先日、ご主人の〔お葬式〕をさせて頂いた《奥さん》のお話・・。
その〔ご主人〕は、まだ〔還暦〕前の若さでガンで亡くなられた。
昨日、お参りをさせて頂いた後、その奥さんは僕に「私達夫婦は《危機を脱して》、別れることができました」と言われた。
「ええっ」と一瞬意味がわからなくて黙っていたら、奥さんはその意味を詳しく説明して下さった。
一年前までは、元気であったその〔ご主人〕は大変無口な方であり、家庭の中ではほとんど喋らなかったらしい。
ご飯のオカズを作っても、子供さんに何かがあっても一切喋らなくて、それが嫌でたまらなくなり奥さんは密かに《離婚》の準備を始めていたそうだ。
・・が、今年の春に〔ご主人〕の《末期ガン》が発覚。
《離婚計画》は中止となって看病の日々が始まった。
病院のベットの中でも無口な〔ご主人〕であったが、ある日、「色々とありがとう」と奥さんに合掌されて、微笑まれたそうだ。
「私はもうそれだけで、今までの胸のつかえがスゥーと落ちて無くなり、夫を許すことができました。・・ほんま《ガン》という病気が後一年ずれて進行していたなら、私は確実に離婚して、夫も私も後悔を残したまま悲しい別れをしたと思います」と奥さんは涙ながらに言われた。
「死別はつらいけど、良いタイミングの病気の発覚だったと思っているのです」と、続けて言われたその奥さんの言葉に、僕の《ガン》に対する考え方が少し変わったような気がした。
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〔夫婦の危機〕を脱しての別れ・・・
「私、明日死にますねん・・」
昨日は、特養老人ホーム『甍』の月例《講話クラブ》の日であった。
(《講話クラブ》という名ではあるが、内容は『紙芝居法話会』である)
そこで、始まるまでの準備をしていると、初めに来られた車椅子の高齢女性が、僕に向かって一言。
「住職さん、私、明日(あす)死にますねん。生きててもしゃあないし・・」と言われた。
それを聞いた女性職員が「○○さん、変な事言わんといて下さい!」と慌てて言われた。
僕は『何かあったのかな?』と思って、「まぁまぁ・・」と間に入り、「へぇ、明日、死ぬんですか?もう決めてはるのですか?・・又、なんで?」と聞いた。
すると、片手を顔に当てて、下を向いてそれ以上何も言わなくなって、そのまま寝てしまわれた。
僕は『勝手なことだけ言って、さっさと寝やんといてくれ!』と思ったが、《クラブ》を初めなくてはいけないので、そのままほっておいた。
この方、最後までずっと気持ち良く休んでおられ、話しが終ったら合掌して、自分が何を言ったかなんて忘れられ、おやつを食べにさっさと帰ってしまわれた。
僕は「こんなもんなんやろなぁ・・」と思った。
誰でも、誰かに自分の〔心の叫び〕を浴びせたい時がある。
この方のそれが、今日はたまたま僕であったのであろう・・。
待っておられた『法話会』

昨日、特養『白寿苑』の月例「法話会」に行って来た。
早めに着いた僕が『苑』の会場に入ったら、すでにNさんは一番前で、(車椅子姿で)ちょこんと待っておられた。
僕は「Nさん、早くから待ってて下さったんですか?」と聞くと・・、
「はい、先生。先月はお休みされたでしょうー。前回も、私はずっと待ってたんですよ。何かあったんじゃないかと心配しましたよ。でも今日はお会いできて良かったです」と言われた。
(そう、先月は《お葬式》が入ったので、「法話会」をお休みさせて頂いたのである)
そしてNさんは「私は、先月も今月もずっ~と一番で待たせてもらってますよ。だってお話聞くの楽しみですもん」と言われた。
Nさんは、僕の『紙芝居法話会』に十三年前の第一回目から参加して下さっている。自称〔薩摩の古狸〕参加者なのである。
この方、鹿児島生まれなので声もデカイ。僕がしゃべっていても、意見があれば話を止めて割り込んでこられる。
先々月お会いした時は、ベッドから落ちて足と胸の骨を一本ずつ折り、コルセットを巻いて、移動式ベッドで参加してくださった。(今月はもう車椅子姿に戻っておられてホッとしたが、胸にはまだコルセットを巻いておられた・・12月1日には外せるらしい。)
今回、このように、毎月楽しみに僕を待っていて下さっている方が居られる事に、改めて気がついた。ホンマ嬉しく、そして身が引き締まる思いが久々にした。「これからもずっと「法話会」を続けますからね、〔古狸〕さん!」
《第3回 あんり祭》への出前
昨日、社会福祉法人『カナン』主催の《第3回あんり祭》へ「お寺の出前」に行って来た。
上の(写真)は今回のメインゲストの演歌歌手さんである。名前は・・忘れた・・すんません。
さて、今回の祭りのテーマも去年に引き続き、『~お蔭さまの精神を持って~』と理事長が最初の挨拶でおっしゃられた。
この祭りは、こちらの施設が日頃から何かとお世話になっている村の婦人会や青年団、そして入居者家族や村人を招いて、職員等がたこ焼きやワタ飴などの屋台を出し、苑内外で接待をして、入居老人とのふれあいの場を作っていこうというものである。
まぁ、そこに今回も「何かみんなに仏教的なお話をせよ」と理事長からの依頼があり、(ここの施設の〔評議委員〕でもある)私ともう一カ寺のS光寺のご住職さんM本さんの二人が、コラボしてこの催しの一コマを持たせていただいたという訳である。
その時の様子が上の(写真)である。
今回は二人の宗派の違う僧侶(M本さんは浄土宗・僕は浄土真宗)が力を合わせて(?)、持ち時間20分をフルに使い、テーマを一つに絞込み、
・・僕は紙芝居「二つの墓穴」という福祉的な物語をして、M本さんはその話に今流の講釈を入れ、仏教がただの〔机上の空論〕ではないことを熱弁された。(話が堅くなってはいけないので、物語に出て来る〔スコップ〕の実物をも使いながらお話した。僧侶が会場にスコップを持って登場したから、もうそれだけで皆の注目を集め、そして会場は爆笑だった)
反省すべき所も多々あったが、理事長や他の評議委員、そして村のみんなから盛大な拍手を頂いたので、今回はこれで良かったとしよう。
坊さんポスターへの落書き
変更の変更は、中止なのだ!
前回のブログの続きになってしまうが、《お葬式》の執行が今も続いている。(先週だけで三回あった)
・・それで、平成8年から〔皆勤〕が続いていた、毎月一回の特養老人ホーム『白寿苑』での《紙芝居法話会》が、今月遂に中止になってしまった。
これは先週、お葬式が入った為に、日にちを今日に〔変更〕してもらったのだが、その今日もお葬式が入り、変更日の〔変更〕をお願いしたのだが、施設側との日程調整が合わなくて、遂に中止になってしまったのだ。
これで〔146回〕続いた、毎月一回の法話会・皆勤記録が、遂にストップしてしまった。(ストップする時がいつかは来ると思っていた)
誠に残念ではあるが、これは僕の仕事上、仕方のない事なのだ。
仕事としての〔お葬式〕と、ボランティアの〔法話会〕をハカリに架けたら、どうしても〔お葬式〕を取らざるを得ない。
これはボランティア活動としての『お寺の出前』の宿命なのである。
施設側も、そこのトコをちゃんと理解して下さっている、・・・だから申し訳ないが有難い。
ほんじゃ又、来月から新たに『白寿苑』での〔皆勤記録〕を作り始めるとしましょう・・・か。
報恩講、報恩講、報恩講、お葬式、お葬式・・・
この一週間、忙しい・・・。
月曜日、近隣寺院の《報恩講法要》へ(昼)・(夜)の部への出勤〔勤行〕。その間に、うちのお寺の大掃除。
火曜日、うちの寺の《報恩講法要》。(昼)(夜)の出勤と接待。深夜、檀家さんの死亡連絡が入り〔枕経〕。
水曜日、近隣寺院の《報恩講法要》へ(夜)の出勤と〔紙芝居法話〕。深夜、檀家さんの死亡連絡が入り〔枕経〕。
木曜日、檀家さんのお葬式〔通夜法要〕。明日の老人ホーム『お寺の出前』の延期を連絡。
金曜日、檀家さんのお葬式〔葬儀告別式〕。と別の檀家さんのお葬式〔通夜法要〕。
・・そして明日、土曜日はお葬式〔葬儀告別式〕。その後、村の秋祭り。
この一週間、本当に忙しかった。
いや、まだ「忙しかった」と過去形で終らしてはいけない・・。
明日は明日の大事な予定があり、その後、どのような事が一寸先に待っているか、それは今は何もわからないからだ。
今日一日は一回こっきり。今やらねばならない事を、精一杯頑張ろう!・・と思う。
(こんな内容のブログを書くなんて、僕も相当疲れているようだ・・な? 又、栄養ドリンク買わなあかんなぁ。〔笑い〕)
〔裸のつきあい〕の法事
先日、或る檀家さんの五十回忌の法事があった。
・・その以前、施主さんの奥さんから電話で、「この〔五十回忌〕で〔年忌・法要〕を切り上げようと思っているのですが、家でのお勤め〔読経〕の後、バスで〔温泉旅館〕に行き《食事会》を開こうと思っているのですが、お願いできませんか?」と連絡が入った。
僕の仕事は御家での〔読経〕だけだと思い、「かしこまりました」と返事をしたら、その後「住職さんも、一緒に温泉旅館に行って欲しい」と頼まれ、そしてできるなら「・・温泉にお父さん(83才)と一緒に入ってもらいたいのだが・・」と言われた。
・・というのも、そこのご主人はお酒が飲めなくて、宴席ではすぐに退屈され、おそらく、すぐに温泉へと行ってしまわれるであろう。・・が、我家は女兄弟ばかりで男がいない為、お父さんが温泉の中で倒れてはしまわないかと心配なので、それで僕に見張ってて欲しい、という事なのだ。〔笑い〕・・という事を恐縮そうにおっしゃられた。
「そのような理由があるなら、良うございますよ」とお引き受けし、宴席では、その御主人の横に座り、案の定、すぐに温泉に立って行かれようとされたので、奥さんと目配せし「僕も温泉入らせてもらいます」と言って(人目を気にしながら、坊さんの着物姿で・・〔笑い〕)ついて行き、服を脱がせてあげたり、着せてあげたりして、介護のような(笑い)気持ちで、温泉にご一緒させていただいた。
そして、湯上り上機嫌のお父さんと、宴席に又帰って来てから、お茶でカンパイして、又、奥さんとの目配せもしっかりして楽しい時間を過ごさせていただいた。
なんとも気持ちの良い・・が、変わった〔年忌法要〕であった。
神社の中での『読経』
先日、僕の知り合いの弟さんが亡くなられた。
その方は、京都の或る神社の社務所で住み、(神主さんではないのだが)留守居役をされていた。(神主さんの居ない神社なのである)
この方の奥さんはすでに亡くなっておられたので、社務所内に仏壇があり、後を誰も守る事ができない為に、所帯道具(仏壇も)をここから移さなくてはならなくなった。
それで、僕に〔遷仏法要(仏様に移ってもらう儀式)〕をして欲しいと、この方のお姉さんが頼みに来られて、おととい行って来た。
こちらの神社は〔鎮守の森〕があって、想像以上に大きかった。(昔、NHKの「ゆく年来る年」の中継先にもなったそうだ)
僕はこの、今はカラスとスズ虫の声だけがする神社の社務所で、仏壇にお参りをさせて頂き〔遷仏の儀式〕を無事に終えた。
静かな神社の中で、お経を読経するという、何とも不思議なお勤めであった。
浄土宗《児童教化連盟 研修会》への出前
(研修会場の様子)
昨日、大阪は天王寺区にある〔浄土宗・大阪教区 教務所〕へ、《児童教化連盟 研修会》の〔出前講演〕に行ってきた。
ちなみに僕は〔浄土真宗〕なので、こちらの宗教と《宗派》の違いはあるのだが、理事長さんが「子供の(道徳教育)に宗派の違いなど関係ありません。どうぞ、いつもと同じようにお話して下さい」とおっしゃって下さったので、お言葉に甘えて(好き放題〔笑〕)しゃべって来た。

参加者は、若手僧侶の方が2~30人程であったか。
違う《宗派》の方にお話するのに、最初多少の緊張感はあったのだが、「僕も《仏教大》の卒業生です。(注:浄土宗は《仏大卒が多い》」と言ったら、とたんに空気が和やかになったので、同郷の力は大きいと改めて思った。
そして話の内容は、《子供の情感に訴える『紙芝居』の力の面白さ》を中心にお話し、最後に皆と意見交換をした。(浄土宗にも〔腹話術〕や〔手品〕が出来る若手僧侶がいる事に感心し感動した)
その後、近くの居酒屋で懇親会を開いて下さったので出席し、懐かしい〔仏大〕の思い出話に花が咲いた。


