうか?
 ストレスが無いのか?(いやいや、そんなことは無いだろうが・・)
 しかし、それにしても・・、本堂を走り回る!飛び回る!喋り捲る!・・元気の一言!(笑い)
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 さて、昨日の演目は『三尺三寸のお箸』と『注文の多い料理店』。
 前者は、「思いやりの大切さ」をテーマとし、後者は、「命の大切さ」をテーマとした作品だ。
 元気一杯で、本堂を走り回っていた子供たちも、紙芝居が始まったら、静かになり、そして真剣に見つめていてくれて、なんかとても『純』な魂たちと接触したような気がして、こちらが清めてもらった気がした、そんな今年の『寺子屋教室』だった。

中外日報:「地域でキラリ 頑張る宗教者」欄に掲載されました

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 昨日、(超宗派の)宗教新聞『中外日報』社から、掲載記事の新聞が送られて来た。
 そのコーナー名は、「地域でキラリ 頑張る宗教者」というネーミングである。
 それでは、その記事内容をアップしたいと思う。(以下、本文そのまま)

 《地域でキラリ頑張る宗教者 得意の絵を生かし自作紙芝居で布教の「出前」》

 『自作の紙芝居を使ったユニークな布教活動に取り組む大阪府河南町・浄土真宗本願寺派観念寺の宮本直樹住職。
 日々の法務の合間を縫って各地へ上演に出向き、真宗の教えや命の大切さを説く。
 紙芝居を始めたきっかけは平成八年、ビハーラ活動で法話をしてほしいと頼まれたこと。
 ホームの入所者が絵本を読むと笑顔を見せるようになった体験から、紙芝居の上演を思いついた。
 既製品に良いものが無く、子供の頃から得意だった絵の才を生かし、自作することにした。
 ジャンルは〔仏教もの〕の他、〔文学もの〕・〔西洋もの〕・〔現代もの〕・〔昔話もの〕など幅広く、これまでに130話を製作。
 「これは良い話だ」と思うと、「創作意欲がむくむく湧き上がり」、常に2・3作品を並行して作っている。
 以前は、福祉施設や病院などへよく「出前」していたが、最近はお寺での上演が増えてきた。
 口コミやネットのホームページを見た人からの依頼も多く、大阪だけではなく、滋賀や三重など関西一円に足を運んでいる。
 上演先のお寺からは、「分かりやすく」とよく言われる。「門徒さんに団塊の世代が増えています。お寺には関心を持っているのですが、上から《お説教》されるのが好きではないようです。」
 その点、紙芝居は、動物が主人公の擬似世界の話であったりして、例えば、真宗の地獄の世界もオブラートに包んで描ける。
 「阿弥陀経の意味や、親鸞聖人はどう偉いのかを知りたいから紙芝居をやってほしいなどとリクエストを頂きます。レトロですが、パソコン世代には、生の人間が手作りした絵を使ってしゃべるのが良いみたいですね。」
 大阪・豊中の本願寺派寺院(ブログ筆者補足:『法雲寺』様のこと)で先日披露したのは、「犬たちをおくる日」。
 人間に捨てられ殺処分されるイヌ・ネコを描いた今西乃子さんの同名ノンフィクションを紙芝居にした。(またまたブログ筆者補足:今西先生と出版社には製作許可を得ております)
 人が動物の命を奪う話でお寺での上演はためらっていたが、大きな反響があった。
 「仏様のお話などを、もっと作るべきだと思うのですが」と苦笑いする宮本住職は、自らの法悦と感動を伝えるために今日も絵筆を走らせる。』(文筆:飯川道弘記者) 
 以上全文。
 
 飯川さま、いつも応援記事ありがとうございます!・・宮本は、法悦です!(苦笑い、じゃなくて笑い。)
 
 
 

112回目の「特養 甍」講話クラブ

 昨日は、大阪市生野区にある「特養老人ホーム甍」の112回目の講話クラブの日。
 毎月、いろんな施設に「紙芝居法話」に行ってるもので、どの施設にどんな紙芝居をしたかは、毎回ノートに記録はしているのだが、法話の内容までは記録してない。
 だから、あまり内容の記憶がない。
 ・・正直言うと、その場その場で法話の中身は変わっているので、記憶にないのだと思う。
 老人ホームでの法話会は、予定どおりにはいかないのだ。 
 何が起こるか解らないからだ。
 途中で、入居者同士の方の喧嘩が起こったり、突飛な質問が出たり、歌を唄われる方が出たり、目の前を何往復もしてトイレにいかれる方が出たり、その場その場で、臨機応変に対応せねばならないのだ。
 だから、ここ「特養 甍」さんの場合は、紙芝居法話を20分ほどして、後は感想と質問の時間を15分ほど持っている。
 時には、この質問の時間が盛り上がって、30分以上になる事がある。(昨日もそうだった。)
 でも、これが楽しいのだ。
 何が起こるか解らん法話会の醍醐味は、お寺での法話会では味わえないのだ。
 毎回緊張するが、楽しみでもある施設での法話会。ここでは講話クラブと呼んでいるが、おそらく、こちらも200回まで続くのだろうなぁ。

スマートフォンとの戦い

 昨日、初めて『スマートフォン』なるものを買った。
 感想を言おう。
 「操作が難しくて解らん!」。・・悪戦苦闘だ。
 僕はメカに弱い。アナログ派人間である。
 こんな時代に『紙芝居』をやっているのだから、言わんでも解るよね・・。
 それにしても、スマホなるものの扱い方は難しい。
 メールを一つ打つにも、受信したものを開くにも、いったい何分掛かってるんやろ。
 それに、この携帯、言葉で言うと反応して、作動しよる。
 これは便利なようで、うっとうしい。
 ハッキリしゃべらな反応しよらん。
 たとえば、僕が「メールをする」と言ったら、器械が「メールを作動します」と言って、動き出す。(これってもう、未来やん。)
 でも、滑舌の悪い僕にとっては、こいつは敵や!
 いちいち、ものごとをハッキリ言わないと伝わらんねんから。
 それに、この喋り方は癖になる!
 昨日も、妻が「ご飯できたよ。早く食べてや」と言ったら、思わず僕は「ご飯を食べます。急いで食べます」と言って、箸を持ったやんけ。
 それに、テレビをつけるにも、「テレビをつけて。チャンネル代えて。」とか、「お風呂に入る。シャワーをつけて。」とか、まるで機械人間みたいになってしもたやんけ。
 僕ってもすぐ伝染する人間なんや。なんか情けない。
 さぁ、それじゃ、もうちょっと、今日もスマホと闘うか。
 ブログを消して。血圧上げて、手に汗かいて、機械に泣いて・・。

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