毎日、檀家さん宅へお参りしていると、いろんな相談を受ける。
今日は、そんな(ある)相談を受けて、予定時間が大幅にくるってしまったお話。
その長引いた相談というのは、そこの家の娘さんの『縁談』話だった。
婚期が(そんなんが今の時代、あるかどうかは解らんが・・)少し遅れたという娘さんに、田舎の農家の大富豪から、縁談の話が来たそうだ。
が、相手さんの家からは、「嫁いでくれたら、何もせんでエエよ」という(今時珍しい、三食昼寝付き)の話であり、その言葉に(ある意味)引っ掛かって檀家のお母さんは悩んでおられた。
うまい話のようであるが、何か変だ。
一緒に分析してたのだが、『嫁に来てくれるんやったら、何も家の仕事はしないでエエ』ということは、逆に考えると、『何の為に嫁が必要なの?』という事であり、『必要なのは、家の面子、それとも子孫?』というのではないか?「それで幸せになれるのか?」などと、ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ話合った。
そないしてる内に、時間を大幅に使い込んでしまい、後の家のお参りの予定時間が、今度はごちゃごちゃになってしまった。
そんなとこで、「・・でも、どうしても良い縁談やと、思われるんやったら、一度会ってみられたらどうですか?・・でも、『何かおかしい?』と少しでも感じられたら、それってやっぱり『おかしな話』なんですよ。 第一印象と、お母さんと娘さんの直感を大切して決めてください」と僕はそれだけ言って、急いで、次の檀家さん宅へ走った。
次の檀家さん宅に着いた時、そこのおばあちゃんに、「遅いんで、院主さんが、事故にでも遭われたんかと心配してましてんで。」と言われた。
僕は、それで(匿名で)『縁談の相談』を受けたことを、簡単におばあちゃんに話したら、「そらぁ、たいへんでしたなぁ。・・そういうたら、私もこの家に嫁いで来た時は・・・、」と今度はおばあちゃん若かりしの『縁談』の話がはじまり、取り返しのつかん、ブラックホールに突入してしまったのだった。
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今日のお参りの遅刻 (縁談言い訳編)
メモされる恐怖
どこでどう、ものの見方を間違われた方なのか解らぬが、僕のことを(ご本人曰く)とても尊敬?されている檀家の(不思議な)ご子息さんが居られ、毎回、僕の読経後の雑談を(新聞記者のように)メモされている。
僕は、それが気になって、気になってしょうがない。
一度、そのメモ帳のことを尋ねた事があるのだが、その時、彼は「ご住職の言葉で、心に残ったものを記録しておいて、読み返して勉強させてもらっているのです。」とまじめな顔で言われた。
困るわ、しかし・・。
緊張やで、しかし・・。
それで、今日も僕が、声帯模写しながら、法話会をしている話を熱心に記録されていた。
後で、どんな顔で読み返してるんやろ・・。
ぜったい、あと何年かしたら、噴き出して、軽蔑するで、しかし・・。
まぁ、ええわ。 なんでも記録しといておくれやっしゃ!
玄関開けたら、二分でシャワー!
連日、暑い日が続いている。
今日も「檀家参り」から、「へぇへぇ」言いながら、帰って来たら、妻が「お父さん、玄関開けたら、二分でシャワー!・・その後、口に氷入れ、アイスノンを首に巻く!」と言われた。
僕はただ、「はいっ」と言って言われるままに、シャワーを浴びた。
妻は、それから僕がバスタオルで拭いてると、後ろから「あの坊さんの『真っ黒い(法衣)』着て、太陽熱を吸収しながら、炎天下を自転車で回ってお参りしてんねんから、自己管理をしっかりせんと倒れるで!・・まだまだ、忙しい盆の夏はこれからやで!」と言って、アイスノンを情け容赦なく、僕の首にぐわっと巻きよった。
「ひぇー!」と僕は叫びながら、とても愛情と感じることのできないこの妻の殺意ある行為に、ある種の『日頃からの怨み』のエネルギーをビシビシと感じたのだった。
働けど働けど、わが妻、優しくならざり、じっと上目づかいに妻を眺む。あ~仏さま、ナムアミダブツ!
98回目の「講話クラブ」
昨日、大阪市生野区の「特養老人ホーム 甍」さんへ、今回で〔98〕回目となる「(紙芝居)講話クラブ」の開催に行ってきた。
98回目ともなると、結構仲良しの御方ができる。
この(写真)の方も、『木所(きどころ)』さんとおっしゃって、仲良しのお一人である。
この方、車椅子ではあるが、お身体はいたって健やかで、今回、ご本人の許可を得て(写真)を掲載させてもらった。(「載せて頂けるなんてもったいない」とおっしゃられたが、僕の方こそ、もったいないです)
この御方、仲良しというよりも、僕の人生の師のような方でもあり、毎回僕に、いろんな事(政治・宗教・歴史・哲学などなど)を教えてくださる。
博学で、智慧も深く、物静かで、しかもユーモアのセンスもある、そんな御方だ。
そう、この方に『かつて、大阪に津波が来た事』を教えてもらったのである。
お若い頃に、大正区に住んでおられ、津波犠牲者の慰霊碑について、ずっと研究されていたらしい。
木所さんは、僕に「津波の事を人に語るなら是非、現地(慰霊碑の場所)に行くように」とおっしゃって下さり、その通り、僕は現地に行って取材し、結果的にこの写真の『紙芝居』が完成したというわけである。
つまり、この紙芝居の製作要因を下さった恩人である。
この日、皆さんの前で、木所さんに感謝した後、この紙芝居を実演した。木所さんは、心から喜んで見てくださっていた。
僕も一つ恩返しが出来たような気がして嬉しかった。
又、例の被りもんのちょんまげも受けた。・・施設職員さんに、「宮本さん、久々の被りもん付き『紙芝居』ですなぁ。ははははっ」と言われた。が、そんなに僕って『被りもん付き・変身紙芝居』作ってたかなぁ・・? 自分でも忘れてしもた。・・僕って変身願望があるんかなぁ。(笑い)
劇団四季ミュージカル「クレイジー・フォー・ユー」
昨日の夜、大阪狭山市の「SAYAKAホール」に行き、劇団四季ミュージカルの「クレイジー・フォー・ユー」というラブコメディを見て来た。
(簡単なあらすじ)
舞台は、1930年代のアメリカ、ニューヨーク。
銀行の跡取り息子〔ボビー〕は、仕事よりもダンスが大好き。
或る日、〔ボビー〕は銀行からの命令を受け、ど田舎の砂漠の町へ、潰れ掛けた劇場の差し押さえをしに行く事になる。
いやいやながら出発し、ようやく砂漠の町に着いた〔ボビー〕は、そこで、潰れ掛けの劇場主の娘〔ポリー〕に一目ぼれしてしまった。
しかし、娘〔ポリー〕は、銀行からの回し者と〔ボビー〕を拒否し嫌う。
なんとかその娘の気を引こうと〔ボビー〕は、仕事そっちのけで、もう一度劇場を復活させ流行らせようと、大興行主に変装して、町の若者達を集めオーデション。そして踊り子は、ニューヨークの女友達たちを呼び、大芝居を企てる。
芝居の練習は上手く軌道にのるが、今度は娘〔ポリー〕が、〔ボビー〕が変装しているとも知らず、その大興行主に惚れてしまう。
それで〔ボビー〕は変装を解いて、娘に本当のことを打ち明けようとしていると、そこに本物の大興行主がやって来て大混乱。
・・という、ドタバタ喜劇である。
まるで、大阪の〔よしもと新喜劇〕のような内容のお芝居であるが、それを「劇団四季」がやるから凄い。・・軽快なタップダンス、歌も踊りも超一流。すばやい舞台装置の展開。もんくの付け様がない。さすが「四季」である。
僕はお芝居を見ながら、これを〔よしもと新喜劇〕が演出したら、どうなるやろと想像しながら見ていた。(ちょっと無謀な想像であるが、それはそれで面白いかもしれん。・・・たとえば、主人公ボビーが、「あの~、実は私は〔ボビー〕です・・・か?」と変装を解きながら言ったりしても、面白いです・・・か?)
さて、一つ残念だったのは、僕のコンディションだった。
前日の、岐阜への長距離出前の疲れや、睡眠不足などが重なり、何度もお芝居中に〔あくび〕が出た。(退屈していたからではありません・・言い訳)
一緒に行った妻が僕に、「何度も大きな〔あくび〕して、私カッコ悪かったわ!周りの人に恥ずかしかった」と云われた。(自分では、解らんように〔あくび〕してたつもりやったのに、バレてたか・・。)
ほんま、周り人たち、すんませんでした。・・それに劇団員の人たちにも、この場をお借りして心よりお詫び申し上げます。
次回には、しき(四季)っと、いや、シャキッとした頭で拝見させて頂きたいと思います。
プロモーションビデオは、こちら。
http://www.youtube.com/watch?v=uvwy3xRdmiY
出前は、岐阜へ

昨日、おとといと、〔岐阜県〕大野町にある「浄勝寺」様に、「お寺の出前」がお寺へ出前に行って来た。
目的は、昨年に引き続いての『無縁経法要』に出講する為であった。
さて、『無縁経法要』とは、簡単にいうと「私たちが(農作物を食する為に)、犠牲になってくれている〔虫たち(生き物)〕に感謝し、供養する為の法要」である。(このような法要が昔から続いている事実に驚く)
この日、午前と午後の二回に渡って、お経が挙げられ、その後、僕が「紙芝居法話」をさせて頂く。
『無縁経法要』にちなんで、この日は、「続編付き」の『くもの糸』を上映。
そして、虫たち(生き物)すべて救って下さる『アミダ仏物語』も、披露した。
この法要の日、岐阜県の天候は『曇りのち雨』であったが、朝から「もうええ!」っていうぐらい晴れてくれて、汗まみれの嬉しさだった。(僕は「紙芝居」を車から運ぶため、晴れの天気は(紙が濡れなくて)非常に助かるのだ。)
又、(晴れの為)地元の農作業に従事されている年配の方々もお参りしやすかった思う。
さて、帰り際に、ご住職より「・・来年も又、この法要の『紙芝居法話』を頼みます」と云われた。
・・有り難いと同時に、来年に上映する「紙芝居ネタ」の新たなる調整と、体調の自己管理を又、しっかりせねばと感じたご法縁であった。
お寺の出前!岡山へ (後編)
(『友愛の丘』研修施設)
(前編からの続き)
さて、この日の岡山の天候であるが、予報は一日中、雨であった。
僕自身、はじめて行く場所であった為、雨の日の運転は少し不安でもあった。
・・が、ずっと曇りの天候が続き、研修施設に到着した時は、日が射して来てくれて、すがすがしい気分で会場に入る事ができ良かった。
さてさて、面白ネタであるが、施設に到着し、同行のU村さんが、先に玄関から受付に向かわれたのだが、どうやら、受付の人はU村さんを僕と間違われたようで、「ご住職、ようこそ遠方まで!」と勘違いされたらしい。(この日U村さんは、短髪でもあり、又、そのお優しそうな風貌から、僧侶のような雰囲気がただよっていたのだ)
僕はそれが面白かったので、「『釣りバカ日誌』の映画みたいに、今日はU村さんが僧侶という事で過し、後でみんなを驚かせましょう!」と言ったのだが、ご本人はいたって神妙に辞退された。(やりたかった!)
さて、研修会場で、僕をこの場の講師に(無謀にも)推薦され、御呼び下さった『グループユニオン』の(恐いもん知らずの)スタッフ:K藤さんと合流。そして、研修会の簡単な打ち合わせをする。(ほとんど、藤山寛美さんの思い出話ばっかりしていたが・・。)
そして、会場に入り、「紙芝居講話」を2時間始めた。
同じジャージ姿に身を包む(老若男女の)研修生のみなさんは、全国から来られているとお聞きした為、なるべく標準語でしゃべろうと努力したのだが、やはり無理だった。(開始二・三分で、「そうでんなぁ、ちゃいまんなぁ」のラッシュになってしまった。〔笑い〕)
しかし、なんとか、緊張気味の皆さんの〔一服の清涼剤〕になったのではないかと(自分は)思っている。
至らぬ点は、どうかお許し下さい。(又、機会があれば、U村さんに、今度はご法話をお頼みしますので・・)
(稲むらの火の大阪商人に変身)
それでは、最後に〔森昌子〕さんの名曲『せんせい』の替え歌、『ゼンセン』で、このブログを締めたいと思います。・・はりきってどうぞ! オスッ!
『ゼンセン』
「遠ぉい 岡山行った日は、雨が降らずに晴れていた
各地の企業の精鋭が み~んな集まり 研修会
おーそろいジャージに 胸こがし~
組合リーダー 目指します~
ゼンセン(UI)、ゼンセン(UI)、
それは 同盟~ 」 おそまつ 合掌
お寺の出前!岡山へ (前編)
(研修地:『友愛の丘』)
昨日、「お寺の出前」毎度御ひいきの(今回の出前依頼者でもある)〔小泉産業グループユニオン〕のU村さんと一緒に、車で岡山県の山中にある『友愛の丘』研修施設へ入って来た。
・・さすが、岡山までは遠かった。(中国自動車道を走っても4時間掛かった。帰りも同じぐらいの時間が掛かったので、正に一日掛かりの出前であった)
何しに行ったかというと、『UIゼンセン同盟 業種リーダー』の方への『出前講話』をするのが目的であった。
この『UIゼンセン同盟』という、何やら、少年探偵団の秘密組織のようなネーミングの会だが、いったって中身は健全な大人の組織で、繊維・衣料・医薬・化学・食品・レジャー・サービス(エトセトラ)など、産業別の労働組合(大)組織なのである。
正式名称は『全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟』というのだそうだ。(・・舌を噛みそうである)
ごちゃごちゃと書いてきたが、僕はつまり、この様々な企業組合のリーダーさん達に、『心を伝える(そう、言われた)』講義をせよという依頼で行って来たのだ。
まぁ、詳しい内容は次回書くとして、行く途中に一つ〔儲けた〕ことがあった。
それは、『法然上人』の生誕の地、『誕生寺』(名前、そのまんまや)に寄れたことだ。
(誕生寺:山門)
本当に偶然であった。・・岡山の地に『誕生寺』があるのは知っていたが、まさか、今回の出前先の近くとは夢夢知らなかった。
途中のトイレ休憩した所で、地図を見て、偶然、行く途中にこのお寺がある事を発見! 「これは是非、寄らな!」と、(時間もあったので)参拝させてもらったのだ。
お参りさせて頂いて、非常に興奮した。
(御両親の御廟:勢至堂)
なぜなら、尊敬する『法然上人』の生誕地を拝めた歓びとともに、
お父上がこの場所で(夜討ちに遭い、)法然上人に(有名な)遺言を述べた所でもあったからだ。
ここで上人の父親は、「お前は、わしを襲った武士を憎むな!仇討ちはいかん。怨みは怨みの連鎖を招く。それより、お前は僧侶となり、その連鎖を断ち切る方法を見つけ、人々に幸せをもたらせ。」とおっしゃり亡くなられたのだ。
そして、上人は『出家』を決意される・・。
「それがこの場所なのだ!」と思うと感慨深いものがあったのだ。
ああ、今日この地に来て良かった! さぁ、帰ろか・・という訳には行かず、この後、今日の目的地である出前先の『友愛の丘』に向かうのであるが、それは又、次回に書きます。 後編につづく
沙羅双樹の花の色・・・
写真は、沙羅双樹(夏つばき)である。
お昼にお参りから帰って来たら、(うちの寺の小さな庭にも)今年も咲いてくれていた。
沙羅双樹の花は、本当に真っ白で美しい。
おそらく、来週ぐらいには満開になるだろう。楽しみだ。
・・見ていてあきない。・・が、しかし、夜には落ちてしまう。
儚い花だ。ゆえに美しい。
・・沙羅双樹の花の色。盛者必衰のことわりをあらわす。おごられた酒代、いつ返す。ただ、学生時代はとうに去りける。もうけ、もうけ。
奈良市:中山町西自治会『楽友会』さんへの出前

先ほど、奈良市中山町西の自治会『楽友会』さん(近鉄あやめ池駅から一キロほど北上したの所の集会所)へ、お寺の出前に入って来た。
こちらへは、初めての出前だったので、場所もわからず、遅刻しないかと心配だったが、なんとか10分前(ギリギリ)に到着できた。(カーナビ様のお蔭です)
さて、今回の『楽友会』さんとは、65才以上の地元のお世話役(エライさん)の方ばかりの自治会さんだったので、最初は少し緊張した。 (だって、服装が皆おしゃれなんやもん。きっと、エエとこの家の人ばっかりなんやろね。・・エテコの家の人と違いまっせ!あかん、又、失礼なことを書いてしもた。すんません)
さて、この会、いつもは、仲間同士の『茶話会(親睦会)』で終るらしいのだが、代表さんが「今回初めて、講師を招いてお話を聞かせてもらおうと、いう事になりまして・・。」と、僕におっしゃられた。
で、「それは、エライこっちゃ・・。まじめにやらな!」と、最初は思ったのだが、部屋が暑かったせいもあり、だんだんダレ~~としてきて、最後は、もうしんどいわ。日頃から思てること何でも言うたれ!と、好きほうだい(質疑応答の時間でも)しゃべりまくってしまった。
あの~、この場をお借りして、「楽友会」の皆様、僕の言うたことは、あんまり(真剣に)信用せんといて下さいね。・・本来、僕はエエ加減な奴なんです。・・ああ、それは、わかってはるか。



