
やがて、道宗さんはお嫁さんをもらいました。
家庭を持っても、旅に出ることの多かった道宗さん。
ある日、お嫁さんが「私も一度、旅につれて行って下さい。」と頼みました。
「それじゃ、一緒に行こう」と、夫婦で京の本願寺へ出発しました。
・・・が、お嫁さんは初めての旅行です。途中で旅費が足らなくならないか不安でいっぱいでした。
それで、ずっと財布の中身ばかり見ておりました。
それに気が付いた道宗さんは、「お前、お金を捨てよ!」と一言。
「あぁっ・・はい」と、不服そうにお嫁さんは、財布を道に置きました。
『・・これから、どうなるの⁉』と、力無く歩いているお嫁さんを見て、又道宗さんは一言。
「お前、お金を捨てよと言ったのに、まだ持っているのか⁉」と。
それを聞いて、ムッとしたお嫁さんは「とうにお金は捨てました!」と反撃。
「お前はまだ、心の中にお金を持って居る。お金が命のことより、大事だと思っているから、お念仏が口から出てこないんだ!」と叱ったそうです。
・・その後、この二人の旅はどうなったかって?
記録には残っていません。 つづく
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紙芝居:「妙好人 赤尾の道宗」(その6)
紙芝居:「妙好人 赤尾の道宗」(その5)

本当に道宗は、熱心な念仏信者で、蓮如上人の大ファンでした。
蓮如さまが、ある年の年末、越中の瑞泉寺に来られていた時のことです。
道宗は、元日のお勤めに是非お参りさせて頂こうと、12月31日の夜中に自宅を出て出発したのですが・・、大雪の為に中々進むことができなかったのです。
それでも少しづつ、少しづつ前進しておりました。
・・一方、お寺で待つ蓮如さまは、「まだ、道宗は来ないのか⁉・・いや、道宗はきっと来る!絶対来る!・・皆の者、道宗が来るまでお勤めは待つように!」と言って、じりじりしておられました。
・・やがて、吹雪の中、道宗の姿がちらっと見えました。 
「おおっ、来た!メロスが来たぞ。いや違う、道宗が来たぞ!・・それっ、道宗に聞こえるように、鐘と太鼓をもう一度、どんどん打つんじゃ!」
ドドンッドドンッ、ゴーンゴーン、ドドンッドドンッ、ゴーンゴーンッ・・。
こうして、汗だくになった道宗が無事に山門に入り、お勤めに間に合ったということです。
この時から、瑞泉寺では、元日のお勤めには、[道宗打ち]といって、鐘と太鼓を同時に鳴らすようになったそうです。
つづく
紙芝居:「妙好人 赤尾の道宗」(その4)
紙芝居:「妙好人 赤尾の道宗」(その3)

蓮如さまはおっしゃいました。
「・・皆さん、安心してください。阿弥陀如来さまは、いつでもどこでも、私たちを守ってくださっています。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」と。
このお話を聞いて、弥七は目の前が開けたような気がしました。
「なっなんと、阿弥陀様っちゅう仏様は、おっ父やおっ母のように、常にオラに寄り添い守って下さっているのか!」と。
弥七は、その日から三日間、本願寺の縁の下で寝泊まりして、蓮如さまのお話を熱心に聴聞しました。
「誰かっ、あの三日間、熱心に聴聞している童を、ここに呼んでまいれ!」と、蓮如さまは真剣な表情の弥七が気に成り、お会いになりたいと思われました。
そして、弥七は蓮如さまの庫裡(くり)に呼ばれました。
「そなたの名は何という?」と、優しく蓮如さまは尋ねられました。
「はい、弥七と申します。越中より参りました。」
「ほおっ、そんな遠くから参ったか!・・で、なぜじゃ⁉」
弥七は、父母に死に別れて寂しかったこと、家出をして筑紫の国に旅立ったこと、途中不思議なお坊さんに出合ったことなど、夢中で話しました。
それを聞いて蓮如さまは、弥七の手を握り、
「そうか、そうか、それは辛かったのぉ。寂しかったのぉ。これからは、阿弥陀様という仏様が、お前の父母じゃぞ。・・のぉ、弥七、お前はこれから仏様の弟子[道宗(どうしゅう)]と名のれ。・・これから、一緒にお念仏のお救いを学ばせて頂こうのぉ。道宗!」と言われました。
「はいっ」と、弥七はあまりの嬉しさに、目からぽろぽろ涙を流して感動したのでした。 つづく
紙芝居:「妙好人 赤尾の道宗」(その2)

おじさんは弥七に言いました。
「弥七や。ここからなぁ、ずっと西に行くとな、九州の筑紫という所に出る。そこにな、羅漢(らかん)寺というお寺があって、石で作った五百羅漢(ごひゃくらかん)と言う石仏が祀られているんじゃ。その五百の仏さまのお顔を見ていくと、自分の親にそっくりな仏様がきっと見つかるという事なのじゃよ。」と。
弥七は「おじさん、それ本当っ!オラ、今から筑紫に行って、おっ父とおっ母の仏様に会ってくる!」と言いました。
「それは無理じゃ、弥七。もっと大人になってからにせぇ。」と、おじさんは言いましたが、弥七は、その夜こっそり家出して、筑紫に向ったのでした。
「あぁっ後、どれぐらい、筑紫まで掛かるのだろうか?こっそり作って来た、おにぎりも無くなってしもうたし。・・心細いなぁ。」と、弥七は山道でついウトウトと眠ってしまいました。
その時です。
「お前はそこで何をしている⁉」と、声がしました。
弥七はびっくりした顔を上げると、一人のお坊さんが立っていました。
「はい、オラ、筑紫の国へ行って、父母そっくりの石仏さまに会いに行くのです。」と弥七が言うと、そのお坊様が、
「小僧。両親そっくりの石仏に出合うより、生きた仏さまに出合った方がよかろう!その仏様の方が、ずっとお前に寄り添いつつんでくださるぞ。・・それは、京の都の[本願寺]に居られる[蓮如さま]というお坊様が教えてくださるぞ。」と言われました。
そう言うと、そのお坊さんは不思議なことに消えてしまいました。
『蓮如さま・・か。』と弥七はつぶやき、筑紫の国に行くのを止めて、京の本願寺に向かうことにしたのでした。
本願寺に着いた弥七は、本堂の中に入って、蓮如さまのご法話を熱心に聴聞し始めたのでした。 つづく
紙芝居:「妙好人 赤尾の道宗」(その1)

純粋な信仰心においては、飛びぬけた境地にある人。
・・それを『妙好人(みょうこうにん)』といいます。
今からお話する[越中赤尾(=今の富山県南砺市)]の『道宗(どうしゅう)』という念仏者もその一人です。
道宗さんは、妙好人の元祖ともいわれ、蓮如上人(=浄土真宗中興の祖)に帰依した伝説的な人物です。
たとえば、道宗さんは『蓮如上人のおっしゃることを不可能と思ってはダメ。・・琵琶湖を一人で埋めよとおっしゃれば、「はい、わかりました」と言って引き受けよう』と言われた方です。(蓮如さま命っ!やったんやな~)
又、眠る時、阿弥陀様の48誓願を、常に忘れぬように、いつも48本の割り木を敷き詰め、その上で休んだとも云われています。(ここまでくると、ついて行けない!いやっ、僕はついて行きます・・紙芝居を描く為に、惚れこまなっ!)
一途な一途なまじめな信仰者、越中赤尾村の道宗っ!それでは、紙芝居のはじまり、はじまりー。
道宗さんは、幼い頃、弥七(やしち)と呼ばれていました。
弥七の父[先祖]は、平家の落ち武者でした。
源氏との戦に敗れた為に、この山里に隠れ住んだのです。
弥七の一途な性格は、この武士の血から来ているのかもしれません。
が、弥七が小さい時、母が死に、父も病気で亡くなってしまいました。
そして、一人ぼっちになった弥七は、同じ村に住むおじさんの家に引き取られたのでした。
「おじさん、どうしてオラのおっ父とおっ母は早く死んじゃったの?・・オラ寂しいよぉ。・・もう一度会いたいよぉ。」と弥七はおじさんにいいました。
それを聞いて、おじさんは慰めようと話し始めました。
つづく
(道宗生誕地:富山県五箇山[ごかやま])
(道宗誕生地に建つ南砺市[行徳寺]様)
紙芝居:「常識」(その4:最終回)
紙芝居:「常識」(その3)

猟師の放った矢は、仏様の胸に命中しました。
その時です。
バリバリバリバリッと、地が裂けたような音がして、一瞬にして、仏も霧も消えて無くなりました。
「なっなっ、何ということをしてくれたんじゃ!この罰当たりな奴め!」と、和尚さんはカンカンです。
すると猟師は、「まあ、落ち着いてください。あれはおそらく仏様ではありませんよ。」と答えました。
和尚さんは「なぜじゃ⁉」と問うと、
猟師は「常識で考えてみてください。
和尚様は毎日、厳しい修行をされている。
・・それで、仏様がお姿を現されるのは解ります。
がしかし、お経もまだ読めない小僧さんや、信心も超薄いこの私までもが、なぜ、クッキリハッキリ仏様が見えるのでしょうか⁉
・・あれは間違いなく魔物です。臭いで解りました。
きっと、機会があれば、和尚さん達を食い殺そうと、そのチャンスをうかがっていたんですよ。」と言いました。
そして、次の日、弓矢を放った所をよく調べてみると、点々と、獣の血の跡がついていました。
そして、その後を追っていくと・・、 つづく
紙芝居:「常識」(その2)
紙芝居:「常識」(その1)

小泉八雲原作 『常識』より
昔々、
京都の愛宕山(あたごやま)のお寺に、大変まじめで、修行熱心なお坊さんが住んでいました。
ある日、このお坊さんのお寺に、一人の知り合いの猟師が、野菜やお米を持って訪ねて来ました。
和尚さんは、猟師に向って言いました。
「おうおぅ、いつもながら、すまんこっちゃのう。
・・おお、お前さんに話したい事があるのじゃ。
この前、お前さんが来てから、この寺で不思議なことが起るんじゃよ。
知っての通り、わしはこの寺で、熱心に修行に励んで居る。・・その功徳か?どうかは解らぬが、最近、毎晩、ゾウに乗った普賢菩薩(ふげんぼさつ)様が、お姿を御見せになるんじゃ。
わしの弟子の小僧も、毎晩見ておる。
お前も今日は泊まって、一度拝ませてもらってはいかがかな?」と。
猟師は、「それは有り難い!是非拝ませて下され。」と言いました。
がしかし、『果たして、信仰心の薄いこのわしにも、仏様のお姿が見えるのじゃろうか?』と思い、
お寺の小僧さんに、尋ねてみることにしました。
すると小僧さんは、「はいっ!このお経も読めぬ、修行も出来ておらぬこの私にも、有難いお姿が毎晩見えます!」と答えました。
それを聞いて、猟師は『ほぉ~ぉ』と言いながら、少し疑いの気持ちが沸きました。
その晩・・。つづく









