
昨日の夜、(雪が降りそうな寒い晩でしたが、)観念寺の「写経会」は、20名のご参加があり大変盛況でした。(有難うございました)
(テキスト「正信偈」本)
さて、今回から「テキスト」本を使って、「正信偈」の写経を筆ペンを使って、などってゆく形式をとりました。
まずは、短く「お勤め」をし、その後、「塗香」で身を清め、クローブの実を噛んで口の中を清め、写経を開始したのでありました。
約五十分間の写経タイムでしたが、皆さん真剣で、咳払い一つ無い、緊張感のある良い時間となりました。
終れば、お茶とお菓子で雑談し、楽しい一時も過しました。
ご参加された一人のご婦人は、帰り際、「家ではなかなか、こんなに集中して真剣に文字を書けませんわ。・・すぐ、家の用事が気になりますので・・。なんか、今、気持ちが落ち着いて、たいへん身体の調子が良いです。住職さん、貴重な時間をありがとうございました」と、言われて喜んで帰っていかれた。
嬉しいお言葉です。・・こちらこそ、ありがとうございました。次回、四月に行いますので、又の御来院をお待ちしております。合掌
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今年の観念寺「写経会」
降り続く雪を見ながら・・・
・・この四日ほど、ブログを書いていない。
最近、何日もブログを書かないと、友人から「ついに、倒れたのかと心配してます」と、携帯メールが入る。
まだ、倒れてませんよ。・・(何とか)生きてますよ。
まぁ、年なので、ハードなスケジュールを終えたら、二・三日は放心状態が続くのですが・・。
それで、今日はお寺に降る雪を見ながら、生きてることを皆様にお知らせする為に、このブログを書きました。
実は、この二・三日、ゆっくり「放心状態」を続けていたかったのですが、そうもしていられなくて・・、
僧侶としての仕事もあって、お寺の「研修会」に出席したり、昨日は昨日で、お昼は「特養老人ホーム」の評議員会議に出席したり、夜は「グリーフ(悲嘆)ケアを考える勉強会」に出席していたりしてたのです。(頭の三分の二は寝てました)
で、観念寺に降り積もってゆく雪を見ていたら、又、眠たくなってきたので、「こら、あかんわ。寝てまうわ」と危惧し、このブログを書き、今から大阪市内にある「特養老人ホーム甍」へ『紙芝居法話』に出発するのでありました。(今日は『涅槃会』の日やから「おしゃかさま最後の旅」の紙芝居でもするか・・・な)
あかん、何を書いてるのか解らんようになってきたから、止めて出発します。それでは行ってきます。
専宗寺さまの「定例法座」への出前
(東大阪(本願寺派)専宗寺さま)
今日、東大阪にある(本願寺派)専宗寺さまの「定例法座」にお招き頂き、紙芝居法話をさせて頂いて来た。
こちらのお寺とのご仏縁は、今回で二度目。
(飛び出す観念寺)
一応、「飛び出す観念寺」を使っての自己紹介はしたが、皆さん、僕のことを覚えていて下さったようで嬉しかった。
さて、今日は「定例法座」なので、浄土真宗のお話をせねばと、最初は紙芝居『アミダ仏物語』を演じる。
(大阪商人に変身)
その後、休憩を挟んで、東日本大震災(三回忌)の日が近いので、『稲むらの火』の紙芝居をし、そしていつものおまけ紙芝居『大阪に津波が来た日』を演じる。
(住職家族と共に)
最後は、住職さんの子供達と一緒に記念撮影。撮影は坊守さんにして頂きました。お疲れのところ有難うございました。
可愛い子供ちゃんと一緒に過ごせて、賑やかでたいへん楽しい一日になりました。 専宗寺の皆さま、御法縁ありがとうございました。合掌
栄照寺さまの「涅槃会」法要への出前
(浄土真宗(本派)栄照寺様)
今日、大阪市城東区にある浄土真宗本願寺派「栄照寺」さまの『涅槃会』法要へ、紙芝居法話に行かせて頂く。(正直、連日の出前でちょっと疲れてきていたが・・)
こちらの寺院、今日初めてご縁を頂いた所だったのだが、(偶然であるが)僕の実家の近くであった。
で、久々に実家に寄って母親の顔を見てから、お寺の法座へ行かせて頂く。
さて、こちらのお寺を一目見て驚いた。
なんと全体が近代的な、いや近未来的な感じの、モダンな雰囲気のコンクリート寺院なのである。
そして本堂の中も、天井が高く、まるでレストランを思わせるような素敵な雰囲気なのだ。(一辺で気に入りました)
(天女の顔の共命鳥)
また、ご本尊の阿弥陀如来像の横には、二つの天女の顔を持つ『共命鳥』の絵が飾られてあった。
僕も以前、『共命鳥』の紙芝居を描いたことがあるのだが、僕の絵の場合は、チョコボールのキョロちゃんの顔を模して書いた。・・ぜんぜん、発想が違うやんけ(笑)
後でご住職にお聞きしてみると、有名な画家(金閣寺の天井の絵を描かれた絵師)に描いてもらった絵であるらしい・・。(比べもんにならんなぁ・・笑うしかない)
まぁ、でもそんなことはどうでも良い。
今日は『涅槃会』、つまり(平たく言うと)お釈迦様のご命日法要なので、僕は『おしゃか様物語』の紙芝居を中心に、『共命鳥』や『三尺三寸の箸』などの紙芝居をさせてもらった。
でも、紙芝居が終った後、皆さん、急にご本尊横の『共命鳥』に(改めて)興味を持たれたらしく、若住職にご教授を受けながら、身近でじっと眺めておられた。
まぁ、これも『紙芝居』効果か?・・ということにしておくか。 合掌
東日本大震災物故者追悼三回忌法要/復興支援チャリティイベントvol.3
(富田林市すばるホール)
本日、「富田林市すばるホール」にて、『東日本大震災物故者追悼法要/復興支援チャリティイベントvol.3』を、浄土真宗本願寺派僧侶有志主催で、開催した。
大ホールをお借りしたため、収容人数がMAX800人で、これだけ大きなホールに、ご門徒さまを、どれだけ御呼びできるだろうか?という不安は一杯あった。
が、蓋を開けば、700人は来て下さったようだ。ほんまに有り難いことだった。
まぁ、いろいろとハプニングはあったが、結果オーライだ。
被災地への募金も85万円以上は集まったし、ご門徒さんも喜んでくださったし、タレントの西川きよしさんのトークショーも面白かったし、法要は厳粛に行えたし、・・ああっそれと、『紙芝居法話』もなんとかうまくいったし、よかった、よかった。
檀家の皆様のご協力、スタッフの御尽力、ほんとうに有難いことでした。合掌
出前は、愛知へ (後編)
(お城から見た岡崎市)
次の日、お寺での法話の(僕の)出番は、お昼からの為、午前中、岡崎市内を散策する。
(家康誕生の地:岡崎城)
最初は、宿泊したホテル近くにある、岡崎城へ。
ここは、徳川家康誕生の地であった。(恥ずかしながら知らんかった・・)
ちなみに岡崎公園内には、家康産湯の井戸などもあった。
又、余談ながら、お城の中では『(テレビアニメ)エヴァンゲリヲンと日本刀展(=アニメに登場した刀を実際の鍛冶師が製作した物を展覧)』という催し物が開かれていた。
そのため、若者たちが結構、朝早くから来場していた。
お城のスタッフに聞くと「お城に若いもんを呼ぶには、ヒットアニメの力が必要なのです。」と、おっしゃっておられた。
(八丁味噌の郷)
さらに、そこから歩いて、「八丁味噌の郷(さと)」にも、見学に行く。
ここは、NHKの朝の連続テレビ小説『純情きらり』の舞台地となった味噌蔵である。(俳優さん達の写真が飾ってあった)
僕は「なぜ、八丁味噌っていうのですか?」と(割とマッチして美味しい)八丁味噌アイスを食べながら聞いた。
すると、『こいつ寒いのに、アイスを食べるなんて変な奴やなぁ・・』というような顔をされながら味噌蔵の職員さんは、「この大きな味噌の生産蔵は、昔、岡崎城より、西へちょうど八丁(約870m)行ったところのこの地にあったのです。だから、『八丁味噌』と呼ぶようになったのですよ。」と教えてくださった。
と、いうことは、もし九丁、行ったところにこの生産蔵があったのなら、今我々は『九丁味噌』と呼ぶことになったろう。 又、十一丁目なら、『十一丁味噌』。・・二十三丁目なら、『二十三丁味噌』となった・・のか。(名前ってそんなもんなんやなぁ・・余談でした)
(玉泉寺さま)
さて、そして僕はそこから車で十分ほど行った、今回の目的地『浄土真宗大谷派 玉泉寺』さまに向かう。
こちらは、由緒のある立派お寺だ。(その縁起によると、大友皇子の時代に創立されたお寺らしい。・・気が遠くなるような昔だ)
僕はそこで、親切で若い御住職夫妻にもてなして頂きながら(恐縮しました)、大阪弁で「大阪から来ましてん。・・皆さん、よろしゅう頼んまっさ」と檀家の皆さんに、お話させて頂きました。
こんな、変わり者の僕を、よくぞお招き下さいました。
ほんまに、有難うございました。・・もう、うれしゅうて、いかんわぁ。又、良かったら、いつでも呼んでちょう。合掌だがや。
(本堂)
玉泉寺さまのホームページ(ブログ)は、ここです。 http://gyokusenji.seesaa.net/
出前は、愛知へ (前編)
昨日、おとといと、愛知県岡崎市の『浄土真宗(大谷派)玉泉寺』さまの定例法座に、ご法縁を頂戴し「紙芝居法話」に行かせて頂いてきた。
こちらのお寺へは、遠方でもあるし、大雪の恐れもあった為、一泊で行かせて頂く事にした。
6日の夕方、車は大阪から(大雪に悩まされることなく)無事、愛知県の岡崎市に到着。
この時、まだ時間にゆとりがあった為、(時間を有効に使おうと)そこから大急ぎで、隣の市の知多半島にある半田市へと向かう。
半田市に何があるかというと、僕の好きな(『ごんぎつね』や『手袋を買いに』の作者こと)〔新美南吉〕さんの記念館があり、前から調べたかったことを、現地で確認したかったのだ。
(『新美南吉記念館』)
それは、僕も作った紙芝居の一つの『でんでんむしのかなしみ』という紙芝居に、仏教的背景があったのか?無かったのか?、又、あるとすれば、そのモデルは『ゴータミー』という子供を亡くしたお母さんの話を元にしたものなのか?・・をそれを調べたかったのだ。
しかし、結果的には解らなかった。
記念館の職員さんにお聞きしたのだが、「南吉さんの作品に仏教的背景があったのは事実です。しかし、『でんでんむしのかなしみ』という作品が、『ゴータミー』の話を元にしたものかは解りません。」とのことだった。
しかしながら、いくつかの収穫はあった。それは、南吉さんは、浄土真宗の門徒であり、不幸続きの幼い頃、近くの真宗寺院に通って法話を聴いていたという事実である。
おそらく、南吉さん自身が抱えていた病気の事(29才で喉頭結核のため永眠。法名『釈文成』)も、作品に反映されていたに違いないが、若き日に和尚さんから聴いた仏教法話が、その作品に多いに反映したと思われるのだ。
(生誕百年『ごんぎつね』モニュメント)
僕は『ごんぎつね』の舞台地、『中山』に建った記念館を後にし、南吉さんの生家へ向かう。
(新美南吉生家)
「なんと、小さなお家だろう。」が、僕の正直な感想であった。
「ここで南吉さんは、畳屋(のち下駄屋)を営む父親、(相性の悪かった)継母とともに育ったのだ。・・この狭い空間で、その多感な(児童文学の)心を育んだのか」・・と、今も自由に入れるその(誰も居ない)生家に一人入って、僕はつぶやいたのであった。 つづく
親死に、子死に、孫が死ぬ・・
今年は、なぜかお葬式が多い。
今日も、お葬式が一つあった。
亡くなられたのは、96才の檀家のお婆ちゃん。
大往生なのかもしれないが、やはり家族・親戚の方の悲しみや喪失感は、ひしひしとこちらに伝わってくる。
・・葬儀会館も忙しいようで、葬儀が終って、再び会館で〔還骨・初七日勤行〕のお勤めをさせて頂こうとしたら、職員さんが、さっと近寄って来られて「住職さん、何分ぐらいで終られますか?・・後の予約の方が待って居られますので。」と今日も聞かれた。
確かに、何人かの男性が煙草を吹かして、外で待っておられた。
僕は、「解りました。30分で終わりますので」と言って、読経を始める。
25分で読経終了後、ご家族さんの方へ振り返って挨拶をしたら、皆さんお疲れのご様子だ。目がとろ~りとしておられる。又、会館のお部屋も、眠気を誘う暖かさだ。
僕は、皆さんに「お疲れさまでございました。・・一分で終りますので、もうちょっと我慢して話を聞いて下さい」と言って、首をひねる。
だって、そうは言ったものの、一分で終る法話なんか無いもの・・。
そこで、はっと思い出したのが、一休さんのお話。
これやったら、一分で終るわと思って話し始めた。(いつでも、僕はその場しのぎの、思いつきおしゃべり男です。・・すんません)
こんなお話。
「皆さん、ご存知の一休さんにこんなお話があります。(本当は、これは一休さんが言ったのでなく、仙崖和尚が言ったという説が有力なのだが、そんなことは今どうでも良い。)
ある家を新築したご隠居さんが、何か〔家宝〕に成るような有り難い文字の書いて『額』にして飾りたいと思いました。それを一休さんのところへお願いに行きます。
すると一休さんは、快い返事で筆を取ります。
すらすらすらっと書かかれたその額には、次のような言葉が書かれてありました。
『親死に、子死に、孫が死ぬ』と・・。
これには怒ったご隠居さん。「何で『死』ばかりの文字が有り難いのか!」と怒鳴ると、開き直った一休さん、『ではその逆の言葉が有り難いですかな?』と言って、では、今度は『孫死に、子死に、親が死ぬ』と書きましょうか?と言われた。
そして「順番どおりに、親、子、孫と死んで行くのが、有り難い事なのじゃ・・。逆はつらかろう」と付け足され。
生まれた以上は、死ぬのが定め。
別れの悲しみを、今、こうして、自分は不思議に生かされている有り難さと受け取り、お婆ちゃんが順番どおりに逝かれた事の不思議さに感謝し手を合わせてみるというのはどうでしょうか。・・はいっ、一分。合掌」と言って終わった。
そして、皆さんがイビキをかく前に、すたこらさっさと帰りました・・とさ。 おわり・・今日のほんまの話でした。
デイサービス弥生(やよい)への出前
(デイサービス弥生さま)
富田林市に昨年出来た『デイサービス弥生(やよい)』という高齢者通所施設は、学校形式のデイサービスである。・・と、そのホームページには書かれてある。
この聞きなれない〔学校形式〕という言葉に続く文章を、もうちょっと読んでみる。
『デイサービス弥生は、〔学校=デイサービス〕である(と、考え、)その雰囲気の中で、他者との関わりを持ち勉強する、(又は各自が)役割を持つ時間を作る、(そうする事によって)、個人のできる力を伸ばし、認知症の進行を予防しようと考えている。』・・そんなデイサービスらしい。
・・と、読ませて頂いていたので、僕も学校へ「お寺の出前」をさせて頂くような感じで、出講させて頂いて来た。
だから今回は、昔、教科書に載っていたという、『稲むらの火』という紙芝居を教材代わりに使い、お勉強をして頂いた・・としておこか。
この話、やはり、知っておられる方が多かった。(学校みたいに、「知っておられる人、手を上げてください」と言ったら、多くの方が挙手されたので。)
又今回も、この話だけに終らず、身近に「関西に起こった実際の津波災害」を知ってもらうために、またまた大阪商人に変身して、『「稲むらの火」余話 大阪に津波が来た日』をさせてもらった。
又、この日は、一度「お寺の出前」の様子を見学したかったという、S寺の副住職さんも来られていたので、とても賑やかな出前授業となった。(これも、まるで教育実習のよう・・〔笑〕)
皆さん、初めてにも関わらず、しっかりと(まるで学校の授業を聞くかのように・・〔笑〕)まじめなお顔で、紙芝居を観てくださったので、嬉しかったです。
それでは、又、7月にお会いしましょう。(宿題を出しといたら良かったかなぁ・・。)
東大阪:善林寺さまの「定例法座」

昨日の夜、東大阪市の『善林寺』さまの(新年)「定例法座」に出講させて頂いて来た。
こちらの御法座へ出講は、今年で三回目となる。(ほとんど顔見知りの方ばかりで安心、安心)
こちらの御住職の石田圓照先生とは、もう長い御付き合いで、私の大好きな先生のお一人だ。
いわゆる(うちの家族、ご門徒さまも含めて)皆、この先生のファンなのである。
石田先生は、優しい口調で、おもろく解りやすく仏教の真髄をお話してくださるので、とても親しみ易い。
だから、うちのお寺の『報恩講』にも、毎年、お話に来て頂いている。(ご本人は、『もう話のネタがないわ~』とおっしゃっておられるが、それは謙遜だ。たいへん勉強家の方で知識が豊富なのだ。・・いやそれより、もっと大事なことは、そのお人柄だ。・・けっして、上から目線でお話されない。その当たり前のような事を(この先生は)自然と、身体から滲み出されながらお話されるのだ。・・だから、好きだ。
おとといの『願行寺』の御住職しかり、又、同じく東大阪の『清證寺』の御住職しかり、自然体で謙虚な姿勢の先生方は、お話を聞かせて頂いていても、本当に気持ちが良い。ほんま有り難いことです。
前置きが長くなった・・だから、本文はさっと通して終るとしよう。
さて、こちらのお寺での今年の話のテーマは『愛』にした。
そう、『愛』だよ『愛』。・・おサールさんではない。それはアイアイ。こんな馬鹿なことばかり書いてるから長くなるんやなぁ。
・・で、『道成寺物語』の紙芝居と、そのオリジナル完結編の紙芝居の二本をした。
愛とは、恋愛、性愛もあれば、家族愛もあり、友情、民族愛、人類愛もあり、いろんな意味があり、とても深い言葉だ。
でもまぁ、紙芝居なので、そこはさらっと流して、今回は男女の『恋愛』を中心に「仏教では『愛』は善か、悪か?」をテーマにしてお話させて頂いた。(この話は、長くなるのでいずれ又・・。)
(ご住職:石田先生と共に)
そして、最後は皆さんと共に「お善哉」を頂く。
最後に、記念写真を撮ろうと思った時、総代さんが、一枚の今年のカレンダーを僕に見せてくださり、「これ、今日のテーマでんなぁ・・」とおっしゃられたので、僕は『愛』を持ちながら写真を撮ってもらうことにした。
そう、やはり、大事なのは『愛』だよ、愛。・・解りますか?あーいー(=ハーイーの同意語)。

