住職のつぼやき[管理用]

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紙芝居:「石山合戦始末記 ~東西本願寺分裂秘話~」(その1)

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 昔、本願寺(ほんがんじ)は、大阪にありました。
 それは、今の[大阪城]の辺りにあったそうで、大変栄えていたそうです。(今も栄えていますが⁉・・もっと栄えていたという意味でっせ。あしからず・・[笑])
 又当時、本願寺は、いくつかの細かい派に分裂はしておりましたが、現在のように、大きく西と東の本願寺には分かれておりませんでした。

 さて、この物語は、当時[石山(いしやま)]の地と呼ばれていた大阪の本願寺が大きな戦に巻き込まれ、やがて、京都に移り、東西本願寺に別れてゆくまでを描いた紙芝居です。
 それでは、始まり、はじまり~。
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 時は戦国。
 天下統一を目指す、尾張の[織田信長]は、永禄十一年(1566)年、京都に進攻しました。
 そしてその後、日本有数の大教団となっていた(お金持ちの)大阪の本願寺に対して、「軍資金を出せ!」など、色々とイチャモンをつけてきました。
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 そして、ついに信長は「本願寺教団よ、そこから立ち退かんかね~!言う事を聞かんと、どえりゃあ目に遭わすでぇ!」と、言ってきたのでした。 
 こりゃぁ、困ったでいかんわぁ~。 つづく

紙芝居:「ジキル博士とハイド氏」(その5:最終回)

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警察「警察ですっ!ジキル博士、今一度、お部屋の中を改めさせて頂けませんか?」
ハイド「いかん、このままでは捕まってしまう」
 とつぶやき、ハイド氏は大声で叫びました。
ハイド「帰ってくれ!ここに犯人などは居らんっ!」と。
 その声を聞いて、
警察「おい、あの声はジキル博士の声では無いぞ。・・という事は、もう一人別人がいるんだ。・・ジキル博士っ!大丈夫ですか⁉今、助けに参ります!」
 と、警察はドアに体当たりし始めました。
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ハイド「・・もはや、これまで。・・私が間違っていた。
 一人の人間には、善なる心と悪なる心の二つがあり、そのバランスをうまく保ち、・・そして、それを正しくコントロールするからこそ、社会の中で生きぬく事が出来るのだ。
 その一方を完全に排除する事は、一人の人格を崩壊させるのと、同じことになるのかもしれない・・・。」
 と、そうつぶやき、ハイド氏、いやジキル博士は、机の中からピストルを取り出しました。
 そして、引き金を引き、
 『バァーン!』
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警察「なっなんだ!今の音は。・・いかん、ジキル博士が犯人に撃たれたのでないか⁉ 急いでドアを蹴破れ!」
 そして、警察があわてて部屋の中に入ると、そこには・・、
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 顔の半分がジキル博士で、後の半分がハイド氏の遺体が横たわっておりました。

 おしまい

紙芝居:「ジキル博士とハイド氏」(その4)

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 中からジキル博士が、顔を出しました。
ジキル「・・何か、ご用ですかな?」
警察「こちらに、殺人犯らしき者が訪ねて来ませんでしたか?」
 と、警察が尋ねると、
ジキル「いいえ、誰も来ませんでしたよ。」
 と、ジキル博士が答えました。
警察「・・そうですか。失礼しました。博士、このあたりで不審者を見かけたら、すぐにご連絡下さい。」
 と、警察はそう言って帰って行きました。
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ジキル「いかんっ、警察は、明らかに私を疑っておった。・・しかし、証拠はない。私を逮捕はできない。
 あの薬の効力が完全でなかったゆえに、私はジキルに戻ることが出来た。・・が、私は人を殺してしまった。
 欲望のままに生きた結果がこれだ!
 結局、私は自分の中の悪を消すことが出来なかった。
・・こんな薬さえ発明しなければ・・。ええいっ、こんな薬など、みんな捨ててしまえっ!」
 と、ジキル博士は[変身薬]を、すべて流し捨ててしまいました。
 そして、ベットに倒れ込み、深い眠りに陥ったのでした。
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 が、次の日。目を覚まし、鏡を見てジキル博士はびっくりしました。
 自分の顔がハイド氏に変わっているのです。
ハイド氏「・・何ということだ。薬の効力がまだ消えて無かったのか⁉
・・と、いう事は、薬の力が無くならない限り、一生私は、ジキルになったりハイドになったりしてしまうのか!・・早く、変身薬をもう一度作り直そう!」
 と、研究室に向かったその時、
 ドンドン、ドンドン。
 と、又、ドアをたたく音がしました。
 そして、外から・・・。つづく
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紙芝居:「ジキル博士とハイド氏」(その3)

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ハイド「・・さぁて、何をしようかなぁ~。とりあえず、金持ちを恐喝して、金を奪って豪遊するか~。その後は、暴行、放火も楽しそうだ!・・ジキルの時には出来んかった事を一杯やってやる!」
 と、ハイド氏は街を恐怖に落とし入れました。(バットマンに出てくるジョーカーに似てるなぁ。・・ひょっとして、ジョーカーってハイド氏がモデルか?・・余談、余談。)
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 そしてついに、殺人事件を起こして、警察に追われることになりました。
ハイド「・・いっいかん、やり過ぎたわい。警察が血眼になって追っかけて来よる!・・捕まってはかなわん!」
 と、ハイド氏は自宅へと逃げ帰りました。
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 ドンッドンッ、ドンドン。
警察「ジキルさん、開けて下さい。警察です。殺人犯がお宅に逃げ込むのを見たという通報がありまして・・。開けて下さい!」
 と、この日の夜遅く、警察がジキル博士の家にやって来ました。
 ギッギギギーッと、戸が開き、中から・・
 つづく

紙芝居:「ジキル博士とハイド氏」(その2)

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 ・・ついに、ジキル博士は善と悪の心を分ける薬を完成させたのでした。
 そして、いよいよ試飲の時が来ました。
ジキル「この薬を飲めば、おそらく、隠されていた私の中の[悪]の姿が、はっきりと浮かび上がってくるだろう。
 ・・その時、私はもう一つの作った薬を飲む。
 そうすれば、私の中の悪心はすべて消える!
 そして、完全なる正義の人間に、私はなれるのだ!」
 と言って、一気に薬を飲み干しました。
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ジキル「ぐわぁー!体が焼けそうだ。」
 と、絶叫したジキル博士。
 すると、何という事でしょう!
 ジキル博士の顔が、だんだんと・・・、
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猫ひ○し「ニャー!」・・ではなく、(今回笑うトコはここしかないので、今の内にしっかりと笑っといてちょう。)
ハイド氏「グワォー!・・、フッフッフッ・・これこそが私の、いや俺様の本当の姿だ!・・正しい人間に成るだって⁉・・まったくバカバカしい。
 世の中、面白、可笑しく生きれば良いのだ!弱いやつなど、皆くたばっちまえ!・・私はもはや、偽善者ジキルではない。そうだ、名前も変えよう。悪の帝王ハイドさまだ!ガハハハッ。・・悪を無くす薬など飲んでたまるか!」
 と言って、外へ飛び出して行きました。 つづく

紙芝居:「ジキル博士とハイド氏」(その1)

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 人は誰でも、心の中に、善(良心)と悪(欲望=エゴ)の心を持っているものです。
 そして、その二つの心をバランスよく保つ人間が、人生を(どうにか普通に?)生き抜けます。
 ・・それでは、善と悪、一方の心だけを排除して生きようとしたら、いったいどうなるでしょうか?
 このお話は、それを実行しようとした一人の博士の悲劇の物語です。
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 時は19世紀。イギリスロンドンの街。ここに一人の若き優秀な医学博士がおりました。
 彼の名は、ジキル博士。
 お金持ちで、慈善家で、研究熱心で、・・とにかく三拍子そろった人格者なのでした。
 ・・が、しかし、彼には一つの悩みがありました。
 それは・・、
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 博士の心の問題でした。
 ジキル博士は、たいへん真面目な性格でした。
 それで、自分の心の中の邪心(悪い心=いろんな欲望)が許せなかったのです。
ジキル「私は完ぺきな正義の人間でありたい。しかし、私には傲慢さや欲望がある。
 それらを消し去ることが出来れば、私は完全なる正義の人間になれる!
 そうだっ!私の心を正義と悪に、はっきりと分離できる・・そんな薬を作ろう!」とジキル博士は、長い研究を重ね・・・。 つづく

紙芝居:「ダム湖に消えた村」(その5 最終回)

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(お爺さん)「そしていよいよ、ダムの建設工事は始まった。昭和四十八年のことや。
 このダムは、滝畑の一番深い渓谷の[ガランド]という両側から山が迫る、一番狭い所を堰き止めて造り始めたんや。」
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(お爺さん)「そして、昭和五十六年。
 滝畑ダムは、九年間を掛けてついに完成した。
 そして、水は徐々に溜まっていったんや。
 あのなぁ、このダムは大阪府で一番大きな多目的ダムなんや。
 さっきも言うたけど、このダムの水は、河内長野市・富田林市の大事な水道水になってる。又、石川下流の羽曳野市に至る灌漑用水にもなってるらしいんや。
 もちろん、洪水防止の為の水を堰き止める大事な役目もある。
 ・・これで、わしの話は終わりや。」
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(お爺さん)「このダムが完成したおかげで、たくさんの市民が恩恵を受けてる。
 ・・しかしな、最近みんなが忘れてるような気がしてなぁ。
 このダムを造るために、多くの滝畑の住民が故郷を無くし、涙したことを・・。
 今でも、湖が干上がる時、ここから、家が在った後の井戸や橋などが見えるねんで。
 それを見たら、なんか切なくなるんや。
 そやから、時々ここで昔を思い出して、手を合わせるんや。滝畑の沈んだ村よ、有難うってな。」

(母親)「切ないけど、良い話やねぇ。」
(父親)「いや、ごっつい大事な話や、これは!・・忘れたらあかん。」
(子供たち)「お爺ちゃん、僕らも手を合わさせて!・・『僕らの為に沈んだ滝畑の村、有難う』って。」

(お爺ちゃん)「おおきに、おおきに。きっと湖の底の村にその気持ち、届いてるで。」
 おしまい
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(現在の滝畑ダム湖)
 ※製作にあたって、新滝畑台の皆さん、滝畑村のTさん、河内長野観光ガイドボランティアのみなさん、ご協力ありがとうございました。

紙芝居:「ダム湖に消えた村」(その4)

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(お爺さん)「この村は、全部で七つの集落で成り立ってんねんけど、その内の三つの集落と、その周りの畑や山林が水に沈んでしまうっちゅう事になってな、市長との話し合いが始まったんや。
 ・・けど、そら建設反対運動が起こって大変やったんや。
 そら考えてみい、自分の住んでる故郷が水の底に沈むんや!誰だって反対するわなぁ。」

(家族みんな)「そら、そうや!」

(お爺さん)「・・しかし、このダム建設の話し合いは、およそ十年の歳月を経て、正式に決まったんや。・・それは昭和四十七年十一月の事やった。」

(父親)「それで、そこに住んでおった人等はどうなったんですか?」

 (・・ここで余談ながら、住民を説得する行政側もたいへんだったそうだ。命を張ってこの説得にあたったらしい。そのため、最後は血のおしっこまで流して神経をすり減らし説得されたそうだ。(行政側の談))
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(お爺さん)「・・そら、引っ越すわなぁ。このダム建設前には、住宅が全部で百六十件あったんや。
 それがダムが出来ることによって、水の底に沈む家が七十九件。・・で、その内、十九件は高台に引っ越して、後の六十は、滝畑の村を離れて、河内長野市の小山田(おやまだ)の新天地『新滝畑台』に四十件移って行かれた。
 そして、他は、いろんな縁を頼って、引っ越して行かれたんや。」

 (これも余談であるが、このダム建設の目的は、一つが飲料水確保の為であった為、すべての家は破壊して(つまり、さら地にして)引っ越すことが条件の一つとなっていたそうだ。そのため、業者に取り壊してもらうのは、忍び難いと考えられた住民たちは、自らが大工道具などで取り壊したとも聞く。(体験された住民側の談))
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(お爺さん)「・・そして、すべての家の引越しは終わった。
 住んでた家を解体して、引越し先でそのままの形を復元しはった方もあったんやで。
 もちろん、お墓も全部引越しや。・・ご先祖さんも引っ越してもらわんとあかんもんなぁ。」

(母親)「へぇー、お墓もみんな引っ越したんやねぇ。」
 
 (又、これも余談であるが、現在、新滝畑台にお住まいの方で、このお墓の引っ越しを経験された方にお聞きすると、当時は土葬であった為、引っ越し作業に時間が掛かりたいへんだったそうである。)
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(今も残る、新滝畑台自治会館前の引越しのご苦労を物語る記念碑)
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 つづく

紙芝居:「ダム湖に消えた村」(その3)

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(お爺さん)「・・そやけど、平和になって、どんどん景気が良くなってくると、この河内長野市の山々を崩して、新しい町作りが仰山始まったんや。・・それで市は焦り出した。」

(子供たち)「何でなん?」

(お爺さん)「そら考えてみぃ。・・まず仰山の人間が住むことになるんや。飲み水や生活の為の水道水が仰山必要になるやろ。それに・・、」
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(お爺さん)「大きい台風が来て、山崩れや洪水が来てみぃ、仰山の犠牲者が出てしまうやろ。それを防ぐには、まさかの時に大洪水を止め、そして飲料水を確保するための・・、」
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(お爺さん)「大きな湖と『ダム』が必要やっちゅう事になったんや。でも問題は、それをどこに造るかっちゅうことになってな・・。」

(父親)「それで、この滝畑村を。」

(お爺さん)「そや。・・この滝畑村に水を溜めてな、湖にしてしまおうという話が出たんや。
 ここは、水を溜めて置くには、ちょうど良い[すり鉢状]の地形やったんやな。」
つづく

紙芝居:「ダム湖に消えた村」(その2)

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(お爺さん)「この村はな、・・・昔々の話や。源氏と平家というお侍さんたちが戦をしてな、平家軍が負けて、この滝畑の村に逃げて来たんや。・・そして、ここに隠れて住み着いたんやな。それで『源氏に見つかったらあかん⁉』ということで、その風習がずっと続いてな、今でもあまり、目立つことは好まんのや。
 それで、ちょっと前まで、五月の鯉のぼりも、目立つから上げたらあかんかったんやで。」

(子供たち)「へぇー。そんなん嫌やわ。えらい昔のことやのに!」

(お爺さん)「そやなぁ、でもそれだけ、目立つまい目立つまいと、ずっと思ってたというこっちゃ。」
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(お爺さん)「・・それから時は流れて、昭和っちゅう時代になってな、戦争も終わり、この滝畑も、子供が一杯おったという時期があったんや。・・そら賑やかで賑やかで、小学校の運動会なんか楽しかったなぁ。」
 あのなぁ、『学校橋』という吊り橋を渡って、毎日学校に通ててんでぇ。」

(子供たち)「へぇー、ええなぁ。毎日冒険みたい!」
 つづく

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