
ワカタケル大王(オオキミ)は、124才まで生きられました。
・・ホントかどうかはわかりません。聞いたことが無いので‥?
思えば大王のご生涯は、若き頃は波乱に飛んでいましたが、晩年は穏やかで安定しておりました。
「ワカクサカ、これもお前のお陰じゃ」と、素直に言える程穏やかでした。
その最後は家来,豪族達を枕元に呼び、息子のことを頼む。そして、民がいつも安心して食事を取れるような、そんな国をずっと築いてくれ。」と言いお亡くなりになりました。
えっ?、ワカクサカ皇后はいったい何歳なのか?ですって・・。
女性にそんな失礼な事を聞いてはいけません。
私は元巫女ですよ。神様のお使いをする為、そう200歳以上は生きるつもりですよ。オホッホッホッ。
最後に足腰が弱りましたら、懐かしい実家の日下の里に帰りましょうかねぇ?
私の夫、ワカタケルの大王。
第21代雄略(ゆうりゃく)天皇。
そのお墓は、今[大阪府羽曳野市]に祀られています。

(雄略天皇の古墳)
おしまい
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紙芝居:『ワカタケルとワカクサカ』(その5 最終回)
紙芝居:『ワカタケルとワカクサカ』(その4)

そうそう、忘れてはならないのは・・、ワカタケル大王がたいへん女性好きであった事。
・・こんな事がありました。
大王(オオキミ) が若き頃、散歩の途中で美しい少女にお会いになります。
一目惚れした大王は少女に、「私はワカタケルといいます。貴方、私と結婚しませんか?奥さんの一人にしましょう。・・もうしばらくすれば必ず迎えに行きます。ですから絶対に結婚しないで待っていて下さいよ。」と、言われ別れたのです。
そしていい加減な大王は、ご自分が言われた事をとうに忘れ・・、やがて80年が経ちました。
やがて大王は120才?になられました。
あの日、腰の曲がった老婆が大王の元に訪ねて来ました。
そして開口一番、「あの~、まだお迎えには来ていただけないのですか?私はずっと待っているのですが・・。」と老婆は言いました。
それを聞いて大王は「・・この老婆は何を言っているのだ?」と訳を尋ねると、
老婆は「あなたがずっと待って居よと言われたのですよ。だから私は80年待っていました。」と説明すると・・、
大王は真っ青になって「そっそなたは、その年になるまでずっと待っていてくれたのか⁈・・私はとうの昔に忘れて居た。すまなかった!許してくれ。」と何度も謝り、その後たくさんの財宝を与えて帰ってもらったのでした。
私ワカクサカが思いまするに、80年間も待つ老婆も老婆ですが、倭の国の大王が、何度も老婆に対して謝っている姿になぜだかほっこりしてしまいました。
このおっちょこちょいの大王の自分の過ちを素直に謝る姿に、民や家来・豪族たちがついてくるのだなと思ったのです。つづく(次回、最終回)
紙芝居:『ワカタケルとワカクサカ』(その3)

・・ワカタケル大王(オオキミ)が倭の国(現・日本)を統一に向わせた、ちょうどその頃の事です。
海の向こうの外国(現・朝鮮半島)から、難しい交渉があり、さすがの暴れん坊大王の[ワカタケル]さまも慎重に(日本の舵取りを)お考えになる日々が続いておりました。
そのような時、大王は私に「おい、ワカクサカ。この倭の国の為に神に祈ってくれ。」とよく言われました。
そう、私(ワカクサカ)は、神々に対しての巫女(みこ=シャーマン)のような役目もしていたのです。
日頃乱暴者の大王も、この国の運命が掛かるような大事な時は、真剣に神々にお祈りをしておりました。
そして、外国との危機を脱する事が出来た大王は、宋の国(現・中国)から信頼を得て、倭の国(日本)で初めての[大将軍]という称号を頂かれたのでした。
そういわば、こんな事(エピソード)もありました。
ある儀式が終わった時、ワカタケル大王は「儀式は終わった!誰か酒を持て!」と言われました。
すると、一人のお付きの女性が持ってきて、お酒を注ごうとしたのですが、その時1枚の葉っぱが落ちて来て、お酒と一緒に入ってしまったのです。
それを見た(瞬間湯沸かし器の)大王は、「きさま、わしに葉っぱを飲めというのか!」と、剣を抜いて切り殺そうとすると・・、
凍り付いたその場で私が止めようとすると・・、
そのお付きの女性は「大王、待ってください!わざと葉を入れたのではございません。・・しかし、しくじりをした私を成敗する前に、私の舞と歌をご覧になってからお斬り下さい。」と言いました。
そしてその場でその女性は、自分の失敗を笑いに変えたみんなを和ます歌と舞を即興で披露したのです。
それを見た大王は「わっはっはっは、見事な歌と舞じゃ許す!」と言われたのです。
乱暴で恐ろしい大王でしたが、たいへん歌や舞など(芸)はお好きで、ご自分でもよく歌を作られました。
※のち『万葉集(まんようしゅう)』という、歌を集めた書物にも、ワカタケル大王(のちの雄略天皇)の歌が最初に出てきます。つづく
紙芝居:『ワカタケルとワカクサカ』(その2)

私の王宮での新生活が始まりました。
ワカタケル大王(オオキミ)と一緒に生活をしていますと、大王の良い所も悪しき所も、その英雄たるご性格が良く分かります。
地方で豪族の反乱が起こると知ると、大王は一番に飛び出して征伐に向かいます。
そして、男も女も子供でさえも皆殺しにしました。
大王は天皇に逆らう者は許しませんでした。
又逆に、味方についた豪族は大変大事にしました。
こうして、英雄ワカタケル大王の噂は、倭の国(日本)全土に広まり、日本の国は徐々に統一されていったのございます。
ある日の事。ワカタケル大王は大変喜んで、イノシシ狩りから帰って来られました。
私は「何か良い事があったのですか?」と聞くと、
大王は「あった、あったのだよ!ワカクサカ。今日、偶然神様に出会ったのだよ!神様の名は『一言主(ひとことぬし)の神』と言われた。
神は私と同じ服装をされていたので、何も知らない私は「お前、生意気だ。私と同じ服装をしやがって!殺してやる!」と言うと、向こうも同じ事を言う。
不思議だなと思ってじっと見ていると、突然光輝き始めて「我は一言主の神である」と言われたのだ。
私はびっくりして、土下座をして無礼を謝ったら許してくださった。
その後、神と私は仲良くなったのだ。嬉しい事ではないか!はっはっはっ!」と笑われたのです。
不思議な話ですが、その後この話は世間に広まり「ワカタケル大王は神にも好かれる徳のあるお方だ!有徳の大王だ!」と呼ばれるようになったのです。つづく
(金剛山の山頂。ここでワカタケルは一言主の神と出会ったとか?)
紙芝居:『ワカタケルとワカクサカ』(その1)

昔々の大昔・・。これは5世紀?古墳の時代のお話です。
この頃【倭の国(日本)】は、各地の豪族たちが力を持ち、今だ平和な国とは言えませんでした。
この戦国のような時代を、豪快な力で(まるで織田信長のように)統一に向わせたのが、今からお話します[ワカタケル大王(おおきみ)]、のちの第21代天皇[雄略(ゆうりゃく)天皇]です。
さてこのお話は、そのワカタケル大王と結婚され、その暴れん坊大王を上手にサポート(コントロール)し、やがて平和な日ノ本の国を築かれた[ワカクサカ皇后[若日下部王(わかくさかべのみこ)]]とのご夫婦のお話です。
それでは、はじまり、はじまりー。 
私の名前は[ワカクサカ(若日下部王(わかくさかべのみこ))]。
あの(お墓が世界遺産になった有名な)仁徳天皇の娘のひとりです。
今、ナニワ(大阪)の『日下(くさか)現・東大阪市日下町)』という所に引き籠って暮らしています。
なぜ引き籠って居るのかって?・・それは私の兄が暗殺され、世の中が嫌になったからです。
そんな私に今日、『ワカタケル』という青年皇族が結婚を申し込みにやって来るというのです。
それで私は迷っています。
私にはワカタケルという御方がよくわかりません。
恐ろしい御方なのか⁈それともお優しいのか⁈・・いろんなお噂がある御方なので・・?
それでは、ワカタケル様が到着されるまで、私が聞き得たあのお方の噂を少しお話しましょう。
ワカタケル様は、天皇家の血筋ですが、その天皇家の地位を実力で勝ち取った御方です。
現職の天皇であった兄の非業の死を聞かれた瞬間、彼は天皇の地位を自分が奪おうと思われたそうです。
そして、やる気の無かった二人の兄たちを殺し、もう一人の天皇候補のいとこも殺し、自ら天皇になられたのです。
だから世間では、ワカタケル様の事を『大悪天皇(はなはだ悪しき天皇)』と噂しました。
私はそのお話を聞いた時、「何と恐ろしい御方だろう!」と思いました。
あっあのお方のお姿が見えました。
「やあやあ、そちらに見えまするはワカクサカの姫ではございませんか⁈ 私はワカタケルです。
今日はあなたを皇后としてお迎えに参りました。
まあ、血筋の良いあなたと結婚すれば、私の世間の目や声も少しは良くなるだろう!と下心のあっての事ですが・・、はっはっはっ。まぁお願いします。私と結婚してください。
結婚してくだされば、ここに来る途中に、生意気な豪族から奪い取ったこの珍しい白い犬を差し上げますので・・はっはっはっ」とワカタケル様は開口一番言われました。
私は思いました。「まぁなんと傲慢な物言い!・・でも少年のように正直な心を持っているような感じがする・・。」と思ったのです。
こうして、私はワカタケル大王の皇后になりました。 つづく 
(ワカクサカ皇后のお墓か?[東大阪市日下(くさか)]・・暑い中探しました。)
紙芝居:『中村與次兵衛と寺ヶ池』(その6・最終回)

新しくなった[寺ヶ池]完成後、與次兵衛さんはご領主から呼び出されました。
「與次兵衛、ようやった!あっぱれじゃ!褒美としてそなたに、今の家とは別に土地をやろう。そして、そなたをそこの代官にしよう。これからも励むよう!」
「ありがとうございます。」
こうして、河内郷代官となった與次兵衛さんはさらに励みました。
そして、いつしかその新田開発により、昔の100倍のお米が取れるようになったそうです。
その後、與次兵衛さんは子供達に仕事を任せ、自分は父と同じように頭を丸めてお坊さんになりお寺に入ります。
「極楽にいる親父さま、いやご住職、私は万人の幸せの為に働く事ができました。住職が言われたように、人の幸せを願って働くことは、自分自身をも幸せにすることでした。皆は私に感謝し、私は私で今幸せを感じています。私は大事な事を学びました。これからはその心で、この水路(井路)を通って流れ来る清らかな水のように、悩める人の心にそっと寄り添いながら、仏様の教えを伝え生きてゆきたいと思います。」
お坊さんになった與次兵衛さんは寺ヶ池の前でそう思いました。
與次兵衛さんは『祐和(ゆうわ)』というお坊さんの名前になり、晩年を過ごされました。
今も人々の為に豊富な水を満たしてくれている、河内長野市にある寺ヶ池。
恩恵を受けた多くの人により、與次兵衛さんの活躍を讃えて、今も池の北に「祐和」の碑という石碑が建っています。
おしまい
(中村與次兵衛さんのお墓)
紙芝居:『中村與次兵衛と寺ヶ池』(その5)
紙芝居:『中村與次兵衛と寺ヶ池』(その4)

與次兵衛さんは、水が流れ来る道(井路)を考えねばなりませんでした。
ここ(寺ヶ池)から、上流の大きな川(石川)まで繋がるコースを決めました。
そして水がきちんと流れて来るように、土地の高い、低いを見極めるに、夜に提灯を並べて、その明るさを頼りに調べました。
皆で交代しながら、その高い低いの印に従って、井路(水路)を掘って行きました。
その井路を掘り進めるのは大変でした。
途中、硬い岩盤にぶち当たる事もあったからです。
その場合は、皆でトンネルを掘って井路を作りました。
そうこうしながら、與次兵衛さん達は井路を完成させたのでした。
その長さは、結果的に約13.8キロという、途方もない長さになったのでした。
一方、池も大きなため池に広げなければなりません。
そこでまず、池の西側と東側に元々あった、なだらかに続く丘を利用して広げました。
そして北側と南側には堤防を作り、ダム式のため池を考えたのでした。
これは、現代のように機械が無く、すべては人の手で作業をしなければならない為、大変な工事でした。つづく
紙芝居:『中村與次兵衛と寺ヶ池』(その3)

そして與次兵衛さんは、水をどこから引いて来るかなど考えて、ご領主に工事の許しをもらいに行きました。
「與次兵衛、その方の考えは大変素晴らしい。完成すれば、米も多く取れ、藩も潤い、民衆も生活が楽になる。・・がしかし、難しい工事になるぞ。出来るか與次兵衛!?」
「はい、たとえ自分の全財産を使い果たしても、皆の生活を考えやってみようと思います。」
「あっぱれな心掛けじゃ!お前をこの工事の責任者に任命する。又、我が藩からも出来るだけ応援するぞ。」
「ありがとうございます。」
こうして、次はこの工事に関わる農民達の協力要請や説得に行きました。
「與次兵衛さん、あんたの考えはよう分かった。要は水の多い石川の上流から長い水路(井路)を作って、大きく広げた寺ヶ池まで流すっちゅう事やな。確かにそれが出来たら、仰山水田が出来て潤うやろ。しかし、わし等の土地はどうなるんや。池に広げられたら無くなってしまうやないか?!」
「心配せんでもエエ。米が多く取れるように村から、土地は分けてもらうように話しはつけた。」
「水路になる村は土地が緩んで、水が溢れたりせえへんか心配や?」
「それも慎重に水路になる所を選んで、安全安心に工事するから大丈夫や。」
「その何処かで聞いたような、[安全安心]という言葉は心配やなぁ。」
こうして與次兵衛さんは、反対意見を熱心に聞き、それを説得して話をまとめてゆきました。
そして各村からの協力を得て、いよいよ工事は始まりました。
つづく
紙芝居:『中村與次兵衛と寺ヶ池』(その2)

江戸時代の初め。
庄屋の中村與次兵衛(よじべえ)さんは、小さな[寺ヶ池(てらがいけ)]の周りを歩きながら、つぶやきました。
「あぁ、この池がもっと大きく水が豊富やったら、まわりに水田を仰山作って、お米がいっぱい取れるのになぁ・・。
このままやと、この村はいつまでも貧乏のままや。なんかエエ方法はないもんか?
あっそうや、極楽寺のおやじに相談してみよう。」
與次兵衛さんの父親は、[佑算]という名前に変えて、今近くのお寺のお坊さまになっていました。
「親父さま、いやご住職さま、あの池を何とか大きく改築できんもんですかのう・・。」
「與次兵衛、その方法はたった一つ。あの池にどっかから水路を作って水を仰山運び入れるんや!
もちろん、今のままやったら池が小さすぎるから、池も広げなあかんわなぁ・・。
これは大工事になるやろ。お金も人もいる。ご領主さまにも相談せなあかん。大変なこっちゃ・・。
でもな、仏さまは『一人は何万人が幸せになることを常に願って働かなあかん』と言うてはる。これが自分も幸せになる方法やと・・。又なぁ、反対に何万人はたった一人の幸せの為に力を合わせとも言うてはるんや。
この考えをしっかりもっとったら、この大工事は絶対成功する!
これをやれるか?與次兵衛・・。」
「はい、親父様、いやご住職。その心でやってみます!ありがとうございました。」
與次兵衛は一大決心をしました。 つづく



