住職のつぼやき[管理用]

記事一覧

※画像をクリックすると拡大されます。

仏教版「クリスマス・キャロル」、紙芝居:『極楽讃歌』 (前編)

 西洋人(キリスト教徒)にとり、一年で一番大事な〔宗教行事〕が《クリスマス》ならば、我々日本人(仏教徒)にとって、それに変わる行事は何だろうか? 
 ・・それはやはり、僕は《お盆》であると思う。
 この紙芝居は僕の大好きな〔ディケンズ〕の名作、『クリスマス・キャロル』を〔仏教版〕《お盆バージョン》に変えて作った思い入れのある作品である。(仏教もの36)
ファイル 143-1.jpg
 昔むかしの江戸時代。
 或る所にケチで頑固な《スグベエ》という名の悪徳高利貸しが一人で住んでいた。
ファイル 143-2.jpg
 時は、〔お盆〕の前の日。スグベエは今日も今日とて、番頭の《六助》を安い給金で、こき使い、働かせていた。
 ・・仕事も終わり、夜更けとなり、熟睡していた《スグベエ》の枕もとに、どこからともなく冷たい風が、突然〔ピュー〕と吹いてきた。薄目をそぉ~っと開ける《スグベエ》。
「ギャーッ!」、なんと、そこには・・、
ファイル 143-3.jpg
・・生前の悪友でもあり、仕事仲間でもあった男の幽霊が立っていた。
 幽霊は、《スグベエ》に向かって言った。
「おい「スグベエ」!ワシはお前を助けに来た。・・ワシは生前《お金》がすべてだと思い、さんざん人を泣かしてきた。だから、今は金の《亡者》になってしもうた。お前も、もう直にこのような姿になるのだぞ。・・そこで、ワシはお前の先祖に頼まれてやって来たのじゃ。
 これから、お寺の鐘が一つ鳴る事に、お前の元に全部で《三人のお客》が現れる。そのお客さんの言うことを良く聞くのじゃぞ!」・・と、言って幽霊は消えていった。

 はっと飛び起きた《スグベエ》。「今のは夢か幻か?」と思ったその時、お寺の鐘が『ゴォーン』と一つ鳴り、目の前の障子がキラキラッと光ったと思うと、そこに《仏様》が立っておられた。
ファイル 143-4.jpg
 仏様は言われた。「《スグベエ》、私は《釈迦如来》という〔過去〕の仏である。私はお前の先祖に頼まれてやって来た。今から、お前の〔過去〕の姿を見せてやろうぞ!」と云うや否や、仏様は《スグベエ》の手を握り、光の輪の中に入って行かれた。
ファイル 143-5.jpg
 光の輪から出るとそこは、《スグベエ》の故郷の田んぼのあぜ道であり、目の前には、幼き童達が遊んでいた。
 それを見て、《スグベエ》は叫んだ。「あっあれは、ワシの幼き頃の姿!なんと無邪気に遊んでおるわい、・・ワシにもあのような時があったのじゃなぁ・・」と。
 それを聞かれた《仏様》は、「次はお前の青年の頃を見せよう!」と言って、やはり光の中に入っていった。
 光から出た時、そこは、或る神社の境内で、若い男女がそこに立っていた。
 それを見て《スグベエ》は叫んだ!「あれは、ワシが村から町へ奉公に出る時!横にいるのは、恋人の《おミヨ》ちゃんじゃ。ワシは恋人に『きっと金持ちになって帰って来て、夫婦になる!』と約束したものの、その約束も守らず、町で《金》しか信じられないケチな男になってしもうた。・・ああ、仏さま、残酷でございますよ。このような場面を見せないで下さいませ!」と、・・・と叫んだ。
 ・・すると何もかも消えて無くなり、《スグベエ》は又、元の布団の中にいた。
 「ああっ、今のも夢だったのだろうか?・・それとも?」と思った時、又お寺の鐘が『ゴォーン』と一つ鳴った・・・。
 (後編)へ続く・・

紙芝居:『火宅のたとえ』

ファイル 139-1.jpg 『法華経』より (仏教もの38)
 昔むかしのお話。
 ある時、おシャカ様は弟子達に向かって、こんなお話をなさいました・・。
 『ある国に、大金持ちの長者がいた。
 その長者は、大きな屋敷に住んでいた。
 ・・が、その出入り口の《門》は、非常に小さく、たった一つあるだけで、又、屋敷の壁も剥げ落ち、柱の土台は腐りかけていた。
ファイル 139-2.jpg
 そんなある時、屋敷が《火事》になった。
 しかし、長者の子供達は、そんな事も知らず、家の中で、平気で遊び回っていた。
ファイル 139-3.jpg
 長者は「大変だぞー!、子供たちー、火事だぞー!早く逃げ出すんだー!」と叫んだ。
 が、子供達は《遊び》に夢中で、長者の声は全く届かなかった。
 長者は思った。「あの子達は、火事の恐ろしさが、まだ解らないのだ。しかし、このままでは皆、焼け死んでしまう。私が中に入っても、全員を助け出す事はできない。いったいどうすれば良いのか・・」と。
 そして、長者は〔ピカッ〕と閃いた!
 「おーい、子供たちー、お前達の大好きな《車》が門の外にあるぞー!〔羊の車〕があるぞー、〔鹿の車〕があるぞー、〔牛の車〕もあるぞー!早く来ないと《車》が行ってしまうぞー!」と叫んだ。
ファイル 139-4.jpg
その声を聞いて、「わーい、うれしいなぁ。早く行って《車》に乗ろう!」と、子供達は皆出てきた。
ファイル 139-5.jpg
 そして、全員無事に出て来た〔子供達〕を見て、長者はホッとし、「よーし、それでは、一番立派な《牛の車》にお前たちを乗せてやろう」と言って、色とりどりの花で飾られた、大変すばらしい《牛車》に皆乗せて、あちこちを回って楽しんだという・・』

 おシャカ様は、このお話をされた後、次のようにおっしゃられた。
 『弟子達よ、今の話は〔喩え話〕だ。それでは、意味を説明しよう。
 この話の《長者》とは、〔私〕のことだ。
 《子供たち》とは、〔みんな〕のことだ。
 そして、今にも壊れそうな《屋敷》とは、〔我々の住む社会〕のことだ。
 人は、この世は楽しく、安心だと思っているが、すぐに歳を取り身体は病んでしまう。それ程モロいものだ。そして《火事》とは、〔欲深く悪い心〕即ち《煩悩》を表す。この悪い心が、人を包み始めているにも関わらず、人間は一向に気がつかない。
 私が「心を改めよ!煩悩の火に包まれるぞ!」と叫んでも人はなかなか気がつかない。
 それほど《仏の世界を知る為の〔門〕》は狭いのだ。
 だから、私は〔羊・鹿・牛の車〕に喩えたように、さまざまな教えの方法を説き、人を〔門〕の外へ誘い出そうとするのだ。 
 ・・だが、〔門〕から一歩でも外へ出ることができたら、もう安心なのだ。
 そこには、人の想像を遥かに超えた素晴らしい《仏の悟りの世界》が待っているからだ。子供達がりっぱな〔車〕に乗れたように・・。
 弟子達よ、わかったかな、《仏法を学ぶ》ということは、〔燃え上がる我が家から出ることが出来る〕ということなのだ』と、そうおシャカ様はおっしゃられ、それを聴き、弟子達は深く頷かれたということです。おしまい

 

 

紙芝居:『お盆のはなし』~地獄に落ちたお母さん~

 今年もお盆の季節がやってきた。(関西では〔月遅れ盆〕なので、《法要》や《檀家参り》は約一ヶ月、遅くなるが・・)
 我々は、ごく自然に〔お盆〕と呼んでいるが、正式名称は〔盂蘭盆(ウラボン)〕という。
 この〔盂蘭盆〕は、『ウランバナ』という昔のインドの古語を、そのまま漢字に当てはめたもので、その意味は『逆さ吊りの苦しみ』をいう。・・・戒めの意もあるのだろうが、けっこうエゲツナイ!
 さぁ、それでは『お盆のはなし』の紙芝居のはじまり、はじまり~です。
ファイル 135-1.jpg (仏教もの1)
 昔、おシャカ様のお弟子に、《神通力第一》の〔目連(モクレン)〕と呼ばれる偉いお方がいた。
 ある日、〔目連〕さんは、森の中で仲良く暮らす鹿の親子と出会い、何年か前に亡くなった実母を思い出された・・。
 そして〔目連〕さんは、自分の神通力を使い、あの世の母親に会いに行こうと決心され、魂は身体を離れ、『極楽』へと向かった。
 ・・が、母は『極楽』にはおらず、・・次に「まさか!」の思いで『地獄』に行ってみると、そこで『逆さ吊り(ウランバナ)』の刑に苦しむ母親を発見する。
ファイル 135-2.jpg
驚き、急いで母を助ける〔目連〕さんであったが、もはや優しかった母の面影はなく、食べ物はすべて炎に変わり、空腹で苦しむ《餓鬼》の姿になっていた。
ファイル 135-3.jpg
どうしても助けることのできない〔目連〕さんは、一度、地上に帰り、おシャカ様に教えを乞うた。
 するとおシャカ様は、「汝一人の力では、母を救うことはできない。母を救いたければ、七月十五日の<自恣(じし)の日《坊さんたちの反省集会、最終日》>に、十方の僧を招いて、食べ物などを供養し『徳』を積みなさい」と言われた。
ファイル 135-4.jpg
そして、おシャカ様の言われた通りにすると、やがて母は救われ、天女の姿に変わり、『地獄』から『極楽』へと昇って行くことができた。・・・というお話でした。めでたし、めでたし。
ファイル 135-5.jpg
が、ちょっと気になる・・この話。
 どうして、坊さんに《供養》したら、亡くなった人が助かるのだろうか?特別な修行してるからか? それでは、ホームレスの方への《供養》ではダメなのだろうか?それも大事な人助けだと思うのだが・・。
 やはり、この話を作られた背景に、どうも『坊さんを大切にしなくちゃだめよ!運動』byお寺・・の匂いがする・・・なぁ。
 まぁ、僕への《供養》は、大歓迎やけど・・〔笑〕。

紙芝居:『血染めのお聖教(ショウギョウ)』

 ・・子供の頃、教科書やお経の本などを畳の上に、ほっちらかして置いたら、お祖母ちゃんに「なんと、勿体ない!」とよく叱られた。
 子供心に『・・なんで勿体ないのかな?』とよく思いながらも、《お経本は粗末にしてはいけない》という考え方は、確かにこの時、作られたような気がする。
 これは、命を懸けて、《それ》を守った一人の青年僧のお話。
ファイル 133-1.jpg (仏教もの30)
 今から、五百年程前のお話・・。
 福井県は〔吉崎〕という所に、『吉崎御坊』という《蓮如さま》が作られた大きなお寺があった。
 時に〔文明六年〕三月二十八日の夕刻、お寺近くの家から突然の出火。そして炎は瞬く間に、お寺にまで燃え移った。
ファイル 133-2.jpg
「火事や、逃げろー!」とその声に、《蓮如さま》は取り急ぎ、手元の『お聖教』を取りまとめ逃げ出された。
 しかし、大事なお聖教を一巻、忘れて来てしまった。
「ああっ、しもうた~」と嘆く《蓮如さま》・・。
ファイル 133-3.jpg
その声を聞いて、一人の若いお坊さんが「私がその『お聖教』を取って参ります!」と叫び、燃え盛る炎の中へ、飛び込んで行った。
 そのお坊さんの名は、〔本向(光?)坊・了顕(リョウケン)〕といった。
 やがて、炎は鎮火へと向かったが、〔本向坊〕は再び、戻っては来なかった。
ファイル 133-4.jpg
 次の日、「本向坊よ~、生きておったら返事せぇー!」と、《蓮如さま》と村人たちは、必死になって探した。
 やがて、蓮如さまの〔書院〕跡から、〔本向坊〕が見つかったとの連絡が入り、急いで行ってみると・・・、
ファイル 133-5.jpg
 そこには、身体を丸め、黒こげになって死んでいる〔本向坊〕の遺体があり、皆で、仰向けにして遺体を運ぼうとすると、なんと、お腹が断ち切れていて、そこから《お聖教》が一巻、布に巻かれて出てきた。
 「なんと!本向坊は、自分の腹を切って《お聖教》を隠し守ったのか!・・ありがとよ、本向坊。・・南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・」と《蓮如さま》と村人たちは、涙ながらにいつまでも合掌をされたということじゃ。
 そして、今でもこの《お聖教》は、京都の〔西本願寺〕に大事に納められているという。 おしまい
 

 

紙芝居:『じゅげむ』と《ピカソ》

ファイル 132-1.jpg (昔話もの8)
 『寿限無(じゅげむ)』という有名な落語があります。
 生まれた子供に良い名前をつけてやろうと、お寺に相談に行ったお父さん。「とにかく、めでてぇ名前を教えて欲しいんで!」と、和尚さんに詰め寄ります。
 和尚さんは、長生きで縁起の良い名前をたくさん教えてやり、その中から一つ選べばよいとアドバイスをくれますが・・、お父さんは選びきれず、それを全部自分の子に付けてしまいます。
 それは長い名前なもんで、さぁたいへん!ご近所では、お祝いに行くにも名前が言えなければ恥ずかしいってんで、子供の名前が言える『練習会』まで開かれる始末。そして、そこから起こる大騒動のお笑い話。・・これが落語『寿限無』です。
 ・・ではさぁ皆さん、いきますよ!「じゅげむ、じゅげむ、五劫のすりきれ、海砂利・水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝る処に住む処、やぶらこうじのやぶこうじ、パイポ・パイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助」!
 (・・これ、いつも紙芝居をしながら、本当にお年寄りの方にも、言ってもらってます!おもしろいですよ) 
・・実はこの『寿限無』って「アミターユス」というサンスクリッド語の意訳であり、『命の長さは限りが無い』という『南無阿弥陀仏』と同じ意味で、本当にありがた~い言葉なのです。(でも仏壇の前では『寿限無、寿限無』って称えないように・・〔笑い〕) 

 今日はもう一つ。
 「こんな長い名前なんて、実際はありまへんで!」と言われる方がほとんどなのでしょうが、・・・実はあるんです!
 それはあの有名なスペインの画家《ピカソ》です。
 今もスペインの〔マラガ〕市役所に残っているこのピカソの名前の記録。実際《ピカソ》本人も覚えきれなかったという話まであるそうで・・。どうやらそこには、『祖父・伯父・父・乳母・・』などの立派な方の七人分の名前が入っているそうです。(長けりゃエエのか!何考えて付けたんや?・・でもおもろいから許す!〔笑い〕)
 それじゃ皆さん、もう一度いきますよ~、
『パプロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・シプリアーノ・サンティシマ・トリニダート・ルイス・イ・ピカソ』
 お後がよろしいようで・・。
 

紙芝居:『怨みを捨てて・・・』

 恨み、憾み、怨み・・・。
 この〔怨(ウラ)み〕の漢字が、一番おどろおどろしいそう・・。
 〔怨み〕について、おシャカ様は次のようにおっしゃっている。
『実にこの世においては、怨みに報いるに、怨みを以ってしたならば、ついに怨みのヤムことがない。怨みを捨ててこそヤム。これは永遠の真理である。(ダンマパダ)より』と・・。
 これは、〔怨み〕について述べられたおシャカ様のお話を『紙芝居』にしたものである。
『怨みを捨てて・・・』 (仏教もの32)〔律蔵大品〕より
ファイル 129-1.jpg
昔、インドに〔チョウサイ王〕という立派な王様が治める小さな国があった。
 ・・が、ある時、隣の〔ブラフマダッタ王〕の大国に突然攻められ、あっという間に滅ぼされてしまった。
 燃え上がる炎の中、〔チョウサイ王〕と后、それに息子の〔チョウジュ王子〕は命からがらお城を脱出した。
 ・・が、やがて、王と后は捕えられ、大衆の面前で公開処刑をされる事になった。
ファイル 129-2.jpg
 運良く一人逃げ切れた〔チョウジュ王子〕は、処刑当日、大衆に紛れ込み、この父と母の最期をただただ見つめることになった。
 槍が父の身体を突き立てようとしたその瞬間、偶然、父は〔チョウジュ王子〕と目が合い、次のように叫んだ。
「長く見ることなかれ!怨みは、怨みなきによってのみ静まるぞ!」と・・。こう叫び、父は死んでいった。
 怨みに燃える王子。この父の最後の言葉の意味など考えようともしなかった。
復讐を誓う王子は、変装し、機会を得て近づき、やがて隣国の〔ブラフマダッタ王〕に雇われ、信頼を得て側近にまで登り詰める。(なんか〔シャア〕みたい・・)
 『・・そして、さぁ皆さん、いよいよ、今回のその時がやってきます。〔その時歴史が動いた〕の番組みたいに読んで下さい(余談でした・・)』
ファイル 129-3.jpg
 ある日のこと、〔ブラフマダッタ王〕は、家来達をつれて森の奥深くに猟に出た。
 そして、やがて道に迷い、王は〔チョウジュ王子〕と二人だけとなり、疲れ果てた王はチョウジュ王子の膝枕でうたた寝をし始めたのだった。
ファイル 129-4.jpg
 「これは千載一隅のチャンス!父上、ついに怨みをはらす時が来ました!」
 ・・と、〔チョウジュ王子〕は、王の首に剣を当てた。
 その時である。なぜか、亡き父の言葉が王子の胸に蘇ってしまった。
『怨みは、怨みなきによって静まる・・』というあの言葉が・・。
「・・父上、私はここで怨みをはらしたとしても、私の心は永遠に静まらないのでしょうか・・?」
 こう思った瞬間、王子の力はぬけてしまい、剣を落としてしまった。
 その音に気づいた〔ブラフマダッタ王〕は、目を覚まし事の次第を聞く。
 すべてを話す王子。その話に腰を抜かさんばかりに驚く王。
 しかし、王はこの《チョウサイ王の遺言》の話に深く心を打たれ反省した。
ファイル 129-5.jpg
そして、自分の犯した罪を深く詫び、その後〔チョウジュ王子〕に国を返して、両国は末長く親睦を続けたという。 おしまい

(余談) この『紙芝居』、何年か前に神戸市民の『平和のつどい』の祭典でやらせてもらった事がある。
 その時、聴衆の一人からも「その『紙芝居』は、一遍、ブッ○ュ大統領に見てもらわなあきまへんなぁ!」と感想を言われて、大笑いしたのを覚えている。
 

紙芝居:『善人の家と悪人の家』

 唐突ですが、あなたは《善人》ですか?それとも・・・?
 これは、幸せな《悪人》たちのお話です・・。はじまり、はじまり~
ファイル 126-1.jpg (仏教もの28)
 昔、ある村に、内輪喧嘩の途切れない《太郎ベエ》さんの家と、いつも平和そのものの《次郎ベエ》さんの家が、並んで建っていた。
 ある日のこと、喧嘩の途切れぬ家の主人《太郎ベエ》さんは、〔どうして、隣はみんなあんなに仲良く暮らす事ができるんだろうか?〕と不思議でたまらず、隣の家を訪ねて聞いてみる事にした。
ファイル 126-2.jpg
(太郎ベエ)「・・次郎ベエさん、ご承知の通り、うちは喧嘩が途切れず困っております。・・お宅はみなさんが仲良くやっておられますが、何か《秘訣》のようなものがあるなら、教えてくださいましな」
 すると次郎ベエさんは・・・、
(次郎ベエ)「・・特に秘訣のようなものはありませんが、・・・あえて言うなら、うちはみんな《悪人》ばかりなので、喧嘩にならないのだと思いますよ。・・あなたのお宅は、みなさんが《善人》ばかりなので、喧嘩になってしまうんじゃありませんか?」と、答えた。
ファイル 126-3.jpg
 これを聞いて、てっきり皮肉られたと思った《太郎ベエ》さんはムカッとして、「そんな馬鹿な!」と言おうと思ったその時、・・家の奥で『ガッチャーン!』という大きなお皿が割れる音がした。すると・・・、家の奥からお嫁さんの声がした。
ファイル 126-4.jpg
(嫁)「お母さん、ごめんなさい。私が足元を確かめなかったので、大事なお皿を割ってしまいました。私が悪うございました」と、心から謝っている声が聞こえた。
 すると、続いて姑さんの声も聞こえてきた。
(姑)「いやいや、お前が悪いのではない。先ほどから片付けねばと思いながら、横着してほったらかしておいた私が悪いのじゃ。悪いのは私じゃ」と。
 それを聞いて《太郎ベエ》さんは思った。
〔なるほど、ここの家族はみんな(自分が悪かった、悪かった)と思う《悪人》たちばかりだ。これでは喧嘩にならない!仲良く暮らす秘訣がわかったぞ!〕と、《太郎ベエ》さんは、《次郎ベエ》さんに篤くお礼を言って帰っていった。
ファイル 126-5.jpg
・・こうして、やがて《太郎ベエ》さんの家も、自称《悪人ばかりの家》になり、いつまでも仲良く幸せに暮らしたということじゃ。 めでたし、めでたし。
 

紙芝居:『人生いたるところ教えあり』

 ・・この紙芝居は『華厳(ケゴン)経』というお経を元にして作ったものである。ちなみに『華厳』とは、《美しい華で飾られた》という意味だそうだ。又余談になるが、この紙芝居の主人公は奈良・西大寺の〔善財童子〕像をモデルにして描いた。
ファイル 124-1.jpg 〔仏教もの31〕
 昔、ある所に〔善財(ゼンザイ)童子〕という、ひたすら悟りを求める、まじめな少年がいた。
 ある日、彼は〔悟りの道〕を求めて旅に出ることにした。
 まず初めに彼は海に向かい、そこで一人の《漁師》に出会った。
 その漁師からは『海の神秘さと命の源』について話を聴く。そしてその漁師から「君は素直な性格で気に入った。隣り町にりっぱな《医師》がいるので会ってみなさい」と紹介される。
 童子は言われたように素直に町へ向かい、そこで一人の医師に会う。そして医師からは『人に対する時の慈しみの心』を教わり、そしてこの医師も童子が気に入り「この町の〔長者〕に会ってみてはどうか」と又々紹介される。
 こうして、次から次へと童子はさまざまな人を紹介され、学びを深めてゆく事になる。
 ・・その長者からは『すべての物の価値』について学び、〔座禅を組むお坊さん〕からは『静かな心から出る優しい気持ち』を学ぶ。
ファイル 124-2.jpg
 又、〔心の優しい夫人〕とも出会い、彼女からは『奉仕の心のすばらしさ』を学ぶ。
 このように童子は『《学ぶ心》さえあれば、出会う人すべてから教えを受ける事ができるのだ』と悟ったのだった。
ファイル 124-3.jpg
 それは町で遊ぶ〔子供達〕からも、〔華を生ける老婆〕からも、〔お香を焚くお爺さん〕からも仏の心を学ぶ事が出来たのだった。
ファイル 124-4.jpg
 ある日、一休みしていた童子は、朽ちた老木からも一本の〔若木〕が生えているのを見て、『すべてのものは移り変わる!生まれたものは成長し、やがて滅びる。・・が、又新しい命を残してゆくものなのだ!』と大きな悟りを得た。
やがて童子は旅の途中、〔太陽の輝き〕や〔星の瞬き〕さえ、《教えの姿》として学ぶ事になり・・・、
ファイル 124-5.jpg
やがて、最後は悟りを開き〔偉大な賢者(仏)〕になったということだ。おしまい

(・・余談だが、童子がこの旅で出会った人の数は全部で《53人》。この数字が〔縁起が良い〕というので『東海道五十三次』という宿場が生まれたとの事だ・・・日本ってこんなんばっかり!・・・ちなみに『ヤジさん・キタさん』も、ソレナリに成長したんかなぁ?)


 

紙芝居:『怒りのアッコさん』~キレなかったお釈迦さま~

○仏教式キレない方法 (仏教もの34) 《相応部経典》より
ファイル 122-1.jpg
昔、インドに《アッコーガナ・バーラトバージャ》という名のお坊さんがいた。(舌をかみそうな名前なので、ここでは縮めて《アッコ》さんと呼ぶ)
 このアッコさんは偉い坊さんではあったが、おシャカ様が大嫌いであった。
 ・・というのも、自分の弟子が、みんなおシャカ様の元に去ってしまったからであった。
 ある日、アッコさんはついにキレた!
 そしておシャカ様のお寺に怒鳴り込んだのだった!!
「やいやいやい!よくも俺様の可愛い弟子たちを奪いやがったな。この野郎め!」と、さんざん悪口を浴びせた。
ファイル 122-2.jpg
しかし、おシャカ様は顔色ひとつ変えずに言われた。
「アッコとやら、そなたの家にもお客は来るであろう。
 その時、お前は〔ご馳走〕を出してもて成すだろう。・・もしその時、お客がその〔ご馳走〕を食べなかったら、その食事は誰の物になるであろうか?」と。
ファイル 122-3.jpg
 するとアッコさんは、「決まってるだろう!食事を取らなかったら、みんな俺様が後で食っちまうさ」と答えた。
 それを聞いて、おシャカ様は静かに話し始めた・・。
ファイル 122-4.jpg
「アッコよ、私はお前が持ってきた《悪口》という〔ご馳走〕は食べないぞ。つまり、聞かないという事だ。・・だから、〔悪口〕はすべて〔アッコ〕自身に帰るであろう」と。
「そんなのは屁理屈だ!」と怒るアッコに、おシャカ様はさらに冷静に説かれた。
ファイル 122-5.jpg
「よく聞きなさい・・。他人の怒りに対して自分を静める者は、ふたつのものに勝つのだよ。ひとつは自分の心に、そしてもう一つは他人に勝つのだ・・。これ程大きな勝利はないだろう」と。
・・・この言葉にアッコさんは深く頷き、のちに自分自身もおシャカ様の弟子になったということです。 おしまい

紙芝居:『嫁おどしの面』』

ファイル 121-1.jpg 《ケアハウス清徳での出前風景》
 『嫁おどしの面』 (あらすじ) 〔仏教もの27〕
昔、福井県は《吉崎》という所に、夫と子供を亡くし、姑とふたりで暮らす〔清(キヨ)〕という嫁がいた。
ファイル 121-2.jpg
 家族を亡くし、人の世の無常を嫌という程味わった〔清〕は、一日の仕事を終るとお墓参りをし、その後毎日、蓮如様のお寺へお説教を聴きに行くのだった。
 ・・・が、〔姑〕は、大の仏教嫌い。そこで、なんとかして〔嫁〕のお寺参りを止めさそうと、この家に代々伝わる《鬼の面(能面とも云われている)》を付け、お寺に行く途中の〔清〕を驚かす作戦を考えた。
ファイル 121-3.jpg
そして、遂に決行の日はやって来た。
 姑は或る月夜の晩、お面をかぶり、手には鎌を持ち、竹やぶの中から飛び出し、「わしは鬼じゃぞ~!お前を食らおうか!」』と〔清〕を驚かせた。
 一瞬、驚いた〔清〕であったが、どうにか心を落ち着かせ、鬼を無視して、足早にお寺へと向かって行った。
 後に残された姑は、作戦失敗にがっくりしトボトボと家路に着いた。
 ・・が、ここでハプニングは起きた。
 姑のお面が外れないのである。あせる姑!。しかし力一杯外そうとすればする程、顔にくい込んで、やがて血が滲み出てきた。

 やがて、〔清〕が帰って来て、すべては露見した。
 ・・反省し涙、涙の姑であったが、お面は取れない。
 そこで、〔清〕は姑と一緒に《お念仏》を称えることを提案する。・・初めて念仏を称える姑。一心に称える嫁。
ファイル 121-4.jpg
すると、なんと不思議なことに鬼の面はパラリと落ちた。
 涙を流し、手を取り合って喜ぶ二人。
 そして次の日、このお面を蓮如さまのお寺に献上し、こののち、二人は仲良くお寺参りを続け、幸せに暮らしたという。

 そして、このお面は『嫁おどし肉附きの面』という名で、今でも《吉崎》のお寺にまつられている。 (拝観料払ったら見れまっせ!) おしまい
ファイル 121-5.jpg
〔ケアハウス清徳で『嫁おどしの面』のレプリカを付けて外れなくなり、入居者の方に念仏を称えてもらって外そうとしている僕のトホホ・パフォーマンス写真・・(笑)〕

 

上に戻る