住職のつぼやき[管理用]

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紙芝居:『決め手はワクチン!めっちゃ医者 笠原良策先生』(その4)

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良策は思った。
「先日も、緒方洪庵という医師が大坂からやって来て[牛痘]を持ち帰った。彼なら大坂の町の予防接種は大丈夫だろう。・・もうこれで、京・大坂の町は大丈夫だ。・・いよいよ次は我が故郷[福井]だ!」と。
 そう、彼はまだ地元・福井の町で牛痘予防接種をしていなかったのである。
 風の便りによると、どうやら福井の町でも天然痘の患者が増えているらしい・・。
「が、今は真冬だ!どうする良策!?京から福井へ行くには大雪の峠を種痘しながら、子供達を連れて行かねばならない。予防接種は大人ではなく子供達でないとダメなのだ。そんな事が果たして出来るか?・・こう考えている内にも福井に犠牲者が出ている。」と、良策は自答自問を繰り返していた。
 そして、彼はやがて決断した。
「よし!子供達を連れて種痘をしながら、福井に行くぞ!」と。
 嘉永2年(1850)11月19日、4人の子供と8人のその親、そして良策を合わせた総勢13人は、京都を出発した。
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 それは子どもの腕に種痘(ワクチン)をして出発して、途中、次の子供に植え継ぎしながら進むという7日間予定の旅だった。
 旅の途中、[栃の木峠]という難所で大雪になった。
 一向は雪の横なぐりに合い、子供は泣き叫び、2メートル以上の雪の中に埋まってしまった。
「もうダメか!・・」と思ったその時、
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「あっあれは!」
 奇跡のような二つの松明が見えた。
 それは、良策達の旅の話を聞いて、身を案じた先の村の住民達が、迎えに出て来てくれていたのであった。
「助かった・・!ありがとうございました。」と良策達は手を合わせて感謝した。
 こうして無事、福井の町に着いた。
「これで福井の人々を天然痘の恐怖から救う事が出来るぞ!」と、良策は喜んだ。
 が、彼は甘かった。
 もっと大きな試練が、次に待っていたのであった。
つづく
 

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