住職のつぼやき[管理用]

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東日本大震災物故者追悼三回忌法要/復興支援チャリティイベントvol.3 予告

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 来年の2月9日(土)午後12時半より、富田林すばるホールにて、『東日本大震災物故者追悼三回忌法要/復興支援チャリティイベントvol.3 ~大切なあなただから~』を開催することになりました。
 主催は今年も(石川南組の若手僧侶を中心とした)『浄土真宗本願寺派僧侶有志』です。
 今回も、スライドショーあり、追悼法要あり、法話あり、吹奏楽あり、トークショーありの盛りだくさんです。
 又、今回の法話の時間は、僕が紙芝居を使って『稲むらの火(津波編)・(復興編)』を演じお話させて頂きます。
 そして、なんとっ、今回の(正に)目玉は!タレントの『西川きよし』さんに来て頂き、「大きな目で見た震災復興」と題したお話をしていただきます。(ほんま、有り難いことですっ!)
 尚、チケットは無料ですが、「整理券」が必要となりますので、ご参加ご希望のお方は当寺『観念寺』まで、ご連絡下さいませ。  又、申し訳ございませんが、チケット枚数に限りがございますので、浄土真宗の門徒さまを最優先させて頂く所存でございます。
 そこのところ、何卒ご理解の程、よろしくお願い申し上げます。合掌

『社団法人 大阪中国帰国者センター』からの出前依頼

 平成七年にNHK放送局が、山崎豊子さん原作の『大地の子』という大河小説をドラマ化し、放送して大反響となった。
 これは、太平洋戦争の敗戦によって、満州で残留孤児となった主人公が、中国の養父母への愛情と日本の実父への愛憎に揺れ動きながらも、文化大革命の荒波を乗り越えてゆくドラマだった。
 再放送もされたので、僕も何度も見て心を揺り動かされた。
 では現在、大阪に『社団法人 大阪中国帰国者センター』という組織があり、ここでは、中国残留邦人の肉親探しや、帰国援助、日本語教育、生活相談等を行なわれていて、彼らが立派な社会人として自立できるよう運営されているのはご存知だろうか。
 恥ずかしながら、僕はまったく知らなかった。(・・反省)

 そんな折、突然、こちらの団体から、日本文化の一つの紹介方法として、『紙芝居法話』をしてもらえないかと、依頼が来たのだ。
 もちろん、中国語の通訳の方が僕について下さり、訳して頂きながら話を進めるということだ。
 僕の作った紙芝居の中でも、中国が舞台のお話が何本かある。
 それを日本仏教の紹介とリンクさせながらお話したら、少し何かお役にたてるのではなかろうかと、今思っている。
 期日は来年の2月に予定している。・・まだ時間はある。ゆっくりと話の筋を考えたいと思う。

ちなみに、大阪中国帰国者センターホームページはこちら
 http://www.ock.or.jp/
 

大阪の川の流れを変えた男「中 甚兵衛」のこと

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 大阪には、現在二本の大河が流れている。
 その一本は、京都から大阪湾へ(北東から南西へ)流れ込む「淀川(よどがわ)」。
 そしてもう一本が、奈良を越え柏原市から堺港へ(東から西へ)一直線へと流れ込む「大和川(やまとがわ)」である。
 では、その現在の「大和川」は、人工的に作られたものだというのはご存知だろうか。
 江戸時代初期、奈良から流れて来た「大和川」は、現在の柏原市を境に(北西の)大阪市へと、何本も川が分かれて、大阪城あたりで「淀川」と合流し、大阪湾に流れ出たのである。
 ゆえに大雨が降ると、これらの何本もの川は、大阪平野で耐え切れず、大洪水を起こし、住民にとって大きな被害を出していたのである。
 そこで、「(旧)大和川」を(現在のような流れにして欲しいと)付け替え工事を幕府に願い出て、反対意見にも負けず(50年近くも嘆願書を出し続け、粘りに粘って)ようやく、付け替え工事を完成させた男が、誰あろう『中 甚兵衛(なかじんべえ)』その人なのである!パパン、パンッ!(ハリセンを叩いた音)
 彼は、庄屋(お百姓さんの代表)出身でありながら、たぐいまれな粘り強さで、人生のほとんどをこの事業に費やし、みごとに大和川の流れを現在のように変え、大阪平野を見事に豊かな土地へと生まれ変わらせたのである。
 現在の大阪の発展は、彼のお蔭であると言っても良い。(しかし、新しき川の流れを作るために、(提案された流れの上に住まう人々は)土地の立ち退きを強いられ、彼らは間違いなく『甚兵衛』を怨んだ。・・ゆえに、現在でも『甚兵衛』をアンチヒーローと呼ぶ土地の人々もいる。・・それは当然かもしれない。
 彼は、自分が行った事によって、多くの人の運命を変えてしまったを悔やんだに違いない。(ひょっとすると、上の(ちらしの)出家した後の『甚兵衛』の肖像画の、おでこから目の上にある傷跡のようなものは、怨みを持つ誰かに襲われて出来たものかもしれんと僕は思っている。・・あくまでも想像だが)
 だから、『大和川付け替え工事』が終った次の年、彼は突然『出家』をして、浄土真宗の僧侶となる。
 うまくやれば(その晩年)栄誉を欲しいままに、出来たにも関わらず、彼は一人の僧侶となったのである。
 それが又、すがすがしいではないか。
 長々と書いてきたが、僕は今、『中 甚兵衛』の紙芝居製作に取り掛かっている。
 きっかけは、今年の三月、甚兵衛さん生誕地近くの(東大阪市今米の)お寺で、甚兵衛さん所縁の子孫のお方と出会い、お話を聞かせて頂いたからだ。
 その時、甚兵衛さんの逸話をいろいろと聞かせて頂き、いつか、紙芝居にしたいと思ったのである。
 それから、機会があれば、甚兵衛さんゆかり土地を歩き、又資料を集め、今、ようやく製作開始までこぎつけたのである。
ファイル 1021-2.jpg(大谷本廟)
 そして、昨日、京都に行く用事があったので、大谷本廟にある『中 甚兵衛』さん夫婦のお墓にお参りをして、紙芝居がちゃんと出来ますようにと手を合わせて来た。
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 順調にいけば、来年の2月までに完成させたいと思う。 
 お浄土で、甚兵衛さんにお会いしても、恥ずかしくないものを作りたいと思っている。頑張ります。

願立寺さまの『婦人会報恩講』への出前

ファイル 1020-1.jpg(願立寺山門。葵の御紋の入った移築されたという徳川家所縁の屋根瓦)
 昨日の晩、八尾市にある浄土真宗(大谷派)の「願立寺」さまの『婦人会報恩講』にお招き頂き、お話させて戴いてきた。
 こちらは、初めての処なのだが、婦人会の皆さんはみんなノリが良く、とても初対面とは思えなかった。(ガンガンのって下さった。やり易かったわ~)
 これが、庶民の町:大阪の良い処なのだろうが、決してそれだけでは無く、おそらく、お寺と檀家さんとの日頃の御付き合いの深さが、大きいのであろう。
ファイル 1020-2.jpg(芳名帳に記帳。ちょっと落書きも・・)
 この日の夜はとても寒く風の強い日でもあったが、たくさんのお参りの方がご聴聞に来て下さっていて、大変有り難かったです。
 又、再来年の『出前法話』の御予約まで頂きまして、何と御礼を申し上げたら良いか・・。ほんま、ありがとうございました!合掌
 願立寺様、山門の紙芝居製作のお話は、又いずれ・・。

ちなみに、この日の模様は願立寺様の(下記)のホームページ「願立寺日記」で見れます。
 http://blog.zaq.ne.jp/ganryu-ji/article/63/
 

エンドレスQ&A(最寄の駅編)

 昨日、今年最後の『特養老人ホーム甍』への〔出前法話〕に行って来た。
 僕はまず、会場にお集まりの皆さんにご挨拶をする。
「さて、今年の『月例:紙芝居法話』は、今日が最後になりました。・・振り返れば、今年もいろいろな事がありましたね。」と話始め、その後紙芝居をして最後に「来年は一度、皆さんでうちのお寺にお参りに来て下さいな。施設長か事務長に頼んで、マイクロバスをチャーターしてもらえば、こちらから一時間ぐらいで来れますよ。お寺で直接お参りするのもエエもんですよ。」と言った。
 すると、前列の一人のお婆ちゃんが、「電車やったら、どうやったらお寺に行けますか?・・最寄の駅は何ちゅう駅名ですか?」と尋ねられた。 
 それで僕は「・・こちらからやったら、まず地下鉄で『天王寺』駅まで行って、近鉄線に乗り換えて、それから『河内長野』行きに乗って『富田林』駅で降りる。そしてそこから金剛バスに乗って約20分ほどで『寛弘寺』バス停で降ります。そこから歩いて三分ほどです。『観念寺』というお寺です。」と、一息で流すように言った。
 すると先ほどのお婆ちゃんから一言。
「あぁ、ありがとうございます。・・それで、最寄の駅は何という駅名ですか?」と聞かれた。
 僕は『こらあかんわ。もっとシンプルに言わな通じないわ』と思い、「天王寺(阿倍野)駅から、近鉄線が出ているのは知ってますか?」と聞き、頷かれたので、「そこから、電車に乗って『富田林』という駅で降ります。そこからバスです。」と言ったら、「はい、解りました。・・遠そうですね。・・これはバスで連れてってもらった方がええなぁ・・。」と云われた。
 その時、付き添いの職員さんが「○○さん、来年一度、施設長に頼んでみましょか?」と言われた。
 それを聞かれ、嬉しそうにそのお婆ちゃんは、「その方がエエ出ようですね。・・ところで、住職さん、お寺の最寄の駅は何ちゅう名前ですか?」と又、スタートに戻ったので、職員さんが「そやから、バスで連れてってもろおと、言うたやんか」と言った。
 それを聞いて、そのお婆ちゃんは、ムッとされたみたいだったので、気まずい空気を換えようと、僕は又、「ここから地下鉄に乗って『天王寺』駅まで行きます。そこから近鉄線に乗り換えて・・。」と、今年最後の講話クラブは、時間一杯まで延々と、僕のお寺までの行き方をしゃべり続けたのであった。
 最近、こんなんばっかりや。(笑い)

紙芝居屋亭が、「憩(いこい)亭」へ出前

ファイル 1017-1.jpg(デイサービス憩亭)
 昨日、河内長野市にある「デイサービス憩(いこい)亭」さんへ、お寺の出前に行って来た。
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 こちらは、一見、普通のお家のような作りで、アットホームな感じのデイサービスセンターであった。
 僕は、こちらでいつもの『三尺三寸のお箸』ともう一本の紙芝居を演じた後、皆さんと一緒におやつを頂いて、ワイワイと雑談をして楽しい時間を過ごさせて頂いた。
 夏のお申し込みから、出前まで半年間待って頂いたので、思いっきり『出前』サービスをさせて頂きました。お待たせしてすみませんでした。そして有難うございました。合掌

観念寺婦人会『干支ちぎり絵色紙』講習会

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昨日、自坊:観念寺で『干支ちぎり絵色紙』講習会を開いた。
 ご講師は、うちの婦人会の代表さんと総代さんの奥さんだ。
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 製作モデルは、二種類あって、一つは(写真)の丸型モデル。
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 そして、もう一つは、昨年と同じ四角いモデルの色紙であった。
 皆さん、熱心に(夜の九時半頃まで)一人も脱落者なく、完成することが出来ました。
 皆さん、お疲れさまでした。合掌

京都教区上東組仏教婦人会連盟『報恩講』への出前

ファイル 1007-1.jpg(六角会館)
 昨日、京都市中京区にある『六角会館』へ、〔上東組仏教婦人会連盟『報恩講』〕への「出前法話」に行って来た。
 今、京都は紅葉の真っ盛りで、市内は観光バスが一杯で、現地まで結構時間が掛かってしまった。
ファイル 1007-2.jpg(六角堂〔頂法寺〕)
 さて、『六角会館』は、聖徳太子創建の『六角堂(頂法寺)』のまん前にある。
 会館に到着した僕は、組・副組長さんにご挨拶をした後、(ちょっと脱け出し)この『六角堂』にお参りさせて頂いた。(・・まぁ、緊張をほぐしにです)
 このお寺のご本尊は〔如意輪観音〕様で、親鸞聖人が百日参籠をされた後、こちらの観音様から示現を受けて、念仏信仰の道へ歩まれたという逸話が残っていて、とても尊く有り難い寺院なのである。(僕もお参りさせてもらって、気持ちが(どうにか)落ち着きました)
ファイル 1007-3.jpg(六角会館:本堂)
 やがて出番が来たので、会館本堂へ出講。合掌のち『紙芝居法話』を始める。
 この日は、婦人会連盟の報恩講ということで、『阿弥陀仏物語』の他に『嫁脅しのお面』という(嫁と姑の女性向きの)紙芝居をさせて頂いた。
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 由緒あるお寺をお参りさせて頂き、その前にてお話させて頂ける有り難い機会を頂き、幸せでした。
 上東組仏教婦人会の皆様、尊い御法縁を有難うございました。合掌

児童文学作家「今西乃子」先生の『命について考える』講演会

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 今日、奈良市西大寺の『吉田病院』にて、「命みつめて絆深めよう」という総合テーマで(保育士・介護士さん対象に)行われた、児童文学作家〔今西乃子(のりこ)〕先生の記念講演会に行って来た。
ファイル 1006-2.jpg(プロジェクターを使っての講演スタイル)
 千葉県在住の今西先生は、現在執筆活動とは別に『子供の自己肯定感を向上させる出前授業』という講演会を(全国展開で)なさっておられ、本日、奈良でその記念講演会を上記の病院で開かれるというので(僕は部外者であったが、)特別に先生の口効きで入れて頂き、拝聴することが出来たのだ。(ラッキーでした!)
 ・・さて、今西先生と僕の出会いであるが、以前、先生の御著書『犬たちをおくる日』を読んで、そしてその原作に惚れ込み「紙芝居化」の許可を(先生に)頂いて製作したのが、(今西先生との)ご縁の始まりであった。
ファイル 1006-3.jpg(今西先生とご一緒に)
 そして本日、先生と初めて(直接)お目に掛かることができて、『命を見つめる出前授業』というものを拝聴させて頂いた。
 今西先生は、バイタリティー溢れ活動的ながらも、常に『命』を見つめる繊細さを持っておられる心の優しいお方だなと感じた。
 今西先生との不思議な出会いに感謝し、先生が常に言いたい事(メッセージ)をちゃんと吟味しながらも、僕は僕なりに(完成した)「紙芝居」を通して、皆さんにお話出来れば良いなと、身を引き締めながら思ったのであった。
 

観念寺(門信徒)バス旅行in神戸

ファイル 1005-1.jpg(神戸別院)
 昨日、観念寺の門信徒の皆さんとご一緒に、西本願寺直属のお寺『神戸別院(通称モダン寺)』へ、『団体参拝バス旅行』に行って来た。
 実は(今年の初め)、うちのお寺の門徒さんから「住職さん、昨年みんなで行った『西本願寺』への団体参拝旅行、楽しかったわー。今年も又、別の旅行を企画して下さいな。皆で行きましょうよ!」と口説かれて、いつもうちのお寺に団参で来て下さっている『同朋観光(株)』のNさんに相談し、旅行コースを企画していただき、実施することになったのだ。
ファイル 1005-2.jpg(エキゾチックな別院本堂)
 バスは河南町を朝早く出発し、高速を通って、神戸別院に午前中に到着。
 そして本堂にて、〔副輪番〕様から、お寺の歴史や、阪神淡路大震災の時のお話などを聞かせて頂く。
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 その後、〔ポートピアホテル〕で食事を取り、〔UCCコーヒー博物館〕、〔震災メモリアルパーク〕をめぐる。
ファイル 1005-4.jpg(震災メモリアルパーク)
 そして最後は、廃校となった小学校を「お土産工房」として生まれ変わらせた〔北野工房のまち〕に行き、美味しい神戸の有名ブランドのお菓子などを(自分への〔ここがポイント・・〕)お土産に(たくさん)買った。
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 雨もちょこっと心配したが、最後まで天候には恵まれ、皆で楽しい日程を過ごすことが出来た。
 お寺もすばらしかったし、昼食のお料理もみんなおいしかった。(バイキングやもん・・、食べ過ぎたわ。みんなも言ってたなぁ。)
 又、その他の見学地も楽しく、色々なお土産をつい多く買ってしまい、今、このブログを書きながらも、生チョコとプリンとコーヒーを楽しんでいる。・・こりゃあ、どうやらダイエットが必要となるなぁ。(笑)

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