住職のつぼやき[管理用]

記事一覧

※画像をクリックすると拡大されます。

願行寺さまの『報恩講』と、帰宅時のハプニング

ファイル 1042-1.jpg

 昨日、(昨年に引き続き、)今回で二度目となる、羽曳野市の『願行寺』さまの〔報恩講〕に、出講させて頂いて来た。
 その御法座は、〔お昼の座〕と〔夜の座〕の二回あるため、ほぼ一日、僕はお寺の中で過させて頂く。
 さて、今回非常に驚いたのは、昨年のこちらの報恩講で、お寺のお役(年行司という当番)をされた一人の男性が、僕の昨年の「紙芝居」の感想や、その歴史などをまとめた一冊のスクラップブックをお作りになってておられ、それを(ご住職を通して)見せて下さったことだった。
 それは、事細かく編集されていて見事なものであった。何か、こっ恥ずかしくもあったが、・・でも、嬉しかったです。有難うございました。感動しました。(さて、今年のも作ってくださるのだろうか?〔笑い〕)

 ・・実は、(個人的なことになるが)おととい、この『出前』のホームページを立ち上げて下さり、(今も管理して下さっている)檀家のTさんのお父様が、突然のご病気でお亡くなりになり、お葬式をさせてもらったばかりだったので、僕自身もたいへんショックで、気落ちしていたのです。
 だから、この『スクラップブック』を見せてもらった時、『・・僕の拙い「紙芝居法話」でも、こんなにも喜んで下さる御方が居るのだ。頑張らねば!』と力が湧いたのです。
 だから、大変感謝しているのです。改めて合掌。
 
 ・・さて、話は長くなったが、この日は最後に大きなハプニングが待っていた。
 それは、突然の大雪だった。
 夜の9時頃に法座が終り、その後、ご住職と控え室で雑談を
していると、突然、坊守さまが大きな声で、「たいへんですよー!雪です。大雪が降ってきています!あっという間に道が真っ白ですー。」と教えてくださったのだ。
 『これは、いかんっ!』と、すぐに帰る用意を整え、外に出たら、車は雪を被り真っ白ではないか。
 タイヤはスタットレスにしてたが、やはり何があるか解らないので、すぐに帰ることにした。
 フロントガラスに当たる大雪を、ワイパーで跳ね除け、跳ね除け、真っ白に染めてゆく道を、僕は急いで帰ったのであった。
 ほんとに、一寸先には何が起こるか、解らないものだ。
 

『復興支援チャリティイベント』の為の下見&その為の(紙芝居)デイ・リハーサル

 来月、2月9日に迫った「東日本大震災物故者追悼三回忌法要&復興支援チャリティイベント」の為の準備会合が、今、週一回ぐらいの割で行われている。
 昨日も、会場となる『富田林すばるホール』へ、(今回、三度目になる)下見と打ち合わせに行ってきた。
ファイル 1041-1.jpg(すばるホールの下見)
(・・まぁ、僕はスタッフの末席にいるだけなので、行っても何の役にもたたない。ただホワァ~としているだけなのですが・・。いや、ほんま)
 ただ会場が、800人収容できる大ホールをお借りするので、来場者の方に(不愉快な想いと、)事故とがあってはならないので、これだけ綿密な打ち合わせがいるのです。(でも、まだ何か忘れているような気がしている・・のです・・。個人的なことで)
ファイル 1041-2.jpg(800人。さて、満員になるだろうか?)
 でも、まぁ、そんな事は気にしてもしょうがない。後は、各自が自分の役割をしっかり集中して行えば良いであろう。
 一番、心配しなくてはならないのが、僕が紙芝居を読むのを噛まないこと・・か?(笑)
ファイル 1041-3.jpg(ディサービスしらゆり)
 ・・で、次の日の今日、このイベント当日行う『稲むらの火』という紙芝居の練習として、先ほど『デイサービスしらゆり』さんで、この紙芝居を使ってお話(リハーサル)して来た。
 今日、僕の目の前には、お年寄り方10人ぐらいとヘルパーさん3・4人ぐらいだけなのだが、僕の頭の中では、800人を前に話していると(無理やり勝手に)想像を膨らませ〔笑〕、お話してきた訳だ。(リハーサルだと知らず、お話を聞いて下さった『しらゆり』の皆さん、すんません。・・でも手を抜かず全力でお話しましたよ)
 後、チャリティ当日まで、何箇所か『デイサービス』への出前先があるが、しばらくは、この紙芝居を使ってお話させてもらうことにします。だから、よろしく頼んます。(お年寄りも、喜んでくださるお話には違いないですよ・・)
 

腹話術といっこく堂と宗教と・・

ファイル 1040-1.jpg

 「腹話術」というのは、ほとんど唇を閉じたまま音声を出して、他のもの(多くは人形など)が、しゃべったり音を出したりしているように見せる芸をいう。

 おととい、その腹話術師の「いっこく堂」さんの公演を、河内長野ラブリーホールに観に行って来た。
 そう、僕は『腹話術』が、小さい頃からたまらなく好きなのです。
 ライブなので、僕はマジマジとその「いっこく堂」さんの唇と喉ばかり見ていたのだが、ほとんど唇は動かさず、喉仏の回りだけを動かしてしゃべっておられたので、改めてスゴイ芸だと感心した。

 実は、僕も『腹話術』をマスターしたくて、(たまに)お寺の本堂で、唇を動かさず、お経を読む練習をしているのです。(仏罰受けんかなぁ・・〔笑〕)
 では、どうしてそんな事をしているかって?
 もちろん、『お寺の出前』講演で、いつか皆さんに披露するためですやん・・か。(すでに人形も出来てます。〔写真参照名前『和尚』〕)

 さて、そんな事を書こうと(今回は)思ってたのではない。
 実は、『腹話術』のルーツは古代宗教にあったということを書きたかったのだ。
 これは公演会の中で、「いっこく堂」さん本人がおっしゃられて、僕は非常に驚いたのだが、家に帰って改めて辞書をひくと、確かにその事が書いてあった。
 ・・『「腹話術」とは、古代において、呪術や占いの一部として、神秘的な力をアピールするために用いられてきた。又、「聖書」にも、腹話術のこととみられる記述があり、紀元前五世紀頃には、ギリシャの聖職者エウリクレスは、ほとんど唇を動かせず、音声を発したといわれている。』・・スゴイっ!・・でも、どこか胡散臭い・・御方。・・でも、『お前は人のこと言えんやろ!』と言われそう・・。
 こんな聖職者が居ったことを主人公にして、いつかその『紙芝居』をコメディにして作ってみたいと思います。・・ますます胡散臭い。〔笑〕 
 
 
 
 

仏さまに見えたお姉さん

 夜に開催している福祉施設での「法話会」は、(昼間とは違い)時間がゆったり流れ、会が終ってからもお部屋に帰られず、そのまま会場に居残られて、お話しされる方が多い。(僕の帰宅時間は遅くなってしまうのだが・・〔苦笑〕)
 今日もそんな一人の女性が居残られ、僕に、自分たち(姉妹)の(重くそして感動的な)体験談をお話をして下さった。
 その話をされた(中年)女性は入所者ではなく、入所されているのはその方の姉で、重度の脳性麻痺と肢体不自由がある為、(心配もあり)妹であるこの方が毎日仕事が終ってから、顔を見に、ここに来られているそうだ。
 その重度の姉さんは、昔ばなしや、仏さまの話が好きだそうで、妹さんに付き添われ、この法話会場まで来られるのだ。
 どこまで、話を理解してくださっているかは解らないが、この姉さんは一生懸命に話を聞いてくださっている。
 さて、その妹さんの話。
 昔、自宅でこの姉を介護していた時、介護の中心だった母が亡くなり、自分も絶望し、この妹さんは、姉の首を絞めて殺害し、その後自分も死のうと思ったそうだ。
 そして、首に手をかけた瞬間、その姉がニッコリ微笑み、「死んだらあかんで・・、良いことあるよ。」と言われたらしい。
 そう、「私を殺さないで」ではなく、おそらく自分を殺して、妹自身も死のうと思っていた事を察知したかのようで、『妹よ死ぬな』と言いたかった言葉のようだったそうなのだ。
 この妹さんは、その時、この姉の顔が仏さまに見えたらしい。そして僕に言われた、「仏さまなんか、世の中に居ないと思ってました。でも、姉は間違いなく仏さまでした。・・そう見えたんです。・・亡くなった母は、姉を『ねぇちゃんは、生き神さんやで』とよく私に言ってたんですけど、私は『姉は姉や、人間や』と思って信じませんでした。・・でも、やっぱり姉は仏さんなんですよ。・・今は私が母の代わりです。姉を仏さんやと思って、逢いに来ているんですよ。」とおっしゃった。
 そして、「遅くまで、話を聞いてくださって有難うございます。又、来月、法話会に姉と一緒に寄せてもらいます。」と言い、重そうな鞄をさげて去って行かれた。
 僕は「こちらこそ、お話聞かせて頂いてありがとうございます。又、来月来てくださいね。」と言って別れた。
 『そうか、仏さまって、人間なんや』と、改めて思った、今日の出会いだった。
 

阪神・淡路大震災から18年・・・

 阪神・淡路大震災から、今日で18年が経った。
 僕が、「お寺の出前」を(個人として)スタートしたのも、この年だった。

 僕はこの震災時、まだ今の『観念寺』に居なかった。
 大阪市内の、実家の酒屋で暮らしていたからである。
 あの時、大阪市内も震度5強であったと記憶している。
 あの日、三階の寝室で大きな揺れに目を覚まし、まずは子供部屋は大丈夫かと確認に行ったのを覚えている。
 その後は、すぐにテレビ・ラジオをつけて、震源地が神戸・淡路島であるという情報を得て、西宮の家内の実家にすぐ電話を掛けた。
 その時、うまく電話がつながり、両親の無事は確認できた。
・・が、電話の向こうでは、とにかく大変なことが起こっている様子だったので、妻とふたりで、食料品などを持ってすぐに西宮の実家に向かう。

 線路の曲がり落ちた阪急電車を横目に見ながら、そして傾いたマンション、ひび割れた道路、あちこちに垂れ下がっている電線を通り越して、僕と妻は苦楽園の実家まで歩いた。
 三宮方面から、疲れ果てた様子で避難して来られる多くの人々とは逆に、音の止む事が無いパトカーや消防車のサイレンを聞きながら、長い時間、危険な道を歩いて、ようやく実家に着く。
 とりあえず、僕等は両親の無事を確認し安心する・・が、正直(今だから言えるが、)震災後の方が大変だった。
 遅れる(水道・電気・ガスなどの)ライフラインの復旧は、精神的に両親を落ち込ませた。又、交通網の麻痺。そして震災の時のトラウマ。・・数え切れないほどあった。

 さて、僕はあの震災の後、震災復興のボランティアチームに入り、西宮・神戸などの被災地の避難地域、小学校や(テニスコートの上に立った)仮設住宅などを廻って、さまざまなお手伝いをさせて頂いた。(それは、この年の秋まで続いた)
 特に僕は、被災された方の(学校体育館や仮設住宅などでの)お話を傾聴するボランティアを任された。(おそらく、それは僧侶であったからだと思う)
 そして、被災地には、ただただ話を聞いてあげる人が必要であることを、この時確信する。
 ・・今思えば、その時の経験が、今の『お寺の出前活動』のルーツの一つになっているには間違いないだろう。
 あの阪神淡路大震災から、18年。・・又、東北で大きな地震が起こり、被災地の範囲が広がっている。
 範囲が広いだけに、こころの復興には、多くの人の協力が必要であろう。
 お寺の出前活動も、微力ながら少しでも、(阪神地区の被災された方を含めて)被災地の方がたの(何か)お力になりたいと考えている。
 
 

今年の初・出前

ファイル 1037-1.jpg

 今日は今年の〔初〕出前。
 大阪市生野区にある『特養老人ホーム 甍』へ、行って来た。
 今年最初ということで、こちらも緊張していたのか、はたまた職員さんと(始まる前に)ベちゃベちゃ長雑談をしていたせいか、「紙芝居法話」の現場写真を撮って貰うのを忘れてしまった。(初失敗・・うそである。もうすでに、今年の失敗は始まっている)
 さて、今年最初のこちらでの紙芝居は、『十二支のはじまり』を演じた。
 一月にする紙芝居の定番になっている、子・牛・寅の動物達の干支の順番争いのこのお話。
 本当は、(阪神・淡路の)震災の日も近いので、阪神大震災の紙芝居をしようと思っていたのだが(二本持って行っていたが)、皆さんのお顔を見たら、『やはり、年の初めは楽しいお話の方がええやろなぁ・・』と思ってやめた。
 震災のお話は、又、別の機会にしよう・・。やはり、それがええわ。
 皆さん、干支の話をすると、「私はヘビ年、年女!」とか、自分の指を折って数えながら、最後まで「わしは、何どしやったかいなぁ?」と言い続けていた方など、たいへん盛り上がったからだ。
 みんなの頭の体操時間・・これで良い。

お寺の新年会

 昨日、恒例の『観念寺新年会』を開いた。
 そして、今年もたくさんの(子供達を含めて36名の)ご門徒さんがおいで下さった。
 まずは、二階の本堂でお勤めをし、その後、場所を一階ホールに移し、新年の挨拶の後、賑やかに『新年会』は始まる。
ファイル 1036-1.jpg(お善哉を頂きます)
 最初は、お茶とお善哉を頂き、その後、用意していたみかんやチョコやおかきなどを頂きながら、それぞれに雑談タイム。
ファイル 1036-2.jpg(息子のピアノタイム)
 その後、息子がピアノを弾き、ミニ演奏会が始まる。
ファイル 1036-3.jpg(皆で歌いました)
 まずは、子供向けにアニメの『ジブリメドレー』で演奏が始まり、その後、『雪』、『たきび』、『故郷』などを皆で合唱。そして、〆の曲はもちろん『恩徳讃』。
ファイル 1036-4.jpg(皆で回すビンゴゲーム)
 最後は、お待ちかねの(もれなく商品がもらえる)『大ビンゴケーム!』
 今年は子供達が沢山来てくれたので、みんなに一回ずつ、ビンゴを回してもらいました。
 そして、今年の特賞『大きな招き猫』は、一番熱心にお皿洗いをして下さったTさんが当てられました。(よかった、よかった)
 又、責任役員の中年男性Tさんに、『手鏡』などが当たるというミニハプニングがありましたが、「私、これで毎日お化粧してご近所を歩こうかしら」と、皆の前でおっしゃって下さり、笑いを振りまいておられた。(助かりました)
 さぁ、新年会も無事に終り、今年も始まりました。
 頑張って参りましょう!

KANNENYA

 毎月、お参りに行かせて頂いているお家で、映画マニアのお婆ちゃん家(ち)が一件ある。
 仏壇での読経を終えると、必ずコーヒーを一杯出して下さり、二人で映画(特に昔の洋画)についての思い出話に華が咲く。
 そう、僕も映画が大好きなのです。
 特に昔は洋画が好きで、洋画雑誌『スクリーン』を毎月買って読んでいたのだが、今はジャンルを問わず何でも好きだ。
 ・・が、今は仕事が忙しい為、なかなか映画館に足を運べない。・・で、たまに安いDVDの映画を見つけるとシコタマ買って来る。(三本3000円とか、一本五百円のとか・・である)
 それで今、お寺にいっぱい映画のDVDがたまっている。
 『ドクトル・ジバコ』、『ゴッドファーザーpartⅠ・Ⅱ』、『七人の侍』、『ベンハー』、『雨に唄えば』、『ショーシャンクの空に』・・数えればきりが無い。
 それで、先の映画好きのお婆ちゃんの話だが、今、足を悪くされていてレンタル店の『TS○TAYA』に行けなくなられた。しかも、衛生チャンネルでは、自分の好きな昔の映画が、随時見れないと最近嘆かれる。 そこで、『KANNENYA』の登場になる。
 毎月一本、お参りの時に、僕のお勧めのDVD映画を持って行き、貸してあげている。
 今日もそこの家の前を自転車で通り掛かった時、洗濯を干しておられるお婆ちゃんに偶然お会いした。すると開口一番、「お住っさん、あけましておめでとうございます。昨年の暮れにお借りした『ベンハー』3回見ました。・・ええねぇ~、昔の銀幕の男は。かっこええは!・・又、よろしくお願いしますねぇ」と云われた。
 僕は「はいはい、また次回、違う映画を『カンネン屋』が配達させて頂きます。御代はコーヒー一杯プラスクッキー2・3枚で結構ですよー」と、言って通り過ぎた。
 「楽しみにまってま~~す」と、手を振るお婆ちゃん。
 さぁ、今月は何の映画を持って行ってあげようか。
 
 
 
 

観念寺新年会の用意が整いました

ファイル 1034-1.jpg

 今年も、『観念寺新年会』の日が近づいて来た。(今週の土曜日である)
 この日は、本堂でお勤めの後、一階ホールで皆さんと一緒に〔お善哉〕やみかん・お菓子などを食べて、その年に考えたイベントをすることになっている。(今年のイベントは、(今回、子供さんも多く来てくださるとの情報を得たので、)息子にピアノで『ジブリのアニメメドレー』を弾いてもらい、その後、皆で童謡を唄い、盛り上げようと考えている)
 そして最後は、恒例のビンゴゲームである。
 今年も、お正月に実家に行った帰り、デパートに寄って『雑貨福袋』を沢山買ってきたので、その中身を分解して(笑)、ようやく(写真)の商品が(30等まで)完成した。
 今回の特賞は、・・おっとしゃべってしまうところだった。
 それは、その日のお楽しみにしておこう。

今年、作りたいと思っている紙芝居

 新しい年が明けた。 
 昨年は「仕事」と「出前」が多忙過ぎて、あまり紙芝居が作れなかった。
 今年は作る!・・つもりだ。(ちょっと弱い〔笑〕)
 今作っているのが、昨年からずっと資料を読みあさり、現地取材を重ねて描き始めている『大阪の川の流れを変えた男 ~中甚兵衛ものがたり』である。
ファイル 1033-1.jpg(主人公の中甚兵衛像)
ファイル 1033-2.jpg(つけかえられた大和川)
 この紙芝居は〔全14枚〕で今年初旬には完成させます・・か?(・・「か?」と違うやろ。「完成させます」やろ。)
 そうそう、完成させます。(最近、この吉本ギャグばっかり。・・作り上げる自信ないねんなぁ)
 そしてその後、計画としては、『狭山池の棺~ど根性、重源!』という歴史紙芝居を作り、
・・その後、『あみださまの水かき』というオリジナル童話紙芝居を作り、
・・その後、(おととしから作りたかった)落語紙芝居『平林(たいらばやしか、ひらりんか、いちはちじゅうのもっくもく、ひとつとやっつととうキッキ)』を作り、(余談だが、これは落語の元祖:安楽庵策伝というお坊さんが、ご自分の本名?「平林ひらだゆう」をネタにして作ったといわれている。おもろい坊さんやなぁ・・人の事言えんか?)
 その後、『妙好人伝』も後、何作か作りたいし、依頼を受けた『願立寺の山門』という紙芝居も完成させたいと思っている。
 ・・さて、どこまで出来るやら・・??
 まぁ、今年も頑張りましょう!
 
 
 

上に戻る