住職のつぼやき

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「どうして、お迎えが来ないのでしょうか?・・・」

 毎月、お寺の出前で行かせてもらっている《特養老人ホーム》で、毎回、玄関でお会いする(軽度?の認知症)の〔おばあちゃん〕がいる。
 この方〔仮にAさん〕は、いつも自分のいる○階から、車椅子で移動してエレベーターを使い、玄関前の職員室に来られているのだ。(一人でいるのが寂しいのだろう・・と思う)
 僕が僧侶の服装で、玄関から入って来るのを見つけられると必ず、こう言われる。
「まぁ、お久しぶりです。ごっ住~職さん。私、まだこのように生きております。・・どうして、早く(あの世から)お迎えが来ないのでしょうか?・・私は《業》が深いのでしょうか?・・早くお迎えが来る方法をどうか教えてください」と。
 毎回、毎回、毎回、毎回、僕はこの言葉を聞いているので、おそらく、職員さんは、その何十倍も聞いておられるのだろうと思う。
 ・・施設長さんは慣れておられ、この前もAさんが、このセリフを言われた時、「まぁAさん、その話、いっぺん一緒にお風呂でも入りながら、ゆっくり聞かせてもらえませんか?」と言われた。(この施設は屋上に露天風呂があるのだ)
 すると、Aさんは「まぁ、なんてはしたない!もう結構です」と言われ、去って行き、十分後には又同じセリフを抱えて帰って来られた。
 このAさんは、旦那さんを亡くし子供さんもおられない。
 ・・先月のこと、僕はこのAさんの話にちょっと食い下がってみた。
 「いつも言われる『《業》が深い』ってどういう意味なのですか?」と聞いてみたのだ。
 すると、「ごっ住~職さん、《業》というのは、自分のやってきた行いの事です。善い事をすれば善い結果が出る。悪い事をすれば悪い結果が出る。そういう事の表われをいうのです」とロボットみたいに淡々と言われ、その的確な答えに『まいった』と思った。・・しかし、自分のやってきた《業》の具体的内容まではまだ言われていない。
 そして、「私の《業》が深いのか、まだお迎えが来ないので、いっその事、自分の部屋から飛び降りて死のうと思ってるんです」と言われた。
 それで、「○階の自分の部屋から落ちて死ぬのは不可能やと思いますよ。下は芝生やし。痛い思いするだけ損やと思いますけど・・」と言うと、Aさんはしばらく考えられ、「やっぱり止めときます。今のは、年寄りの愚痴なのです」と言われた。
 「この人、どこまでわかって、モノを言ってるのか?」と不思議な感じがした・・。
 おそらく今月も又、顔を合わせたら『ごっ住~職さん!どうして・・・』の言葉が待っているのだろうなぁ・・。

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