
8月23日早朝、本堂に集められた「生活支援物資」を車に積んで、被災地へ出発。
今日の目的は、これらの物資(お米・カップライス・シャツ・タオル・靴下・蚊取線香などの生活必需品)を、南三陸町を中心に配達することである。
東北自動車道を走り、いくつもの山を越え、海沿いの南三陸町が見えて来た時、息がつまった。
360度、すべて町が瓦礫となり、廃墟となっていたからである。(テレビで見たまんまであった。)
この町は、ほとんどの住人が仮設住宅や他府県へ避難して居なくなっている。
それで僕たちは、その仮設住宅とその近くの集落へ、物資を運ぶことになった。
(区長さん宅)
集落の区長さんは、そら喜んでくださった。
「へぇ、そんな皆さん、遠くから・・。行政からの物資支援では足りませんので助かります。仮設にはまだ半分しか入ってません。入ったら、たちまち支援受けられなくなるから、皆、入るのを躊躇っているのです。・・だから、物資は私の家に運んでもらって、仮設に住む皆さんに、ここまで取りに来てもらって分配しています」などなど。・・こんな今の現実的問題を聞かせて頂く。
最後、皆で記念撮影。・・いつまでも、僕等の車に手を振って下さっていた。 つづく
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被災地に立つ その2
狭山市:子育て支援センターへの出前
(子育て支援センター)
今日、狭山市:子育て支援センターへ、お寺の出前に行って来た。
若い子育て奮闘中のお母さんと子供たち、そして市の民生委員たちも混じっての、賑やかな『紙芝居法話会』となった。
僕が紙芝居を読んでいる最中でも、(そんな事たぁ、おかまいなしに・・〔笑〕)興味津々、紙芝居のまん前までやって来て、さわったり指差したりして、とても面白かった。
まぁ、それで「こいつぁ、いつものようには、いかんわいな!」と、急遽オールアドリブで「くもの糸」のお話させて頂いた。
でも、それが大正解であったような気がする。
最後、一人の小さな男の子が「僕も天国に行きたい!」と叫んで、会場は大爆笑だった。・・僕は「大丈夫や、急がんでもいずれ行けるで。」と返しておいた。
ほんま、子供は正直でおもろいわ。
おっちゃんも天国、もとい、極楽浄土に行きたいわ。・・いずれな。
浄土真宗本願寺派:高市組(タカイチソ)子供の集いへの出前
今日の午前中、奈良県高市郡高取町にある『大円寺』さまで開かれる「高市組子供の集い」へ、紙芝居法話に行って来た。
正直言って、東北から帰って来て、まだゆっくり休んでない。
今日も、アリナミンEXと頭痛薬を飲んで車で出発した。(ナビだけが頼りでした・・)
でも、無事にお寺に到着し、元気な子供たちの顔を見たらしんどさもふっとび、楽しく紙芝居とお話をさせて頂くことができた。
やっぱりしんどい時は、子供たちにパワーをもらうのが一番やなぁ。(子供たちよ、紙芝居をあちこちに運んでくれてありがとさん)
そして、昼からは昨日の続きで、うちへNHKカメラマン達が来院。
番組の特集内容を大幅に変更したとの事で、又、インタビューとかを撮り直した。長時間、ライトの当たる中、カメラに向かって、質問に答えるのは、ホンマ疲れたべぇ。
・・取材が終ったら、午後の7時やった。
NHKテレビ「ニューステラス関西」に『お寺の出前』が出ます!
東北から帰ったばかりで、まだ頭がぼ~っとした(前からそうかも?〔笑〕)ままなのだが、今日から4日間、NHKの報道カメラマンの方がお寺に来られて、僕を取材される。(わずか五分ほどのニュース特集らしいのだが、こんだけ日数時間を掛けるのだ。たいへんなこっちゃ!)
番組名は「ニューステラス関西」という、ローカルニュース番組で、順調にいけば、8月31日の夕方、6時20分ぐらいからのミニ特集で出演することになる。
テーマは、紙芝居『大阪に津波が来た日』を中心に、お寺の出前活動を放映してくださるらしい。
お寺の中、老人施設、子供支援センター、紙芝居取材地など、撮影場所は多岐にわたって行われる。
・・さて、膨大に撮ったフィルムをいかに編集されるのか?そこはカメラマンの腕を楽しみに拝見させて頂きたいと思っている。
被災地に立つ その1
8月21日から24日まで、宮城県の震災被災地へボランティアに行って来た。
これは前々から計画していたもので、(お盆が過ぎて)ようやく実現できた。
(東北新幹線『こまち』:仙台駅)
仙台駅に到着したのは、21日の夜10時半頃。この日はビジネスホテルに泊まり、次の早朝『浄土真宗本願寺派:仙台別院』へ。
このお寺が、ボランティア受け入れ施設になっている。
(仙台別院)
到着した時、すでに全国からたくさんのボランティア会員たちが集まっていた。
(別院本堂)
そして勤行したのち、被災地に、車二台に分かれて出発。
(塩竈(カマ)市:七ヶ浜町)
この日は、宮城県の被災地の南、塩竈市〔七ヶ浜町〕、若林区〔荒浜地区〕、〔名取市〕、岩沼市〔亘理(わたり)町〕、〔山元町〕を、丸一日掛けて視察。
できるだけ、たくさんの被災地をこの日は見ておこうと、寒さで震えながら(車内では季節はずれの暖房マックスで)飛ばしに飛ばして暴走。 車内で、「これは暴走族ではなく、『暴僧(俗)族』やなぁ」と、さらに寒くなる冗談を仲間達と言い合い、福島県堺まで走って視察した。
海岸通り沿いの津波被災地を見て、絶句の連続。 写真ではうまく表わすことができないが、取り合えず何枚かの写真は撮った。
(ボランティア仲間と)
この日は、ただ被災地を見学しただけなのに、最後はくたくたになって、誰彼なしに「記念写真だけ撮っとこか?」と暴僧族たちは写真を撮って、この日は『仙台別院』に帰ることにした。
そして、夜は反省会。
本格的活動は、いよいよ明日。
「宮本さんは何をされたいと考えてますか?」と、担当職員さんに聞かれたので「避難所・仮設住宅への物資搬送を通して、被災された方々との交流ができれば・・」と答えて了承していただき、この次の日、北の〔南三陸町〕から〔女川町〕、そして〔石巻港〕という、もっとも被害がひどかった所へ、行く事になる。 つづく
河南荘:地蔵盆法要への出前
お盆参り、終了!
今年も無事に、お盆参りが終了した。
今年は、TV『よ~いドン』に出た影響から、一件一件のお家で、そのテレビの話題が出て(お盆の法話もせず〔笑〕)、番組裏話ばかりしていた。(皆さん、よう見てはるなぁ・・)
しかし、さすがに3日目、4日目になると、その話題を話すのも、しんどくなって、適と~に省略して時間を過ごさせてもらった。(実際、暑さと足の痛さと水分の取りすぎの為、身体が悲鳴をあげ出したのだ)
そして、昨日の晩は足が筋肉痛で眠れなかった。(僕も歳やな~)
まぁ、今年のお参りは、娘が手伝ってくれたので、多少楽させてもらうことが出来たが。
・・あぁ、今年も無事にお盆参りが終ったぞい!
お墓参りも(皆のお蔭で)倒れんかったし、そして、檀家参りも(娘のお蔭で)全部終えた。
そして、それにプラスした二つのお寺の〔お盆法要〕の御法話も(『となりの人間国宝さん』の話題のお蔭で〔笑〕)無事に終えることができた。
ああ、ありがたや、ありがたや。今から踊るか!いや、まだ筋肉痛がいたたたっ・・。エアサロ、エアサロ・・。
尚、詳しい『お盆法要』内容は、下の『光福寺』さまのホームページで
http://www.koufukuji.org/おじゅっさんのブログ/
墓参り大会、疲れた・・。
今日の朝、4時50分ごろから午前10時半ごろまで、炎天下の中、村の『墓参り』を(読経をあげ)延々と、やっていた。
なんども、(缶のお茶などで)水分補給をし、顔を凍ったタオルで拭き拭きし、気力を甦らせ、お参りしまくった。
でも、顔は真っ黒に日焼けした。
うちわで扇いでもらったりし、お手伝いくださいました、檀家の皆様、本当にありがとうございました。
又、しんどい中でも、冗談の言い合いが私を助けました。ありがとう。
それと、(差すと天井から中に向けてファンが回る)扇風機付きの日傘、とても(おもろかった、いや)涼しかったです。・・助かりました。身も心も。
バッと傘を開けば、ブーンと天井のファンが回り、涼しい風を下へ送ってくれる古くて新しい、わけのわからんアイデア傘に、拝んでる最中、どんだけ(笑いかけ)助けられたか、(気力の持続に)ほんまありがとうございました。あれで三千円は安い! 欲しい! 買うぞ! ドラえもんのタケコプター思い出しましたぜ。
よし、明日からは、檀家さん宅へのお盆参りや! 頑張ろう、オーッ。
「よ~いドン!」放送の名残
先週、放送された「よ~いドン!」の名残が、まだ続いとります。
さて、この場をお借りして、放送を見られて、実際の「紙芝居」を見たいとおっしゃる(奇特な)御方様にお願いがごじゃります。
申し訳ありませんが、僕はいつも「紙芝居」を抱えて、お寺の中でじっと小さくなって(小鳩のように)待機している訳ではないのです。
午前中は(あるいは午後も)、檀家さん宅へ、毎日お参りに行ってるのですわ。(土日もでっせ・・)
それが、仕事でんねん。「紙芝居」は、あくまでもボランティアでおま。
だから、すんませんが、(紙芝居を見に、)遠方から来られる御方の場合は(或いは近場の御方でも、)お電話を一本掛けてから、来ておくんなせえ。
でないと、せっかく来てくださったのに、無駄足になってしまいます。(すでに、来て下さった方は、ほんま申し訳ございません)
又、今週は〔お盆ウィーク〕。こりゃまた、居らん時間が長い。
願わくば、お盆が過ぎてからが、ありがたいです。
『留守用心、電話一本 無駄も無し!』・・尚、電話番号は、このホームページのお寺紹介のコーナーで。
・・遠慮せんでも、エエんでッせ。僕、恐い、気難しい、堅苦しいおっちゃんと違うから。そんなん、わかってるはるか?!・・お気っ軽に。
観念亭主からのお願いでした。 合掌
父の夢
今朝、明け方不思議な夢を見た。
うちの仏壇の灯籠の豆球が点滅するので、取替えようとしていると、仏壇の横から死んだ父が、ぬっと出て来るのだ。(・・でも考えたら、何で前面から出てけえへんねん。遠慮しいか?〔笑〕)
父は、どっかの旅館の派手な浴衣を着ていた。(なんで、そんなん着てんねん?・・おもろ)
夢の中でも、父が死んでる事が解っている僕は、やはり「ドキッ」として、一歩引いた。
そして、何か言わなあかんと思って「お父さん、元気?」って(死んでる人に)トンマな事を聞いた。
父は明るい表情で「元気や」と答えた。
でも、それ以上しゃべることがないので、僕は「じゃ、さよなら」と言ったら、父は「うん」と言って、又、仏壇の横に入ろうとするので、僕は『しまった。もっとしゃべらなあかん事があったのに』と思い、「お父さん、触らせて」と言って、父に近づいた。
そして腕に触ろうとしたら、父は『ひょい』と移動して僕を避けた。僕はそれでも又、触れようとして近づいたのだが、又『くねくねっ』とかわす。
それでも、さわろうとしているところで、目が覚めた。
明け方だった。
・・なんで、父は触らせてくれなかったのだろう。
僕は、今日、初盆でお参りに行ったすべての家で、この話をさせてもらった。(聞かされた方は、どう、コメントしたらエエのか悩んだやろな?・・迷惑な話や。)
ほんま、今朝の不思議な夢でした。




