今日は、河南町放課後クラブという小1から小6までの子供たちの〔学童保育〕の会への出前の日。
この『出前』は毎年、夏休みにやっていて今回で三回目となる。
去年は『地獄と極楽』の話をして子供たちをビビらせたが、・・今回は《テーマ》を時流に合わせて、『杜子春』と『おこり地蔵』という二本の紙芝居にした。
それは〔北京オリンピック〕が現在、行われているので、中国が舞台の『杜子春』。そして、平和の祭典・オリンピックが行われているにも関わらず、グルジアで起こしている紛争に抗議の意味も込め、又、子供達に平和の大事さを訴えたいと思い、広島の原爆の悲劇を描いた『おこり地蔵』を選んだ。
〔テレビゲーム〕に慣れている子供達も、皆食い入るように紙芝居を見てくれて、こちらもやりがいを感じた『出前』であった。(紙芝居が終ったら、子供達が「ハァ~」とため息をついて皆床に寝そべった。ちょっと可哀想だったかなぁ・・)
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河南町放課後クラブへの出前
父への手紙
拝啓、宮本茂樹さま
お父さん、お元気ですか。あちらの世界へ往かれてから、もう今日で丸二年が経ちました。
こちらでは、お父さんの《三回忌》をこの前にちゃんとやりました。ちゃんとお供え物は届きましたか?
そういえば、お酒が好きだったので、色々なワンカップ酒を買ってきて、お供えしていたら、この前《夢》で、「もう、酒はいらん!」と怒って出てきましたね。あちらの世界では、お酒などなくても、憂さを晴らせるのですか?あれから、もうお酒はお供えしてませんが、本当に大丈夫ですか?又飲みたくなったら、《夢》で教えて下さい。
こちらの世界は何とかやってます。母も病院通いをしながら、結構お芝居など行って遊んでいるようです。
弟夫婦もその子供たちも、三回忌の時に来ていましたが、元気そうでした。弟も或る程度《出世》したそうです。(どの程度なのかよく解りませんが)
僕の家族も、色々ありますが何とかやってます。娘も息子も大学生になりました。(なんとか〔笑〕)
時々、お父さんの事を妻と話しているのですよ。「ちょうど良い時に、お父さんは亡くなった。苦しまず、あまり寝込まず、あっという間に往けて本当に良かった。徳があったんやなぁ」と。
僕はあまり、お父さんのことを思い出さない様にしています。
僕は涙もろいので、思い出したら耐えられないのです。こんな人間が、坊主をやっているのですから変な話です。
お父さん、もうこの世では話しをする事ができなくなってしまいましたが、胸の中ではすぐにお父さんの声が甦ります。
これからもどうか、こちらの我々を見守って下さい。
よろしくお願い致します。
そうそう、阿弥陀さまにもよろしくお伝え下さい。
それでは、又。お元気で。合掌 息子の直樹より
追伸:父の日にあげた腕時計は、今僕が形見に使っています。プレゼントした物を形見に持っているなんて変な話ですが、これをつけているとお父さんが常に側に居てくれている様な感じがしているのです。潰れるまで大事に使いますね。
〔お盆参り〕に想う詩(ウタ)
自転車で《お盆参り》をしていて〔詩〕が浮かんだ・・
犬には鳴かれ、赤子に泣かれ、
ひ弱な足腰を自ら嘆き、正座の長さに耐え、
一日に何十杯のお茶とジュースを飲み、
されど、食欲は湧き・・、
東に〔お布施〕を用意してない人あらば、「来月で結構です」と言い、
後ろでウチワを扇いでくれるご婦人あらば、「ありがとうございます」と言いつつ、ロウソクの火が消えぬかを気にし、
西で〔お布施〕を頂くのを忘れ、追いかけて来て下さる人あらば、「お恥ずかしい次第です」と低頭し、
日照りの日中、フラフラ走り、
雲行き怪しき空見れば、オロオロ走り、
遅刻しかけりゃ、ハラハラ動悸・・、
なるべく皆から、〔デクの坊〕と呼ばれぬようにお経をあげる、
・・こんな馬鹿な〔詩〕ばかりを考えぬ、立派な僧侶に私はなりたい・・

飲んだ、飲んだ!
お檀家さん宅への〔お盆参り〕が始まっている。
麦茶、ウーロン茶、アイスティー、アイスコーヒー、ジャスミンティー、オロナミンC、コーラ、かき氷、スポーツドリンク、フルーツゼリー、エトセトラ、エトセトラ・・。
昨日、今日でいったい何十杯の飲み物を〔読経〕の後に頂いたであろう?そして、後何十杯、頂くのであろう?・・
「お腹が一杯ですので遠慮します」と言うのも、なぜか煩わしく思えて・・。思い切って飲んでしまった方が〔楽〕な感じが今年はして・・。
又、喉が渇いてしょうがない時も正直あって・・。
体調を整えながら、今年は限界に挑戦してみたい・・と思う。〔笑い〕
走れ、墓参り!
(イメージイラスト〔笑〕)
先日、この《ブログ》にも書いたけど、9日は僕の住む地域の一年に一度の《大墓参りイベント》の日であり、今年もそれが〔曇りのち晴れ〕というベスト天候の中、無事に終る事ができた。
なぜ、イベントなのかというと、この日は早朝4時半頃から、午前11時頃まで、村のすべての宗派のお坊さんが、小山の墓場に全員集結し、半日をかけて、ほとんどすべての〔お墓〕にお参りをするからである。(そら、あらゆるお経があちこちから聞こえて賑やかですよ!)又、アイスクリーム屋さんなどの出店も墓場の入り口に開店して、この日は大いに繁盛する。(今年も儲かっていたと思う)
結論からいうと、この日僕は(短いお経であるが、)95回称えた。僕一人ではとても回りきれないので、友人等にも前日から、お泊まりで応援に来てもらい、今年は全部で200回ほどお経をあげた事になる。
当然、急ぐ時は走って移動しお参りをする!つまり〔走れ、墓参り〕なのである。
汗は滝のように流れる。水分補給は頻繁に行うが、この6時間、一度もトイレには行きたいとは思わない。(おそらく汗にすべてなってしまうのだろう・・)
でも、しんどいだけではなく、金髪ピアスの若者が、おじいちゃん等と一緒に熱心にお参りをするという光景も見れるので、ほのぼのとして良い面もあるにはある。
この過酷なイベントを、いった何歳まで続けるのだろうか?と不安に思い呆然とすることがあるが、それは〔仏様の思し召し!〕 やれるだけやる。
さぁ、明日から門徒さんのお宅の〔お盆参り〕だ!そして、夜には他の寺院の〔お盆法要〕にも、『紙芝居法話』で行かねばならない。
やはり「頼むぞ!チオビタ!任せたぞ!高麗人参〔活ジン〕(注・ドリンク剤の名前)(注2 リポビタンDはもう飲んでしまった・・)」
心のこもった『読経』って、何?
昨日、或る方のお参りが終ったのち、施主さまから「心のこもった御読経、有難うございました」と言われた。
それを帰って自慢げに(笑)、妻に話したら、「お経をあげる事に、『心をこめる』とか、『こめない』とかっていう表現は、ちょっと間違っているのと違うの?」と言われた。
その言葉に『ムカッ!』として「何でやっ!?」と言ったら、妻は「・・だって、仏様の《言葉》を、あなたが代わりに、そのまま、お伝えしているのでしょう?・・だったら、『心』をこめなくても、そのまま淡々と称えるだけで、ちゃんと伝わるのと違うの?そら、お経の文句を間違ったらあかんやろけど・・」と、言いやがるではないか!
僕は「そやけど、ボーっと読経するのと、意味を味わいながら、読経するのとではやっぱり違うと思うぞ!」と言った。
すると妻は「それはあなたの〔満足感〕と違うの?」とまだ、言いやがるではないか。
それで僕は「『心をこめる』っていうのは、仏様や亡くなられた方の家族さんの気持ちを大事に思い、そして労わり、思いやりの心を持つ事やと思う。とても大事なことなんじゃ!ボケッ!」と言った。(訂正:「ボケッ」とは本当は言ってない。そんなん言ったら、晩ご飯ぬきになる!〔笑〕)
妻は「でも、やっぱり《読経》に『心をこめる』っていうのは、私は違うと思う・・」と言った。
・・その後、この話は絶ち切れたのだが、今、考えたらやはり妻の言っていた事の方が、正しいような気がする。
《心をこめる》=『自力』、《心をこめない(否、そのままお任せの気持ちでお伝えする)》=『他力』、にそのまま結びつくかどうかはわからんが、・・僕の仕事は、仏様のお言葉を間違いのないように、そのまま右から左へお伝えすることが、一番ベストなような気がするのだ。
・・とは言いながら、《心をこめる》っていうのは、僕の性分。
間違っているかも知れないが、やはり死ぬまで、このまま通すような気がする。
《日蓮宗》青年僧への期待!
昨日、特養老人ホーム『甍(イラカ)』の〔出前法話〕現場に、一人の《日蓮宗》の青年僧が、見学に来られた。
彼は、在家出身の僧侶で、今まで京都のお寺で《修行》を積んでこられたが、このほど、御実家近くの〔広島県〕の或るお寺の住職として、新たに赴任されるらしい。
そのお寺というのも、檀家もなく、本堂も小さく、山の中にある古びたお寺とかで、何もかも一からのスタートであるそうだ。
・・この〔お寺の出前〕の存在は、ネットで見つけられ、ご自分もいつか、地元の〔福祉施設〕などに《法話の出前》に行ってみたいと考えられ、うちへの電話連絡、そして昨日の見学となった。
僕とは《宗派》の違いこそあれ、同じ在家出身者であり、これから前途多難であろうが、〔お寺の出前〕のような変わった事をしてみたいというこの青年僧に、深い共感と感動を覚えた。
「僕にできることがあれば是非、協力と応援をしたい」と言って、昨日は別れた。
白寿苑の《牢名主》!?
昨日は、特養ホーム『白寿苑』の第144回目の《法話会》の日であった。
この《法話会》の第一回目(13年前)から参加されている方が、お二人おられる。
お一人が男性のA木さんで、もうお一人が、鹿児島出身の薩摩おご女、N中さんだ。
このN中さんが、おもしろい!
娘さんのご主人の転勤で、大阪にやって来られたN中さん。
・・お身体が弱り、『白寿苑』とのご縁が出来、今は車椅子で片手は不自由だが、頭はしっかりされていて、口はいたって達者だ!(達者過ぎる!)
たいてい、一番初めに、この《法話会》にやって来られて、〔小原節〕を唄い、僕に聞かせてくださる。(13年間、聞いてたから完璧に覚えてしまった)
このN中さん、昨日お会いした時、開口一番こう言われた。
「せんせぇ~い(先生)、私もこの苑の一番の《古株》になってしまいましたよ。・・新しく入って来られた入居者さんは、たいてい私の処まで挨拶に来られるのですよ。そして、この苑でのクラブ活動の様子とか、色々なことを私に聞いてくるのですよ。私もそれが嬉しいから、色々な苑内での〔生活規則〕などを教えてあげるの!」と・・。
僕はそれを聞いて「N中さんは、ここのウラ施設長やな~。給金貰わなあかんね~」と言って笑った。
すると、「そうなのよ~、せんせぇ~い(先生)。私はここの《牢名主》なのよ。古狸、古狸・・」と言って笑われた。
確かにN中さんは、ここの《名物入居者》には違いない。
いつまでも元気で、この『法話会』に参加して欲しいと思うのだが、・・それはいったい、いつまで続くのだろうか?
この日も、帰り際、「気をつけて帰ってくださいよ。私のためにも・・。そして又来月もお話聞かせてくださいよ」と言われた。
『スーパーコート堺白鷺』への出前
昨日、有料老人ホーム『スーパーコート堺白鷺(シラサギ)』へ、〔お寺の出前〕に行って来た。
ここは、先月オープン仕立ての、できたてホヤホヤの施設である。
まだ、入居者の方も半分程で、スタッフもどこか初い初いしい。(当然か・・)
・・ということで、まだこれと云った苑内イベントがないので、僕の出番となったという訳だ。
(この日は、外部からの見学者も多くおられ、施設のデモンストレーションも兼ねていた・・ような気がする)
又、こことのご縁は、スタッフの一人の看護師さんが、うちのお寺の檀家さんなので、そこから〔お声〕が掛かったという訳である。
今回の演目は、紙芝居『三尺三寸のお箸』・『じゅげむ』・『くもの糸』の三本で、体操なども取り入れながら、約一時間お話させてもらった。
帰り際、一人の入居女性が、僕にお話に来られた。
その内容は、「家に置いてきた《仏壇》が心配」との事で、長男も長女もお参りをせず、三男だけがたまにお参りをされるらしい。「この先、どうなってしまうのか?・・」が、悩みなのだそうだ。
僕は言った。「仏壇を守るのは、三男さんでも良いではないですか。三男さんに希望を賭けましょう」と・・。
「なんか、そう言われたら安心しました」と言われお部屋に帰って行かれた。
「・・悩みというのは、死ぬまで尽きることがない。だから宗教者に入居者の方の相談役として、毎月でも来てもらいたい」と施設長に言われたが、・・うれしい言葉だが、毎月のボランティアをこれ以上増やすのはちょっとしんどい・・・ような。通うのに約1時間かかるしなぁ・・。どないしよか??
映画『西の魔女が死んだ』を見て・・・
昨日、『西の魔女が死んだ』という日本映画を見てきた。
本当は『インディ・ジョーンズ・・』を見ようと思っていたのだが、映画館に行ったら、『西の魔女・・』の上映の方がもう、終わってしまいそうな雰囲気だったので、こっちを取った。〔僕は原作者の<梨木香歩>さんが大好きなのだ!〕(映画は一日二回の上映で、お客は僕ら夫婦を入れても10人もいなかった)
このお話を簡単に紹介する・・。
〔主人公の中学生の女の子《まい》は、学校でいじめに合い不登校となり、心を癒す為に、代々《魔女》の血筋をひくという英国人の《祖母》の家で、しばらくの間過ごす事になる。
この《祖母》は山奥の一軒やで暮らし、草木についての知恵や知識をふんだんに持ち、物事の先を見通す不思議な能力を持つがゆえに《魔女》であるとの事であった。
《まい》も『自分も魔女になりたい!』と思い、《祖母》の元で『魔女修行』を始め、風を受け入れ、光を感じながら大自然の中で、閉ざしていた心を徐々に解き放していくのであった・・〕
・・と、まぁ、このようなお話で、CGも何もない淡々とした素朴な映画なのであるが、内容は或る意味〔宗教的〕で深い。
たとえば、祖母と《まい》のセリフに次のようなものがある。
(まい)「おばあちゃん、人は死んだらどうなるの?」
(祖母)「・・そうですねぇ、おばあちゃんの信じている話をしましょう・・」とか。(・・この続きは本か、映画館で!)
(祖母)「・・自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思うことはありませんよ。 ハワイより北極で生きる方を選んだからといって、誰がシロクマを責めますか」とか。
(祖母)「草や木が光に向かって伸びていくように、魂は成長したがっているんです」とか。
(祖母)「魔女になるために、一番大切なのは意志の力です。自分で決める力、自分で決めたことをやりとげる力です」とか。・・(まるで、《がばいばあちゃん》を上品にしたような、そんなセリフがたくさん出てくる)
実は僕の娘も、今のお寺に10年前に引っ越して来た時、不登校になった。
色々と悩み、さまざまな所へ相談にも行った。
・・が、娘を救ってくれたのは、このお話と同じ、娘の《祖母》であった。
つまり、僕の母親が(魔女ではないが、〔笑〕)、娘を救った・・と思っている。娘は僕らの元を離れ、僕の両親の元へ引っ越した。学校も転校した。寂しかったが、仕方のない選択であった。全部そのままを受け入れてくれる娘の祖母は、娘の心を救ったのかもしれない。
僕ら夫婦はそんなわけで、娘を小学生の頃から育てていない。
後悔しない日はないが、これしか道がなかったと今でも自分に言い聞かす。
そんな娘も今は〔大学生〕になった。
昨日見た映画は、あの時の自分の選択を〔自分で慰めるかのような〕、そんな映画であった。

