特養老人ホーム『白寿苑』での《紙芝居法話会》は、毎月、夜の7時から始めている。
それは、「・・皆さん、お風呂に入って、ご飯を食べた後、コレといってする事がなく(退屈で、)夜中、(不安な気持ちも起こり)よく眠れないらしいのです。・・ですから、出来る事なら、夜に《法話会》をして頂きたいのですが・・。願わくば、その日がゆっくり、安心して休めるような話をして頂けたら、有難いのですが・・。」と、施設長からのお話があった為である。
それで、毎月、夜の『法話会』を続けて、14年が経ったわけだ。
夏は良い。・・夜の7時半ぐらいに終って、帰る仕度をしていても、まだ外は薄明るいから。
しかし、冬の七時半の外は、暗い。
帰りが寂しいのだ。・・1時間半を掛けて、田舎へ帰る道がよけいに寂しい。(だんだん、ネオンが少なくなってゆくからだ。・・又、たまに道の凍結もあって、恐いと思う事もある)
〔夜〕の法話会の時間を、〔お昼〕に変えてもらおうかと、最近よく思うのだが、夜には夜の良いトコがある。(ゆっくり会の時間が流れて、回りが騒がしくない。・・これは良いとこだ。又、会が終ってからの個人的なお話がある方にも、ゆっくり応対できる。)
・・施設のお年寄りの方に、会が終った後、「住職さん、これで今日一日、ゆっくり眠ることができます。ありがとう」と、言われたら、やっぱりこれは〔夜〕にやるべきだ!と思ってしまう。
安全運転に気をつけ、(寂しさに負けず・・〔笑い〕)もうしばらくこのまま続けるか・・。ボヤキでした。
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夜の《法話会》は、帰りが寂しい・・
気の毒だけど、笑ってしまった話・・
先日、弟から聞いた『気の毒だけど、笑ってしまった』話・・。
弟が電車に乗って帰宅途中・・、一人の(メガネを掛けた)酔っ払い中年男性が、車内に乗って来た。
その男性、気分が悪くなったのか、次の駅でドアが開いた時、顔だけ車外に出して深呼吸をした。
その時、(無常にも)ドアは閉まり、顔は両サイドからのドアに挟まれた。
男性はあわてて顔を引き抜いたが、〔メガネ〕だけがドアに挟まれたまま、空中に残った。
男性は急いでメガネを取ろうとしたら、又ドアは開き、(無情にも)メガネは、電車とホームの隙間に落ちていった。
そして、電車は(無情にも)発車し、その男性、後ろを向いて、(弟も含む)乗客たちに「メガネが、メガネが・・・」と言ったが、誰もどうする事もできず、(弟を含む)皆は、下を向いたまま肩を震わせ、笑うのをじっと我慢していたらしい。
・・気の毒だけど、誰もどうする事もできず、ただ可笑しく、笑ってはいけないという気持ちをじっと我慢し、耐えたという事だ。
しかし、「笑う事」に耐えられぬ者たちは(弟を含む)、そっと隣の車両に移って行き、笑ったということじゃ・・。
・・さて、皆さん、「忘年会シーズン」は今が真っ盛り。飲みすぎと電車のドアの開閉には、くれぐれもご用心、ご用心・・。
「マニア」って何?
今、一つの言葉が自分の中で、ずっと引っ掛っている。
それは「マニア」という言葉の意である。
・・先日、或る〔研修会〕で、うちの宗派の熱心なご門徒(信者)さんが、ご講師の先生に一つの難しい質問をされた。
(質問内容は忘れたが、)その時、隣の住職さんが僕に「あの人は〔浄土真宗マニア〕やから・・。熱心なことやねぇ。」と(ちょっと皮肉っぽく)言われた。
その時から、「〔マニア〕って一体何やろか?」・・と思い始めたのである。
辞書にはこう書いてある。
〔マニア〕=ギリシャ語で『狂気』のこと。(普段から自分の得意とする専門分野に没頭する生活習慣を持つ人物のこと。)又、(特定の事柄ばかりに熱狂的な情熱を注ぐ者。) 日本では『オタク』とほぼ同意に用いられることがある。
・・・とある。
そうか、〔マニア〕と〔オタク〕は、同意やったんや。
「でも、待てよ。」 僕等は〔浄土真宗〕の僧侶や。つまり、その道の専門家ではないか!?・・僕等こそ、〔マニア〕に成りきらなアカンのと違うやろか?・・それを「あの人は〔マニア〕や!」と言うのは、「自分は、これでご飯を食べてますけど、〔ど素人〕でんねん。」と言っているのと同じにはならないか?
そんな事を思っていると、あの〔マニアびと〕がちょっと羨ましくなった。
どう頑張っても、僕は〔真宗マニア〕には成れそうもない。
冷めた自分が、常に自分の中に居て〔マニアック〕に成れないのである。
僕は浄土真宗の僧侶としては、ずっと〔ど素人〕で生きていくのかもしれない。
・・あぁっ、願わくば〔紙芝居マニア〕ではなく、〔仏教マニア、真宗オタク〕と呼ばれてみたい!
《3人の精霊》と《三人の御仏(ミホトケ)》 ~仏教版『クリスマス・キャロル』
(「クリスマス・キャロル」のパンフレットヨリ)
この冬の(クリスマス)シーズンと、(相反する)夏のお盆シーズンに、よく演じる一本の『紙芝居』がある。
それが、チャールズ・ディケンズの名作「クリスマス・キャロル」を無理やり、時期を〔お盆〕に変えて、仏教:日本昔話にした『極楽讃歌』である。
(「極楽讃歌」の表紙)
この僕の大好きな「ディケンズ」の名作。是非、紙芝居化しようとは思っていたのだが、日本のお年寄りはまだクリスマスに好意を持っておられない方が多い。(老人ホームでアンケートを取った結果解った)
・・それで、このクリスマスの話を、なんとか日本風に変えてやろうと考え、『日本の〔クリスマス〕って云ったら、なんといっても〔お盆〕でしょう!』と(勝手に)結論を得て、時代も江戸時代にして作った。そして、主人公の〔スクルージ〕という名も〔スグベエ〕に変えた。(今思えば、この方法はグッドアイデアではなかったかと勝手に思っている〔笑い〕)
さて、ストーリーはこのHPの『出前メニュー』の欄を見ていただく事にし割愛し、今日はこの『クリスマス・キャロル』に出てくる〔3人の精霊〕の話をしたい。
原作では、この精霊達は〔過去〕・〔現在〕・〔未来〕を司る《霊》として登場する。
これを『仏教版』にするにはどうすれば良いか?
それで思いついたのが、仏教の〔三人の御仏〕であった。
(過去に現れた『釈迦仏』)
仏教では〔過去〕に、『釈迦仏』という《御仏》が現れ、我々を教え導いた。・・だから、この仏様に過去を司る《精霊》の役をやってもらった。
(現在を守る『地蔵菩薩』)
そして『釈迦仏』が亡くなってから、56憶7千万年後に現れると予言されている〔未来〕の仏『弥勒(ミロク)菩薩』までの『つなぎ』役として、〔今〕の我々を守ると云われている『地蔵菩薩』に、〔現在〕を司る役をして頂いた。(ついでに、空も飛んでもらった)
(未来の仏『弥勒菩薩』)
そして最後に、今お話した未来に登場すると云われている『弥勒菩薩』に〔未来〕の霊の役をして頂くことにした。
こうして、紙芝居作者の独断と偏見にて、《3人の精霊》は、《三人の御仏》として、見事に変わったのでございました・・とさ。お時間です。 おそまつ。
もう一つの「杜子春」のラスト ~「杜子春伝」より
唐大伝奇の「杜子春伝」のラストを、芥川「杜子春」と比べて、「紙芝居」の『エピローグ』として書きたくなったので、「おまけ」として書きます。
・・場面は、「杜子春」が死んで、閻魔様の裁きを受ける所からです。
閻魔大王「お前は、ほんにしぶとい奴じゃのう・・。よーし、それでは今から、お前を女として人の世に生まれ変らす事にする!」
こうして「杜子春」は、ミス「杜子春」に生まれ変わり、結婚もして、子供も一人授かりました。
しかし、今だ〔仙人〕との約束を守り、一言も喋らぬ「杜子春」。(まだ守るか~)
そして、何も語らぬ「ミセス杜子春」に、ついに夫は、ある日逆上し、「しゃべらんなら、こうしてやる!」と、自分の子供を庭石に叩きつけて殺してしまうのです。(ヒェー、残酷!幼児虐待や!)
その時、始めて悲しみの余り、ミセス杜子春は、「あぁっ」と一声発してしまい、〔仙人〕試験に失敗してしまうのです。
そして、この後、芥川作品のような流れに戻ります。
(唐大伝奇では、この〔仙人〕。けっこう癖のある〔『不老長寿』の薬作りをしたがってるような〕変なジイさんです。 仙人は、『不老長寿』の薬を作る為の材料の一つとして、『(ミスター・スポックのような)感情無し人間』が必要だったので、わざと杜子春に大金を与え、うまく誘導して、仙人になりたいような気持ちにさせたのです。・・いわゆる杜子春は、仙人にうまくハメられた訳なのです。 僕はこの仙人は、映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』の博士のような感じがしました。(映画の博士は善い人ですが・・)・・以上、余談)
・・横道に逸れてしまいましたが、つまり、芥川作品では「子が親を思う」テストになっていますが、唐大伝奇では「親が子を思う」テストになっているのです。
(・・ひょっとすると、実の母親との仲がうまくいってなかったと云われている〔芥川〕氏。 このように変えたのは、自分の心の叫びだったのかもしれませんね。・・これも余談ですが。)
これが「お寺の出前」用の〔オカモチ〕です!
〔岡持ち(オカモチ)〕とは?
・・辞書で引くと「料理を運ぶ、手とフタの付いた浅いオケを云う。今ではラーメン屋さんが使う箱型〔岡持ち〕が有名。出前に使う入れものの事」・・とある。
と、いうことで、やはり「お寺の出前」にも〔オカモチ〕は必要と感じ、(笑って頂いて結構です)この度『お寺の出前』用〔オカモチ〕を作った。(写真参照)
この中に、大阪で云う〔あめちゃん〕を入れて、紙芝居を持って、「お寺の出前」をさせて頂く!
やはり「紙芝居」といえば、「飴(あめ)」ちゃん(大阪では飴に「ちゃん」がつくのだ!)であろう。(そういえば、甘酸っぱいスルメも「紙芝居」屋さんは商品として持ってたなぁ・・)
これで益々、僕は本来の『僧侶の姿〔形〕』から、遠のいていくような感じがせんでもないが・・・。
・・でも、楽しんで頂けたら本望です。まいどあり~。 合掌
なぜ、仏教徒なのに「ダンテ」の『神曲』を描くのか?!
(ダンテ像:「ラファエロ画」)
先日、論文を書くための取材にやって来られた『駒澤大学』の学生さん達に聞かれた質問がある。
それは、「なぜ、仏教徒なのに、キリスト教がバックボーンにあるダンテの『神曲』の〔紙芝居〕を作ろうと思われたのですか?」という、質問であった。
それに対して、僕は三つの答え(想い)を返した。
一つは、仏教の『死後の世界』「往生要集」の紙芝居を作り始めた時、当然の如く、では、西洋(キリスト教圏)の『死後の世界』はどうなっているのだろうか?と自然と興味を持ち、そんな紙芝居も作りたくなったからである。そんな個人的欲求から作ろうと思った、これが一つ目。
二つ目は、老人ホームに「お寺の出前」に行く度に、お年寄りに聞かれる質問として、「死後の世界は本当にあるのですか?・・いや、解らなくても良いから、どんな世界観が宗教の中に伝わっているのかを教えて下さい。自分自身のおこなってきた事を振り返る度に、私は怖くなるのです・・」という問いに対しての答えとして・・、現代の情報の一つとして、キリスト教圏の『あの世観』も一応、お伝えしておこうと勝手に思った。これが二つ目。
最後、三つ目。・・これは、何年か前にアメリカ映画『最高の人生の見つけ方』という「ガン末期の初老の男達」の映画を見たことが動機となっている。
この映画の主人公である〔ジャック・ニコルソン〕扮する、大金持ちの実業家が、会社の重役会議の中で、自分の余命が後わずかな事に悩んで、会議中に突然、叫び出すのである。
「誰か、この役員の中で、ダンテの『神曲』を読んだ者はおるか?・・居るならば、どんな内容か、私に教えてくれ!」と。
当然、この叫びに会議場は静まってしまう・・という、わずか2~3分のシーンなのであるが、この場面が、こんな仕事をしている(どんな仕事や?!)僕に取って、強烈に頭の中に印象付けられたのである。・・「そうか、西洋人の死後の世界観は、現代でも『神曲』なんや!」と。
長くなってしまったが、この三つが入り混じり、熟成され、『神曲』の紙芝居を作ろうと思った僕の動機となったのである。
・・さて、パソコンが故障してしまったがゆえに、『紙芝居』は『地獄界』の終わりで中断し、今だ、ダンテは、死後の世界を彷徨ったままだ。
なんとか、早く発表し終えないと、又、僕の夢にダンテが出て来て、大阪弁で「はよ、何とかせんかい!」と僕を脅すであろう。
なるべく早く、ダンテを『死後の世界』から、救いたいと思っている!
PC故障中の「出前」について
PCが故障してから、築地本願寺に「出前」に行ったことは先日、書いた。
今日は、それ以後の「出前」について、少し述べてみたい。
東京から帰ってきた次の日は、近くの檀家さんのお宅の前の小さな『お地蔵さん』にお参りをし、その後、そこのお家で、近所の子供たちを集めて『紙芝居法話会』を開いた。この日の演目は、落語の『じゅげむ』をやった。初めて「紙芝居」を見る小さい子供も居て、引率のお婆ちゃんたちも一緒に多いに盛り上がった。
その次の日から一週間、僕は京都の西本願寺に「布教使」という資格を取る為の研修に行っていた。
帰る際、先生に「又、頑張って来いよ!」と言われたので、おそらく試験は落ちていると思う・・。(結果発表は来月なのだが、このセリフはある意味、残酷な先行通告だった。又、頑張るとする。ショボン・・(涙))
京都から帰ってきて休む間もなく、その次の日は『特養ホーム白寿苑』内で、〔盂蘭盆法要〕を行った。
今年も、去年の夏から一年間で、苑内で亡くなられた方は、30名以上おられ、その遺族会の方々も来られ、お名前をお一人お一人拝読しながら、ご一緒に読経して、亡くなられた方を弔った。その後、短い「法話」をして、みんなで、職員によるギターとバイオリンの生演奏の伴奏で、「千の風になって」と「涙そうそう」を歌った。
そして9月が始まり、先日、大阪市東成区にある「グループホームゆおびか」に、「紙芝居法話」に行ってきた。
こちらは今回で、二回目の「出前」となり、皆さん、僕の顔を覚えて下さっていた様で、嬉しかった。
この日は、「早いこと(あの世から)お迎えが来て欲しい!」とばかりおっしゃる百二歳の女性入居者の方に、僕は心を向けて、「仏教では、死をどう捉えるか?」という話をして、定番の「ゴータミー」の紙芝居をした。「又、来て下さいね」と帰り際、この方が、言ってくださったので、僕はホッとした。
・・以上、こんなトコか。 今年の夏も忙しかったと思う。
もう夏も終わってしまったが、少し遅い〔夏休み〕を取りたい!・・・でも無理か? でもでも、PCが直ったから良いとするか!
「築地本願寺ライブ」への出前
(東京:築地本願寺)
このパソコンが壊れて二日後(8月22日)、僕は娘(荷物持ち)をつれて、東京の〔築地本願寺〕に、『紙芝居法話』に行って来た。
その目的は、『本願寺ライブ 他力本願でいこう!2009』に出演する為であった。
このライブの開催目的は、企画書によると「・・普段、寺院や仏教とかかわりが少ない一般の人々、特に20~30代の若年層を対象に実施し、ライブだけでなく、法話や法要を通して、仏教に直接触れる機会を設けるのが目的である」とある。
(特設ステージ)
そして、僕の「出番」はというと、境内に作られた(巨大なテント)の中の特設ステージで、歌手の方々の歌や演奏の合間に、『仏教紙芝居』を二回演じることであった。
(足湯コーナー)
面白いアイデアだと思ったのは、ステージ前に『足湯コーナー』の設置であり、これは『長野県渋温泉』から直接運ばれてきた本場の温泉で、そこに足を浸けながら、ステージが見れるという、初めての試みであった!
皆さん、炎天下、(お湯もけっこう熱いのに・・)足をつけながら、じっくり歌や話を聞いて下さっていた。(本当に有難うございました!)
又、僕の『紙芝居』の後は、歌手の『コーヒーカラー』がヒット曲「人生に乾杯を!」を熱唱され、ファンの僕も思わず歌を口ずさんだ。
(『コーヒーカラー』と記念撮影)
そして最後は、本願寺前でご一緒に記念写真を取って頂き、(おのぼりさんの僕にとっては)本当に良い思い出となった。
暑い暑い、東京での「出前」であったが、今振り返ればとても楽しい「お寺の出前」であった。
ちょうど良いロウソク
先日、知り合いの仏具屋さんに行って、「何か、おもろい《新製品》は出ましたか?」と、冷やかし半分で尋ねると・・、
「ちょうど良い長さの新製品ロウソクが出ましたよ!」と、少々興奮気味に教えて下さり、見せてもらったのが、(写真)真ん中のロウソクである。
《8分ロウソク》という・・らしい。(燃焼時間8分間!)
その店長の興奮に、僕も答えないと悪いと思い、「えっ、そうなんですか!」と一応答えた。
これは、今までにはない、ちょうど良い読経時間のロウソクらしい。
ちなみに右端のは、《5分ロウソク》、これは短すぎる。
そして、左端が今までの《20分ロウソク》、これは長い。(・・月参りの読経では、これは確かに長い!)
やはり、《8分ロウソク》は今までにない、画期的な新製品だったのだ!(ちゅうと半端や、・・おまへんで!)
どうして今まで気づかなかったのか?・・8分というこの長さに。
「・・別に、そんな事どうだっていいじゃない」と、言われそうだが、(確かにそうかもしれんが・・)僕等にとっては、これは一大発明だったのだ!・・でも、やっぱりどうでも良い事か?・・でも僕は買った! 店長に悪いと思って・・。

