住職のつぼやき[管理用]

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うれしい「お便りメール」=『つぼやきに感謝!』

 うれしい「お便り(感想)メール」が届いた。
 ・・で、感激したので、(送リ手さんには、まだ許可を戴いてないのだが)コピーして発表させて頂きたい。(だから匿名にします)
 内容は、「つぼやき」ブログの1月21日に書いた「サンダーバード一号の役割」という(多少マニアック)なものについてだ。
 以下、『お便り』よりコピー。(中略有り)
 
『ご無沙汰しております。
 「つぼやき」見ながら、笑ったり、励まされたり、考えさせられたりしております。
 このところちょっと不安定になっておりました。
 宮本住職との出会いで始まったこの(仕事の)役割も2年が経過しようとしている中で、「私は何ができたのだろうか?」って振り返ってみると、何もできていないように感じておりました。
 『功を急ぐ』とでもいうのでしょうか。
 そんな気持ちが強くなってしまって、なんだか、悲しいやら、情けないやら・・・。そんな気持ちでした。
 そんな時、「サンダーバード一号の役割」という〔つぼやき〕に、元気をもらいました。
 私達の○○仕事の役割も、消防署の活動に例えられるように、
『緊急事態の時にはすぐに現場に駆け付ける』という役割があるということです。
 まさしく、サンダーバード一号として、活動する必要があるのです。
 二号・三号の役割だけじゃなく、一号の役割がとっても大事なんだ!って。
 要するに私自身が、二号・三号になろうとしてたんですよ。
 目に見える形で、仕事仲間の皆さんの役に立とうとしてたんです。
 しかも、「ありがとう」をほしがっていたように感じてしまいました。
 だから、この〔つぼやき〕に考えさせられ、慰められ、元気をもらいました。
 自分自身に『お前はお前で丁度いい』って言えるように、そして『何とかなる』って気持ちをもう一度心にしっかり捉えて、取り組んでいきます。
 取り止めもない、勝手な告白ですが、感謝の気持ちを伝えたくて、メールしました。
 〔つぼやき〕続けてくださいね。 
 春が待ち遠しい毎日ですが、お身体ご自愛下さい。○○より』

 多少割愛してしまったが、ほぼ全文、載せてしまいました。
 僕のマニアのマニア為のマニアックな『ぼやき』に、このような素晴らしい感想を送って下さった○○さん、本当に感謝します。
 これからも、『ぼやいて』『ぼやいて』『つぼやき』いや『つぶやき』まくりますので、よろしくお付き合い下さい。
 次は『ジェットモグラ、闇夜の雄叫び!』にしようか、いやいや、『サンダーバード五号、宇宙の孤独』にしようか?・・合掌

寝坊したい日

 僧侶だって、朝寝坊したい日はある。
 しかし、年中無休のお寺家業。
 毎日、早朝にはお勤め(勤行)がござんす。
 それで、僕は朝寝坊したい日には、前の日に〔早寝〕することにしている。
 すると、嫌でも次の日、朝早く目が覚めて、結果的に〔朝寝坊〕した気になる。
 気分というのは、不思議なもんだ。
 前の日の午後9時か、10時には布団にはいる。
 以前は、早くに眠れなかったが、最近では年のせいか、すぐ眠れるようになった。
 特に見たいテレビ番組も無し。
 おとといの老人ホームへの出前と、昨日の〔お葬式〕執行の疲れが残っている。仕事も明日にして、今日も早く寝ることにしよう。
 これを〔早寝坊〕という・・。ちゃん、ちゃん。

サンダーバード一号の役割

 国際救助隊こと『サンダーバード』は、秘密組織の超ボランティア団体である。(今の『タイガーマスク運動』より遥かに凄まじい!)
 ・・昔、テレビで流行った、人形劇ドラマのはなしだ。
 僕は、この世界で起きる大きな災害に対して、超メカニックを使って迅速に、そして確実に〔人命〕を救助するドラマが大好きだった。
 特に大きなコンテナに、その災害に適応するメカを素早く運び、人命を救う〔サンダーバード二号〕が好きで、プラモもたくさん持っていた。
 
 ・・さて、そのテレビ番組の中でいつも気になっていたのが、〔サンダーバード一号〕の役割であった。
 たとえば、ある超高層ビルで大火災がおき、『国際救助隊』に、ビルに取り残された人の救助を求める要請が入る。
 すると、まず必ず、超音速ロケットである〔サンダーバード一号〕が、現場へと出発するのである。(どんな事故でも、同じ)
 そして、現場で《現地指令本部》を開設して、秘密基地に『現場がどうなっているか?』を的確に連絡するのだ。
 その後で、その災害に対する適応メカを〔サンダーバード二号〕が運び、救助に当たる。
 子供心に、僕はいつも「なんで、取り合えず、サンダーバード一号が、現場に行かねばあかんのやろ?・・早く行っても、特にする仕事ないやんか。・・大事なのは、まず救助メカを運ぶ二号やろ。別にサンダーバード一号などいらんやろう」と思っていた。
 でも最近、この歳になって、サンダーバード一号の役割は、とても大切だったのだと思うのだ。
 まず、何か《緊急を要する出来事》が起こったら、電話対応ではなく、まず急いで現場に駆けつけること。そして自分の目で状況を見ること!・・これが一番大事であり、その後、では何をすればよいかをまとめ、本部(周りに)に連絡する。
 『まず、現場に行ってみる』という=サンダーバード一号の役目はとても大事であり、それをサボると、いろいろな判断ミスを誘発してしまうのだ。

 長々と、マニアックに書いたが、僕の役目もひょっとすると、サンダーバード一号かもしれない。
 人が亡くなる。・・お寺に電話が入る。・・受話器の向こうはパニックだ。僕が電話で「あーして下さい、こーして下さい」と言ってもダメだ。
 とにかくまず、亡くなられたお家に行く事。(葬儀社よりも早いほうが良い)これを『枕経』ともいうが、お経を挙げる役割だけではなく、その遺族さんに『まず、何をすれば良いのか』を的確に伝え、安心させてあげる事。・・これが大事なような気がする。
 そして、お葬式の細かい打ち合わせなどをしてゆく。すると、家族さんは落ち着かれる。
 『まず、(事が起こった)現場へゆくこと!』・・これは、僕だけではなく、どんな仕事にも適応することだと思うのが、皆さんはいかに・・。 
 さぁ、電話だ。サンダーバード、レッツゴー!
 

悩みの聴き方

 仕事柄、人の悩みを聴くことが多い。
 そんな時、気をつけている事が一つだけある。
 それは、〔二つの耳で聴く〕という事だ。
『当ったり前やんけ~!』という言葉が飛んできそうだが、これには意味がある。
 これは昔、わが恩師から聴いた事なのだが・・、
『一方の耳で、その人の感情を聴く』=(その人になったつもりで話を聴くという意味)
 そしてもう一方の耳で、『仏の耳、天の耳で話を聴く』=(その人の《味方》にならず、客観的に、その人の話に耳を傾けるという意味)・・らしい。
 この片一方の〔聴く〕だけでは、その人の悩みを受け取ることはできない、という事なのだそうだ。
 悩む人の『感情』に共感できないと、その方は、こころを開いてくれない。・・『話を聞いてくれてる』と思っていただけない。
 ・・と言って、その『感情』に巻き込まれ過ぎると、〔悩みの本質〕がはっきり見えない。だから、常に冷めた目で見るもう一人の自分も必要だというのだ。
 これは、言葉では簡単に書いたが、実際はとても難しい!
 僕なんぞ、絶えずその人の『感情』に巻き込まれて、どこまで渦の中に入っていってしまう。
 でも、この『二つの耳』を常に心の片隅に意識しておくと、ちょっとだけ自分が冷静になれる・・ような気がする。
 『意識しておく』という事は、なんと大事なことだろう。
 といいながら、今日も僕は『感情』の渦の中に・・。
 

テレビの反響・・・内々の。

 今日は、先日の『ごごネタ!キラキラTV』の(内々の)反響を書きます。
 番組終了後、すぐ電話が掛かってきました。
 ・・母親でした。
 開口一番、「私、寝る前、あんたに〔絵本〕なんか読んでやったっけ?」(番組の中で、僕がそんな事を言う場面があったのです。)
 僕は、「何を言うてんねんなぁ。・・覚えてへんのかいな?・・読んでもらった僕が言うてんねんから確かやで!」と反論。
 母親は、まだ納得してない様子ながら、「でも良かったね。うまく(番組)まとめてはった。」と言ってガチャンと電話を切った。(なんじゃ、今のん。)
 それから何本か、檀家さんから「テレビ見たよ。」と電話があり、受話器に向かって「ありがとうございます。」と、頭の下げ通しだった。
 その中で面白かったは、「うちの孫も一緒にテレビを見てまして、『あっ、このおっちゃん知ってる!』と、興奮してもうて、音声がよく聞き取れませんでした。何言うてはったんですか?はっはっはっ」という感想だった。(興奮してくれてありがとう。)
また、「住職さんって、テレビも、実際も、まったくおんなじでんなぁ。・・ちっとも違ってへん。・・そのまんまでしたで。」と言われた。(誉め言葉で、言ってくれてはるんやろうけど、素直に喜んでよいのかどうか?・・どうせなら、海老さまチックに〔眼張り〕しといたら良かったか。)
 そんな中で、マニアックな感想が、施設の知り合いのおばちゃんからあった。
 「・・私、繰り返して五回みましたよ。五回でっせ!」と、繰り返し繰り返し、どんな進行内容だったか、そして僕がどこでどんなセリフを言ったか、はたまた、「住職さん、散髪してはりましたなあ。綺麗な髪形でしたで」と、興奮気味におっしゃってくださった。 
 僕も収録前に、散髪したかどうかは、忘れてしまっていたが、「はい、はい。テレビに出れるなんて、一生に一回あるか無いかですから。」と答えておいた。(本人もそんなに見てないのに・・、五回も見て下さって有難うございます。この調子やったら、番組のセリフみんな暗記しはんなぁ。)
 まぁ、今のところ、こんな感じです。・・又、面白い感想が聞けたら、書かせてもらいます。

介護タクシーって何や?

 先日、友人の僧侶から電話があった。
「・・お寺の出前で、色んな〔福祉施設〕に行ってはるから、知ってると思って聞くねんけど、『介護タクシー』って何?・・お金はどれぐらい掛かるの?・・介護保険の適応はできるの?」と、いうような内容のものであった。
 僕も素人なので、よくわからない。
 そこで、日頃『介護タクシー』を、よく利用しておられ、要介護認定を受けておられる〔M先生〕に電話で聞いてみた。
 難しいことはよくわからないが、聞かせて頂いたことを掻い摘んで述べると・・、
 『介護タクシー』には、二種類あるそうだ。
 一つは、〔介護保険対応・介護タクシー〕。これは、《要介護》の認定を受けると、介護保険が適応できるタクシーであるそうだ。
 要介護度によって、かなり運賃が安くなるらしい。
 もう一つが、〔介護タクシー〕。これは、普通のタクシーと同じ運賃が要るそうだ。
 どちらも、予約が必要で、車椅子でも、ベットのままでも乗れる(寝台車)タクシーがあるらしい。 
 そして運転手は、ヘルパー資格を持っている運ちゃんが多いということだ。
 ちなみにM先生がいうには、自分で勝手に〔タクシー会社〕に電話せずに、近くの〔ケアプランセンター(病院や特養内で聞けばわかるらしい)〕内の《ケア・マネージャー》に一度、相談してから利用した方が、末長く(安く)利用できるので良いとの事であった。 ・・以上でございます。
 
 

目に黒線・・まぁ、ええけどな。

 先日、K福祉施設職員から、一枚の「U施設発行新聞(ニューズペーパー)」が手渡され、「これって、宮本さんじゃないですか?」と言われ、指さされた。
 そこには、施設内で「紙芝居」をしている僧侶の姿が〔写真〕で掲載されていて、間違いなく僕だった。
 ・・が、目に黒線が引かれていた。(笑)って、ええんか?
 「そうや、これ僕やわ・・。」と言ったら、職員に「やっぱり、そうっすか。・・この新聞、ファックスとかで、あちこちの施設や病院に、『こんな行事をやってます』と送られてますよ」と言われた。
 僕は思った。
 『まぁ、ええけどな・・。目に〔黒線〕入れて載せるんやったら、一本電話かメールくれたらええのに。そんなんすぐにオッケーするのに。変に気を使われて、かえって僕、やばい人間みたいやんか。・・僧侶姿で「紙芝居」やってる人間なんか、黒線入れてもすぐ解ってしまうわいな』と思った。
 これから施設内発行のニューズペーパーで、僕の写真を使おうと思っておられる方がもし、このブログを読まれたなら、遠慮せずに〔そのまんま〕載せて下さい。頼みます。くれぐれも黒線はやめて頂戴。入れるんやったら、目だけ大きくなる写真(プリクラ)でたのんます。〔本当に(笑い)〕 

よくやる失敗・・(コーヒーと水入れ編)

 「紙芝居」の色(水彩画)を塗っていて、よくやる失敗がある。

 それは、コーヒーカップに絵の具の付いた筆を、無意識でつけてしまう事である。
 ちなみに僕はよくコーヒーを飲む。
 紙芝居を書いている時も、コーヒーを机の上に置いて、画用紙をおっ散らかして、絵を書く事が多い。
 そして、僕の絵の具の〔水入れ〕は、〔佃煮〕の空き瓶である。
 コーヒーカップと似ているのだ。
 〔水入れ〕と、〔コーヒーカップ〕を離して置いておいても、(色塗りに夢中になると)やってしまう・・。
 その度に「あ~~っ!」という声を上げてしまう。
 きっとお寺の外にまで、その声は響き、外を歩いている人を驚かせているに違いない・・。
 ちなみに、〔水入れ〕を〔コーヒー〕と間違えて飲んだことは、一度しか無い。
 「あっ~!」
 

司令塔は動かず!

 先日、或る老人ホームで、『秋の彼岸法要』の会が行われ、僕は『読経と法話』に行って来た。
 今日は、その時に感じた事を少し述べてみたい。
 施設内での『法要』=(イベント)は、突然何が起るかわからない。
 たとえば、喧嘩が起ったり、お焼香を食べようとして火傷しかけたり、車椅子から突然転げ落ちたりし、いろいろなハプニングが起る。
 だから、(僕も含めて)たえず、施設職員は〔会場〕内に目を配っておかねばならない。
 中でも、『会』の鍵を握るが、司会者である。
 司会者は、『会』の司令塔になる。
 法要の進行内容の変更や、会場での突然のハプニングにも、(笑顔で動ぜず、)職員たちに目配せをし、コミニュケーションを取り、進めてゆかればならない。(たいへんな役割だ!)
 だから司会者は、耐えず定位置に居て、動いてはいけない。
 たとえ、携帯電話が鳴っても、取ってはいけない。又、誰かが呼びに来ても動いてはいけない。
 大将のように、じっとして、周りの状況をよく見ておかなければならない。
 ・・・残念ながら、今回はそれができてなかった。
 大事な時に居ない事が多々あった。(何もトラブルが起らなかったのが、不幸中の幸いである・・)
 忙しいのは、仕方がない。・・が、やはりここは介護の現場。
 司令塔は、動かないで欲しいと思った。

「瓢箪から駒」、「紙芝居から寺」

 「瓢箪(ひょうたん)から、駒(こま)」
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 昔むかし、中国(唐の時代)に、〔張果(チョウカ)〕という一人の仙人が居た。
 〔張果〕は、白い〔ロバ〕に乗って、一日数千里を旅した。
 休む時は、仙術で〔ロバ〕を小さくして、《瓢箪》に入れた。
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 そして、又乗る時は、〔ロバ〕を《瓢箪》から出して大きくし、乗った。
 その伝説から、
『意外な所から、意外なモノが出る』、
 或いは『そんなのアリッエッティーじゃなくて、ありえっな~い』という、たとえとして、
 『瓢箪(ひょうたん)から、駒=(子馬・又はロバ)』という〔ことわざ〕が生れたという。
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 ちょっとだけ昔、大阪に『紙芝居』を作って、病院や施設で〔仏教法話〕をしている在家生まれの変な〔坊主〕が居た。
 この〔坊主〕を見て、その恩師が「ほほぉー、お前は変わっておる?・・というか感心な奴じゃ。・・お前にひとつ〔お寺〕を任せてみようかのぉ~! そこを拠点にして色々な所で、その『紙芝居法話』を広めてみよ!」と言った。
 そして、その変人〔坊主〕は、一ヶ寺の住職になったという。
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 そのたとえから、
『「紙芝居」から寺』という「ことわざ」は、・・残念ながら、まだ生れていない。
 
 ・・・自己紹介『ネタ』の一つでした。

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