(はじめに)
・・一つのことに、心が執(とら)われて、そこから離れない事を執着(しゅうちゃく)という。
昔々のお話。
二人の修行僧が旅をしておりました。
歳を取った兄弟子の僧侶は、若い弟弟子の僧侶にいつもこう言っていました。
「仏教の修行とは厳しいものじゃ。・・心が乱れるので、若い女性には触れてはいけないぞ。」と、いつも言っておりました。
「はい、わかりました。」と若い僧侶は、この兄弟子の言葉をしっかり守っておりました。
そんなある日。
或るところで、一人の若い娘がしゃがみ込んで泣いておりました。
「どうしたのかな?娘さん」と、兄弟子は尋ねました。
すると、
「あっ⁈はい、お坊様。・・いつもここは、川が出来ていないのです。・・が、昨日の大雨で、ここが川になってしまいました。
私は大事な用があって、急いで向こう岸まで行きたいのですが、どうしても怖くて行けません。・・どうしたものか⁈と思って、それで泣いていたのです。」と、娘は言いました。
「ああっ、そんなことで泣いていたのですか。」と、兄弟子は答えたと思うと・・。
ひょいっと、娘を[お姫さま抱っこ]をしたかと思うと、バシャバシャと川を渡ってしまいました。 つづく
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紙芝居:「執(とら)われざる者~二人の僧侶の話」(その1)
紙芝居:『太子と雪丸』(その4 最終回)

ボクは、太子と共に生活できて、とても幸せだった。
・・でも、この世でのお別れの時が来た。
犬は人間よりも寿命が短いからね・・。
ある日、朝早く、ボクは太子の床の横で、ひっそりと命を終えた。
太子は起きたら、悲しむだろうなぁ・・。
だからボクは、太子の夢に出て、お別れの挨拶をすることにした。
雪丸「太子、今までありがとうございました。
・・ボクはとても幸せでした。
おそらく、太子のことだから、ボクが死んだら悲しんで、ボクのお墓を作ってくれると思います。
その時、最後のお願いがあります。
もし、お墓を作ってくださるなら、以前、[片岡山]で、太子の施された男の人のお墓近くに、ボクのお墓も作って頂けないでしょうか?
・・実は、こちらの世界に来て解ったのですが、あの男の人は[達磨(ダルマ)大師]の生まれ変わりだったんです。
太子にお会いしたくて、達磨ひふみん、いや大師はあの姿をされてたんですよ。
・・ボクもその近くで眠りたいのです。いや、そこから太子を見守りたいのです。」
太子「・・わかったよ、雪丸。
お前の望みをかなえてやろう。
私を癒してくれてありがとう!いつまでも私を、いや皆を墓から、いや、天空から(ドローンになって?)見守っておくれ・・さよなら、雪丸。」
こうして、聖徳太子の愛犬[雪丸]は、今も奈良県北葛城郡王寺町にある、達磨寺の境内にまつられているということだ、ワン。 おしまい
(達磨寺境内、一号墳・雪丸のお墓?と云われている)
少しのあとがきだワン!
達磨寺に行って感じたのは、本当に雪丸が犬であったのか?ということだ。
人間の言葉が理解でき、お経が読める白い犬・・、しかも太子よりも早く亡くなり、きちんと埋葬もされている。
考えてみたら、これって、聖徳太子の(異国から来た病弱で賢い)お付きの少年ではなかったのか?・・つまり織田信長でいえば、寵童・森蘭丸みたいな存在ではなかったのか?・・と思った。想像だが。・・あぁ、夢が無くなる想像だワン。
今、王寺町イメージキャラの雪丸のドローンが、毎日、王寺町の空を飛んでいるらしい。
来年は、一度、生雪丸ドローンを見て見たいと思っているワン。
(奈良県王寺町『達磨寺』さま)
紙芝居:『太子と雪丸』(その3)

太子「おおっ、そなた、身よりは無いのか?
この寒さで、着るものも無し。・・食べ物も無し。
そうじゃ、私の荷物に少しの食べ物があった。・・それにもし良ければ、私の着物を着てくれんか?」
と、太子は少しの食べ物と自分の着物を差し出して、その人に着せたんだ。
その男の人は、涙を流して太子の手を握り感謝した。
太子は「さぁ、良ければ、一緒に私の屋敷まで行かぬか?」
と誘ったけれど、男の人は頑として、そこを動かなかった。
次の日、太子とボクはあの男の人が気になって、もう一度、同じ場所に行ってみた。
すると、男の人はにっこり笑って、そこで亡くなっていた。
太子は家来に命じて、すぐ近くにお墓を作って、手厚く埋葬した。
かわいそうだったけれど、その男の人の最後は幸せだったかもしれない・・。
だって、太子というお優しい人に出会えたんだもんね。
ところで、なぜ、太子がそんなに優しい心を持つようになったのか?
それは、若い頃、中国のエライお坊さんに、ホトケの教えを習ったからなんだって・・。
あっ、そろそろ今日も、その仏の教えを勉強する時間だ。
大人になった今も、太子は勉強してるんだよ。
もちろん、ボクも一緒さ。
太子「さぁ、雪丸。一緒にお経の(※『勝鬘経(しょうまんきょう)』より)勉強をしようね。私についてお経を称えるんだよ。」
雪丸「ワン!」
太子「世尊よ・・。」
雪丸「ワオンよ・・。」
太子「今後、」
雪丸「コワンゴ・・、」
太子「私は病気で苦しむものを・・、」
雪丸「ワンたしは、びょうきで、くるしむものを・・、」
太子「見たなら、」
雪丸「見たなワン、」
太子「見捨てずにしません。」
雪丸「見捨てずにしまワン。」
太子「雪丸、上手だよ!」
雪丸「ワンワン、ワンダフル!」つづく
紙芝居:『太子と雪丸』(その2)

こうしてボクは、太子の宮殿に住むことになった。
そして毎日、太子のお供をすることになったんだ。
太子はお忙しい御方だった。
天皇の代わりに、政治を取らねばならなかったからだ。
国の取り決めや、外交問題・・。
あらゆる問題を、太子は一度に十人の人から話を聞いて、受け答えをしたんだよ。
えっ?そんなこと出来るのかって⁈・・そこが太子の凄いとこなんだよ。
でもね、いくら太子でもこれじゃ、ストレスが溜まっちゃうよね。
そこで、太子はよく馬に乗って、散歩に出かけたんだよ。
もちろん、その時はボクも一緒さ。
そんなある日の事だった・・。
それは片岡山という所を通りかかった時・・、
ボクは「ワォーン!ワンワンッ」と叫んだ。
太子「どうした⁈雪丸。何、あそこを見ろと⁉‥ウムッ?誰か木下で倒れているぞ。行ってみよう。」と太子は言われた。
そこには何と、人が倒れていたんだ。つづく
紙芝居:『太子と雪丸』(その1)
(はじめに)
犬好きのボクと[雪丸(ゆきまる)]との出会いは、奈良県の王寺町から[以和貴(いわき)会=『和を以って貴しとなす』の聖徳太子の言葉の意味か?]の役員さん達が、別件でお寺にお越しになったのが始まりだった。
そこで王寺町のマスコットキャラクターが犬の[雪丸]であることを知った。
『えっ?聖徳太子に愛犬がいたの⁈しかも人間の言葉がわかり、お経も読める!』、とボクはびっくりした。
・・そこで、雪丸のお話をうかがっている内に、それは是非紙芝居にしたいと考えた。
後日、役員さんから「雪丸」の絵本と王寺町の歴史資料が届いた。・・感想、面白かった。
でも、すでに素敵な絵本があるので、イメージを壊さないようにして、[紙芝居]化を考え、ここに完成した。
それでは、見て頂きましよう。「太子と雪丸」です。
僕の名前は[雪丸(ゆきまる)]。
犬だよ。
ご主人様は「聖徳太子」。
そう、僕は太子様の愛犬なんだ。
それじゃ、僕と太子のお話を始めよう。
はじまり、はじまりー。
僕と太子の出会いは、宿無しの僕が太子の宮殿に迷い込んだ事がはじまりだった。
太子「おっおっ、これは可愛い犬じゃのう!この屋敷に迷い込んだのか?」
雪丸「ワン!」
太子「そうか、それじゃ、いっそのこと私の愛犬に成るか?」
雪丸「ワンワンッ」
太子「そうか、そうか。じゃ、今日からココがお前の家だ。うん⁈名前が必要だなあ・・。雪のように白いオス犬なので・・、お前は今日から雪丸だ!」
雪丸「ワン!」
つづく
(奈良県王寺町[達磨寺]内「雪丸」像)
紙芝居:『にんじん』(その5 最終回)

ある日、いつものようにお母さんが
「にんじんっ、おつかいに行っておくれ!」と言った。
が、僕は初めてお母さんの顔をしっかり見て、
「嫌だよ。ママ」と答えた。
「・・なんですって!にんじん、あなた自分が何を言っているか解ってるの⁉」とお母さんは言った。
「解ってるよ。でも、僕は行かない。」と、僕はお母さんをじっと見つめて言った。
「・・・」
お母さんは初めて震えた。
そして、「お兄ちゃんっ、お姉ちゃんっ!ちょっと聞いて!・・にんじんが云う事を聞かないの⁉・・これはどういうこと⁉・・革命が起こったの⁉」と言って、この日を境に、お母さんは寝込んでしまった。
そしてその後、僕は初めて家族に手紙を書いた。
『お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、僕はこのまま家で生活をしていると、死にたくなってしまうので、遠くの学校に転校することにします。
そう、お父さんと相談して決めました。
そこは寮があるので、うちには帰って来ません。さようなら。休みの日には帰るかもしれません。にんじんより』と。
みんなは何も言わずに、その手紙を読んだ。
こうして、僕は少し寂しかったけれど、家族から離れた。
だけど、やがてたくさんの友達を作ることができたんだ。
そして、その後、もう死にたくなる事はなくなり、明るく暮らすことができたんだ。 おしまい
(紙芝居のおわりに少し・・)
何という、後味の悪い終わり方なのだ!
家族が離れて、ハッピーエンドだなんておかしい。
が、児童虐待の精神疾患⁉を持っているような母親とは、離れて暮らすことが(親子にとって)良策だったのだ⁉と思ってしまう。
この物語は、半自叙伝だという、原作者ジュール・ルナールの日記では、その後、父も母も(自殺?といわれているが)非業に亡くなってしまう。
現実も悲しい終わり方なのだ。
母親のこころに何がおこったのだろうか?わからない。
ところで(はじめに)のところで書いた、精神的虐待を実際に受けた友人に、この紙芝居を見てもらった。
『・・自分は親にいじめられて生活してきたが、親と離れて住んで、初めて親の身持ちが解ったような気もするのです。』と言った。
そして、『私を救ってくれたのは、この紙芝居の父親のような悩みの相談に載ってくれた多くの友人でした。』と付け加えてくれた。 終わり
紙芝居:『にんじん』(その4)

ある日、僕はお父さんと二人で釣りに出掛けた。
僕はお父さんに、ぼそっと言った。
「父さん、僕は本当にお母さんの子供なの?」
『うん、間違いない・・。お前はお母さんの子供だよ。』とお父さんは言った。
「じゃあ、なぜ?あんなに母さんは、僕をいじめるんだろ⁉」
『うん⁉・・母さんは一挙一動、お前を見ていると「自分自身の嫌な処を見ているようだ」と、言っていたことがある。・・自分が嫌なために、お前をいじめるのかもしれんなぁ・・?』と言った。
「でも、父さんっ。僕あんまり辛くて、この前、洗面器の水に顔をつけて死のうとしたんだよ。・・そしたら、母さんに見つかって、ひっぱたかれたんだ。」
『そうか、そんなことがあったのか・・。
でも、にんじんっ、どうか死なないでおくれ。お前に死なれたら、私はどんなに悲しむか・・。
私は母さんと仲が悪い。・・だから、あまり会話をしない。又、仕事が忙しくて留守がちだ。
でも、にんじん、お前の事は愛しているよ。
・・そうだっ!にんじん、お前、遠くの学校に転校してはどうだ!・・その学校は寮があって、そこでは、友達と一緒に生活できるんだ。もう、家族と住まなくても良いんだよ・・。』と言って僕を抱きしめた。
その時、僕は始めて、あたたかい父さんの血を感じた。
つづく
紙芝居:『にんじん』(その3)

僕は、おねしょをする癖があった。
おねしょをする度に、お母さんは僕をきつく叱った。
しかし、或る日、又僕はシーツを濡らしてしまった。
・・が、その日、お母さんは何も言わずにその濡れたシーツを持って部屋を出て行った。
「にんじんっ、朝ごはんよ!」と、しばらくしてお母さんは僕を呼んだ。
僕はテーブルについて、スープを一口飲んだ。
僕はドキッとして、スプーンを止めた。
それを見て、お母さんは笑いながら言った。
「汚い子ね。わが子ながら嫌になっちゃう。・・いいこと⁉あなた、自分のした[おねしょ]入りのスープを飲んだのよ。」と、言った。
僕は「うん、たぶんそうだと思ったよ。」と言った。
ある日、僕はおでこに怪我をしてしまった。
大量に出たおでこからの血を見て、僕ではなく、お兄ちゃんが「ギャー!」と言って気絶してしまった。
お母さんが飛んで来て、僕ではなく、お兄ちゃんをそっとベットに運んで、冷たい水で頭を冷やして看病し始めた。
僕は姉さんに包帯を巻いてもらった。
そんな僕を見て、お母さんは言った。
「まったく、いつもこうなんだから!本当にどうしょうもない子ね!」と。
ある食事の時。
お母さんは、僕に言った。
「あなたの分のメロンはありませんよ。私と一緒で、にんじんはメロンが嫌いだから。」と。
本当は、僕はメロンが大好きだった。
が、お母さんの言うことには逆らえなかった。
「さぁ、にんじん、メロンの残りの皮をウサギに持って行ってやりなさい!」とお母さんは言った。
「はい。」と僕は答え、家族が食べ残した黄色い部分を、ウサギ小屋で一人懸命にかぶり付いたのだった。 つづく
紙芝居:『にんじん』(その2)

お母さんは、僕が嫌いなんだ。
だから、僕をいつもいじめる。
兄さんと姉さんは可愛がられるのに、僕はいつもいじめられる。
父さんは、そんな僕を見てしらんぷり。
だから、僕の心はいじけている。
・・でも、本当はさみしがりやなんだ。
ある晩のこと。
お母さんが窓から外を見て言った。
「あら、ニワトリ小屋の扉が開いたままだわ。お兄ちゃん、閉めて来て。」
「やだよ。怖いもん。」
「それじゃお姉ちゃん、閉めてきて。」
「私だって嫌よ。」
「あらっ、そうだわ。にんじんを忘れていた。・・にんじん、あなた閉めてらっしゃい!」
「僕も怖いからやだよ。」
「何を言っているの!怖いですって!もうそんなに大きいのに。早く行きなさい!」と、お母さんは、僕に手を挙げた。
僕は泣く泣く、ニワトリ小屋の扉を閉めに行った。
勇気を出して閉めて帰ってきたら、みんなしらんぷりをしていた。
ある時、父さんが、鉄砲でキジを射止めて帰って来た。
キジはまだ生きていた。
お母さんが僕に言った。
「にんじん、キジを料理しなきゃなんないの。早くいつものように、キジの首を絞めてしまいなさい。」
「やっぱり僕、キジの首を絞めるのやだなぁ・・。」
「何言ってるの!それは男の仕事でしょ!」と、お母さんは怒鳴るので、僕は目をつぶってキジの首を絞めた。
キジは羽根をバタバタして必死で抵抗した。
そして、やっと動かなくなると、お母さんは僕を見てつぶやいた。
「まぁ、残酷な事。あなた、心の中では喜んでるんでしょう。・・ぞっとするわ。」と言った。 つづく
紙芝居:『にんじん』(その1)
(はじめに)
僕の友人に、昔、実の母親に『精神的虐待』を受けた者がいる。(今は幸せに過ごしているが。)
それは、子供の頃の事なのだが、今も鮮明にその体験談を話してくれた。
その話を聞いて解ったことは、大人になった今も、心は深く傷ついている・・ということだ。
又、その話を聞いて、僕は『それって、外国の児童文学[にんじん]と一緒やん⁉』とも思った。
心理的虐待をテーマにした半自伝的児童文学、ジュール・ルナールの『にんじん』である。
そしてこの話、今こそ『紙芝居』にすべきだと思った。
それが、今からお話する紙芝居『にんじん』である。
尚、この紙芝居はラストが小説とは少し異なっている。
・・敢えて、そうした。それを最初に述べて始めるとする。
それでは、紙芝居『にんじん』のはじまり、はじまりー。
《母につけられたあだな にんじん》
ジュール・ルナール原作
僕は『にんじん』と呼ばれている。
髪の毛が赤くて、もじゃもじゃしているからかもしれない。
そんなあだなを付けたのは、お母さんだ。
お母さんは僕を名前で呼ばず、『にんじん』と呼ぶ。
だから、お父さんも、兄さんも、姉さんも、みんな僕を『にんじん』と呼ぶんだ。 つづく
