昨日、親鸞聖人の夢を見た。
もちろん夢なので、何故登場されたのかは解らない。
・・おそらく今、親鸞聖人の『出家とその弟子』という「紙芝居」を作っているので、夢という形で〔幻影〕が現れたのであろう。
夢の中の親鸞聖人は、笠を被り、小さな身体で、杖を持ち、シルエット(影絵)で、(なぜ、シルエットなのか訳が解らん。)僕の前に出て来られた。
僕は、これは絶好の機会だと思って、夢の中で色々と質問した。
お聖人は一つ一つ丁寧に答えて下さった。(夢でもうれしい・・)
たとえば、僕はお聖人に「この(西洋のキリスト教的視点からも見た『出家とその弟子』という)紙芝居を作っても良いでしょうか?・・間違ったお聖人の教えを伝える事にならないでしょうか?」と問うた。
お聖人は、「神仏の教えを伝える事に、これは間違いだとか、間違いではないという事は、自分で決めることではない。その判断は仏様にお任せせよ。自分が感じたまま思ったままを作りなさい」と答えてくださった。
又、「僕がよく老人ホームでやっている「子供を亡くしたゴータミー」という紙芝居ですが、これはお聖人の教えではないですが、良いでしょうか?」と、いう質問に対しては、
「その(ゴータミーの)話は、私の説いた教えではない。・・が、同じお釈迦様の教えである。私の教えもお釈迦様の教えである。だから結果的に一緒である。自信を持って布教せよ。」と言われた。
又、「老人ホームとか病院とかでの布教は、自分のお寺の繁栄にならないですが良いでしょうか?」とかも質問すると、
「そのような場所での布教こそが、本当の布教である。自信を持て。力一杯回れ。お寺の繁栄にならなくても、それこそが私が望むものだ」と言われた。
・・今、このブログを書いていて、どうやら、どれもこれも、このお聖人の声は、自分の心の声の反映のような気がする。
たかが夢、されど夢。・・でも良い。なぜか今、僕の心は安心観で一杯なのだ。
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親鸞聖人の夢
三度目の〔ゆおびか〕
(グループホームゆおびか)
昨日、午前中の「月忌参り」を済ませ、お昼から車を飛ばして、大阪市東成区にある『グループホームゆおびか』に、三度目の「お寺の出前」に行って来た。
一回目は去年の〔春〕、二回目が〔秋〕で、そして昨日が三度目、はじめての〔冬〕の出前となった。
話の内容は、例によって例の如く、職員さんから「極楽へうまく往く為の方法(その3)を伝授して欲しい」と、リクエストされ、そこのトコは前回と同じで、お経さん『阿弥陀経』を頼りに、ちょこちょっことだけお話し、後は「紙芝居」を見て楽しんで頂いた。
僕は、いつも同じようなお話しか出来ない! ・・が、103才の女性を筆頭に、皆さん真剣に「うんうん」と頷き、初めて聞いたようなお顔をされるので、こちらも初めてお話しするような顔をしながらしゃべった。(笑い)
・・・あの~、この場を借りて一言。『極楽往きの話(その4)』はもう無いですから・・。 今度は皆さんが「どのようにすれば極楽に往けると思うか!?」というお考えを、私に聞かせて下さいね。
淡路島へゆく!
(淡路島から見た明石海峡大橋)
「・・さぁさぁ、ものの始まりが一ならば、国の始まりは大和の国、島の始まりは『淡路島』・・。」ではじまる『男はつらいよ』の寅さんの〔口上〕。
僕は映画で、この口上を聞く度に、「日本のルーツの島は『淡路島』なんや・・。この島に住みたい!」と、この島に淡い憧れを覚えていた。
現に僧侶に成る前は、『人間らしく生きるとは、大地と共に働く事だ!』と、(今から考えれば子供のような夢を抱いて・・、)憧れの淡路島で〔お百姓〕に成ろうと志し、何度も知り合いを頼って、〔たまねぎ畑〕のある物件を探して回った。(今から25年程前の話であるが・・。又〔世捨て人〕にも憧れた。・・ほんま嫁さんには心労を掛けまくった)
そんな僕は夢破れて、いや、『仏さまの思し召し』で僧侶となった。
・・が、その時の思いが今もあって、今でもよく『淡路島』に遊びに行く。 ・・それで昨日も行って来た。
今はもう、(体力的にも無理で)お百姓さんになろうとは思わないが、この海と山と畑と温泉の出る町が、すぐ近くに全部そろっている島が、今でも大好きなのだ。
作家の〔灰谷健次郎〕さんも、一時この島に住んでおられて、会いにも行った。
又、江戸末期の豪商〔高田屋嘉兵衛〕氏の子孫の方ともお会いした。
あぁ、願わくば、晩年はこの島で、空を見て海を見て生きてみたいなぁ・・。
甘い〔淡路たまねぎ〕をかじりながら、今日もそんな事を思った。
当たり前の幸せ・・・
今から、或る『老人ホーム』で亡くなられた方の「お葬式」の読経に行く・・。
一人の身寄りの無い御老人(男性88才)のお葬式だ。
・・が、身寄りはあるらしい。
娘さんが居られるらしい。
どのような事情かは解らぬが、娘さんとは『絶縁状態』なのだそうだ。
だから、(娘さんは)お葬式には来られない。
お骨も受け取らないらしい・・。(後見人の弁護士さんからお聞きした。 遺言によって、別の或るお寺に納骨することが決まっている)
昨日、施設職員の希望により、僕はその『お葬式』の執行を引き受けたのだが、今なんとも気が重い。
昨夜、施設のそばの葬儀会館へお通夜に行ったのだが、会葬は、施設の職員二名と後見人さん一名だった。
『葬儀社』もお金にならない、そのようなお葬式には素っ気がなく冷たい。
会葬者もいないので「明日は、15分ほどで終わってほしい」とも言われた。
・・昨日の帰り、車を運転しながら考えた。
『家族がある』という、当たり前の幸せ。
「お骨をどうしようか? お墓へはいつ納骨しようか? 弁当はどこで頼もうか? あーだ、こーだ」と言い合い、悩める親族がある、当たり前の幸せ。
我々は、その『当たり前の幸せ』にもっと感謝すべきではないかと・・。
「それはオモロイ!」と思ったチョコっとした話
今日は、バレンタインデー。
午前中、或る檀家さん宅に、お参りさせて頂いた時のホンマの話。
(そこの奥さん)「あぁ、院主さん。・・今、歯医者さんから帰って来たばかりで、仏壇の〔お飾り〕を何もしてませんねん。・・すみません。」
(僕)「ああ、そうですか。・・それはそうと、今日は日曜やけど、〔歯医者さん〕開業してますの?」
(奥さん)「はい、今はサービスが良くなって、日曜もやってますねんで。〔あいそ〕も宜しいで・・。 仕事をしてる私にとっては助かりますけど・・。それで、今日は〔バレンタインデー〕でしょう。私も帰りに、歯医者さんからサービスで〔チョコ〕貰いましてんでー。」
(僕)「歯医者さんが、チョコのサービスって面白いですねー。」
(奥さん)「・・でしょう! 私も面白くて、『歯の治療に来てるのに、又、〔虫歯〕にする気ですか!?』と、言うたりましてん。・・すると歯医者さんは『その通りです!バレましたか。・・甘いモノを一杯食べてもろて、又、虫歯になって、ようさん儲けさせてもろう作戦ですわ!ハハハッ』と言って笑いはりましてん」と言われた。
それを聞いて、「ホンマにオモロイ歯医者さんですねぇ。その歯医者、場所はどこですのん?・・チョコっと僕も行こうかなぁ」と言って、僕も笑わせて頂いた。
こんど、うちの寺でも、お参りに来られた方に、何かオモロイ(ブラックな)サービスを考えよかなぁ・・。
いやいや、そんな不謹慎な事は考えますまい。
仏道の世界はそんなチョコのように〔甘く〕はない。お後がよろしいようで・・。ナムアミダブツ・・ 合掌
「おもてなし」の心・・
今、『特養老人ホームあんり』の〔お話会〕から、帰ってきた。
今日は4階のフロアーで、入居者の皆さんと雑談をしながら時間を過ごした。
今日は『すべてのモノは変化するのだ(諸行無常)』という、お話もおまけにさせて頂き、その後、皆さんとご一緒に『おやつ(ブタまん)』を頂いた。
その〔おやつ〕を食べていたら、僕の隣のおばあちゃんが、そっと僕に自分のぶたまんを下さった。
僕は「召し上がらないのですか?」と聞くと、「どうぞ、私の分も食べてくださいな。・・(話を聞かせてもらった)私のお礼の気持ちです」とおっしゃるのだ。
僕は直ぐにそれを辞退したのだが、「どうしても・・」ときかれないので、結局有難く頂くことにした。
その時、僕はその方の態度を見て思ったのだ。・・「この方は、僕に持てなして下さっているのだ。ここは自分の家ではないので、おやつをプレゼントするという形で、〔おもてなし〕をして下さったのだ。・・これは有難く頂かねばならない」と思った。
おもてなしの心を受けるというのも、大事な仏道ではなかろうかと思った、今日の出会いであった。
太子温泉へ
京都での研修の疲れを取るために、昨日の晩、隣町(太子町:聖徳太子のお墓がある町)の『太子(タイシ)温泉』へ行って来た。
ここの温泉は、名前の通り〔聖徳太子のめぐみの湯〕というのが売り文句である。
・・が、お湯が湧いたのが〔昭和50年代〕というから、ちょっと〔飛鳥時代〕との時差はあるねぇ・・。(聖徳太子さまの御名、さまさまの天然温泉なんやねぇ・・)
さすがに〔聖徳太子の秘湯〕や〔隠し湯〕というネーミングは遠慮したんやねぇ。・・《昭和》に湧いたんやもんなぁ。
でもどうせなら、それを逆手にとって〔聖徳太子:スピリチャル秘湯 ~あなたも太子に癒される~〕とかにしたら、もっと若者も来てくれると思うねんけどなぁ・・。やっぱ、あかんか。
それはさておき、ここは割と小さな(目立たない)温泉なので、あまり混まないのが僕にはうれしい。(土・日もあまり混んでない・・。入湯料も安い。・・で、潰れないかが少し心配でもある。)
昨日ゆっくり温泉に浸かり、その後、《百円マッサージ機》(今時〔10分〕百円というのも良い。破れた布にガムテープで補修されてるのも、尚うれしい・・〔笑い〕)で、肩こりをほぐした。
まぁ、ともかく疲れはほぐれました。
大阪へ帰って来ました
先ほど、京都の西本願寺から大阪の自坊(寺)へ帰って来ました。
長い長い、長い長い、長い長い(まだ言い足りんような・・)
しんどい、しんどい一週間の研修でした。(救いは、あまり寒く無かったことかな。)
途中、余りの緊張の為、真夜中、お腹が痛くなり往生しました。(正露丸さん、感謝の気持ち、まんまんちゃん、あん!〔註:『やすしきよし』の昔むかーしのギャグです。〕)
研修で心に残ったのは、同じ受講者の女性の言葉・・。
「私、昨日は(実演試験に失敗し)部屋でずっと、夜中一人泣きました」
つらかったんや・・。すごく気持ち解りましたよ。それを聞いて僕も泣きそうになりました。あの緊張感は、体験したもんじゃないとわからんと思います!
でも、終ったことは終ったこと・・。気持ちを切り替えましょう!
さぁ、一週間、檀家さん宅へのお参りを休んだので、明日から頑張らねば。(仕事がたまってます!)
偶然の不思議・・・
〔偶然の不思議さ〕が、お正月から三つ続いて、『この世は面白い!』と今感じている。
一つ目、うちの寺の新年会で先週〔ヴィオラとピアノのコンサート〕をしたと、このブログにも書いたが、同じ週に以前「出前」に行かせて頂いた〔大阪南医療センター〕からメール便で、『院内で〔ヴィオラとピアノのコンサート〕をするので来て下さい』と連絡があって、担当のワーカーさんと「違う演奏家の方やけど、偶然やね~不思議やね~」とお互いお話した。このワーカーさん、結局うちの新年会にも来て下さって、さらに親睦を深める事ができた。(ありがとさんです)
二つ目、これも先々週、このブログで、枚方の小学校へ「出前」に行ったと書いたが、小学校の門前で『往生極楽ライブ』の主催者のお坊さんと、ばったり出会った。彼はここの小学校の元PTA会長だったらしい。・・偶然、とんど祭りをするというので来たところ、ばったり会ったのだ。
お互い顔を見合わせ指差し、『なんで、君がここにいるの?』と同時に言って笑った。後からメールで『久々のサプライズでした!』と連絡があった。そして『宮本君とは縁があるねんなぁ、今年もライブへの出演頼みます』と余計な〔おまけ〕まで言われてしまった。
三つ目、それは今日・・。近所の石屋さんから、「遠方のご夫人だが、こちらの村にお墓があるので、そこでお参りをして欲しい」と頼まれた。 ・・それで、お参りに行かせて頂き、そこで「どちらから来られたのですか?」とか、色々お話していたら、偶然、このブログによくコメントを下さる〔イベント坊主〕さんの檀家さんである事が解ってびっくりした。お互い「世間は狭いのですねー」と驚きあった次第である。
案外、この世は皆、〔大きい、小さい〕の違いはあるかもしれんが、不思議な偶然の連続なのかもしれない・・。
願わくば、今年もこれらのようなステキな偶然の出会い(ご仏縁)が、いっぱいありますように! そして、さらに良い人間関係がいっぱい築けますように!
あさってから、一週間、『西本願寺』へ研修に行ってくるのだが、そこでも又、ステキな偶然さん、頼んまっせ!
観念寺:新年法要&新年会
1月10日、自坊(観念寺)で『新年法要&新年会』が行われた。
本堂での《法要》に続いて、場所を一階のホールに移して、〔お善哉〕を皆で頂き、・・そして「これから私は羽目を外します!」と僕は高らかに《新年会宣言》をし、〔おちゃめな親父〕な変身して、〔くじ引き〕の商品配り進行役、そして今日のメインである《ヴィオラとピアノのミニ・コンサート》の司会役に徹した。
僕の(迷)司会はさておき、コンサートの内容は素晴らしかった!(お寺内が震動した)
ヴィオラの〔植田延江先生〕とピアノの〔新西あゆみ先生〕の息もバッチリ合って、お寺の中が《コンサートホール》になったような気がした。(やはり世界的演奏者は、ど素人の僕が聞いても凄いものだ!)
ヴィオラのソロから始まり、〔シューベルト〕の「冬の旅」、〔エルガー〕の「愛のあいさつ」、サウンドオブミュージックメドレー、日本の四季メドレー、そして皆で歌えるように演奏して下さった「ふるさと」、最後にアンコールとして「千の風になって」をご自分の体験談などトークも交えて、熱演して下さった。
両先生、本当にありがとうございました!
・・檀家の皆さん、「村中におって、こんな身近で素晴らしい演奏を聴くことができて、ホンマに有難いことです。ナンマンダブツ、ナンマンダブツ・・」と、拝んでおられましたよ。(拝まんでもエエと思うねんけど・・〔笑い〕)

