
毎年、春のこのシーズンになると、各地のお寺で〔お釈迦さまのお誕生日〕を祝う『花まつり』というお祭り(法要)が開かれる。
それで、このお祭りは子供たちが主役の〔行事〕となるため、イベントして「お釈迦さまの『紙芝居』を頼む」との依頼が、僕に多く来る。
今年も(いくつかのお寺から)その紙芝居の注文があって、今日はその第一弾。河南町の極楽寺さまへ、『お寺の出前』が『お寺へ出前』に行って来た。
それで、本堂にはたくさんの子供たちが集まっていて、僕は「お釈迦さま」の紙芝居をさせて頂いたのだが・・・、
今日演じてみて、新たに思ったことがあった。
それは「このお話は子供には難しい」という事だ。
確かに、わずか12~3枚で、お釈迦様のお誕生から、悟りへの道、そして悟りの内容、さらに涅槃(亡くなる事)までをお話するのは無理がある。
しかたがないのだ。・・これは最初は、大人向きに作った作品だったので。
しかし、今、こんなにたくさんのお寺からご依頼があり、そしてそこで「紙芝居」を待っているのは子供たちであるという事を考えると、この話の内容を大幅に変えねばならない。そしてよりシンプルにしなくてはならない・・と思った。
実は、この紙芝居の内容をかつて三度、変えている。
しかし、「やはりダメだ!まだ難しい!」と今日、新たに思った。
次の「花まつり」まで、一週間ある。
今日から、新たな編集作業に入る。
四度目の編集だ。
(お釈迦さまに甘茶をかける子供達)
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記事一覧
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河南町:『極楽寺』さまの花まつりへの出前
東大阪市立:五条老人センターへの出前

昨日、東大阪市にある「五条老人センター」へ、『お寺の出前』講座に行って来た。
東大阪市の『市政だより』に案内が出され、60才以上の方を対象に開いた『文化講座』ということもあり、皆さんお元気で知的好奇心旺盛な方ばかりであったような気がする。 
講座のテーマは「『稲むらの火』の紙芝居を通して、防災を考える講話」というような形で話をして欲しいと職員さんから、(一時間半の長時間の話を)頼まれたもので、結構今回はじっくりとお話させて頂くことができた。
もちろん、『大阪に津波が来た日』という大阪が舞台の防災関連の紙芝居もさせて頂いた。
こちらの方も、皆さん興味深々だったようだ。(反響が大きかった)
で、途中休憩の時間も、僕は休憩をしないで、舞台でしゃがみこんで前のおば(あ)ちゃんたちと話し込んでいた。(大阪のおば(あ)ちゃんは、ほんま話し好きだ。〔笑い〕)
そして講座が終ってから、職員さんからの要望により(職員さんたちに対しての)『紙芝居製作ミニ講座』を開かせて頂いた。(この春から、こちらのセンターでお年寄り向きに『紙芝居創作研修会』を開きたいとおっしゃったので・・。)
今、地域住民の高齢化がどんどんと進み、(時間と元気のある)お年寄りが〔文化サロン=老人センター〕に集まって来られる機会が増えたそうで、じゃんじゃん新しい催し物(文化講座)の企画せねば、それぞれの方の様々なニーズに、答えることができなくなってきているらしい。そんな職員さんのたちの苦労話なども聞かせて頂いた。
日本史上、初めてむかえるこれからの超高齢化社会。
元気で知的好奇心旺盛なお年寄りが、どんどん増えてゆく。
今後、益々、高齢者対象の文化講座は増えてゆくだろう。
さて、『お寺の出前 紙芝居屋亭』の出番は、今後(こちらも益々)増えてゆくような、そんな気もした今回の出前であった。
清證寺さま『仏教婦人会総会』への「記念法話」と、登録文化財『川中邸』訪問

昨日、東大阪市にある『清證寺』さまの「仏教婦人会年次総会」の「記念法話」にお呼び頂き、紙芝居法話をさせて頂いて来た。
こちらは、高層マンションや大工場、ビルが立ち並ぶ大都会の一角に、突然(時代がタイムスリップしたかのような)江戸時代のような風情が残る町中に立つお寺だ。
お話させて頂いたお寺の雰囲気として、こちらの住職さまと坊守さまは、たいへん檀家さんとお寺の絆を大事にされ、お付き合いされているように感じた。
又、お彼岸などの法要の他に、「おしゃべり会」という独自のお寺の催しもされているらしいのだ。(どんな内容なのかは解らないが、このネーミングがストレートで素敵だ。・・いただきます。〔笑い〕)
こちらの住職さまと坊守さまは、『妙好人 因幡の源左さん』の大ファンということで、先日完成したばかりの僕の『源左さん』の紙芝居をさせて頂き、皆さんに好評を得た。(けっこう、噛みましたが、初めてという事でご勘弁を・・。)
(川中邸)
総会が無事終った後、住職さんのご案内で、お寺直ぐ近くの(檀家様)『川中邸』という(大阪府下初 文化庁指定『登録文化財』の)森林の中にある大邸宅にご案内して頂けた。(なんで都会の真ん中にこんな森(『屋敷林』というそうです)があるのん?・・かくれんぼできるやん、と思った)
実はここは、『河内平野の開拓者』で『大和川付け替え工事』に生涯をささげた江戸中期の河内のヒーロー〔中 甚兵衛〕さんゆかりの家といわれている。
それで、こちらに御住まいの『甚兵衛』さんのご子孫の方(川中さま)に、甚兵衛さん資料をいくつか見せてもらい、そのご苦労話を聞かせて頂いた。
そして、そのお家を出た所の公園内に立つ『甚兵衛翁顕彰碑』を見学。(こんな凄い人が、市井の中に居られたんやと思うと、又、紙芝居にしたくて、うずうずしてきた~~。)
「まぁ、そりゃ そうか・・」の変
昨日、月参りに行った檀家さん宅でのはなし。
読経が済んで、そのお家の奥さんと雑談。
そのお家のお嬢さんが、今隣町の河内長野市に済んでいるという話から、今年の初めに作った河内長野市が舞台の『滝畑ダムの磨崖仏』の話題になる。
僕は調子に乗って、『滝畑の磨崖仏』の紙芝居製作のはなしを熱弁。
そして仕舞いに「その磨崖仏は坊さんでもなく、芸術家でもなく、ひとり郵便局長さんが彫ったんですよ~。凄いですよねぇ。でも変わった人やねぇ~。そんな人が居るなんて・・。」と言ったら、間髪おかずにその奥さんは、
「お住っさん(住職)は、人の事、言えませんよ。」と言われた。
「えぇっ」という顔を僕がしたら、その奥さんは、
「だって、お寺の住職さんが『紙芝居』を仰山作って、いろんな病院や老人ホームをずっとボランティアで回ってはるのも、そうとう変ですよ。はははぁ」と言われた。
思わず僕は、「まぁ、そりゃ、そうか・・。僕も変でした」と、変に納得してしまい二人で大笑いしました・・とさ。 めでたし、めでたし。(何がめでたいねん!・・・へん?〔笑い〕)
正覚寺さま『仏教婦人会』総会への出前
鳥取から帰って来た次の日、大阪府泉佐野市にある『正覚寺』様の「仏教婦人会〔総会〕」にお招き頂き、(車でビユーンと飛んで)お話(紙芝居法話)をさせて頂いて来た。
(大きな大きな正覚寺様)
こちらへのご縁は、話せば長くなるので掻い摘んで言う。
つまり、婦人会のお一人が僕が出たテレビ番組(『よーいどん』)を見られて(『実際に(生を)見たい』と思われ、お寺の坊守さんに相談。そして何人かで(突然)うちの寺までお越しになり出前の注文。・・で、今回の記念法話実現に至ったという訳である。(今さらながら思うが、テレビの影響ってでかいなぁ・・、いったいいつまで続くのやろ?) 
会場は、厳粛なムードで進行していたようだが、突然、おかもちを持った変な「出前住職」が登場し、あめちゃんを配り出して、紙芝居をやりだしたので、一遍にリラックスムードにチェンジである。
(でも『総会』が楽しく行えれば、それに越した事はないと・・僕は思うのだが。はてさて、どうだったろうか?)
でも話が終ってから、又、違う場所の〔婦人会〕に『出前法話』のご注文をお聞きしたので、結果は好かったということにしておこう。
妙好人:源左(げんざ)さんの故郷、鳥取県:青谷(あおや)町へ

今、『妙好人 因幡の源左さん』という「紙芝居」を作っていて、99パーセントまで完成している。
しかし今回は、現地に行かないで(取材調査無しに、資料だけを頼りに)製作した為、作品に若干の不安があった。
又、絵を描いていてて、是非、源左さんの故郷:〔鳥取県の青谷町〕に行きたい、いや『行かねばならぬ!』と思った。
で、おとといの昼から車で(嫁さんをナビにして)出発し、(一泊の強行軍の予定を立て)鳥取県鳥取市の青谷町(鳥取県のほぼ真ん中、山の中)まで行って来た。
で、で、源左さんの檀那寺である『願正寺』様(源左さんの生家近くで、源左さんがよく通われたというお寺)に連絡を入れ、ご住職にその未完成の「紙芝居」を見て頂き、間違った箇所がないかを、チェックして頂いた。
が、その前に、せっかく『鳥取県』まで行くのだからと思って、ついでに〔鳥取砂丘〕も見て来た。そしてまたまた、ついでに〔らくだ〕にも乗った。(ちゃっかり遊びました。)
そして、車は一路(鳥取駅前から一時間ほど)日本海沿いに走り、青谷町の『願正寺』様へ。
まだ、青谷町のお寺には、雪が残っていた。
そして、境内にある(村人と一緒に納骨された)源左さんのお墓を参拝。(源左さんにご挨拶(お参り)させて頂いた)
そして、紙芝居をご住職さんと坊守さんに見てもらう。
二・三箇所、細かな間違いをご指摘して頂けた。(ありがたかった!)
そして、資料には載っていない様々なエピソードをこっそり教えてもらって来た。(それらはこのブログを通して、いつか『紙芝居』の中でお話させて頂きます)
そして、最後は、ご住職と一緒に記念撮影。
その後、今も残る源左さんの生家を(坊守さんのご案内によって)見学。
そして、後はひたすら超特急で、鳥取自動車道を南下し、後は中国自動車道を走りに走って、夜に大阪に無事、到着したのであった。あぁ、疲れた~。
河南町:善秀寺さまの「彼岸(永代経)法要」
お彼岸ウィークも、昨日で「中日」を迎えた。
で、昨日、僕は河南町の「善秀寺」さまの〔彼岸・永代経法要〕にお招き頂き、『紙芝居法話』をさせて頂いた。
こちらのお寺の住職さんと坊守さん(奥様)は、(僕と一緒で)一般在家からお寺に入られた方である為、僕も気軽にお付き合い頂いている。(「何でやねん」とか、「こんな〔しきたり〕って、おかしいんとちゃうん」とか、時々僕の愚痴を聞いてもらったり、又、僕が忙しい時お手伝いをしてもらったりしている。とても頼り甲斐があるのだ。)
こちらの住職さんと坊守さんは、僕より年齢は遥かに若いが、いつも年上の人としゃべっているいるような錯覚がある。・・いや僕の年齢水準が低すぎるのかもしれない。・・まぁ良い。
で、まぁ、昨日もご門徒の皆さんに(住職夫妻と会話するような感じのままに)気楽にお話させて頂くことができた。
気楽過ぎて、ご門徒さんには失礼があったかも。
まぁ、それも(お気楽住職の「紙芝居法話」ということで)勘弁してもらおう。
時々、お寺に法話に行かせてもらうと、うちに帰って来て、ドッと疲れが出ることがあるのだが、こちらはそれが無い。
ほんま、気楽にお話してるんやろなぁ。なんか、楽、楽、楽・・(文字にもエコーが掛かってしもたわ。このまま、昼寝しよかな。〔笑い〕)
北海道:小樽仏教会広報紙『あ』に、載りました

お彼岸に入って忙しくて、へばっていたら、北海道の小樽からうれしい(掲載記事の載った広報紙の)宅急便が届いた。
昨年の暮れに『一歩、前へ』というテーマで、小樽仏教会の広報紙にエッセイを書いて欲しいと頼まれていた文が、掲載されたのだ。
いろいろと細かい事情がある為、ここにその内容は掲載できないが、表紙のところに、宗教評論家の大御所『ひろさちや』先生と並んで、その末端に名前を載せてもらえるなんて光栄の極みである。(「お寺から一歩前へ」という題で、『お寺の出前』活動の始まりから現在までを書いた。)
それで、ちょっと元気が出た。(この冊子は、北海道の小樽各地の超宗派のお寺はもちろん、コンビニやスーパー、CDショップなどのカウンターにも並ぶらしい。・・ちょっと照れくさく恥ずかしい。・・でも北海道では、僕のことなど誰も知らないだろうから、まぁエエか・・。〔笑い〕)
春の忙しいお彼岸ウィークが終るまで、後少し。
体調を整えながらぼちぼち頑張りたいと思う。
N小学校『図書朗読ボランティア』の依頼と、『ふるさと中村再発見』 中継地への(要請)願い
昨日、地元の『N小学校』の校長先生からご連絡があり、来年度(今年の四月)から、お昼休みに『図書朗読ボランティア(本の読み聞かせ)』を頼まれないかというご依頼があった。(月に二回程度)
まったく場違いな話だと思ったのだが、僕の『紙芝居』の噂は、どうやら、とんでもない様々な方面に広がり、一人歩きしているようだ。
おそらく、地元のどなたかが、僕の事を『どこでも(ボランティアで)行く、「紙芝居」演じ住職』と、噂を広めておられるのだろう。(笑うしかない・・)
僕は校長・教頭両先生から、今の学校での『学力第一主義』に危惧するお声を、篤く聞かせて頂いた。
そして両先生は、僕の(道徳的な)紙芝居を、是非、児童たちに演じ伝えて欲しいと、熱心におっしゃって下さった。
ただ僕は、(お葬式などの)仕事が突然入る可能性がある為、その場合は臨機応変に考えてもらえるなら、そのボランティアをお引き受けしても良いとお答えした。
・・ということで決まり、僕は又忙しくなってしまった。(しょうがない、これも性分である)
「それともう一つ、別件でお願いがあるのですが・・」と、校長先生はおっしゃり、又ドキッとしてお聞きしたら、「秋に、児童たちが地元の神社仏閣や旧跡などを散策し学習する『歩こう会』があるのだが、そのポイントの一つとして、うちの寺をその中継地点(トイレ休憩も含む〔笑〕)にしてもらえないか?・・そして願わくば、お寺で紙芝居を子供たちに披露してもらえないか」という内容だった。
もう、こうなったら、ものはついでなので、それもOKした。
そしたら校長先生は、「さらにもう一つ、別件のお願いなのですが・・」と、切り出してこられた。
「ゲッッ!」=僕の心の声。
でも、この内容は、まだはっきりと決まってないので、今日のところは書かないでおこう。(笑うのを通り越してあきれるわ・・しかし)
まぁ、とにかく、忙しくなることには違いない・・です。はい。
東日本大震災物故者一周忌法要/震災復興チャリティーイベント

今年も『東日本大震災物故者法要&震災復興チャリティーイベント』を、「浄土真宗本願寺派僧侶:有志」主催で行いました。
場所は「富田林市民会館中ホール」で、(季節外れの雪まじりの中=予想外でした!来客人数も心配しました・・が、満堂で嬉しかった)行われました。(ラコハンもお父さんと寒い中、来てくれた!)
第一部の〔一周忌法要=仲間の僧侶(私の娘もついでに含む)みんなで読経しました。
又、会場の皆さんもご一緒にお勤めして下さり、(前列で座っている我々にとっては、)とても心強かったです!ありがとうございました。
そして第二部は、東北民話の語り部(宮城県石巻出身)の川嶋敏子さんによる『東北民話』と、詩の朗読をして頂きました。(いつも川嶋さん、忙しい中、無理ばっかり頼んですんません!有難かったです。会場の皆さん(うちの母親もおまけに含め)、「感激したっ!」と言ってました・・又、個人的にもいろいろとご厚情ありがっとござんした!ほんま感謝、感謝です。)
そして、第三部は、歌う尼さん「やなせなな」さんによる、トークと歌でした。(やなせさん、益々、油がのってきはりましたなぁ。歌もトークも超うまいで、しかし・・。 あの優しく力強い歌声の後の、おもろい気さくな関西弁のおばちゃんしゃべりの、あのギャップ!一人の人間が語ってるとは思われまへんなぁ。いっぺん二人羽織りしてコンサートしたらどうやろ。一刻堂さんみたいに。・・しかし凄いでしかし。又、観念寺にも新曲引っさげて来て下さいね!)
最後は、やなせさん一押しの、〔悲しみに負けない〕と〔巻けない〕を掛けた短い『まけないタオル』。(なんとか頭に巻いたろと試したけど、ほんまにこりゃ『負けんわ』、・・いや巻けんわ。)まだまだ、関西の泉佐野(岸和田)から発信し続けてください。応援してます。
そして、今回の目玉のひとつ、東北の倒壊家屋から作った『お念珠』、だいぶ売れたみたいで、ほんま買ってくださった皆さんに感謝です。(加工して作って下さった仏壇やさんに聞いたら、製作が困難を極め、二回失敗したらしい。ほんま三度目の正直やなぁ。これも、まだまだ応援させてもらいまっさ。)
これって、昔〔室戸台風〕で大阪の四天王寺の『五重塔』が倒れた時、瓦礫から『ミニ五重塔』を作って、支援者に配ってという話の現代版やね。
『瓦礫』から、祈りの『念珠』が生れるって、考えたら凄いことやと思う。・・しばらく、僕はこの『念珠』で、檀家さんのお参りをさせてもらうで!
では、今日のところはこのへんで。皆さん、お疲れさまでした。合掌
