住職のつぼやき[管理用]

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第5回:仏教婦人交流会は「写経会」

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 昨日の「仏教婦人交流会」は、『お正信偈』の写経会を行った。
 「写経会をやって欲しい」という声は、前々からあった。
 ・・が、お寺の椅子にあった長机が無くて、今まで実現できなかった。
 それがようやく揃える事ができて、実現となったのだ。
 今回の写経会は、皆が真剣に、そして静かに実践することができた。
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 そして最後は座談会をしながら、「これを一回きりとは言わず、何度か連続でやってほしい」と声が皆から上がり、いよいよ、本格的に「交流会」が軌道に乗り始めたのであった。

三谷版:チェーホフの「桜の園」を見て来ました

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 昨日、森之宮ピロティホールで「三谷版 桜の園」(出演:浅丘ルリ子、他)の演劇を見て来た。
 なぜ、喜劇作家:三谷幸喜が「チェーホフ」の作品を演出したのか・・。
 僕は知らなかった・・・、この物語は喜劇やったんや。
 僕はずっと「桜の園」は悲劇の戯曲だと思っていた。(以前、テレビの劇場中継で見たのだ・・、しかし暗く悲しい話であったような記憶があって・・)
 しかし、改めて文庫本から読んでみると、ちゃんとチェーホフは「『桜の園』は喜劇(コメデイ)の戯曲である。」と書いているのだ。
 もっと調べてみると、さらにチェーホフの人生は風変わりであった。
 医学大学を出ながら、演劇作家になり、短編喜劇などを多数書きながら、やがて本格的な文学作品も描き、44才の若さで病で亡くなっている。人生そのものが滑稽やん。
 ・・そうか、だから、三谷幸喜はチェーホフに目をつけたのか。

 こんな、あらすじだ・・。
 20世紀初頭の南ロシアの5月。
 美しく咲いた『桜の園』のある豪邸に、(5年ぶりに)主人公の女当主〔ラネーフスカヤ〕夫人が、フランスから帰って来る。
 思い出に浸る彼女を喜び迎える(一癖ある)屋敷の人々。
 しかし、広大な領地はすでに抵当に入り、まもなく競売に掛けられようとしていた。
 が、財産が底をついているのに、尚浪費を止めることができない女主人。そして彼女を取り巻く滑稽な人々たち。
 落ちぶれてゆく人の悲劇を描きながらも、見ようによったら、それは(愛すべき人間)喜劇。
 「悲劇というものは、(第三者の目線から見れば)それはひょっとすると喜劇なのかもしれない。・・そんなことを(改めて)チェーホフは言いたかったのか?、いや三谷幸喜は言いたかったのか?」と、考えさせられてしまった。 
 そんな作品であった。
 悲劇を大笑いして見ている観客を、(笑えない)僕は冷たい目で眺めていたのだが、その方がよっぽど悲劇かもしれん・・と思った。いや、それは喜劇か?
 
 
 
 
 

「セルモ学習塾」からの出前依頼

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 今日、奈良市より「セルモ学習塾」の塾長さんが、お寺に来られた。
 目的は、今月末に行う「セルモの夏のイベント」の打ち合わせの為である。
 今までいろんな所へ「出前」に行ったが、学習塾は初めてである。
 小学生向けと中学生向けの二回に分けて、「紙芝居」をして欲しいと頼まれた。
 僕も最初は「お受けしようか、しまいか」、少し悩んだのだが、最近、子供たちを中心とした様々な事件や事故が多いと感じていたので、(僕自身の子供たちの心を理解する一つのきっかけにならないかと)思い切ってお受けすることにした。
 さて、僕の紙芝居が「学習塾」でお役に立つかどうかは解らないが、僕自身の勉強のためにも、一度で出前させて頂く。
 その結果は、又このブログで発表させて頂きたいと思う。

勝光寺さまの「定例法座」in2012

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 今、大阪市東住吉区にある「勝光寺」様の〔定例法座〕から帰って来た。
 こちらのお寺様とのご縁は深く、今年で、こちらでの「紙芝居法話」も九回目となった。
 毎年、違うネタの紙芝居をさせて頂いているが、マンネリにならないかだけ、気を使っている。
 それで、今年は「妙好人」の紙芝居を二本させて頂いた。
 こちらの御住職も、ご門徒さんも知識が豊富(インテリの人が多いの)で、どんな話をさせて頂いても、みんな知っておられる話ばかりだ。
 それで、ある意味やりにくく、又ある意味やり易くもある。(毎回、一発勝負だ!)
 だから、本に書いてあることを言わず、僕は僕の感じた想いを語るようにしている。・・その方がうまく通じるのだ。
 こちらの御住職がよく次のように言われる。「人間は感情の動物である。だから、話す方も感情をむき出して喋らなければダメだ。・・でないと、法話など伝わらない。」
 僕もそう思う。
 で、今日も僕が思った事を思ったまま、仏法と照らし合わせてお話してきた。 
 だから、良くも悪くも、なぜかすっきりして帰って来られる。 
 ありがたいことだ。西先生、いつもほんまに有難うございます。合掌
 

滋賀県「泉慶寺(せんきょうじ)」住職夫妻の来院

 昨日の夕方、滋賀県高島市今津町から「泉慶寺」住職夫妻が、来院された。(アポなしやったからびっくりしたわ。・・たいていダラしない僕は、檀家さん宅のお参りや出前から帰って来たら、すててこ一丁とシャツ一枚で寺の中をうろついているのたが(笑い)、うまい事この日は短パンとTシャツを着ていたので助かった。・・でもこの服装も考えてみたら失礼やったなぁ。すんません・・合掌。)
 さて、こちらの御住職さん夫妻は、今日、大阪市内で何か別件の用事があったそうで、そのついでに寄って下さったということだ。
 なぜ、寄ってくださったかというと、こちらのお寺さんも「紙芝居」を(婦人会を中心に)上演されているそうで、「ご縁のある〔同朋観光〕さんから、僕の噂を聞いてやって来ました。」と言われた。(D・B:ゆうすけさん、いつも有難う。・・でもどんな噂やねん?〔笑〕)
 さてさて、こちらのお寺で上演している紙芝居の演目は「おはつ紙芝居」といって、こちらのお寺にお墓がある〔おはつ〕さんという女性を主役にした物語なのだそうだ。
 住職さんにお話を伺っていると、ぼくの紙芝居装置よりも遥かに手の込んだものみたいだ。(音響装置もあり、又配役も多人数で演じられるらしい。・・ううっ凄いなぁ。・・でも、多人数は多人数の大変さがあるやろし、それはやった者しか解らんのやろなぁ・・。)
 で、そんな紙芝居製作や上演などの話に花が咲き、楽しい一時を過すことが出来た。ありがとうございます。
 そして、今回(うちの寺の偵察?を兼ねた〔笑〕)住職夫妻のご来院のもう一つの目的が、今年の秋に計画されているという、こちらのお寺の婦人会の皆さんの、うちの寺での(研修旅行としての)日取りの打ち合わせもあった。(まだ未定だが。)
 ・・もちろんその研修ツアーの目的は、僕の紙芝居見学もあるのだろうが、話の勢いから「おはつ紙芝居」も、うちで上演してくださるということになった。(まだ正式には決まっていないので、婦人部と相談した上でという事だ。)
 「おもろいやんけ。・・それって紙芝居バトル?・・おうおう、受けて立ちましょう。まぁ、僕の方が負けるに決まってるけど。良い刺激になりそう・・。」
 まあ、バトルと言わずに、お互い刺激し合って、技術を深めればと思います。実現できたらええなぁ・・。合掌
 

富田林市:嬉(うれし)町「ふれあい祭」への出前

ファイル 935-1.jpg(嬉地区老人集会所)
 最初に、地区の会長さんからお電話いただいた時・・、 
「私たちは〔嬉(うれし)〕です。・・あの嬉です。・・、富田林市嬉町に住んでます。」と、言われて初めてその町の名前を知った。(「何がそんなに嬉しいのかな?」とマジで思ったで。〔笑〕)
 隣町でも、まだ知らない〔町名〕があるのだ。(それにしても、楽しそうな町名だ。一発で覚えた。・・町名の由来は、昔、和歌山からこちらに来られた、一人のお姫様の名前から付いたとの事だ。・・こんど調べてみよう。)
 今日、その町の〔ふれあい祭〕という、(福祉委員さんが主催する)お年寄りと子供たちの交流会に呼んで頂いて「紙芝居講話」をして来た。
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 なんせ、子供たちは元気一杯だ。
 男の子も女の子も汗だくで、会場内を大きな声を出し走り回っていた。(でも、ちゃんとお年寄りの前では、静かに行動していたので、エライと思った)
 始まる前、「さて、おっちゃんの仕事は何でしょうか?」といったら、「紙芝居屋さんっ!」と子どもたちに言われ、ちょっと嬉しく、又ちょっと悲しくもなった。(僧侶の衣を着てても、そう言われたから・・。)
 もう、紙芝居イベントを副業にしようかなぁ・・。ああっ、もうなってるか。(笑)

「東海中仏通信生集いの会」御一行の来院

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今日、愛知・三重県の「東海中仏通信生集いの会」の皆さんが、観念寺まで「団体参拝」に来て下さったんだがや。
 荒れたお天気の中、よくぞ来て下さいました。ありがとねぇ。ほんに、嬉しいでいかんわぁ。 
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 そして今日は、「三尺三寸の箸」と「聖徳太子」と「共命鳥の話」の三本の紙芝居をご披露させてもらったで。
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 その後、皆さんはうちで「お弁当」を召し上がって、最後は記念撮影をやったんだがねぇ。
 懐かしい名古屋弁の話し声を、あちこちから聞く事ができて、とても幸せな気分になりました。
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 その後バスは、貝塚、そして白浜に向かって再出発。
 皆さん、又、大阪に寄ったってちょう。まっとるだがね。
 

半年ぶりの「特養 甍」

 今日、半年ぶりに大阪市生野区にある「特養老人ホーム甍」へ、お寺の出前に行って来た。
 なぜ、そんなに(毎月、行なっていたこちら倶楽部活動)に穴が空いたのか?
 理由は二つある。
 一つは、毎月出講予定をしていた日に、毎回お葬式が(まってましたとばかりに)入ってしまい、直前で中止になったから。
 もう一つは、倶楽部の実施時間が、(苑内の都合により)午後から午前に変わり、僕がその時間では行けなくなってしまったから。
 ・・それが原因だ。
 特に、二つ目の午前中の実施は致命的だった。(たいてい午前中には、お寺のお参りの仕事が入っている為、出前予定日が限られたのだ)
 まぁそれで、こんなに穴を空けてしまったのだが、それで僕自身、今日久々の出前活動なので、ちゃんとまた皆来てくれるだろうか?と心配であった。
 ・・が、会場に着いたら、皆、笑顔で向かえ入れてくれて、ホッとした、と同時にたいへん嬉しかった。
 今日、初めてお顔を見る方もあったが、もちろん、昔から方もたくさん居られていて、懐かしくお話しを進行することが出来た。
 又、最後の質問コーナーでも、「ほんまに極楽はあるのか?」とか、「なぜ、四十九日は三月にまたがったらあかんのか」とか、より具体的に(途方もない)質問も出て、往生した・・が、おもろかったわ。
 又、「是非もう一度、宮本に会いたいから(なんとかして)呼べ!」と、職員に直訴して、苑を動かしてくださった入所者のKさん。・・ようやく今日会えましたね。・・元気なお顔が見れてとても嬉しかったです。・・又、いろんなお話聞かせてくださいね。これからも楽しみにしてますから、まだまだ長生きしてくださいよ。ほんま頼みまっせ!
 又、今日の日の実現の為に、苑内時間の調節や、直接お寺まで来てくださった職員のT君やスタッフの皆さん、ほんまありがとう!
 これからもどうかよろしくね。合掌
 

堺市:SS(セカンドステージ)倶楽部スタッフ来院

 今日、堺市より「SS倶楽部」のスタッフの方々がお寺に来られた。
 その目的は、今年の12月に僕が講師をする『SS塾』の(内容の)打ち合わせの為であった。
 まず、『SS塾』とは何か?
 それは、シニアの生きがいづくりと、地域の活性化を目的に、活動のキッカケ作りと仲間作りなどを目的とする交流の場であるそうだ。
 そこに呼んで頂くことになった。
 そのシニアの方達に、僕はいったいどんな(内容の)お話をしたら良いかを話し合い、打ち合わせをした。
 元気があって、知的探究心が濃いシニアの人達は、今どのような内容のお話を求めておられるのか?・・そんなお話を、スタッフの皆さんに聞かせていただき、打ち合わせをした。
 そのお話させて頂く内容は(僕の頭の中では)まだ熟してないが、シニア世代の興味ある『歴史・癒しもの』をテーマに、そんな紙芝居を持って行かせて頂こうかと、今思っている次第である。
 ああっ、この講座が終るころ、平成24年も終わりか・・。(なんかもう、一年が終ってしまうような、そんな錯覚がした)
 

びっくりしました・・。

 僕は近所へのお参りは、だいたい自転車で回っている。
 ・・それで、びっくりしたことがあった。
 バス停の方から知らないお婆ちゃんがやって来て、のんびり走っている僕の自転車に近づいて来たかと思うと、すれ違い様、そのお婆ちゃんはクルリと向こうをむき、ズボンを下ろしてしゃがみ、電信柱の横でおしっこをし始めたのだ。(他人の家の前やで・・しかし。)
 息が止まるかと思ったわ。
 僕は、目のやり場に困り・・というか、ショックでボーゼンとした。自転車倒れそうになったわ。
 それであわてて、僕は知らん振りをして通り過ぎて、振り向いたら、そのお婆ちゃんは又、平然と歩いて行かれた。
 あの人誰やねんやろ?村の人ではなさそうや・・、当然か。あの服装からして、どう見ても(よそから)働きに来ているようなスタイルやったなぁ・・。
 これって、注意したら良かったんやろか・・?「お婆ちゃん、座りしょんべん禁止やで!」って。
 あの顔はしっかり覚えてしもたわ。・・記憶から消したいけど。
 この事は、ここの家の人には内緒にしておこう・・って言うか、よう言わんわ。

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